黒曜の火
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2021年07月01日 13時33分58秒
嵐が通り過ぎ、日の出より少し早く目覚める。身支度を整え、工房の外へ出ると凝り固まった筋肉をほぐすために体を伸ばした。やがて白み始める空の下、近くの木に留まった夫婦鳥がぴちぴちと鳴き始める。
初夏は野鳥の繁殖期だ。様々な種類の鳥がそこかしこで番を探し、求愛のダンスを踊り、歌う。ヒトの間では——それこそ種族差や地域差はあれど——恋は燃え上がる炎のようにとも言われるが、竜人よりも遥かに寿命の短い彼ら鳥にとって、恋や愛は一体どのように形容されるのだろう。
普段であれば考えも至らぬようなことが思い浮かぶのは、サイラス自身の人間関係に変化がもたらされたためだろうか。
その変化は、サイラスが直接関わる範囲内でのことではなく、鍛治師であるサイラスのお得意様である只人の女についてだ。
彼女とは何度か戦場を共にしたこともあるし、その武器を手がけたこともある。彼女の麗しさと佇まいの美しさを讃える異名は数知れず——まあ、それなりに目立つ女人だということだ。
そんな彼女の纏う雰囲気の、ちょっとした変化。
「恋、ねえ」
直接何を言われたわけでもない。そもそも本人が気づいているかどうかも怪しい。見ているこっちがむず痒くなるような、冬の終わりに膨らんだ花蕾のような。
「いや、もう初夏なんだけど」
只人に繁殖期というものはあるのだろうか、などと益体もないことを考えながら、木の上に目をやる。ここのところ騒がしいから、巣でもあるに違いない。
「あれ?」
と、思わず首を傾げ、伸ばして、青々と生い茂る葉枝の向こうに目を凝らす。雨露の滴るそこには、壊れかけの巣があった。
続いて、地面に視線を落とす。動かない小さな影を確かめるまでもなく、昨晩のうちに何があったかを察した。
竜人は転生する。只人はそうではない。自身が信じる真実が、世界の真実がいかにどうあれ、サイラスにはそのような知識がある。さて、鳥は? 頭上で歌う夫婦鳥は、何を思っているのだろうか?
サイラスが木の下に近づこうとすると、同じように近づいてくる気配があった。ふと足を止めてそちらを見ると、相手もまたぎくりと動きを止める。
只人の女だ。だが、このあたりではあまり見かけない風貌である。褐色の肌に、ゆるくうねる黒い長髪。気の強そうな瞳に、緊張して引き結んだ薄い唇。ローブを羽織っているがその下はそこそこ露出の多い服——旅の行商、踊り子というのが、しっくりくるだろうか。
女はサイラスにどう声をかけたものか迷っているようだった。少し間を置いたあと、さっと腕を組んで口を開く。
「ご、ごきげんよう」
「ああ、うん。おはよう」
特に興味もないのでさらりと流して、小鳥の遺骸を掬おうと身をかがめて手を伸ばす。すると、女が慌てて割り込んできた。
「どうするの?」
「えっ? どうするってそりゃ、焼くんだけど」
目に入ってしまったものを放置というわけにはいかない。だが、女はサイラスの言葉をどう解釈したのか、目を瞠る。
「食べるの!?」
「食べないよ!?」
驚いて思わず大きな声が出てしまい、女が肩を竦ませた。
「……き、昨日、ここに鳥が巣を作っているのを見つけたのよ。でも昨晩は嵐だったでしょう? だから気になって」
朝一番で見にきた、ということらしい。サイラスはそれを聞きながら、冷たく硬くなった小鳥の遺骸を拾う。
「なるほどね。巣は壊れてしまって赤ん坊は落ちて死んでしまいました。俺は今からこいつを焼くけど、あんたはなんかするつもりだったのかい」
「埋めるくらいのことは……するつもりでいたわよ。でも、あんたは焼くのね。竜人の信仰?」
「いや……」
かつて、その骸を砕かれて土に混ぜられた只人の女がいた。だからどう、というわけでもないし、そもそもサイラスは信仰というもの自体にさほど思い入れがない。ただ、火に対して何かしら思うところはある、それくらいだろうか。
「あんたは? 土葬ってのはあんたの信仰?」
ふと、気になって尋ねてみる。興味がなさそうな素振りから一転、水を向けられたことに、女はぱちぱちと瞬きをする。
「特に何かを信じてるわけじゃないわよ。ただ、習慣としてそういう選択をするだけ。でも……」
「でも?」
女は組んでいた腕を解いて、指先で髪をいじりながら、少し遠くに視線を投げた。
「……仲間が、旅の途中で死んだりしたら。焼いて、灰と一緒に、また旅を続けるの」
「その心は?」
「魂を運ぶのよ。いつかたどり着く安寧の地へ」
「信仰っぽいな」
「言われてみればそうかもね」
由るべき国を持たない放浪の民がいる、ということは小耳に挟んだことがある。おそらく彼女は、そういう人々のうちのひとりなのだろう。
サイラスは立ち上がり、家の中へと戻った。特に声をかけたわけでも許可をしたわけでもないが、女もまたついてくる。拒む理由も思いつかないのでそのまま、燃え盛る炉に近づく。
「鍛治師なのね」
火床、金床、鞴、水槽といった設備を女が見回して確認している間に、火かき棒の平板に遺骸を載せる。
「祈らないの?」
その言葉は、どちらが発したものだったか。おそらく両者ともであったかもしれない。それに気づいたあと、サイラスは無言で火かき棒を火の中に突っ込んだ。
すでに終わった小さな命は、あっけなく燃えた。その輝きを言葉もなく見つめる。
「恋人だったの」
脈絡もない切り出しに、サイラスは視線だけで応じる。女の黒い瞳の中で、炎が揺らめいている。
「幼馴染みで、ずっと一緒にいるのが当然だと思ってて、愛しくも思っていたわ。でも、あっさり死んじゃって。灰になったらどうなるのかなって思って、でも思ったよりずっとずっと重くて」
「重荷に感じる?」
「どう思う?」
まさか質問に質問で返されるとは思わず、サイラスは返答に窮した。
結局その場は曖昧に濁し、女は小鳥の遺灰を小瓶に封じた。彼女らが目指す安寧の地へと、連れて行くのだろう。
「巣箱を依頼するって言ったら、作ってくれる?」
ふと、女がそういうので、サイラスは首を傾げた。
「うち、鍛冶屋で木工屋ではないんだけど」
「モノは作れるんでしょ」
「料理人に皿作れって言ってるもんじゃない?」
とんだ無茶振りだ。家に木工用の道具は——サイラスは地下にある道具類を思い出す。使えなくもないが、この女には刺激が強い気がする。
(まあ、いいけどね、たまにはそういう変な依頼があっても)
どう考えても買ったほうが早いと思うのだが、依頼は依頼だ。
ではと腰を上げたサイラスに、女は「それなら、」と続ける。
「材料は用意するから、作り方を教えて」
——さて、今日の客も、ひときわ変な客だ。
初夏は野鳥の繁殖期だ。様々な種類の鳥がそこかしこで番を探し、求愛のダンスを踊り、歌う。ヒトの間では——それこそ種族差や地域差はあれど——恋は燃え上がる炎のようにとも言われるが、竜人よりも遥かに寿命の短い彼ら鳥にとって、恋や愛は一体どのように形容されるのだろう。
普段であれば考えも至らぬようなことが思い浮かぶのは、サイラス自身の人間関係に変化がもたらされたためだろうか。
その変化は、サイラスが直接関わる範囲内でのことではなく、鍛治師であるサイラスのお得意様である只人の女についてだ。
彼女とは何度か戦場を共にしたこともあるし、その武器を手がけたこともある。彼女の麗しさと佇まいの美しさを讃える異名は数知れず——まあ、それなりに目立つ女人だということだ。
そんな彼女の纏う雰囲気の、ちょっとした変化。
「恋、ねえ」
直接何を言われたわけでもない。そもそも本人が気づいているかどうかも怪しい。見ているこっちがむず痒くなるような、冬の終わりに膨らんだ花蕾のような。
「いや、もう初夏なんだけど」
只人に繁殖期というものはあるのだろうか、などと益体もないことを考えながら、木の上に目をやる。ここのところ騒がしいから、巣でもあるに違いない。
「あれ?」
と、思わず首を傾げ、伸ばして、青々と生い茂る葉枝の向こうに目を凝らす。雨露の滴るそこには、壊れかけの巣があった。
続いて、地面に視線を落とす。動かない小さな影を確かめるまでもなく、昨晩のうちに何があったかを察した。
竜人は転生する。只人はそうではない。自身が信じる真実が、世界の真実がいかにどうあれ、サイラスにはそのような知識がある。さて、鳥は? 頭上で歌う夫婦鳥は、何を思っているのだろうか?
サイラスが木の下に近づこうとすると、同じように近づいてくる気配があった。ふと足を止めてそちらを見ると、相手もまたぎくりと動きを止める。
只人の女だ。だが、このあたりではあまり見かけない風貌である。褐色の肌に、ゆるくうねる黒い長髪。気の強そうな瞳に、緊張して引き結んだ薄い唇。ローブを羽織っているがその下はそこそこ露出の多い服——旅の行商、踊り子というのが、しっくりくるだろうか。
女はサイラスにどう声をかけたものか迷っているようだった。少し間を置いたあと、さっと腕を組んで口を開く。
「ご、ごきげんよう」
「ああ、うん。おはよう」
特に興味もないのでさらりと流して、小鳥の遺骸を掬おうと身をかがめて手を伸ばす。すると、女が慌てて割り込んできた。
「どうするの?」
「えっ? どうするってそりゃ、焼くんだけど」
目に入ってしまったものを放置というわけにはいかない。だが、女はサイラスの言葉をどう解釈したのか、目を瞠る。
「食べるの!?」
「食べないよ!?」
驚いて思わず大きな声が出てしまい、女が肩を竦ませた。
「……き、昨日、ここに鳥が巣を作っているのを見つけたのよ。でも昨晩は嵐だったでしょう? だから気になって」
朝一番で見にきた、ということらしい。サイラスはそれを聞きながら、冷たく硬くなった小鳥の遺骸を拾う。
「なるほどね。巣は壊れてしまって赤ん坊は落ちて死んでしまいました。俺は今からこいつを焼くけど、あんたはなんかするつもりだったのかい」
「埋めるくらいのことは……するつもりでいたわよ。でも、あんたは焼くのね。竜人の信仰?」
「いや……」
かつて、その骸を砕かれて土に混ぜられた只人の女がいた。だからどう、というわけでもないし、そもそもサイラスは信仰というもの自体にさほど思い入れがない。ただ、火に対して何かしら思うところはある、それくらいだろうか。
「あんたは? 土葬ってのはあんたの信仰?」
ふと、気になって尋ねてみる。興味がなさそうな素振りから一転、水を向けられたことに、女はぱちぱちと瞬きをする。
「特に何かを信じてるわけじゃないわよ。ただ、習慣としてそういう選択をするだけ。でも……」
「でも?」
女は組んでいた腕を解いて、指先で髪をいじりながら、少し遠くに視線を投げた。
「……仲間が、旅の途中で死んだりしたら。焼いて、灰と一緒に、また旅を続けるの」
「その心は?」
「魂を運ぶのよ。いつかたどり着く安寧の地へ」
「信仰っぽいな」
「言われてみればそうかもね」
由るべき国を持たない放浪の民がいる、ということは小耳に挟んだことがある。おそらく彼女は、そういう人々のうちのひとりなのだろう。
サイラスは立ち上がり、家の中へと戻った。特に声をかけたわけでも許可をしたわけでもないが、女もまたついてくる。拒む理由も思いつかないのでそのまま、燃え盛る炉に近づく。
「鍛治師なのね」
火床、金床、鞴、水槽といった設備を女が見回して確認している間に、火かき棒の平板に遺骸を載せる。
「祈らないの?」
その言葉は、どちらが発したものだったか。おそらく両者ともであったかもしれない。それに気づいたあと、サイラスは無言で火かき棒を火の中に突っ込んだ。
すでに終わった小さな命は、あっけなく燃えた。その輝きを言葉もなく見つめる。
「恋人だったの」
脈絡もない切り出しに、サイラスは視線だけで応じる。女の黒い瞳の中で、炎が揺らめいている。
「幼馴染みで、ずっと一緒にいるのが当然だと思ってて、愛しくも思っていたわ。でも、あっさり死んじゃって。灰になったらどうなるのかなって思って、でも思ったよりずっとずっと重くて」
「重荷に感じる?」
「どう思う?」
まさか質問に質問で返されるとは思わず、サイラスは返答に窮した。
結局その場は曖昧に濁し、女は小鳥の遺灰を小瓶に封じた。彼女らが目指す安寧の地へと、連れて行くのだろう。
「巣箱を依頼するって言ったら、作ってくれる?」
ふと、女がそういうので、サイラスは首を傾げた。
「うち、鍛冶屋で木工屋ではないんだけど」
「モノは作れるんでしょ」
「料理人に皿作れって言ってるもんじゃない?」
とんだ無茶振りだ。家に木工用の道具は——サイラスは地下にある道具類を思い出す。使えなくもないが、この女には刺激が強い気がする。
(まあ、いいけどね、たまにはそういう変な依頼があっても)
どう考えても買ったほうが早いと思うのだが、依頼は依頼だ。
ではと腰を上げたサイラスに、女は「それなら、」と続ける。
「材料は用意するから、作り方を教えて」
——さて、今日の客も、ひときわ変な客だ。
登場キャラクター
サイラス