手紙
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月01日 13時00分34秒
雨降るエスト・ポーラ。
商会の建物が鎬を削る一角に立つ『ベイカー商会』に、一通の文が届けられた。
差出人はリサ・ベイカー。
紆余曲折あり、今は学園に通うベイカー家の長女が定期報告として送ってくる手紙だった。
宛先は当主セドリック=ベイカー……ではなく、継母メリッサ=ベイカー。
メリッサは使用人から手紙を受け取ると、嬉しそうに封を切る。几帳面に折られた手紙を取り出し、椅子に座る間も惜しんで目を通し始めた。
手紙はリサの細かく丁寧な文字がびっしりと記されている。
「紙を無駄にしない所も、あの人そっくり」
メリッサは微笑ましく手紙を眺めつつ席に着き、改めて手紙を読み始めた。
『お義母様へ。そちらはお変わりないでしょうか。わたしは――』
セドリックに叩き込まれたのだろう硬い文面から始まったリサの手紙。
近況報告から始まり、学園での生活。そして、激動に揺れる学園内部の様子が、どこか事務的に記されている。
メリッサはゆっくりと文字に指を這わせながら読み進めていった。
「……まぁ、あの子が立候補。すごいわね」
学園で始まった派閥同士の暗闘の様子が、要点を押さえ書かれている。
その中でも目を惹いたのは、リサがその暗闘に身を投じたという内容だった。
「名前を売る……確かにそれは成るでしょうけど……それは諸刃の剣よ」
リサの思い切った行動を褒めながらも不安を覚えた。あの学園はあくまで貴族のもの。平民の出であるリサが悪目立ちをすればどうなるか。メリッサは表情を曇らせる。
「……そう、お友達の為に。それならば仕方ないわね」
しかし、次の一文を読んで納得してしまった。
そもそもが友達の為に学園へと飛び込んだ義娘だ。学園で新しくできた友達の為に何か行動を起こすのは当然だろう。その友達が困っているのなら、尚更。
例え退学になろうとも、友達の為に自分が出来る事をする、と力強く書き記された手紙からリサの決意の表れを感じる。
「時々ビックリするくらい大胆なんですから」
呆れるように呟いたメリッサの脳裏に浮かぶのは仲良く並んだ親子の姿。
「ほんと、親子ね」
メリッサとリサに血の繋がりはない。その事に少しだけ寂しさを感じていたら、部屋のドアが開かれた。
「お帰りなさい、あなた」
「ああ」
戻ってきたのはセドリックだった。商談を終え雨の中を戻ってきたのだろう、濡れたコートをハンガーにかけると、タオルで頭を拭いている。
「商談はうまくいきましたか?」
「ああ、問題ない」
「そうですか。それはよかった」
メリッサは立ち上がり拭き終えたタオルを受け取る。
セドリックはメリッサの座っていた席へと向かうと、机に置いてあったそれを見つけた。
「手紙か?」
「ええ、誰からかわかりますか?」
「……リサか」
「ご明察」
嬉しそうにそう言ったメリッサは、セドリックに「何か飲みますか?」と問いかける。
「温かいものを」
短く答えたセドリック。しかし、その視線はずっとリサの手紙に注がれていた。
「はい、少しお待ちくださいね」
そんなセドリックに苦笑しながら、メリッサは部屋を辞す。
一人残された部屋でセドリックは、娘の動向を知るのは親の務めだと自分に言い聞かせ、読み進めていった。
娘の公爵令嬢との交友を知ったセドリックは表情を曇らせる。
「派閥のどちらかに加担するのであれば、もっと情報を収集し、天秤がどちらに傾いているのか見極めろ。即断即決は時に英断であるが、大概は無謀に終わる」
そこに聞き手はいない。それをわかっていてなお、娘の無鉄砲さに声を出さずにいられなかった。
セドリックは更に手紙を読み進めていく。
「……名を売るだと? それは違う。名を売るのであれば、金貨を積め。それが商人だ。演説で得た名声など商売では何の役にも立たん」
手紙の内容は学園内での選挙の事になる。生徒会選挙に立候補したと書かれた文章にセドリックは更に表情を曇らせると、溜息と共に頭を振った。
「リサ、はき違えるなよ。私はそんな事をさせる為に入学を許可したのではないぞ」
「あら、入学を許可したのは私ですよ?」
セドリックの呟きに答えたのは、ティーセットを持って帰ってきたメリッサだった。
メリッサは机にティーセットを置くと、薫り高い紅茶をセドリック愛用のカップに注ぐ。
「人の手紙を勝手に読んではいけませんよ?」
「……これは私達二人に宛てられたものだろう」
「宛先には私の名前しか書いていません」
「む……」
カップに注いだ紅茶をセドリックの前に滑らせながら、メリッサは微笑む。
「リサさんからのお手紙が欲しいのなら、自分で書けばよろしいでしょ? あの子ならちゃんとお返事をくれますよ」
そう言って、メリッサはカップの代わりにセドリックの手元にあった手紙を引き寄せた。
「心配しなくても、あの子なりに色々と考えていますよ」
「あっ……」と思わず声を上げたセドリックの元へ、まだ読んでいないだろう2枚目を差し戻す。
「ちゃんと続きを読んでみてください。リサさんの貴方に対する配慮がちゃんと書かれていますから」
セドリックは戻された2枚目の手紙に視線を落としつつ、メリッサの淹れた紅茶で唇を湿らせた。
2枚目の手紙は1枚目の事務的な報告とは打って変わって、リサ本人の口調で書かれている。セドリックはカップをソーサーに戻すと、手紙を持ち上げ読み始めた。
「……これが配慮か?」
「ええ、とても素敵な配慮でしょう?」
一通り手紙に目を通したセドリックが視線だけを上げメリッサを見る。
するとメリッサは、眉間にしわを寄せるセドリックに手紙の裏から指さした。
『貴族同士の派閥争いがあるので、もしかしたら実家に色々嫌がらせとか、問い合わせとかあって、ご迷惑かけるかもしれません。でも、お父様ならそんな状況もうまく利用して、逆に商機に変えたりしそうだから、実はあんまり心配はしていません』
セドリックは手紙に書かれたリサからのメッセージを読み、眉間のしわを深める。
「これは『配慮』ではない、丸投げというんだ」
「信頼があるからこその『委任』ですよ。貴方もよくやるじゃありませんか」
「私のそれと同じにするな。そもそもなぜ私が娘に委任されねばならん」
「娘から父へ向けられた信頼。素敵ですね」
「話を聞いているのか?」
「もちろん聞いていますとも」
ニコニコと自分を見つめるメリッサに、セドリックは眉間を押さえ溜息をつく。
「あの子らしい配慮と先見。とても素晴らしい成長だと思いますけどね」
「成長だと?」
「はい、成長です。あの子はまだ入学して間がありません。それなのに、生徒会への立候補ですよ? 普通、出来る事ではありません」
「そんなもの、『利』がないと言っている」
「公爵令嬢との交友に『理』がない? 私はそうは思いません」
断言するセドリックに、メリッサは首を振った。
「何の利がある。公爵家など古参の商会が固めていて、我々のような中規模の商会が手を出せる隙など無い。藪をつついても蛇が出てくるだけだ」
「本当に、根っからの商人なんですから……。私が言っているのは、商売の話ではありません。あの子の才能の話をしているんですよ」
「才能? 商才ではなくか」
「あの子の商人としての資質はまだ未知数です。貴方の子ですからその片鱗は時折見えますけどね。私が言いたいのは、あの子はあの人の子だという事です」
商会の建物が鎬を削る一角に立つ『ベイカー商会』に、一通の文が届けられた。
差出人はリサ・ベイカー。
紆余曲折あり、今は学園に通うベイカー家の長女が定期報告として送ってくる手紙だった。
宛先は当主セドリック=ベイカー……ではなく、継母メリッサ=ベイカー。
メリッサは使用人から手紙を受け取ると、嬉しそうに封を切る。几帳面に折られた手紙を取り出し、椅子に座る間も惜しんで目を通し始めた。
手紙はリサの細かく丁寧な文字がびっしりと記されている。
「紙を無駄にしない所も、あの人そっくり」
メリッサは微笑ましく手紙を眺めつつ席に着き、改めて手紙を読み始めた。
『お義母様へ。そちらはお変わりないでしょうか。わたしは――』
セドリックに叩き込まれたのだろう硬い文面から始まったリサの手紙。
近況報告から始まり、学園での生活。そして、激動に揺れる学園内部の様子が、どこか事務的に記されている。
メリッサはゆっくりと文字に指を這わせながら読み進めていった。
「……まぁ、あの子が立候補。すごいわね」
学園で始まった派閥同士の暗闘の様子が、要点を押さえ書かれている。
その中でも目を惹いたのは、リサがその暗闘に身を投じたという内容だった。
「名前を売る……確かにそれは成るでしょうけど……それは諸刃の剣よ」
リサの思い切った行動を褒めながらも不安を覚えた。あの学園はあくまで貴族のもの。平民の出であるリサが悪目立ちをすればどうなるか。メリッサは表情を曇らせる。
「……そう、お友達の為に。それならば仕方ないわね」
しかし、次の一文を読んで納得してしまった。
そもそもが友達の為に学園へと飛び込んだ義娘だ。学園で新しくできた友達の為に何か行動を起こすのは当然だろう。その友達が困っているのなら、尚更。
例え退学になろうとも、友達の為に自分が出来る事をする、と力強く書き記された手紙からリサの決意の表れを感じる。
「時々ビックリするくらい大胆なんですから」
呆れるように呟いたメリッサの脳裏に浮かぶのは仲良く並んだ親子の姿。
「ほんと、親子ね」
メリッサとリサに血の繋がりはない。その事に少しだけ寂しさを感じていたら、部屋のドアが開かれた。
「お帰りなさい、あなた」
「ああ」
戻ってきたのはセドリックだった。商談を終え雨の中を戻ってきたのだろう、濡れたコートをハンガーにかけると、タオルで頭を拭いている。
「商談はうまくいきましたか?」
「ああ、問題ない」
「そうですか。それはよかった」
メリッサは立ち上がり拭き終えたタオルを受け取る。
セドリックはメリッサの座っていた席へと向かうと、机に置いてあったそれを見つけた。
「手紙か?」
「ええ、誰からかわかりますか?」
「……リサか」
「ご明察」
嬉しそうにそう言ったメリッサは、セドリックに「何か飲みますか?」と問いかける。
「温かいものを」
短く答えたセドリック。しかし、その視線はずっとリサの手紙に注がれていた。
「はい、少しお待ちくださいね」
そんなセドリックに苦笑しながら、メリッサは部屋を辞す。
一人残された部屋でセドリックは、娘の動向を知るのは親の務めだと自分に言い聞かせ、読み進めていった。
娘の公爵令嬢との交友を知ったセドリックは表情を曇らせる。
「派閥のどちらかに加担するのであれば、もっと情報を収集し、天秤がどちらに傾いているのか見極めろ。即断即決は時に英断であるが、大概は無謀に終わる」
そこに聞き手はいない。それをわかっていてなお、娘の無鉄砲さに声を出さずにいられなかった。
セドリックは更に手紙を読み進めていく。
「……名を売るだと? それは違う。名を売るのであれば、金貨を積め。それが商人だ。演説で得た名声など商売では何の役にも立たん」
手紙の内容は学園内での選挙の事になる。生徒会選挙に立候補したと書かれた文章にセドリックは更に表情を曇らせると、溜息と共に頭を振った。
「リサ、はき違えるなよ。私はそんな事をさせる為に入学を許可したのではないぞ」
「あら、入学を許可したのは私ですよ?」
セドリックの呟きに答えたのは、ティーセットを持って帰ってきたメリッサだった。
メリッサは机にティーセットを置くと、薫り高い紅茶をセドリック愛用のカップに注ぐ。
「人の手紙を勝手に読んではいけませんよ?」
「……これは私達二人に宛てられたものだろう」
「宛先には私の名前しか書いていません」
「む……」
カップに注いだ紅茶をセドリックの前に滑らせながら、メリッサは微笑む。
「リサさんからのお手紙が欲しいのなら、自分で書けばよろしいでしょ? あの子ならちゃんとお返事をくれますよ」
そう言って、メリッサはカップの代わりにセドリックの手元にあった手紙を引き寄せた。
「心配しなくても、あの子なりに色々と考えていますよ」
「あっ……」と思わず声を上げたセドリックの元へ、まだ読んでいないだろう2枚目を差し戻す。
「ちゃんと続きを読んでみてください。リサさんの貴方に対する配慮がちゃんと書かれていますから」
セドリックは戻された2枚目の手紙に視線を落としつつ、メリッサの淹れた紅茶で唇を湿らせた。
2枚目の手紙は1枚目の事務的な報告とは打って変わって、リサ本人の口調で書かれている。セドリックはカップをソーサーに戻すと、手紙を持ち上げ読み始めた。
「……これが配慮か?」
「ええ、とても素敵な配慮でしょう?」
一通り手紙に目を通したセドリックが視線だけを上げメリッサを見る。
するとメリッサは、眉間にしわを寄せるセドリックに手紙の裏から指さした。
『貴族同士の派閥争いがあるので、もしかしたら実家に色々嫌がらせとか、問い合わせとかあって、ご迷惑かけるかもしれません。でも、お父様ならそんな状況もうまく利用して、逆に商機に変えたりしそうだから、実はあんまり心配はしていません』
セドリックは手紙に書かれたリサからのメッセージを読み、眉間のしわを深める。
「これは『配慮』ではない、丸投げというんだ」
「信頼があるからこその『委任』ですよ。貴方もよくやるじゃありませんか」
「私のそれと同じにするな。そもそもなぜ私が娘に委任されねばならん」
「娘から父へ向けられた信頼。素敵ですね」
「話を聞いているのか?」
「もちろん聞いていますとも」
ニコニコと自分を見つめるメリッサに、セドリックは眉間を押さえ溜息をつく。
「あの子らしい配慮と先見。とても素晴らしい成長だと思いますけどね」
「成長だと?」
「はい、成長です。あの子はまだ入学して間がありません。それなのに、生徒会への立候補ですよ? 普通、出来る事ではありません」
「そんなもの、『利』がないと言っている」
「公爵令嬢との交友に『理』がない? 私はそうは思いません」
断言するセドリックに、メリッサは首を振った。
「何の利がある。公爵家など古参の商会が固めていて、我々のような中規模の商会が手を出せる隙など無い。藪をつついても蛇が出てくるだけだ」
「本当に、根っからの商人なんですから……。私が言っているのは、商売の話ではありません。あの子の才能の話をしているんですよ」
「才能? 商才ではなくか」
「あの子の商人としての資質はまだ未知数です。貴方の子ですからその片鱗は時折見えますけどね。私が言いたいのは、あの子はあの人の子だという事です」