とある紋具の禁黙示録

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月05日 13時03分04秒


「このハイスピードキャスターバンビからここまで逃げる事が出来るとは、流石と褒めて差し上げますわ」

 リブラネスタの裏路地で、バンビは一人の男を追い詰めていた。

「さて、俺をつけていた理由を聞かせてもらいましょうか」

 バンビは突き当りの壁に背を預け、辺りをしつこく伺う男との距離をずいっと詰めた。

「ふふ……くくくく……」

 しかし、バンビの近づく気配に男の肩が上下に揺れると、ゆっくりと視線を合わせてきた。

「久しぶりだな、バンビ! 冒険者稼業もなかなかうまくいって――ぶべしっ!?」

 不敵に微笑んだ男の右頬に、神速の詠唱より放たれた【魔弾】の一撃が突き刺さる。

「そんな事は聞いていませんわ。さっさと理由をゲロりなさい」
「ふっ……相変わらず容赦の『よ』の字もないな、バンビ! それでこそ、私のつく――はぶしっ!?」
「何度も言わせないでいただけます? 時間が勿体ないですわ」

 今度は左頬に突き刺さった【魔弾】に吹き飛ばされ、後頭部を壁にしこたま打ち付けた男は、頭を押さえ悶絶している。バンビはそんな事知らんとばかりに、更に一歩詰め寄った。

「言わないのであれば、手加減はできませんわよ。いくら授恵者でも、俺の本気を打ち込めばどうなるか……あんたが一番ご存知でしょう」

 言いつつバンビはペロりと舌を出す。そこに刻まれた魔法陣を見せつけるように。

「くっ……! わ、わかった。私の負けだ!」

 男は両手を地面につくと、床ペロする勢いで頭を下げる。

「勝ち負けなんてどうでもいいのですわ。それで、なんで付け回していたんです」

 バンビはまるでゴミでも見るような瞳で男を見下ろした。

 細身の中背。面長でもじゃもじゃ天然パーマ。ど近眼で分厚いレンズの眼鏡をかけている。
 これで帝国では権威ある研究者だったというのだから、帝国の程度が知れるってものだ。

「あぁ……その瞳! その視線んん!! まるで母親のムロ――ブヘボッ!?」

 いきなり興奮しだす男の眉間に、バンビは1mmの躊躇いもなく魔弾を撃ち込んだ。

「お前に渡す物があるのだ」
「きゅ、急になんですの。いきなりのキャラ変はイケメンだけに許された特権ですわよ」

 しかし男は何もなかったかのように立ち上がり、虚を突かれたバンビとの距離を自ら詰める。
 バンビは咄嗟に身構え後ずさる。それほどまでに男の気迫がすさまじかった。

「バンビ!」

 警戒するバンビをあざ笑うかのように男はいきなり手を突き出すと、パッと開く。
 そこには何やら見慣れぬ小さな紋具があった。

「ふぉっふぉっふぉ、これをそなたに授けよう」
「またキャラ変わってますわよ」
「さぁ、チャンスはこの1回限り! これを逃したらもう手に入りませんよ、奥さん!」
「ころころ変え過ぎですわね。読者の皆様が食傷気味でしてよ」

 差し出された紋具を前に二人の不毛なやり取り(字数を食うやり取り)が続く。

「ちっ、ノリの悪い。そんな子に育てた覚えは――へぶしっ!!」

 薄い反応に悪態をつく男の鳩尾に【魔弾】をくれてやってから、バンビは男の胸ぐらをつかみ上げた。

「いい加減になさい。そろそろ堪忍袋の緒がブチ切れますわよ?」
「ふっ……すっかり大人になって……パパはうれ――待て待て待て!! わかった、わかったから!!」

 再び魔法の構えを見せたバンビに、男は慌てて手を振った。そして、先ほど見せた小さな紋具を今度はゆっくりと差し出してくる。

「何なのですか、これは」
「これは紋具だ」
「……馬鹿にしてますの?」
「ちがっ! ば、馬鹿だな、私がお前を馬鹿にする……パパだけに! ――うぐぉぉぉ」

 カチ上げられたバンビの脚がぐしゃりといい音を響かせると、男は悶絶し地面をゴロンゴロンと転がりまわる。

「一体何のですか、これは」

 転げまわる男を無視し、落ちていた紋具を拾い上げたバンビ。
 よく見ると、何やら太くて棒状のものだとわかる。しかし、その効果がさっぱりわからない。

「こんなものは見た事ありませんわね。どことなく嫌な予感が漂う形状をしていますが」

 と、バンビはダンゴムシ状に丸まる男の背に足をかけ問いかけた。

「ふっ……ふふふ、よくぞ気付いたな! それは帝国紋具学の権威、かの有名なペプ――ひやんっ!?」
「そんなどうでもよい事よりも、これがなんなのか聞かせてもらえまして」

 再びグダグダと長ったらしい前置きを始めそうな男の尻に蹴りを見舞ったバンビ。次は突っ込むぞとつま先をひらひらと宙に揺らせながら、さらに問いかけた。

「ふっ……せっかちなのは父親似か。いいだろう、そこまで言うのなら教えて――いやぁぁ! お教えいたしますから帰らないでっ!?」

 そんな物言いが癇に障ったのか、踵を返したバンビ。男は慌ててバンビのローブを掴んで止める。
 必死に押しとどめようとする男に、バンビは大きくため息をつくと振り返り、無言で睨み付けた。
 刺すように睨み付けてくるバンビを、男は逆にじっと見つめる。

「……なんですの」
「いや、流石の美しさだと改めて見惚れてるんだ」
「あんた方が勝手に造った顔でしょう」
「造ったのは神さ。私達は神の御手に願いを込めただけに過ぎない。そんなお前にちっぱい……いや、ピッタリなのがこの紋具だ」
「……危うく振り上げた拳の行き先を探すところでしたけど、ですから、その紋具は何なのですか」
「いいだろう。教えてやろう……これは! この紋具は――」

 と、男は勿体ぶらせるように一拍置き、そして――。

「ある場所に身につける事で、INIが三倍になる紋具だ!!!!」

 どデカボイスで勝ち誇った。

「………………」
「あ、あれ? 『そ、そんな、まさか、そんな素晴らしいものを俺に!?』とか『きゃぁぁ! パパ様素敵! 大好き!!』とか、そういう俺の胸に飛び込んでくる的な展開を想像していたんだが……あれ?」

 呆れるどころかまったくの無反応なバンビに男は動揺する。

「そんな、胡散臭さが爆裂しているものをよく平然と差し出せますわね」

 大きく息を吸い込んだバンビが、でっかいため息をついた。

「ふっ……試してもいないのに胡散臭い? ハイスピードキャスターともあろう者が、みすみすINIが上昇する機会を捨てるのか?」

 しかし、クールに微笑む男は、すっと立ち上がりバンビに近づいてくる。

「信じる信じないはお前次第だ。しかし、もし使うのなら……お前は新たな世界を見る事になるだろう」

 バンビの肩に手を置いた男は、耳元でささやく――。

「尻に刺せ。そうすれば、お前はこの世の最速となるだろう」

 妙な迫力に動けないバンビに、男は勝ち誇った様な不敵な笑みを浮かべ、そのまま残し去っていった。

●

「……新たな世界? 馬鹿馬鹿しいですわ」

 裏路地に一人残されたバンビが首を振る。
 手には名状し難い形状の紋具がにぎにぎされていた。

「INIが3倍? そんな事が起こるわけ……」

 阿保らしいとバンビは紋具を投げ捨てようとして……思いとどまる。
 名状し難い形状のそれは、不思議としっとり温かい。ついでに絶妙な硬さでにぎにぎしているとなぜか癖になってくる。

「それに尻に刺す意味も分かりませんわ。それが紋具の発動条件ですの? そんな紋具、聞いた事もありませんわ」

 去っていった男が最後に残した言葉『尻に刺せ』。まったくもって意味不明なその使用方法に、バンビはふるふると首を振った。

「……いえ、そこまでするからこそのINI3倍」

 しかし、聞いた事もない使用方法だからこその、通常では考えられない効果が得られるともとれる。
 見れば見る程不可思議なそれは、あの狂研究者(パパ様)が手ずから渡してきた。
 自分と顔を合わせれば、酷い目を見るとわかっていてなお、あの男は直接渡してきたのだ。

「……とりあえず、不法投棄はまずいですわね」

 バンビはにぎにぎしていた名状し難い紋具をポケットにしまいつつ踵を返す。
 当然男の影はない。

「疲れましたわ。か、帰りましょう」

 珍しくどもりつつバンビは、来た道を戻っていった。

●

「……」

 定宿にしている粗末な安宿。その一室でバンビはじっと立ち尽くしていた。

「……の、喉が渇きましたわね」

 わざわざ声に出す程の事でもない言葉が口を突いて出てくる。
 ごくりと喉を鳴らしつつも、バンビの視線は机に置かれた水差しではなくあの紋具に注がれていた。

「ハイスピードキャスターを名乗るものとして、先制打は最も尊ぶものですわ。ええ、いつもいつもシーフに負けてばかりはいられませんもの。しかし、キャスターであるが故の限界というものが存在するのもまた事実。世中の節理にして道理。致し方ない部分と諦めてしまえばそこで済むのでしょう。しかし、それを越えた先に何が待っているか。そこには未だ誰も見た事のない世界が広がっているのですわ」

 と、2秒で言い終えたバンビは無意識の内にあの紋具を手に取っていた。
 バンビは自慢の暗黒頭巾と粗末なワンピースを脱ぎ捨てると、紋具を持つ手をゆっくりと下げていき――。
















「あ、濡らした方が痛くないぞ?」

 窓に向けて思いっきりぶん投げた。

「ぐはっ!? ななな、何をする!? 落ちたらどうするんだ、危ないだろうが!!」
「そこで何をしてやがりますの!? ここ3階ですわよ!!!」

 突然飛んできた紋具を額に受け涙目で抗議してくる男に、バンビは珍しく声を荒げた。

「何をだと? そんなもの決まっている。その紋具の効果のほどを検証しに来たに決まっているだろう。まさか研究者ともあろう者が効果の実証をせずに帰るとでも思ったのか? ふっ、浅はかだな娘よ! ……ってあれ、紋具はどこやった?」

 と、男は腫れた額を摩りながらバンビの手を見る。しかし、そこには当然紋具はない。

「そこに転がっていますわ」

 そんな男の仕草に冷静さを取り戻したのか、バンビは床に転がった紋具を指さした。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0