旅立ちの夜

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月13日 12時18分50秒


「一本!!」

 高らかに上げられた赤旗が風を受けてたなびいた。

「対戦、ありがとうございまし、た」

 小さな白狼の少女は、尻餅をつき恨めしそうに睨み付けてくる対戦相手に、無表情で礼をするとすぐに踵を返す。

 観客席から巻き起こるどよめきを気にもせず、少女は控室へと続くゲートをくぐった。
 石敷きの廊下にコツコツと靴音だけが響く。

「ふぅ……」

 訓練場の喧騒が聞こえなくなったことを確認し、ティトは大きく息を吐いた。

「まずは一勝……!」

 拳を握り顔を上げる。再び廊下に靴音を響かせ、ティトは控室へと下がっていった。

●
 時は遡る――。

 ティト11歳の折り、彼女にとって人生の岐路となる出来事があった。
 北の寒村『ヴォルケ』に生まれ育ったティトにとって、全てだったと言っても過言ではない程に大切でかけがえのない存在。姉であり母であり師でもあった人物との突然の別れが彼女を襲ったのだ。
 一人残されたティトは呆然自失となり、無気力な日々を送っていた。
 そんな折、帝国諜報部に勤める祖父から一通の手紙が送られてくる。内容は推薦。帝国軍人となるべく創設された訓練施設への入所を勧められた。
 内容を見たティトは最初何を言われているのかわからなかったが、何度も手紙を読み何日も考えた結果、祖父の勧めの通り訓練施設への入所を決める。
 今思えば、この手紙を送る様に手を回したのは――その人物だったのかもしれないが、真相は祖父のみが知っている。もちろん、聞くつもりはない。聞いたからといって何が変わるわけでもなかったから。

 ティトは手紙に同封されていた祖父の紹介状を手に村を出て訓練施設の門を叩く。
 その見た目で門兵に門残払いされそうになったが、紹介状のおかげで何とか入る事が出来た。
 しかし、待っていたのは入所試験。そこは有能な人材を育てる施設である。それ相応の能力のないものは入学前に弾かれる。それがたとえ紹介状を持つ者でもだ。
 ティトは入所試験に挑む前に祖父の手紙に書かれていたことを思い出す。幼く小さな身で分不相応の施設へ入所する為には、嘘も必要。その言葉を胸に望んだ入所試験は――辛うじて合格。
 もちろん、それが祖父の指示であったからわざとそうした。
 でなければ、ハーフビーストであり訓練所最年少。更に最低身長であるティトは標的にされかねなかったからだ。
 無事、ギリギリのラインで合格したティトを待っていたのは、厳しい研鑽の日々だった。
 帝国の各地から集められた優秀な候補生たちが日々研鑽を積み鎬を削る。ティトも必死で食らい付き過程をこなしていった。
 候補生の彼ら彼女らはいわば兄弟弟子たち。年も身分も、そして身長もすべて上だ。
 ティトの入所当初のスタンスは、研鑽の日々に移っても変わらなかった。訓練所内での成績はいつも中の上。落ちこぼれではないがそれほど優秀なわけでもない。そう言うポジション。得手不得手をはっきりとさせ、わかりやすい弱点も演出した。使えそうで使うには少し勇気がいると教官達に認識させる。
 それが容易にできる程、ティトが村で習得したスキルは卓越していた。

 訓練所での生活が1年を過ぎた頃、施設が急に慌ただしくなる。
 漏れ聞こえる噂によれば、なんでも帝国軍の上層部が特別な試験を催すというのだ。
 それは、特級選抜試験と呼ばれ、本来であれば3年から5年の訓練期間を経て、軍へと招聘される訓練生たちが、その試験に合格すれば年齢や訓練所での年数など関係なく、そのまま軍属となれるという、所謂飛び級制度だった。
 この噂に訓練所内が騒めいた。
 自らの実力を誇る成績上位者は早々に試験への出場登録をし、敵となるであろう訓練生に威嚇まで始める始末。施設内が混迷と興奮に包まれる中、日は過ぎ去り――締め切り最後の日、ティトは申込用紙に自分の名を記した。

 そして、訪れた試験当日。ティトは施設に入って初めて本当の実力を披露した――。

●

「はじめっ!」

 審判の声と共に大地を蹴る。ティトは小柄な体を生かし地面すれすれを不規則な動きで突き進むと、武器を構える相手の懐へと飛び込んだ。
 相手も腕に自信のある訓練生。ティトの動きを目で追うと、迎撃しようと武器を振り下ろす。
 しかし、これはティトの誘いだった。彼女は相手の前で急停止し、目の前数cmの所で相手の剣を通過させる。訓練用とはいえ重い鉄剣。勢いと重力に引かれ地面へと吸い寄せられる剣先を完全に見切り、ティトは再び地を蹴った。
 ティトの武器は短剣。リーチの面でも威力の面でも最も劣る武器を選んだのは、ひとえに軽いから。ティトは手になじむナイフを逆手に構えると、相手の喉元へと――。

「それまで!」

 審判の声と共に寸止めされたナイフに、相手は驚愕に目を見開く。
 ティトはゆっくりとナイフを下げると、開始線まで戻りくるりと半回転。

「対戦ありがとうございまし、た」

 対戦相手、そして審判に深く頭を下げ、踵を返した。

●

「これで二つ目……」

 ティトは廊下を歩きながら呟いた。
 控室に向かう廊下ですれ違う生徒達の囁き声に、ティトは白狼の耳をピクリと揺らす。
 漏れ聞こえてくるのは、ティトの事を噂する声。
 一体何者だ。という、驚きの声もある。チビがっ。と唾を吐く音も聞こえる。様々な声や音が聞こえるが、実力を隠していたティトへの警戒の声が一番多かった。

「次からが、本番……」
 
 一戦目の勝利はまぐれだろうと。そして二戦目はもしかしてと。三戦目となれば、相手もこちらを侮ることはしないだろう。この特級選抜試験はそう甘いものじゃない。
 ティトはグッと表情を引き締めながら控室へと戻っていった。

●

「はじめっ!!」

 三回戦。審判が手旗を振り下ろし試合が始まった。
 相手の警戒が目に見えて高いから、二回戦の戦法は既に使えない。じりじりと前進し距離を詰めつつ、相手の出方を待つ。
 ひりつく様な時間が流れ、何もしていないのに手に汗が下たった。
 それは相手も同様の様で、じっとこちらを睨み付ける眼は、時折審判の方へ揺れる。
 何を期待しているのかは知らないが、それは十分な隙だ。
 ティトは定期的に巡ってくる相手の隙を逃すまいと、次の機会を伺った。そして――。

「……はっ!」

 気合一閃。相手の視線が動いたことを確認し、一気に距離を詰める。相手は視線を戻しティトを視界に入れるが、既にその距離はナイフの射程だ。
 ティトは逆手に持ったナイフを相手の視界外から回り込ませるように閃かせる。狙いは相手の急所。ナイフは吸い込まれる様に首へと向かい――。

 相手が口元を歪めた。

 ティトは異変を察知すると、二回戦でも見せた急停止を敢行。即座に勢いを殺すと、大きく後方へと飛び退った。

「つっぅ……」

 体勢を立て直し、右手を抱える。
 相手を見れば垂直に蹴り上げた長い脚をゆっくりと下している所だった。

「やられ、た」

 最悪の一撃は回避できた。しかし、高速の蹴りがティトの右手を打ち、獲物であるナイフを叩き落としたのだ。
 ティトは痛む右手を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
 相手は片手剣を正眼に構えると、じりじりと距離を詰めてきた。
 相手の視線移動は完全なフェイク。ティトを誘い出すためにわざとやっていた。
 今それに気づいても遅い。右手の負傷の具合はわからないけど、武器を弾かれ最大の攻撃手段を奪われた。
 しかし、知れたこともある。
 相手の本職は多分拳闘士(グラップラー)。剣を構えてはいるけど、それはハッタリ。
 さっきのあの蹴りの鋭さが物語っている。今見えている剣士の姿はフェイクだと。

「……」

 ティトはじっと相手を睨み付けながら考える。
 距離は確実に詰まっているが、不思議とティトに焦りはなかった。
 それもこれも、故郷『ヴォルケ』で母とも姉とも慕う人に叩き込まれた生きる術のおかげ。

――焦るな。呼吸を整え、相手を見ろ。

 何度も何度も叩き込まれた教えが、その厳しい形相と共に思い出される。
 相手の顔と想い人の顔が重なって見えて、一瞬吹き出しそうになるのを何とか堪え、ティトは武器もないまま構えをとった。
 相手の顔が嘲るような笑みに変わる。武器もないチビに一体何ができるのかと。

 じりじりと近寄る男に向け、ティトはいきなり距離を詰めた。
 一瞬、虚を突かれた相手は両手で握っていた剣を邪魔にならないよう片手に持ち替え、体術による迎撃を狙う。
 ティトはお構いなしに相手に真っ直ぐ突っ込んだ。

 彼我の距離がグンとつまり、先ほどの初撃とほとんど同じ距離になる。
 相手は剣で上半身を庇いつつ、先ほど同様に片足を蹴り上げた。

 鼻先を掠め男のつま先が頭上に抜ける。一撃目はかわした。ここまでは先ほどと同じ。しかし、今度は後方へは跳ばない。
 ティトは蹴りを避ける為に逸らせた体を無理やり前屈させ上体を起こすと、さらに相手の間合いに迫った。

「甘いぞ!」

 しかし、相手の表情にある余裕は崩れない。
 垂直に蹴り上げた足が、すぐさま行先を変え蹴り下ろされた。蹴り上げた時よりも速度を増しティトの頭を狙う踵。
 だが、それこそがティトの待っていたものだった。
 ティトは無理やり前屈させた体の勢いをそのままに、両手で後頭部をガード。相手の振り下ろされる蹴りを両腕に乗せると、勢いを借り一回転した。

「こんにち、は」

 目と目が合う。
 相手の驚く顔がよく見えた。

「蹴りを見せたのは……失敗だった、ね」

 ティトの姿が掻き消える。
 相手はティトを探そうと視線を彷徨わせ――。

――ドスっ。

 肺の奥、横隔膜を狙ったティトの拳をもろに受け、悶絶した。

「一本!!」

 高らかに宣誓されるティトの勝利。
 観客席からどよめきと共に、喝采が降りそそいだ。

「ありがとう、ございまし、た」

 ティトは服についた埃を払い、蹴り落されたナイフを拾い上げると、開始線へ戻って礼をする。
 そして、何事もなかったかのように、踵を返し訓練場を後にした。

●

「三つ目……」

 ティトは足早に廊下を進み、勝利を祝福してくれる同級生にも返事せず、控室へと駆けこんだ。

「やっちゃった……」

 ばたんと乱暴にドアを閉め、呟く。
 右手がずきりと傷んだ。

「これくらいの事、で」

 ティトは給水用にと用意された水がめに右手を突っ込む。
 右手からじんわりと熱が逃げていく。

「……はぁ」

――コンコン。

 気を緩めていたらドアがノックされ、ティトはびくりと尻尾を立てた。
 ティトはすぐさま水がめから右手を引き抜き背中に回すと、尻尾で隠す。

「は、はい……」

 ティトはゆっくりと返事をし、ドアの開くのを待った。

「おめでとう、ティト」

「グェン!!!」
 入ってきた男の姿に、ティトは無意識に飛びついていた。
「はは、元気そうじゃな、ティト」
「なん、で? どうした、の? 訓練所なんかに、きて」
 ぶんぶんと尻尾を振りながら見上げるのは、祖父グェンだった。
「おいおい、ティト。何を言っているんじゃ。この特級選抜試験はわしの所属する諜報部主催だぞ」
「……え?」
 呆れるように笑うグェンに、ティトはぽかんと口を開ける。
「そんな事も知らずに、この試験を受けたのか?」
「……し、知って、る。知ってる、から」
「そうか。それでこそ我が孫じゃ」
 目をそらし不安げに尻尾を揺らすティトの頭を、ぽんぽんと叩いたグェン。
「ティト、右手を出してみろ」
「えっ……」
 ティトが抵抗する間もなく右手をグェンにとられた。
「本来なら、手を貸すのはルール違反なんじゃが。まぁ、これは救護の一環じゃな」
 そう言うと、グェンはポーチから包帯を取り出しティトの手に巻き始める。
「ほれ、何をしておる。さっさとナイフを持て」
「え……?」
「なんじゃ、また体術でやるつもりか?」
 手を止めたグェンに、ティトはぶんぶんと首を振った。
 グェンは顔をしかめながらナイフを握ったティトに笑顔を向けると、包帯でナイフと右手をがちがちに固定していく。
「……これでいい。あと2戦。やれるな?」
「もち、ろん」
「よし、それじゃわしは観客席で見ている。勝てよ、ティト」
「うんっ……!」
 ティトはぎゅっと固定された右腕を見つつ、大きく頷いた。

●
「いやぁ、あの頃のティトは可愛かったのぉ」
 手頃な石に腰かけたグェンが、懐かしげに話した。
「……今も、可愛い、し」
 そんなグェンをナイフの柄でぐりぐりとえぐりながら、ティトをぷぅと頬を膨らせる。
「あの後の戦いぶりも見事だっぞ。まさか優勝するとは思わなんだ」
「……負けると思ってた、の?」
「あの怪我じゃったしな。正直な所、厳しいと思っておったよ」
 グェンは頬を膨らませるティトの頭をわさわさと撫でつけた。

 特級選抜試験。優勝したのはティトだった。
 誰もが予想できなかった事態に、会場は騒然となる。
 満身創痍なれど不撓不屈。ティトは右手に結ばれたナイフと共に、最後まで諦めず戦い抜き、そして勝利を飾った。
 ティトの優勝を祝福する同級生がいる一方、実力を隠していたことに悪意を向ける者もいたが、そこに割って入ったのがグェンだった。
 グェンは訓練場の中央で観客たちの視線にさらされるティトの腕をとると、高々と上げて見せる。そして、その場で自らが所属する帝国諜報部への編入を宣言した。

「あの時は……ほんと、びっくり、した」
「なんじゃ、軍に入りたくて特級選抜試験に出たんじゃろ?」
「そう、だけど……、みんなの前では、やっぱり、はずかし、い」
「あれだけの技を見せた武の化身が、心に乙女を飼っておるんじゃから不思議――痛てててて!! 刺さっとる刺さっとる!!」
 不埒な発言をする祖父を尖がった所でぐりぐりしつつ、ティトは溜息をついた。
「あれは、大変、だった」
 思い出しただけでも胃の奥から何かが込み上げてきそうな感覚が蘇る。
 祖父に迎え入れられた諜報部の『お仕事』は苛烈の一言だった。
「すまんな、お前の身体(呪い)の事はわかって居ったつもりじゃったのに、躍動するお前を見ていたら……」
「グェンのせいじゃなし、体のせいでもない、よ。ぼくが、未熟だった、だけ」
 しょんぼりと肩を落とすグェンの肩にティトがポンと手を置いた。

 軍へと入隊したティトに待っていたのは、訓練という名の『しごき』だった。
 ティトの技量は選抜試験を勝ち抜いただけあって申し分ない。しかし、それだけで軍部の仕事が務まるかというと、そうはならなかった。
 決定的だったのは体力の無さ。生来の小柄な体型と『呪い』の影響で、ティトは瞬発力には優れるものの持久力が壊滅的になかった。おかげで、訓練ではいつも地獄を見た。
 隊が違う事で、祖父グェンとも会う事が出来ず、ティトは次第に部隊内で孤立していく。

 そして、軍に配属されて1年。いくつかのミッションをこなし、ようやく活躍が認められて来た矢先だった。

「よく生きていてくれた」
「……死んでた方が、よかった、かも」

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0