クローリカの長い一日
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年07月11日 11時28分34秒
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扉部に、とある貴族の紋章が刻まれた豪奢な馬車の中でのこと――。
男性剣士クロウを名乗っていたクローリカは冒険者ギルド経由で、この貴族から令嬢護衛の依頼を受けた。その令嬢と同席する形でこの馬車に乗り込んでいたクローリカは、目の前の美女が何度も溜息を漏らすのを漠然と眺めていた。
「はぁ……何だか憂鬱ですわ」
対面式座席で窓辺に肘をつき、流れゆく外の景色を物憂げに眺める令嬢ソーニャ。相当な美人だが、彼女の両親はソーニャの非常な面食い癖に若干頭を抱えているらしい。
そんなソーニャの正面でクローリカは、自分はいつお嬢様と再会出来るのだろうかとひとり静かに物思いに耽っている。
ところが。
「ねぇ冒険者様。何か、面白いお話は無くって?」
不意にソーニャから話を振られてクローリカは多少慌てた。相手は依頼主のご息女だから無下には出来ないと考え、取り敢えず適当な話題でお茶を濁すことにした。
「それなら……先日の遺跡調査については如何でしょう」
「あら、面白そう! 是非お願い致しますわ」
すると思いの外、ソーニャは興味深げに食いついてきた。正直、この手の話は貴族令嬢には退屈だろうから断られると予測していたのだが、案外そうでもないのだろうか。
クローリカの冒険譚はものの数分ですぐにネタ切れとなったが、会話は尚も続いた。今度はソーニャが、冒険者とはどんな生活なのか、どの様な町や国々を廻って来たのか等と質問を重ねてきたのである。
箱入り娘の彼女にとっては、初めて見る冒険者という存在だけでも珍しいのに、その口から語られる諸々の異国譚はまるで御伽噺の様に、彼女の心を掴んで離さなかったらしい。
クローリカも話に興が乗ってきた。ソーニャは案外、聞き上手だった。
やがて、馬車はある豪邸の門扉前で停車した。
ソーニャの嫁ぎ先である。この日ソーニャは政略結婚相手との顔合わせの為に、相手先貴族の子息宅を訪れることになっていたのだ。
楽しいひと時はあっという間に終わってしまうのね――ぶつぶつと文句を垂れながら、ソーニャは馬車から降りて相手方、即ち許嫁の待つ豪邸内へと歩を進めていった。
そしてクローリカもその後に続く。許嫁に引き合わせるところまでが任務だったからだ。
ところが、想定外の事態が生じた。
許嫁にして同い年の青年タリウスの顔を見るなり、ソーニャは
「ワタクシはこのお方に一目惚れしましたの! 婚約は今日この日を以って破棄とさせて頂きますわ!」
などと高らかに宣言してしまったのである。
このお方とは、クローリカのことであった。
●
タリウスはぽっちゃり体型ながら優しそうな雰囲気の好青年である。
ところが生憎、その顔面偏差値は面食いソーニャのお眼鏡には到底叶わないレベルであり、とてもイケメンと呼べる範疇にはなかった。
正直、ソーニャが結婚破棄しようがクローリカにはどうでも良かったのだが、ここで自分が巻き込まれるのは真っ平だった。先ずは咄嗟の判断でソーニャ付きの侍女達に耳打ちし、令嬢を一旦タリウスの前から引き離す様にと指示を与えてから、自らは許嫁の袖を引いて別室へと走った。
「ど、どどどどどどうしよう」
半分泣きそうになっているタリウスに、クローリカは妙案があると告げた。
「実は私と貴方は姿を入れ替えていた、ということにするのです」
ソーニャの麗しい姿を少しでも早く見たかったタリウスは冒険者に扮し、彼女を護衛する体で一緒に馬車に乗り込んでここまで来た。そして実は私こそが本物のタリウスです、とクローリカが名乗ってひと芝居打つという寸法だ。
「でも、君が帰ったらすぐバレちゃうじゃないか」
「ご安心下さい。適当な茶番を考えました」
元々タリウスの姿は冒険者クロウのそれだったが、ドゥジン教の呪いか何かでぽっちゃり姿の冒険者と外観を入れ替えられてしまった。財力を駆使してやっとその冒険者を探し当て、特殊な紋具で一日だけ本来の姿を取り戻すことに成功したことにするのだという。
普通に考えれば相当眉唾な話だが、箱入り娘のソーニャなら簡単に信じるだろう。
衝立で間仕切りを作り、慌ててお互いの衣服を交換すると、元の応接室へと駆け戻る。家人や従者達にも手早く説明し、一世一代の寸劇を仕掛ける運びとなった。
「で、でで出来るかなぁ?」
「ご子息は何もいわずに、そこで突っ立ってて下さい。後は私の方で何とかしますから」
涙目のタリウスに、クローリカは早口にまくしたてた。タリウスが着ているクローリカの衣装は、もうぱっつんぱっつんで、ちょっと体をねじったらそこら中が破けてしまいそうな勢いだった。
「さぁソーニャ様がいらっしゃいますよ。3、2、1、キューッ!」
変な業界人みたいな合図でソーニャの再入室を指示するクローリカ。
侍女達に振り回される格好となったソーニャは、応接室に入るなり思わず目を見開いた。それもそうだ、さっきまでのイケメンとぽっちゃりが入れ替わっているのだから。
●
ソーニャを出迎えるなり、タリウス役クローリカは仰々しい台詞で例のでっち上げストーリーを説明した。
「そんな訳で、僕が本物のタリウスなんだ。騙して悪かったね」
「あぁ、タリウス様……ワタクシ、感無量ですわ!」
感激の涙を浮かべるソーニャだったが、すぐ近くで、ビリっと何かが破れる音が響いた。
クロウ役タリウスが身じろぎした所為で、脇の辺りが裂けていたのである。
(だから動かないでっていったでしょうに!)
タリウス役クローリカは額に青筋が浮かびそうになるのを必死に堪えながら、いびつな笑みを浮かべ続ける。だが更に追い打ちをかけるように、別のところでビリッ。
良い加減はらわたが煮えくり返りそうだったが、それでも懸命に耐えた。
「あの、タリウス様、さっきから変な音がするのですけど、一体何なのでしょう?」
「さぁ……僕にはよく聞こえなかったなぁ」
あはははと乾いた笑いで誤魔化すタリウス役クローリカ。ソーニャの視線が僅かに逸れたところで、クロウ役タリウスに火が噴き出る様な怒りの視線をぶん投げた。
だが再びソーニャが向き直ると、タリウス役クローリカは完璧な笑顔で取り繕った。
「さぁ、そこのテラスでお茶でもしよう。僕のお勧めの紅茶を用意させるよ」
「まぁ嬉しい! ワタクシ、紅茶大好きですの!」
ビリッ。
「ソーニャ、あそこの湖を見てごらん。もう少し暖かくなったら渡り鳥達が舞い降りて、湖面一杯が真っ白に染まるんだよ」
「何て素敵なんでしょう。ここでタリウス様とふたり、そんな贅沢な景色を眺められるなんて」
ビリッ。
「紅茶の用意が出来たようだね。僕が手ずから入れて差し上げるから、少し待っててくれるかな」
「ええ、喜んで。楽しみにしてお待ち申し上げますわ」
ビリッ。
ここでタリウス役クローリカはすたすたとクロウ役タリウスの傍らを通り抜ける。
その時の表情はまさに鬼女。憤怒等という表現では生ぬるい程の強烈な形相だった。
数時間後、クローリカはそこら中が穴だらけ、裂け目だらけの残念な姿でタリウス邸を後にした。
恐らく冒険者になって以降、最も長い一日だったのではないだろうか。
何とか結婚破棄は免れたものの、これ程に色んな意味で疲れる依頼は初めてだった。
扉部に、とある貴族の紋章が刻まれた豪奢な馬車の中でのこと――。
男性剣士クロウを名乗っていたクローリカは冒険者ギルド経由で、この貴族から令嬢護衛の依頼を受けた。その令嬢と同席する形でこの馬車に乗り込んでいたクローリカは、目の前の美女が何度も溜息を漏らすのを漠然と眺めていた。
「はぁ……何だか憂鬱ですわ」
対面式座席で窓辺に肘をつき、流れゆく外の景色を物憂げに眺める令嬢ソーニャ。相当な美人だが、彼女の両親はソーニャの非常な面食い癖に若干頭を抱えているらしい。
そんなソーニャの正面でクローリカは、自分はいつお嬢様と再会出来るのだろうかとひとり静かに物思いに耽っている。
ところが。
「ねぇ冒険者様。何か、面白いお話は無くって?」
不意にソーニャから話を振られてクローリカは多少慌てた。相手は依頼主のご息女だから無下には出来ないと考え、取り敢えず適当な話題でお茶を濁すことにした。
「それなら……先日の遺跡調査については如何でしょう」
「あら、面白そう! 是非お願い致しますわ」
すると思いの外、ソーニャは興味深げに食いついてきた。正直、この手の話は貴族令嬢には退屈だろうから断られると予測していたのだが、案外そうでもないのだろうか。
クローリカの冒険譚はものの数分ですぐにネタ切れとなったが、会話は尚も続いた。今度はソーニャが、冒険者とはどんな生活なのか、どの様な町や国々を廻って来たのか等と質問を重ねてきたのである。
箱入り娘の彼女にとっては、初めて見る冒険者という存在だけでも珍しいのに、その口から語られる諸々の異国譚はまるで御伽噺の様に、彼女の心を掴んで離さなかったらしい。
クローリカも話に興が乗ってきた。ソーニャは案外、聞き上手だった。
やがて、馬車はある豪邸の門扉前で停車した。
ソーニャの嫁ぎ先である。この日ソーニャは政略結婚相手との顔合わせの為に、相手先貴族の子息宅を訪れることになっていたのだ。
楽しいひと時はあっという間に終わってしまうのね――ぶつぶつと文句を垂れながら、ソーニャは馬車から降りて相手方、即ち許嫁の待つ豪邸内へと歩を進めていった。
そしてクローリカもその後に続く。許嫁に引き合わせるところまでが任務だったからだ。
ところが、想定外の事態が生じた。
許嫁にして同い年の青年タリウスの顔を見るなり、ソーニャは
「ワタクシはこのお方に一目惚れしましたの! 婚約は今日この日を以って破棄とさせて頂きますわ!」
などと高らかに宣言してしまったのである。
このお方とは、クローリカのことであった。
●
タリウスはぽっちゃり体型ながら優しそうな雰囲気の好青年である。
ところが生憎、その顔面偏差値は面食いソーニャのお眼鏡には到底叶わないレベルであり、とてもイケメンと呼べる範疇にはなかった。
正直、ソーニャが結婚破棄しようがクローリカにはどうでも良かったのだが、ここで自分が巻き込まれるのは真っ平だった。先ずは咄嗟の判断でソーニャ付きの侍女達に耳打ちし、令嬢を一旦タリウスの前から引き離す様にと指示を与えてから、自らは許嫁の袖を引いて別室へと走った。
「ど、どどどどどどうしよう」
半分泣きそうになっているタリウスに、クローリカは妙案があると告げた。
「実は私と貴方は姿を入れ替えていた、ということにするのです」
ソーニャの麗しい姿を少しでも早く見たかったタリウスは冒険者に扮し、彼女を護衛する体で一緒に馬車に乗り込んでここまで来た。そして実は私こそが本物のタリウスです、とクローリカが名乗ってひと芝居打つという寸法だ。
「でも、君が帰ったらすぐバレちゃうじゃないか」
「ご安心下さい。適当な茶番を考えました」
元々タリウスの姿は冒険者クロウのそれだったが、ドゥジン教の呪いか何かでぽっちゃり姿の冒険者と外観を入れ替えられてしまった。財力を駆使してやっとその冒険者を探し当て、特殊な紋具で一日だけ本来の姿を取り戻すことに成功したことにするのだという。
普通に考えれば相当眉唾な話だが、箱入り娘のソーニャなら簡単に信じるだろう。
衝立で間仕切りを作り、慌ててお互いの衣服を交換すると、元の応接室へと駆け戻る。家人や従者達にも手早く説明し、一世一代の寸劇を仕掛ける運びとなった。
「で、でで出来るかなぁ?」
「ご子息は何もいわずに、そこで突っ立ってて下さい。後は私の方で何とかしますから」
涙目のタリウスに、クローリカは早口にまくしたてた。タリウスが着ているクローリカの衣装は、もうぱっつんぱっつんで、ちょっと体をねじったらそこら中が破けてしまいそうな勢いだった。
「さぁソーニャ様がいらっしゃいますよ。3、2、1、キューッ!」
変な業界人みたいな合図でソーニャの再入室を指示するクローリカ。
侍女達に振り回される格好となったソーニャは、応接室に入るなり思わず目を見開いた。それもそうだ、さっきまでのイケメンとぽっちゃりが入れ替わっているのだから。
●
ソーニャを出迎えるなり、タリウス役クローリカは仰々しい台詞で例のでっち上げストーリーを説明した。
「そんな訳で、僕が本物のタリウスなんだ。騙して悪かったね」
「あぁ、タリウス様……ワタクシ、感無量ですわ!」
感激の涙を浮かべるソーニャだったが、すぐ近くで、ビリっと何かが破れる音が響いた。
クロウ役タリウスが身じろぎした所為で、脇の辺りが裂けていたのである。
(だから動かないでっていったでしょうに!)
タリウス役クローリカは額に青筋が浮かびそうになるのを必死に堪えながら、いびつな笑みを浮かべ続ける。だが更に追い打ちをかけるように、別のところでビリッ。
良い加減はらわたが煮えくり返りそうだったが、それでも懸命に耐えた。
「あの、タリウス様、さっきから変な音がするのですけど、一体何なのでしょう?」
「さぁ……僕にはよく聞こえなかったなぁ」
あはははと乾いた笑いで誤魔化すタリウス役クローリカ。ソーニャの視線が僅かに逸れたところで、クロウ役タリウスに火が噴き出る様な怒りの視線をぶん投げた。
だが再びソーニャが向き直ると、タリウス役クローリカは完璧な笑顔で取り繕った。
「さぁ、そこのテラスでお茶でもしよう。僕のお勧めの紅茶を用意させるよ」
「まぁ嬉しい! ワタクシ、紅茶大好きですの!」
ビリッ。
「ソーニャ、あそこの湖を見てごらん。もう少し暖かくなったら渡り鳥達が舞い降りて、湖面一杯が真っ白に染まるんだよ」
「何て素敵なんでしょう。ここでタリウス様とふたり、そんな贅沢な景色を眺められるなんて」
ビリッ。
「紅茶の用意が出来たようだね。僕が手ずから入れて差し上げるから、少し待っててくれるかな」
「ええ、喜んで。楽しみにしてお待ち申し上げますわ」
ビリッ。
ここでタリウス役クローリカはすたすたとクロウ役タリウスの傍らを通り抜ける。
その時の表情はまさに鬼女。憤怒等という表現では生ぬるい程の強烈な形相だった。
数時間後、クローリカはそこら中が穴だらけ、裂け目だらけの残念な姿でタリウス邸を後にした。
恐らく冒険者になって以降、最も長い一日だったのではないだろうか。
何とか結婚破棄は免れたものの、これ程に色んな意味で疲れる依頼は初めてだった。