【花想】Sincerely
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2021年06月18日 12時40分15秒
とかく、青という色に反応するようになった。
小物、服、装飾品。顔料を用いた着色において、青を目にする機会はそれほど多くはないことを知った。色の元となる石が希少で、高くつくがゆえらしい。一方で、青を表す言葉は多くあることも知った。
自然には青が溢れている。
空。雲ひとつなく天空を覆う青色。
花。涼やかな風に揺れる路傍の水色。
そして、彼女の瞳。
いずれにおいても、それまで自分が興味のかけらも示さなかったものに、青は宿っていた。
血と泥と埃に塗れ、雨に閉ざされた曇天の下の灰色の世界において、その青はあまりにも鮮やかに映える。
「このお花が気になりますか?」
普段なら確実に通り過ぎる、そもそこにあったかどうかも記憶しないであろう、店。ふと視界に混ざった青色に思わず足を止めたあと、売り子に声をかけられて店の全体を視野に入れ、ようやくそこが「花屋」と気づく。
売り子の言葉にどう答えようかと考えているうちに、売り子はさっさとその「青」を桶からひょいひょいと詰んで花束を作り、ずいっと差し出してきた。
「お客様はお目が高いです! これは涼しい高地に咲く花で、空に近いからですかね、綺麗な青でしょう? この時期にしか咲かないんです、しかも素敵な花言葉を持っていて、大切な人に贈るのにぴったりですよ!」
捲し立てられ、たじろぐ。高い背と目つきの悪さから女子供にはまず怖がられるという経験を多く踏んできたため、物怖じせずに話しかけてくる売り子をどう扱ったものかと思案し、ひとまず一歩下がって距離を取る。だが、売り子はさらに目を輝かせて一歩を詰めてくる。
「いかがですか!」
「いや……」
勢いに圧されて思わず否定すると、売り子はあからさまにがっくりと肩を落とした。瑞々しい花までも、萎れて褪せたような気になるのは何故だろう。
瑠璃色、水色、空色。青と一口に言っても様々な彩色を持つ花束の中に、ふと彼女の瞳の色を見つけて、自然と手が伸びる。
「名は」
言葉少なに尋ねると、売り子は目を瞬かせた後、元気に答えた。
「デルフィニアといいます! 花言葉もお教えしましょう。清明、高貴、幸せを振りまく、ですよ」
ふと、脳裏に彼女の笑顔が浮かぶ。気高く、たおやかで、眩しい。常に人々の中心にあり、咲く花のような人。
一本抜き出したその花をじっと見つめる。その間、売り子もまた口をつぐんでいた。
「喜ぶだろうか」
そんな言葉が漏れたことに、自分で驚く。花を見て、誰かを想起し、贈ったら喜ぶかなどと。
「一輪だけでも、綺麗ですよ」
売り子は真剣な顔つきでそう言うと、残りの束を桶に戻す。そして仕切りに店の中へ手招くのでついていくと、ラッピングするので寄越してくださいと鋏とリボンを手にすごんでくる。
「いや、まだ贈ると決めたわけでは」
「絶対喜んで貰えますから」
「……こういうものを贈られるのは慣れているような相手で」
いや、実情は知らないが、侯爵令嬢だ。星の数ほど贈られてきたであろう。その中には、彼女への恋慕もあったかもしれない。
「お客さん、それはですね——いえ、野暮ですね。自分で気づいてください」
そんな、彼女に数多向けられる感情の中で、自分の想いが埋もれてほしくないと言っているも同然だということに、まだ気づけないまま。
白いレース飾りのついた薄手の紙に包まれた一輪の花は、彼女そのものを表しているようで、あからさますぎやしないかと心配になる。
「すぐ会う予定があるわけでも」
「会いに行くんですよッ」
「あ、ああ」
勢い良く机を叩かれ、思わず頷いてしまう。鬼気迫るとも過言ではない売り子の様子に、銀貨を一枚差し出した。
「メッセージカードもつけましょう」
「それは……必須か?」
直接渡すならいらないのでは。しかし売り子はくわっと目を見開き、「いります」と断言した。
「一言書いて名前! 贈るなら当然の心遣いです」
「……そういうものか」
こういうことに疎いという自覚はある。しかしそういえば、以前相棒から送られてきたものには確かに一言添えられていた。
売り子が引き出しから取り出したのは、薔薇の型抜きが施された小さなカードだった。
「どうぞ」
ペンを握らされ、小さく唸る。
一言。改めて言われるとなかなか出てこない。
散々悩んだ末、手紙の結びに使う言葉を選んだ後、エル=バ=ノイアンと署名する。売り子は呆れ返っていたが、思いつかないものはしょうがない。
花を片手に店を出ると、ちらちらと道ゆく人々の視線が集まった。それに小さく溜息をついて、冒険者ギルドへの帰路を辿る。
デルフィニアにはもうひとつ花言葉があることを知ったのは、随分後のことだった。
小物、服、装飾品。顔料を用いた着色において、青を目にする機会はそれほど多くはないことを知った。色の元となる石が希少で、高くつくがゆえらしい。一方で、青を表す言葉は多くあることも知った。
自然には青が溢れている。
空。雲ひとつなく天空を覆う青色。
花。涼やかな風に揺れる路傍の水色。
そして、彼女の瞳。
いずれにおいても、それまで自分が興味のかけらも示さなかったものに、青は宿っていた。
血と泥と埃に塗れ、雨に閉ざされた曇天の下の灰色の世界において、その青はあまりにも鮮やかに映える。
「このお花が気になりますか?」
普段なら確実に通り過ぎる、そもそこにあったかどうかも記憶しないであろう、店。ふと視界に混ざった青色に思わず足を止めたあと、売り子に声をかけられて店の全体を視野に入れ、ようやくそこが「花屋」と気づく。
売り子の言葉にどう答えようかと考えているうちに、売り子はさっさとその「青」を桶からひょいひょいと詰んで花束を作り、ずいっと差し出してきた。
「お客様はお目が高いです! これは涼しい高地に咲く花で、空に近いからですかね、綺麗な青でしょう? この時期にしか咲かないんです、しかも素敵な花言葉を持っていて、大切な人に贈るのにぴったりですよ!」
捲し立てられ、たじろぐ。高い背と目つきの悪さから女子供にはまず怖がられるという経験を多く踏んできたため、物怖じせずに話しかけてくる売り子をどう扱ったものかと思案し、ひとまず一歩下がって距離を取る。だが、売り子はさらに目を輝かせて一歩を詰めてくる。
「いかがですか!」
「いや……」
勢いに圧されて思わず否定すると、売り子はあからさまにがっくりと肩を落とした。瑞々しい花までも、萎れて褪せたような気になるのは何故だろう。
瑠璃色、水色、空色。青と一口に言っても様々な彩色を持つ花束の中に、ふと彼女の瞳の色を見つけて、自然と手が伸びる。
「名は」
言葉少なに尋ねると、売り子は目を瞬かせた後、元気に答えた。
「デルフィニアといいます! 花言葉もお教えしましょう。清明、高貴、幸せを振りまく、ですよ」
ふと、脳裏に彼女の笑顔が浮かぶ。気高く、たおやかで、眩しい。常に人々の中心にあり、咲く花のような人。
一本抜き出したその花をじっと見つめる。その間、売り子もまた口をつぐんでいた。
「喜ぶだろうか」
そんな言葉が漏れたことに、自分で驚く。花を見て、誰かを想起し、贈ったら喜ぶかなどと。
「一輪だけでも、綺麗ですよ」
売り子は真剣な顔つきでそう言うと、残りの束を桶に戻す。そして仕切りに店の中へ手招くのでついていくと、ラッピングするので寄越してくださいと鋏とリボンを手にすごんでくる。
「いや、まだ贈ると決めたわけでは」
「絶対喜んで貰えますから」
「……こういうものを贈られるのは慣れているような相手で」
いや、実情は知らないが、侯爵令嬢だ。星の数ほど贈られてきたであろう。その中には、彼女への恋慕もあったかもしれない。
「お客さん、それはですね——いえ、野暮ですね。自分で気づいてください」
そんな、彼女に数多向けられる感情の中で、自分の想いが埋もれてほしくないと言っているも同然だということに、まだ気づけないまま。
白いレース飾りのついた薄手の紙に包まれた一輪の花は、彼女そのものを表しているようで、あからさますぎやしないかと心配になる。
「すぐ会う予定があるわけでも」
「会いに行くんですよッ」
「あ、ああ」
勢い良く机を叩かれ、思わず頷いてしまう。鬼気迫るとも過言ではない売り子の様子に、銀貨を一枚差し出した。
「メッセージカードもつけましょう」
「それは……必須か?」
直接渡すならいらないのでは。しかし売り子はくわっと目を見開き、「いります」と断言した。
「一言書いて名前! 贈るなら当然の心遣いです」
「……そういうものか」
こういうことに疎いという自覚はある。しかしそういえば、以前相棒から送られてきたものには確かに一言添えられていた。
売り子が引き出しから取り出したのは、薔薇の型抜きが施された小さなカードだった。
「どうぞ」
ペンを握らされ、小さく唸る。
一言。改めて言われるとなかなか出てこない。
散々悩んだ末、手紙の結びに使う言葉を選んだ後、エル=バ=ノイアンと署名する。売り子は呆れ返っていたが、思いつかないものはしょうがない。
花を片手に店を出ると、ちらちらと道ゆく人々の視線が集まった。それに小さく溜息をついて、冒険者ギルドへの帰路を辿る。
デルフィニアにはもうひとつ花言葉があることを知ったのは、随分後のことだった。