図書館の財宝に魅せられて

キャラクターノベル(グループ)制作 空色みなも納品 2021年07月07日 16時08分22秒

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 頁を開けば、そこから世界が広がって。
 心は気付けば物語の中――。

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 アーチ天井の通路を歩きながら左右を見渡せば、ずらりと書架が並んでおり。
 肺を満たそうと息を吸い込めば、部屋に充満した古書特有の芳香が鼻孔をくすぐる。
 ここは冒険者が拠点とする都市リブラネスタに築かれた大図書館。
 書物の劣化を避けるため薄暗く保たれた空間に、冒険者の姿が二人分あった。

「ここが大図書館……本当に本がいっぱいあるんだな」
 一面が本の背表紙で埋め尽くされた本棚を眺めながら、キリクが感嘆する。
 キリクが小柄なことを差し引いても、てっぺんを見上げるのに首が痛くなるような本棚が居並ぶ光景は、まさに壮観と言えた。

「ああ、オレにとって図書館は宝の山だ」
 案内するように前を歩いていたゲルトが、自分事のように図書館を自慢する。
 もとよりキリクが図書館を訪れたのは、ゲルトに誘われたためであった。
 キリクが世話になっているパン屋を手伝うために教わった程度しか読み書きができないため、キリクの勉強も兼ねている。
 が、そこには単純に読書の楽しさを伝えたい、というゲルトの思いがあった。

「オレが特に好きなのは図鑑だな。いくら眺めていても飽きない」
 ゲルトが手近にあった本棚から厚みのある一冊を取り出す。
「なるほど、絵があるのは見ていて楽しいな」
 キリクが図鑑を手にしたゲルトの手元を覗き込むと、開かれた頁には様々な草本が描かれていた。
「これは植物の絵が色付きの版画で刷られた、貴重な一冊なんだ」
 ゲルトの語ったように、印刷技術の発達していないロスガリア大陸において、本は高級品に分類される。
 本を生産しようと思ったら、一冊一冊を手書きするか、版木を掘る必要がある。
 ましてや多色刷りの版画ともなれば、もはや職人による作品集と言っても過言ではない。
「これだけ買い集めようと思ったら、目玉が飛び出るくらいの値段になるな」
 そのため、最初にゲルトが図書館の蔵書を宝と表現したのも、あながち間違ってはいないのだ。

「と、オレが図鑑に見入っていたらいけないな。今日はキリクに合う本を探しに来たんだ」
 当初の目的を思い出したゲルトが図鑑を閉じる。
 頁どうしのぶつかるパタンという音が、静謐な図書館においては大きな部類の物音に感じられた。
「そうだな……本にはどんな種類があるんだ?」
 キリクは改めて本棚を見回すが、このような場所に不慣れなキリクには、どこにどのような書籍が収められているか、皆目見当がつかない。
「色々あるけど、まずは娯楽向けの本がいいんじゃないか。オレは学術書も好きだけど」
 ゲルトは慣れた様子で館内を進み、キリクを先導する。
 キリクが案内された一角は、先ほど図鑑が置かれていた本棚とは少し離れたところにあった。
「ここには小説が集められているんだ。希望するなら、随筆なんかがある棚にも案内できるぞ」
 ゲルトは改めて何かを確かめることもなく、各本棚に集められた書籍の種類を把握していた。

「どうだ、気になる本はあるか?」
「と言っても、外から見て中身が分かるわけじゃないからな……」
 ゲルトが背表紙の列に視線を走らせるキリクに声をかけるが、返って来た返事は芳しくないものであった。
「まずはタイトルで気になるものを選んで、開いてみるといい。少し読んで、興味を引かれなければ別の本に変えたらいいからな」
「ん、そうしてみよう」
 そこでゲルトが助言を送り、それに頷いたキリクが本棚に視線を戻した。
 ややあって、一つの背表紙がキリクの目に留まる。
 そこには『名探偵――その相棒による手記――』のタイトルが記されていた。
「名探偵……?」
「探偵という役割の人物が、謎の多い事件を推理で解決する話だな。その本が気になるのか?」
 キリクの目線が一冊に釘付けとなっていることにゲルトも気付いたようで、そのタイトルの意味を解説する。
「ああ、一度あれを読んでみよう……しかし、ずいぶん高いところにあるな」
 ハーフリングであるキリクの身長では、本棚の高いところに手が届かない。
「そんな時のために、これがあるんだ」
 ゲルトの声にキリクが背後を振り返ると、ゲルトは踏み台を手にしていた。
 種族はゴブリンだが、ゲルトもキリクと同程度には小柄である。
 こうした踏み台に、ゲルトも普段から世話になっているのだろう。
「ありがとう。よっ……と」
 踏み台の段を上って、体を伸ばしたキリクは、気になる一冊を本棚から引き抜いた。

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 犯人は貴方です――。
 一室に関係者を集めた探偵が、一人の人物を指差す。
 名指しされた人物が狼狽し、証拠を示せと喚く中。
 探偵はその人物の犯行を論理的に立証し、犯人を追い詰めていく――。

「すごい。カッコいい……」
 名探偵が解決した事件を助手が記録したもの、という体裁で書かれたその小説を、キリクは食い入るように読んでいた。
 視線が文章の上をなぞるのが止まらない。
 頁をめくる手が止まらない。
「はぁー……面白かった」
 そうして一気に結末まで読み進めたキリクが、やはりパタンと音を立てて本を閉じ、息を吐く。

「気に入ったみたいで何よりだ」
「ああ、すごく楽しかった。特に最後、犯人しか知らないはずの情報を喋ってた男を、探偵が犯人と指摘するところとか。なんかこう、胸が熱くなった」
 その様子を横から覗き見ていたゲルトが声をかけると、キリクは未だ興奮の冷めやらぬ様子で読書の感想を語り始める。
 湧き起こる感情を他者と共有したいと考えるあたり、この一冊はよほどキリクの琴線に触れたのだろう。

「ひょっとして、この図書館にはこういう本も沢山あるのか?」
「そう。ミステリーというジャンルで色々と刊行されている」
 キリクはゲルトから返って来た答えを聞いて、改めて書架の列を見回した。
 これだけの感動を与えてくれるものが、棚一杯に詰まっているという事実。
 この図書館は、キリクにも財宝庫のように感じられてならなかった。

「今日はもう少し時間があるよな? もっと探偵の活躍を読んでみたい」
「気が済むまで読んでいくといいぞ」
 すっかり読書にはまり込んだ様子のキリクに、ゲルトも嬉しそうに笑んで頷き返す。
 こうして時間の許す限り、キリクはミステリー小説を読み耽ったのだった。

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「今日はありがとう、ゲルト」
「どういたしまして。キリクが読書を好きになってくれたようなら何よりだ」
 朱に染まった夕暮れの空の下、キリクとゲルトは並んで帰路についていた。
「それにしても探偵、か……」
 キリクは遠くの雲を眺めているかのような目つきをしながら、この日の体験を思い出す。
 ロジックを武器に戦い、時には冒険活劇をも繰り広げる。
 そのような探偵の姿に、キリクはどこか憧れのようなものを抱き始めていた。
「僕も名探偵みたいに推理で難事件を解決してみたいな」
「オレたちは冒険者だし、いつかそういう事件の解決を依頼される日が来るかもな」
 キリクがぽつりと漏らした言葉を拾って、ゲルトが朗らかに微笑む。

 名探偵の活躍を描き出した物語は、本の中に詰め込まれた小さな世界であったかもしれない。
 しかしその物語は、たしかにキリクの持つ世界を広げたのだ。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0