【鉱説】変火遍歴
キャラクターノベル制作 九弐ニデル納品 2021年07月01日 13時27分28秒
バカはどうやったってバカだ。
ウェズンはくだをまき始めた傭兵崩れをちらりと見た。麦酒のあとの『竜の鼾』2杯でこの有様だ。さっさとお帰り願おうかね。
「おい」
水のコップをごとりと置きながら声をかけると、相手は真っ赤に濁った目を開いた。
「店主さんよぉ、この店……なんで、”巨人の指輪”ってんだァ?」
くだらねぇ。一番くだらねぇ絡み方をしてきやがった。ウェズンは無言で粗末な荷物を外に放り出す。ここがどんな地区か知っている奴なら、これでどれだけ酔っぱらっていても血相変えて飛び出していく。ややあって、這いずって荷物を確保した奴の鼾が聞こえてきた。先払いさせていた彼の目はまだまだ確かなようだった。
都市同盟の貧民街――理性の天秤からこぼれた屑の吹き溜まり。その路地を入って、折れて、また折れて、としたところにこの巨人の指輪亭はあった。面白い酒と、面白い情報と、面白い取引と。伏し目がちに噂されるこの酒場の客層は推して知るべし。つまりは店主のウェズンもそれなりの経歴である。
ただ、それを知る者はほとんどいないだろう。ましてや彼が肌身離さず1つの指輪を持っていることなど。
その指輪の真ん中には丸く磨いた石が1つ。灯火のような色合いで、底の方にぎらつく赤が少し、上に向かってだんだん明るくなる橙色の煌きが封じられている。
ウェズンがこの石を手に入れたのは彼がまだ旅をしていたころ、この鼻にのしかかる紋具の世話にならぬころ、やっと酒を嗜み始めたころだ。古い彫像の目に嵌っていたこれが、すとんと彼の掌に落ちてきた。当時の知り合いなら「それは奴なりの仕事の表現だ」と笑うに決まっているが、こればっかりは本当だ。遺跡の拝堂で気配に顔を上げたら、高い台座のさらに上からこの石が降ってきた。
彼はその輝きを見た途端、使い方を1つだけ閃いた。残りの仕事もそこそこに大事に懐にしまい込んで、埃まみれの足で駆け込んだのは彫金屋だ。
「おう、久しぶりだな。また”拾い物”か?」
これは灯長石だと顔なじみの職人が言った時、ウェズンは鼻で笑った。灯長石といえばただ火の粉のような橙金の粒が透明な石の中に舞っているだけのものだ。こんな、本物の火のような濃いものは見たことがなかった。しかしこの職人が彼を謀ることはない。灯長石の特級品だという鑑定は信じるよりなかった。それにそんな特別なものなら、ますますもって彼の目的に相応しい。
「買い取れってか?」
「いいや、こいつを――指輪にしてくれ」
へぇ、と顎をさする職人の前に財布も見せる。腕利きの彼はそこそこ金回りが良かった。重さを確かめた後、職人が紐を出す。
「おれじゃねぇ。この大きさで作ってくれ」
指を貸せと広げられた掌に、財布に入っていた短い紐を乗せた。付けられた印を合わせてみた職人はもう一度顎をさすった。
「おう、隅に置けんな。1か月は待たせんよ」
待ちきれずに3週間足らずで姿を見せたウェズンに、職人はにやりと笑ってみせた。奥から出された指輪は、彼の眼差しと同じ金色の地に結び目模様が透かし彫りにされている。ぐるりと1周繋がるそれは始まりも終わりもない永遠の象徴だ。
「おい、ここまでは頼んでねぇ」
「は、は……べつに吹っ掛けたくてやったんじゃねぇ。俺からの気持ちってやつだ」
「はン、気色悪いことを言いやがる」
舌の滑りと裏腹に唇はわからぬほど僅か引きあがった。結び目に支えられた件の石は、磨き直されてますます明るく燃え立つようだった。気紛れに火の粉を散らし、風の吹くまま舞い、他の何より強く輝く、おれを導く灯火。それは確かに、彼のために特別に顕れたのだった。自分の指には大きすぎる指輪を革袋に包むと、彼は最初と同じに急ぎ足で道を往った。
それを”巨人の指輪”だと言ったのは本人だ。
その石そっくりの笑顔をジョッキに隠しながら、なかなか受け取ってくれなかった。
でもいざ指に通してみりゃ、もちろんぴったりだった。
石も余計に燃えてるように見えたっけな。
あぁ、ガラにもねぇことを思い出しちまった。ウェズンは窓の向こうを眺めた。月のない夜は空を駆ける星がよく見える。片付けを済ますと紙巻きを手に店先に出る。鼾はまだどこからか聞こえた。
あぁ、バカだ。
おれはずっとこの商売を続ける気かねぇ。
懐から出した黒檀のタクトはそろそろ硫黄が切れそうだった。それの仕入れと、酒の管理と、尋ね人と……頭を埋める些事を吸い込んだ煙がぼかしていく。ぽ、と飛ばした輪っかが看板まで流れて火が揺らめく。
器用に布を巻いたタクトが服の中で何かに当たる。彼はわざわざ確かめはしない。その火があの時からずっと静かなのを、彼はよく知っている。
……ま、バカはどうやったってバカだ。ウェズンはもう一度だけ煙を吹き上げると、朝日で灯りが白ける前に看板の火を消した。また明日も灯すために。
灯長石:あなたに生の実感を
ウェズンはくだをまき始めた傭兵崩れをちらりと見た。麦酒のあとの『竜の鼾』2杯でこの有様だ。さっさとお帰り願おうかね。
「おい」
水のコップをごとりと置きながら声をかけると、相手は真っ赤に濁った目を開いた。
「店主さんよぉ、この店……なんで、”巨人の指輪”ってんだァ?」
くだらねぇ。一番くだらねぇ絡み方をしてきやがった。ウェズンは無言で粗末な荷物を外に放り出す。ここがどんな地区か知っている奴なら、これでどれだけ酔っぱらっていても血相変えて飛び出していく。ややあって、這いずって荷物を確保した奴の鼾が聞こえてきた。先払いさせていた彼の目はまだまだ確かなようだった。
都市同盟の貧民街――理性の天秤からこぼれた屑の吹き溜まり。その路地を入って、折れて、また折れて、としたところにこの巨人の指輪亭はあった。面白い酒と、面白い情報と、面白い取引と。伏し目がちに噂されるこの酒場の客層は推して知るべし。つまりは店主のウェズンもそれなりの経歴である。
ただ、それを知る者はほとんどいないだろう。ましてや彼が肌身離さず1つの指輪を持っていることなど。
その指輪の真ん中には丸く磨いた石が1つ。灯火のような色合いで、底の方にぎらつく赤が少し、上に向かってだんだん明るくなる橙色の煌きが封じられている。
ウェズンがこの石を手に入れたのは彼がまだ旅をしていたころ、この鼻にのしかかる紋具の世話にならぬころ、やっと酒を嗜み始めたころだ。古い彫像の目に嵌っていたこれが、すとんと彼の掌に落ちてきた。当時の知り合いなら「それは奴なりの仕事の表現だ」と笑うに決まっているが、こればっかりは本当だ。遺跡の拝堂で気配に顔を上げたら、高い台座のさらに上からこの石が降ってきた。
彼はその輝きを見た途端、使い方を1つだけ閃いた。残りの仕事もそこそこに大事に懐にしまい込んで、埃まみれの足で駆け込んだのは彫金屋だ。
「おう、久しぶりだな。また”拾い物”か?」
これは灯長石だと顔なじみの職人が言った時、ウェズンは鼻で笑った。灯長石といえばただ火の粉のような橙金の粒が透明な石の中に舞っているだけのものだ。こんな、本物の火のような濃いものは見たことがなかった。しかしこの職人が彼を謀ることはない。灯長石の特級品だという鑑定は信じるよりなかった。それにそんな特別なものなら、ますますもって彼の目的に相応しい。
「買い取れってか?」
「いいや、こいつを――指輪にしてくれ」
へぇ、と顎をさする職人の前に財布も見せる。腕利きの彼はそこそこ金回りが良かった。重さを確かめた後、職人が紐を出す。
「おれじゃねぇ。この大きさで作ってくれ」
指を貸せと広げられた掌に、財布に入っていた短い紐を乗せた。付けられた印を合わせてみた職人はもう一度顎をさすった。
「おう、隅に置けんな。1か月は待たせんよ」
待ちきれずに3週間足らずで姿を見せたウェズンに、職人はにやりと笑ってみせた。奥から出された指輪は、彼の眼差しと同じ金色の地に結び目模様が透かし彫りにされている。ぐるりと1周繋がるそれは始まりも終わりもない永遠の象徴だ。
「おい、ここまでは頼んでねぇ」
「は、は……べつに吹っ掛けたくてやったんじゃねぇ。俺からの気持ちってやつだ」
「はン、気色悪いことを言いやがる」
舌の滑りと裏腹に唇はわからぬほど僅か引きあがった。結び目に支えられた件の石は、磨き直されてますます明るく燃え立つようだった。気紛れに火の粉を散らし、風の吹くまま舞い、他の何より強く輝く、おれを導く灯火。それは確かに、彼のために特別に顕れたのだった。自分の指には大きすぎる指輪を革袋に包むと、彼は最初と同じに急ぎ足で道を往った。
それを”巨人の指輪”だと言ったのは本人だ。
その石そっくりの笑顔をジョッキに隠しながら、なかなか受け取ってくれなかった。
でもいざ指に通してみりゃ、もちろんぴったりだった。
石も余計に燃えてるように見えたっけな。
あぁ、ガラにもねぇことを思い出しちまった。ウェズンは窓の向こうを眺めた。月のない夜は空を駆ける星がよく見える。片付けを済ますと紙巻きを手に店先に出る。鼾はまだどこからか聞こえた。
あぁ、バカだ。
おれはずっとこの商売を続ける気かねぇ。
懐から出した黒檀のタクトはそろそろ硫黄が切れそうだった。それの仕入れと、酒の管理と、尋ね人と……頭を埋める些事を吸い込んだ煙がぼかしていく。ぽ、と飛ばした輪っかが看板まで流れて火が揺らめく。
器用に布を巻いたタクトが服の中で何かに当たる。彼はわざわざ確かめはしない。その火があの時からずっと静かなのを、彼はよく知っている。
……ま、バカはどうやったってバカだ。ウェズンはもう一度だけ煙を吹き上げると、朝日で灯りが白ける前に看板の火を消した。また明日も灯すために。
灯長石:あなたに生の実感を