新しい生活
キャラクターノベル制作 辻村朝納品 2021年07月20日 11時40分18秒
強かに生き抜けば、好機は巡ってくるものだ。
ハリーヌ・ヨツユビは少なくともそれほど長くない自身の半生の中で、それを痛いほど知っている。
たとえば、自分たちの故郷を焼いたハクビシンのハーフビースト共。
元はといえばハリーヌの取り返しのつかない失敗が切っ掛けだったが、アイツらはエメラルドの露鉱を目当てに商人の一家を騙し、ヨツユビハリネズミ族をハリーヌを除いて皆殺しにした。ついでと言わんばかりに、自分たちを一族の里に連れてきた商人一家も。
一族郎党を皆殺しにしてまで得た資産と、その殺戮を生き残ってしまったが為に幸運のハリネズミとしたハリーヌを売り払った金で送る生活は、さぞかし自分勝手で楽しいことだろう。
今頃どこでどうしてるのかなど興味もないが、因果応報でも食らってくれていればハリーヌ的には儲けものだ。
たとえば、そんな奴等から自分を買い取った悪徳商人。
あのハクビシン共が、ハリーヌの友達となった少女の両親を殺した。それを手引きしたのが、あの商人だろう。
目的は明白だった。少女の機嫌を損ねないようにしつつ、やがて少女が護っていた商会を我が物にする。ハリーヌだって元々、その機嫌取りの材料として少女の元に連れてこられたのだ。
とはいえ、あの屋敷を抜け出す前に自分が書き残した告発で、その話も御破算になっているかもしれないが。
ハリーヌが少女とハーフビーストとして心を通わせていたことは、商人にとっては想定外だったろう。
そして翻って、ハリーヌ自身にもそんな好機が巡ってきた。
少女の許で身につけた商売に関する知識と読み書きを駆使し色々な仕事をこなしながら、やってきたのはリブラネスタ。
その頃、帝国が崩壊したという話を聞いた。
ハリーヌには何ら関係はなかったはずだったのだが、時を同じくして授恵者として目覚めたのだ。
成り上がる好機だ。
真っ先にハリーヌはそう考えた。
世の中、金があれば生きていける。
ハクビシン共も、悪徳商人も、あの少女でさえもそうだった。
金があったから、楽しく生きることが出来た。思うように周りを操ることが出来た。自分を護ってくれることが出来た。
――なら、今度は自分の番だ。
もう一人の自分は心のなかで声高に叫んでいる。
他人を踏み台にしてでも、億万長者になれ。
だからハリーヌはまず真っ先に、冒険者ギルドに登録した。
これは彼女に限った話ではないが、冒険者という立場は授恵者として実績を稼ぐにはもってこいだからだ。
ひとつ問題は、レベル1の冒険者に出来ることなど限られているということだ。
ましてやハリーヌのクラスはシューター。冒険者として魔獣などの討伐に赴くとして、前衛がいないことには何とも心もとない。
とはいえ、今やハリーヌにとって他人は利用するものだ。
その他人の性質によって自分が思うように立ち回れないのは到底許せるものではない。
なので次にハリーヌは、小柄な体でまるで隙間を縫うように職人通りを通り抜け、ペットを取り扱う店に向かった。
「ちょっと特殊なペットと普通のペット、どちらをお探しで?」
「ちょっと変わっている方、でございますね」
揉み手で擦り寄ってくる店主に対し、ハリーヌは即答する。
何より実利が大事なのだ。ただ癒やされるだけの存在は今は必要ない。
「狼はどうでしょう?」
「俊敏性は買いますが、四足だと出来ることに限りがございましょう?」
朗らかに、しかしながら冷静な姿勢で拒否する。なお、あくまで個人の感想である。
「イノシシはいかがです?」
「猪突猛進しか出来ないのはちょっと困るのでございます」
「栗鼠は」
「弱点を補いたいのに、ワタクシより小さいペットを飼って、どうしようというのでございましょうね?」
「鼬は……」
「…………」
無言で店主を見上げるハリーヌ。
感情の読み取れないはずの表情ではあったが、
「……別のペットを連れてきます」
さすがにペットを取り扱う店の主というべきか。
ヨツユビハリネズミの面であるハリーヌのつぶらな瞳から如何ともし難い抗議の意を汲み取ったらしく、すごすごと店の奥に引っ込んでいった。
「四足歩行だと出来ることが限られるって最初に言ったじゃねぇか、このクソが」
ここまで紹介されたペットは鼬も含めてすべて四足だ。店主が姿を消したのを見計らい、もう一人の自分が顔を出したハリーヌは毒づく。
――苛立つに至る要素は、もうひとつある。
脳裏にちらつく、ハクビシンのハーフビースト共。
かのハーフビーストは兎も角、本来のハクビシンは四足歩行である。
もちろん種として違うことは分かっている。分かってがいるものの、連中はかつて自分のことをペットのように扱ったのだ。
そのことを思い出してしまい、不意に反吐が出る思いになったのである。
「店を変えるべきなのでございますかねぇ」
などと独りごちながら、周囲に視線を巡らす。すると、
「ウホッ」
「……ゴリラ、でございますか」
店の奥まったところに設置された簡素な檻の中のゴリラと、ハリーヌ。
二対のつぶらな瞳が、バッチリと合った。
普段ならすぐに興味を失くすか、或いはこっちを見るなと毒づいていただろうが、何故だか今は目が離せなかった。
それはそもそもペットを探しに来ていたからかもしれないし――。
脳裏に再びちらつく、ハクビシン共。
自分はまだどこか純粋な部分を残していて、檻の中から連中の汚い姿を見上げていた。
いつかここから抜け出して、自分を探しているかも知れない両親を迎えに行きたい、なんて幻想を夢見ながら。
――あの頃のハリーヌ自身を、ゴリラを見ていると何故か思い出してしまう。
ゴリラが自分と同じ境遇だったかなんて、分かるはずもないのに。
「店主、あちらのゴリラを買わせて欲しいのでございます」
それでも気付くと、ハリーヌはそう口を開いていた。
我に返ってから改めて気づいたのだが、よく考えるとあのゴリラはハリーヌが求めるペットの条件に合致している。
二足歩行だし腕力なども強そうだ。
戦闘はもちろん、荷物運びなんかにも便利に使えそうである。
少なくとも、店主が提案してきたどのペットよりも自分の理想に近い存在だった。
名前は、つけないことにした。
ゴリラはゴリラだ。ペットでしかない。
より正確に言えば、他人であり、自分にとって利用価値のある存在でしかない。
それは彼女をハリーヌとして扱わなかったハクビシン共や悪徳商人と同じような考え方であることは自覚していたが、そうしなければ成り上がれないならそうしてやろうと思った。
檻の中に住まわせないだけ、まだアイツらに比べればやさしいものだと思って欲しい。
ゴリラにアイツらとハリーヌを比較できるわけもない。なのにそんなふうに考えてしまう自分をどこか言い訳がましく思ってしまい、
「……クソったれが」
ゴリラを連れて宿に帰る雑踏の中、ハリーヌはそう毒づいた。
それから1ヶ月ほどの月日が経った。
その間、ハリーヌはゴリラについて様々な発見をすることになる。
まず、働きについては概ね想定通り、或いはそれ以上と言っていいだろう。
エーテルリンクを繋いでいるおかげもあり、シューターのハリーヌが動きやすいような前衛としての立ち回りを果たしてくれるし、知性があるからか思った以上に従順で、荷物持ちもおとなしくやってくれる。
一方で依頼に赴いてない時は、想定外のことが多い。
「またこれは、節約をしないといけないでございますねえ」
少女との生活の中で身につけた計算を利用し、宿の自室でハリーヌはやれやれと溜息を吐く。
ゴリラは植物や果実などを食す植物性雑食だが、その量が兎に角多い。そうなると必然的に、エサ代が結構かかるのだ。駆け出し冒険者のハリーヌ自身の生活費が若干圧迫されている程度には。
これは億万長者を目指すハリーヌにとっては痛手といえば痛手だ。
先行投資という考え方もあるので我慢は出来るが、出来るだけ早くエサ代を気にしないで済む程度に生活を送れるようにはなりたい。
それからもう一つ、想定外のことといえば。
「はいはい、そんなに見つめなくても餌は用意してございますゆえ」
部屋の隅に留まりながらつぶらな瞳で自分をじっと見つめてくるその視線が、ハリーヌには何とも気になる。
というのも、それほど広くない宿の部屋に佇むゴリラの巨体は、存在感がやばいのだ。部屋を出入りする時などは壁をぶち破らないか心配になる。
「もっと手早く稼いで、この狭っ苦しい部屋ともオサラバしたいでございますね」
大量の餌を用意しながら、そんなことを独りごちる。
――稼いだ先にある新しい部屋での生活にもゴリラがいるということを自然と考えるようになっている自分に、ハリーヌ自身まだ気がついていない。
気づいた時に彼女の心がどちらに傾くかは、今はまだ誰も知る由もなかった。
ハリーヌ・ヨツユビは少なくともそれほど長くない自身の半生の中で、それを痛いほど知っている。
たとえば、自分たちの故郷を焼いたハクビシンのハーフビースト共。
元はといえばハリーヌの取り返しのつかない失敗が切っ掛けだったが、アイツらはエメラルドの露鉱を目当てに商人の一家を騙し、ヨツユビハリネズミ族をハリーヌを除いて皆殺しにした。ついでと言わんばかりに、自分たちを一族の里に連れてきた商人一家も。
一族郎党を皆殺しにしてまで得た資産と、その殺戮を生き残ってしまったが為に幸運のハリネズミとしたハリーヌを売り払った金で送る生活は、さぞかし自分勝手で楽しいことだろう。
今頃どこでどうしてるのかなど興味もないが、因果応報でも食らってくれていればハリーヌ的には儲けものだ。
たとえば、そんな奴等から自分を買い取った悪徳商人。
あのハクビシン共が、ハリーヌの友達となった少女の両親を殺した。それを手引きしたのが、あの商人だろう。
目的は明白だった。少女の機嫌を損ねないようにしつつ、やがて少女が護っていた商会を我が物にする。ハリーヌだって元々、その機嫌取りの材料として少女の元に連れてこられたのだ。
とはいえ、あの屋敷を抜け出す前に自分が書き残した告発で、その話も御破算になっているかもしれないが。
ハリーヌが少女とハーフビーストとして心を通わせていたことは、商人にとっては想定外だったろう。
そして翻って、ハリーヌ自身にもそんな好機が巡ってきた。
少女の許で身につけた商売に関する知識と読み書きを駆使し色々な仕事をこなしながら、やってきたのはリブラネスタ。
その頃、帝国が崩壊したという話を聞いた。
ハリーヌには何ら関係はなかったはずだったのだが、時を同じくして授恵者として目覚めたのだ。
成り上がる好機だ。
真っ先にハリーヌはそう考えた。
世の中、金があれば生きていける。
ハクビシン共も、悪徳商人も、あの少女でさえもそうだった。
金があったから、楽しく生きることが出来た。思うように周りを操ることが出来た。自分を護ってくれることが出来た。
――なら、今度は自分の番だ。
もう一人の自分は心のなかで声高に叫んでいる。
他人を踏み台にしてでも、億万長者になれ。
だからハリーヌはまず真っ先に、冒険者ギルドに登録した。
これは彼女に限った話ではないが、冒険者という立場は授恵者として実績を稼ぐにはもってこいだからだ。
ひとつ問題は、レベル1の冒険者に出来ることなど限られているということだ。
ましてやハリーヌのクラスはシューター。冒険者として魔獣などの討伐に赴くとして、前衛がいないことには何とも心もとない。
とはいえ、今やハリーヌにとって他人は利用するものだ。
その他人の性質によって自分が思うように立ち回れないのは到底許せるものではない。
なので次にハリーヌは、小柄な体でまるで隙間を縫うように職人通りを通り抜け、ペットを取り扱う店に向かった。
「ちょっと特殊なペットと普通のペット、どちらをお探しで?」
「ちょっと変わっている方、でございますね」
揉み手で擦り寄ってくる店主に対し、ハリーヌは即答する。
何より実利が大事なのだ。ただ癒やされるだけの存在は今は必要ない。
「狼はどうでしょう?」
「俊敏性は買いますが、四足だと出来ることに限りがございましょう?」
朗らかに、しかしながら冷静な姿勢で拒否する。なお、あくまで個人の感想である。
「イノシシはいかがです?」
「猪突猛進しか出来ないのはちょっと困るのでございます」
「栗鼠は」
「弱点を補いたいのに、ワタクシより小さいペットを飼って、どうしようというのでございましょうね?」
「鼬は……」
「…………」
無言で店主を見上げるハリーヌ。
感情の読み取れないはずの表情ではあったが、
「……別のペットを連れてきます」
さすがにペットを取り扱う店の主というべきか。
ヨツユビハリネズミの面であるハリーヌのつぶらな瞳から如何ともし難い抗議の意を汲み取ったらしく、すごすごと店の奥に引っ込んでいった。
「四足歩行だと出来ることが限られるって最初に言ったじゃねぇか、このクソが」
ここまで紹介されたペットは鼬も含めてすべて四足だ。店主が姿を消したのを見計らい、もう一人の自分が顔を出したハリーヌは毒づく。
――苛立つに至る要素は、もうひとつある。
脳裏にちらつく、ハクビシンのハーフビースト共。
かのハーフビーストは兎も角、本来のハクビシンは四足歩行である。
もちろん種として違うことは分かっている。分かってがいるものの、連中はかつて自分のことをペットのように扱ったのだ。
そのことを思い出してしまい、不意に反吐が出る思いになったのである。
「店を変えるべきなのでございますかねぇ」
などと独りごちながら、周囲に視線を巡らす。すると、
「ウホッ」
「……ゴリラ、でございますか」
店の奥まったところに設置された簡素な檻の中のゴリラと、ハリーヌ。
二対のつぶらな瞳が、バッチリと合った。
普段ならすぐに興味を失くすか、或いはこっちを見るなと毒づいていただろうが、何故だか今は目が離せなかった。
それはそもそもペットを探しに来ていたからかもしれないし――。
脳裏に再びちらつく、ハクビシン共。
自分はまだどこか純粋な部分を残していて、檻の中から連中の汚い姿を見上げていた。
いつかここから抜け出して、自分を探しているかも知れない両親を迎えに行きたい、なんて幻想を夢見ながら。
――あの頃のハリーヌ自身を、ゴリラを見ていると何故か思い出してしまう。
ゴリラが自分と同じ境遇だったかなんて、分かるはずもないのに。
「店主、あちらのゴリラを買わせて欲しいのでございます」
それでも気付くと、ハリーヌはそう口を開いていた。
我に返ってから改めて気づいたのだが、よく考えるとあのゴリラはハリーヌが求めるペットの条件に合致している。
二足歩行だし腕力なども強そうだ。
戦闘はもちろん、荷物運びなんかにも便利に使えそうである。
少なくとも、店主が提案してきたどのペットよりも自分の理想に近い存在だった。
名前は、つけないことにした。
ゴリラはゴリラだ。ペットでしかない。
より正確に言えば、他人であり、自分にとって利用価値のある存在でしかない。
それは彼女をハリーヌとして扱わなかったハクビシン共や悪徳商人と同じような考え方であることは自覚していたが、そうしなければ成り上がれないならそうしてやろうと思った。
檻の中に住まわせないだけ、まだアイツらに比べればやさしいものだと思って欲しい。
ゴリラにアイツらとハリーヌを比較できるわけもない。なのにそんなふうに考えてしまう自分をどこか言い訳がましく思ってしまい、
「……クソったれが」
ゴリラを連れて宿に帰る雑踏の中、ハリーヌはそう毒づいた。
それから1ヶ月ほどの月日が経った。
その間、ハリーヌはゴリラについて様々な発見をすることになる。
まず、働きについては概ね想定通り、或いはそれ以上と言っていいだろう。
エーテルリンクを繋いでいるおかげもあり、シューターのハリーヌが動きやすいような前衛としての立ち回りを果たしてくれるし、知性があるからか思った以上に従順で、荷物持ちもおとなしくやってくれる。
一方で依頼に赴いてない時は、想定外のことが多い。
「またこれは、節約をしないといけないでございますねえ」
少女との生活の中で身につけた計算を利用し、宿の自室でハリーヌはやれやれと溜息を吐く。
ゴリラは植物や果実などを食す植物性雑食だが、その量が兎に角多い。そうなると必然的に、エサ代が結構かかるのだ。駆け出し冒険者のハリーヌ自身の生活費が若干圧迫されている程度には。
これは億万長者を目指すハリーヌにとっては痛手といえば痛手だ。
先行投資という考え方もあるので我慢は出来るが、出来るだけ早くエサ代を気にしないで済む程度に生活を送れるようにはなりたい。
それからもう一つ、想定外のことといえば。
「はいはい、そんなに見つめなくても餌は用意してございますゆえ」
部屋の隅に留まりながらつぶらな瞳で自分をじっと見つめてくるその視線が、ハリーヌには何とも気になる。
というのも、それほど広くない宿の部屋に佇むゴリラの巨体は、存在感がやばいのだ。部屋を出入りする時などは壁をぶち破らないか心配になる。
「もっと手早く稼いで、この狭っ苦しい部屋ともオサラバしたいでございますね」
大量の餌を用意しながら、そんなことを独りごちる。
――稼いだ先にある新しい部屋での生活にもゴリラがいるということを自然と考えるようになっている自分に、ハリーヌ自身まだ気がついていない。
気づいた時に彼女の心がどちらに傾くかは、今はまだ誰も知る由もなかった。