憧れの店先
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月14日 14時06分04秒
「はぁ……やになっちゃうな」
ヴェルクリエの街をリゼット・ブランがトボトボと歩いている。
街は相変わらずの賑わい。いつもなら露店を半日はかけて歩くのに、今はとてもそんな気分になれない。
「うぅ……意外と堪えてる」
自分でもここまで落ち込むとは思ってもみなかった。
リゼットはもやもやと浮かんでくる思考を振い道の先を見つめた。
「むんっ! よし、行こう!」
腹に力を込め気合を入れ直すと、リゼットは大股で通りを行く。
大通りを抜け、突き当りを右へ。何度も何度も通った道は、もう体が覚えてしまっている。
最後にあの角を曲がれば――。
「着いたっ!」
通りから路地を一本入った場所にある、地元の人達に愛される隠れた名仕立屋『アリエステラ』。
リゼットは幼い頃にこの店に飾られた一着のワンピースに一目ぼれしてから、ずっとずっとこのお店のファンだった。
今日も店先には仕立てられたばかりのジャケットとパンツが飾られている。
一体どんな人が着るのだろう。男性用かな? でも、女性が着ても素敵だろうな。
色合い的には夏の装いだけど、袖が長いと暑くないのかな。
もしかして、私の知らない生地で出来ていて、カッコよさと涼しさを両立しているとか?
わわわ、どんな生地で出来ているんだろう。それにあの色合い! 夏にぴったりな純白のパンツ! 一体どうやって漂白してるんだろう! ジャケットの空色ととてもマッチして――。
「ぐぇっ」
「まーたここか」
折角夢のような時間に浸っていたら、首根っこを掴まれて引き剥がされた。
「お、お兄ちゃん……?」
何とか気道を確保して振り返ってみれば、そこには兄ジュスト・ブランが立っていた。
「なんでこんな所に? お兄ちゃんもお洋服を見に来たの?」
喉元を摩りながらリゼットはジュストに問いかける。
「お前と一緒にするな。俺は商売の話があって来ただけだ」
「えっ……。ええっ!! アリエステラとお取引始めるの!?」
「違う。この先の陶器工房だ」
「……うわぁ。期待させた。お兄ちゃんが期待させて裏切った」
「お前、人聞きの悪い……」
幸せなひと時を奪われぶーぶーと文句を言ってくる妹に呆れながらも、ジュストはリゼットの手を引く。
「いいか。店先の装飾棚は店の顔だ。あんな場所に張り付いたら、営業妨害になるだろう」
「うっ……そ、そんなに邪魔だったかな」
ジュストに手を引かれ店の脇に移動したリゼット。改めて自分の居た場所を振り返る。
そこは店先の装飾棚のど真ん中。宣伝のために置かれた『新作』が見える特等席。だからこそ、そんな場所に人が立っていれば邪魔なのだ。
小さい頃はそれでも良かった。見上げていても通りを通る人の視線の邪魔にはらなかった。でも、リゼットももう16歳。立派なレディだ。
「眺めていたいのはわかる。だが、商売の邪魔はするな。お前も商家の娘だろう」
「それはわかってるけど……ちょっと、今日はもやもやした事があって……それで、大好きなこのお店の新作を見て癒してもらおうっていうか……テンション上げようっていうか……」
兄が諭す理由はわかる。リゼットももう子供ではないし、店の迷惑だって言うのも理解できた。
でも、自分だってちょっと凹んでる時くらいあって、大好きなものに癒されたい場合もある。
遠巻きでもいい。……いや、あんまりよくないけど。あのお店を覗けるなら――。
「はぁ……こっちだ」
と、ぐるぐると考えを巡らせていたら、ジュストがリゼットの手を再び引いた。
「お兄ちゃん……! もうちょっと! もうちょっとだけでいいから!」
リゼットはこのまま連れていかれると思ったのか必死に抵抗する。
「わかってる。だけど、店の迷惑になるのはダメだ。だから――」
抵抗する妹を引きずりながら、ジュストが向かったのは店の脇にある細い路地だった。
戸惑うリゼットをなおも引っ張りながら少し奥へと進んだジュスト。
「ここだ」
不意に立ち止まり、店の方を指さした。
「ここって……」
リゼットは兄に言われるままに改めて店の方へ振り向く。
「えっ……凄い」
リゼットは思わず声を上げた。リゼットの位置からは窓越しに、店先の装飾棚に置かれた新作がよく見える。
「一番綺麗に見える位置じゃないが、十分近くで見えるだろう」
ジュストはそう言うと、感動している妹を置いて店の正面に回った。
そして、ためらうことなく店のドアをくぐる。
「うん、すご……って、お兄ちゃん、何やってるの!?」
横窓から中の様子を覗いていたリゼットが思わず声を上げた。
ジュストは店内に入り、いつもお洒落な店の女主人と何やら会話している。
「一人だけずるい! 私だって、出来る事ならお店の中から――」
と、一人プンプンしていたら、店の中からこちらを指さされた。
呆れる兄の表情。そして、嬉しそうに微笑む女主人さん。
「えっ、何、どういう事……?」