それは変化に非ず
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年05月30日 16時41分48秒
●
ロモズ旧村の北部郊外に位置する、ロモズ歩兵団練兵場。
その日は、少しばかり暑かった。
季節は初夏。徐々に陽射しが強くなり始めてきた、とある日の午後。
重兵9番隊長ギーゼラは練兵場脇のベンチに腰を下ろし、部下達の訓練状況をぼんやりと眺めていた。
ギーゼラ配下に組み込まれた難民兵達はその大半が元帝国兵、或いはスラム街出身といった血の気の多い荒くれ者ばかりであり、例え訓練であっても生傷の絶えない者が多い。
彼らの訓練風景はギーゼラの狂気に冒された価値観の中では、然程に強い意味を持つものではなかった筈だ。ところがここ最近、ギーゼラは彼らの姿を目で追う毎に、妙な安堵を覚える様になっていた。
(おかしな話だな……)
誰に語りかける訳でもなく、心の中でぽつりと呟いた。『僕』が『私』に宛てたものなのか、或いはその逆なのか。ギーゼラ自身にも、はっきりとはしなかった。
そもそも、何についておかしい、と思ったのか。それすらも、ギーゼラの中ではぼんやりと霞がかかった様に曖昧だった。
戸惑っているのだろうか、と思う。
否、何に対して戸惑う必要があるのかとの疑問も湧いたが、しかしこの感覚は明らかに困惑だ。それだけは、はっきりしている。
では、僕は何を持て余しているというのだろう?
そんなことをぼんやりと考えながら、ギーゼラは野太い声を上げて気合を入れまくっている重兵9番隊の面々を遠目に眺めた。そして、気づいた。
そうだ、僕は――私は彼らに対して、戸惑っているんじゃないだろうか。
ギーゼラの中で、何かがストンと落ち着く様に、全ての合点がいった。
重兵9番隊長を引き受ける際、ギーゼラはひとつの目的意識を抱いていた。
即ち、彼らを手駒として、或いは専用の肉盾として、若しくは『私』を求めてくれる最高の贄として扱うべし――いってしまえば、重兵9番隊はギーゼラにとっては道具であり、玩具に過ぎなかった。
当然ながら、その程度の存在に対しては如何なる愛着も湧く筈が無い。大事なのはギーゼラ自身の快楽であった。部下達にギーゼラの治療技術を求めさせるのは、ギーゼラの心の安寧を担保する為だ。
それらの条件が満たされるのであれば、何でも良かった。どこかで誰かが、ギーゼラを求めてくれさえすれば満足だった。たまたまそれが、ロモズ歩兵団重兵9番隊だったというだけの話である。
ところが今は、そうではない。だから戸惑っているのだ。
(僕が彼らに対して、愛着を持ち始めている……?)
あまつさえ、ロモズ歩兵団という組織そのものに居心地の良さを感じ始めている。
あり得ない話だった。あってはならない話だった。何より、許されざる感情だった。
(僕は、狂っている。心が壊れている。この身は、僕を……私を求めてくれるひとの為だけに)
そう誓った。その想いに嘘は無い。
全てを失ったあの日、自ら狂気を受け入れた。心が壊れることを、是としたのだ。
今更、何を戸惑う必要があろう。
当初、帝国奪還の話が各所で盛り上がっていた際、ギーゼラは醒めた目線でひとびとを見ていた。
死んだ者は、生き返らない。失われたものは、戻ってこない。誰にだって分かる理屈だ。奪還などと勇ましいフレーズを掲げてみたところで、何の意味も見出せない。ただただ虚しい行為に過ぎないだろう。
少なくともギーゼラの中では、帝国奪還戦は何の価値も無かった。
ロモズ歩兵団で重兵9番隊長の職に就いてからも、しばらくはその想いに変化は無かった。
それなのに、いつからか自分でも気づかないうちに、帝国奪還戦に少なからず意識を向け始める様になっていた。
ヴィント攻略戦はいつ頃になるのか、それまでに重兵9番隊は万全な戦闘部隊に仕上がっているだろうか、彼らを戦場に送り出す時、僕は確実に彼らの命を守り切ることが出来るだろうか。
以前ならば決して考えられない話だった。
ギーゼラは我知らず、帝国奪還戦に向けた思考を少しずつ、胸の奥に抱き始めていた。
そしてそのこと自体に気が付いたのも、つい最近の話である。
(でも……彼らが、彼女らが望むなら……目指しても悪くないかな)
砂埃が舞い上がる練兵場で、接近戦剣術の訓練に勤しむ部下達を漠然と眺めているうちに、ふと、そんな考えが脳裏に浮かんだ。
甘い考えだ、とも思う。
重兵9番隊の面々の想いを汲み上げ、共に戦うことに対して意義を見出そうなど、馬鹿げた話だ。しかしその馬鹿げた考えも決して悪くないと、心の中でもうひとりの私が囁きかける。
寧ろ、心地良い浮遊感の中に身を委ねている様な感覚だった。
だが――ギーゼラは透き通る様な蒼碧の天を仰ぎ、瞼を閉じた。
「やめよう。僕らしくもない」
再び目を開いた時には、何の迷いも無くなっていた。
下手に考えようとするから、深みにはまってしまうのだ。
兎に角、僕は癒して癒して癒し続けて、私が居なければ生きていけないところまで、彼らをきっちり調教すれば良いだけの話だ。
ギーゼラの頬に、いつもの狂気を帯びた笑みがうっすらと浮かんだ。
●
事件が起きたのは、その一週間後。
ロモズ旧村近くの山間で、コボルトの集団が発見された。急行した重兵9番隊だが、ギーゼラはたまたま冒険者として別件の依頼を受けており、すぐに駆け付けることが出来なかった。
ギーゼラが急報を聞いて馳せ参じた時には、コボルトの集団は既に駆逐されていた。だが、重兵9番隊の隊員数名が重傷を負い、そのうちひとりは応急手当が後少し遅れていたら命が危なかったという。
当然ながらギーゼラは重傷者達をその場で癒し、ロモズ旧村まで自力で帰還出来る程度には回復させた。
だが、この時の彼らの反応がギーゼラの心を再び揺さぶることとなった。
同日、夜。
ギーゼラは練兵場の傍らに建つ事務棟内の、隊長用執務室のソファーに寝そべり、燭台の淡い光が照らし出す木板の天井を黙然と見つめていた。
重傷を負った隊員達には確かにギーゼラ自ら治療術式を発動し、その深い傷を癒してやった。だがそれは決して適時的な処置ではなく、しばらく時間を置いた後に施した対応だった。
隊員達はギーゼラの治療術式を欲した。それはギーゼラが日頃から望んでいたことでもあったが、万が一ギーゼラの到着が遅れていたら、命を落としていた可能性もあった。
にも関わらず、彼らは待った。ギーゼラを信じていたのである。
ロモズ旧村に帰還するまでは、日頃と変わらない狂気の笑みを浮かべて部下達を鼓舞していたギーゼラだったが、執務室に帰り着くなり、全身が砕ける様な勢いでソファーに倒れ込んでしまった。
部下がひとりも死ななかったことに対し、ギーゼラは心の底から安堵したのである。
そして同時に、あの困惑が再び襲い掛かってきた。そして更に、隠し様の無い驚きも込み上げてきた。
(やっぱり僕は……私は彼らに愛着を感じ始めているのかも)
最早、認めざるを得ない。
誰ひとりとして死なせなかったこと、部下達がギーゼラの治療術式を待ち望んでいたこと、それらはいずれもギーゼラの狂喜を呼び起こす材料だった筈なのに、ギーゼラが彼らを救った後に、最初に感じたのは嬉しさではなく、安堵だった。
あの時、ギーゼラの頬には狂気じみた笑みは浮かばず、何とか全員を助けようという必死の念だけがその表情に張り付いていた。
僕は、変わったのか?
私は狂気の誓いを捨ててしまったのか?
疑問が次々と湧いては消え、消えては湧く。答えは出ない。自問し続けたところで、何の解決にもならないことはギーゼラ自身がよく分かっていた。
(いや、違う……変わったんじゃない。誓いを忘れた訳でもない)
隊員達の笑顔を思い浮かべた時、ギーゼラは唐突に理解した。
これは変化ではなく、積み重ねであった。ギーゼラの現在の想いに、新たな価値観が加わったのだ。そう考えると、ギーゼラがここ数日の間に感じていた戸惑いの全てに説明がついた。
隊員達がギーゼラの癒しを求め、それに対してギーゼラが逐一応じることでギーゼラ自身が快楽を覚える。
ここに、真逆のベクトルが加わっていたのだ。即ち、隊員達が肉体的な癒しではなく、精神的な癒しをギーゼラに与えていた。これは紛れも無い事実であった。
ギーゼラ自身が望む望まないはこの際、関係無い。重兵9番隊という存在そのものが、新たな心の癒しとなって寄り添っていたのだ。
(……隊長なんて、辞めた方が良いのかな)
狂気を優先し、これからも維持し続ける為には重兵9番隊は障害になり得るのではないか。僕が私である為には彼らを切り離すしかないのではないか。
(いや……それも違うかな)
狂気は、あらゆる正気を呑み込む。癒しであろうが仲間意識であろうが、全てを受け入れる。でなければ、それは本当の狂気ではない。
(僕の狂気は、こんな程度じゃ砕けやしない)
隊員達がギーゼラの癒しを求めるのと同様に、ギーゼラが彼らの存在を求めるのであれば、それを新たな価値として付け加えれば良いだけの話だ。根幹が大きく変化する訳ではない。
「フフフフフフ……そうだよ、それで良いんだよ。僕は馬鹿だなぁ」
何故か狂おしい笑いが込み上げてきた。
しかし今のギーゼラには、それすらも心地良い。あれこれ言い訳して自分の心を偽るのは、それは正気を保っている証拠だ。
本物の狂気は、何でも受け入れる。言い訳も、理由も要らない。どの様な感情であろうと、呑み込んでしまえば良い。
「だったら、この居心地の良さも、受け入れなきゃね」
あどけなさを残す口元が僅かに歪む。
狂気の冒険者はまたひとつ、成長を重ねた。
ロモズ旧村の北部郊外に位置する、ロモズ歩兵団練兵場。
その日は、少しばかり暑かった。
季節は初夏。徐々に陽射しが強くなり始めてきた、とある日の午後。
重兵9番隊長ギーゼラは練兵場脇のベンチに腰を下ろし、部下達の訓練状況をぼんやりと眺めていた。
ギーゼラ配下に組み込まれた難民兵達はその大半が元帝国兵、或いはスラム街出身といった血の気の多い荒くれ者ばかりであり、例え訓練であっても生傷の絶えない者が多い。
彼らの訓練風景はギーゼラの狂気に冒された価値観の中では、然程に強い意味を持つものではなかった筈だ。ところがここ最近、ギーゼラは彼らの姿を目で追う毎に、妙な安堵を覚える様になっていた。
(おかしな話だな……)
誰に語りかける訳でもなく、心の中でぽつりと呟いた。『僕』が『私』に宛てたものなのか、或いはその逆なのか。ギーゼラ自身にも、はっきりとはしなかった。
そもそも、何についておかしい、と思ったのか。それすらも、ギーゼラの中ではぼんやりと霞がかかった様に曖昧だった。
戸惑っているのだろうか、と思う。
否、何に対して戸惑う必要があるのかとの疑問も湧いたが、しかしこの感覚は明らかに困惑だ。それだけは、はっきりしている。
では、僕は何を持て余しているというのだろう?
そんなことをぼんやりと考えながら、ギーゼラは野太い声を上げて気合を入れまくっている重兵9番隊の面々を遠目に眺めた。そして、気づいた。
そうだ、僕は――私は彼らに対して、戸惑っているんじゃないだろうか。
ギーゼラの中で、何かがストンと落ち着く様に、全ての合点がいった。
重兵9番隊長を引き受ける際、ギーゼラはひとつの目的意識を抱いていた。
即ち、彼らを手駒として、或いは専用の肉盾として、若しくは『私』を求めてくれる最高の贄として扱うべし――いってしまえば、重兵9番隊はギーゼラにとっては道具であり、玩具に過ぎなかった。
当然ながら、その程度の存在に対しては如何なる愛着も湧く筈が無い。大事なのはギーゼラ自身の快楽であった。部下達にギーゼラの治療技術を求めさせるのは、ギーゼラの心の安寧を担保する為だ。
それらの条件が満たされるのであれば、何でも良かった。どこかで誰かが、ギーゼラを求めてくれさえすれば満足だった。たまたまそれが、ロモズ歩兵団重兵9番隊だったというだけの話である。
ところが今は、そうではない。だから戸惑っているのだ。
(僕が彼らに対して、愛着を持ち始めている……?)
あまつさえ、ロモズ歩兵団という組織そのものに居心地の良さを感じ始めている。
あり得ない話だった。あってはならない話だった。何より、許されざる感情だった。
(僕は、狂っている。心が壊れている。この身は、僕を……私を求めてくれるひとの為だけに)
そう誓った。その想いに嘘は無い。
全てを失ったあの日、自ら狂気を受け入れた。心が壊れることを、是としたのだ。
今更、何を戸惑う必要があろう。
当初、帝国奪還の話が各所で盛り上がっていた際、ギーゼラは醒めた目線でひとびとを見ていた。
死んだ者は、生き返らない。失われたものは、戻ってこない。誰にだって分かる理屈だ。奪還などと勇ましいフレーズを掲げてみたところで、何の意味も見出せない。ただただ虚しい行為に過ぎないだろう。
少なくともギーゼラの中では、帝国奪還戦は何の価値も無かった。
ロモズ歩兵団で重兵9番隊長の職に就いてからも、しばらくはその想いに変化は無かった。
それなのに、いつからか自分でも気づかないうちに、帝国奪還戦に少なからず意識を向け始める様になっていた。
ヴィント攻略戦はいつ頃になるのか、それまでに重兵9番隊は万全な戦闘部隊に仕上がっているだろうか、彼らを戦場に送り出す時、僕は確実に彼らの命を守り切ることが出来るだろうか。
以前ならば決して考えられない話だった。
ギーゼラは我知らず、帝国奪還戦に向けた思考を少しずつ、胸の奥に抱き始めていた。
そしてそのこと自体に気が付いたのも、つい最近の話である。
(でも……彼らが、彼女らが望むなら……目指しても悪くないかな)
砂埃が舞い上がる練兵場で、接近戦剣術の訓練に勤しむ部下達を漠然と眺めているうちに、ふと、そんな考えが脳裏に浮かんだ。
甘い考えだ、とも思う。
重兵9番隊の面々の想いを汲み上げ、共に戦うことに対して意義を見出そうなど、馬鹿げた話だ。しかしその馬鹿げた考えも決して悪くないと、心の中でもうひとりの私が囁きかける。
寧ろ、心地良い浮遊感の中に身を委ねている様な感覚だった。
だが――ギーゼラは透き通る様な蒼碧の天を仰ぎ、瞼を閉じた。
「やめよう。僕らしくもない」
再び目を開いた時には、何の迷いも無くなっていた。
下手に考えようとするから、深みにはまってしまうのだ。
兎に角、僕は癒して癒して癒し続けて、私が居なければ生きていけないところまで、彼らをきっちり調教すれば良いだけの話だ。
ギーゼラの頬に、いつもの狂気を帯びた笑みがうっすらと浮かんだ。
●
事件が起きたのは、その一週間後。
ロモズ旧村近くの山間で、コボルトの集団が発見された。急行した重兵9番隊だが、ギーゼラはたまたま冒険者として別件の依頼を受けており、すぐに駆け付けることが出来なかった。
ギーゼラが急報を聞いて馳せ参じた時には、コボルトの集団は既に駆逐されていた。だが、重兵9番隊の隊員数名が重傷を負い、そのうちひとりは応急手当が後少し遅れていたら命が危なかったという。
当然ながらギーゼラは重傷者達をその場で癒し、ロモズ旧村まで自力で帰還出来る程度には回復させた。
だが、この時の彼らの反応がギーゼラの心を再び揺さぶることとなった。
同日、夜。
ギーゼラは練兵場の傍らに建つ事務棟内の、隊長用執務室のソファーに寝そべり、燭台の淡い光が照らし出す木板の天井を黙然と見つめていた。
重傷を負った隊員達には確かにギーゼラ自ら治療術式を発動し、その深い傷を癒してやった。だがそれは決して適時的な処置ではなく、しばらく時間を置いた後に施した対応だった。
隊員達はギーゼラの治療術式を欲した。それはギーゼラが日頃から望んでいたことでもあったが、万が一ギーゼラの到着が遅れていたら、命を落としていた可能性もあった。
にも関わらず、彼らは待った。ギーゼラを信じていたのである。
ロモズ旧村に帰還するまでは、日頃と変わらない狂気の笑みを浮かべて部下達を鼓舞していたギーゼラだったが、執務室に帰り着くなり、全身が砕ける様な勢いでソファーに倒れ込んでしまった。
部下がひとりも死ななかったことに対し、ギーゼラは心の底から安堵したのである。
そして同時に、あの困惑が再び襲い掛かってきた。そして更に、隠し様の無い驚きも込み上げてきた。
(やっぱり僕は……私は彼らに愛着を感じ始めているのかも)
最早、認めざるを得ない。
誰ひとりとして死なせなかったこと、部下達がギーゼラの治療術式を待ち望んでいたこと、それらはいずれもギーゼラの狂喜を呼び起こす材料だった筈なのに、ギーゼラが彼らを救った後に、最初に感じたのは嬉しさではなく、安堵だった。
あの時、ギーゼラの頬には狂気じみた笑みは浮かばず、何とか全員を助けようという必死の念だけがその表情に張り付いていた。
僕は、変わったのか?
私は狂気の誓いを捨ててしまったのか?
疑問が次々と湧いては消え、消えては湧く。答えは出ない。自問し続けたところで、何の解決にもならないことはギーゼラ自身がよく分かっていた。
(いや、違う……変わったんじゃない。誓いを忘れた訳でもない)
隊員達の笑顔を思い浮かべた時、ギーゼラは唐突に理解した。
これは変化ではなく、積み重ねであった。ギーゼラの現在の想いに、新たな価値観が加わったのだ。そう考えると、ギーゼラがここ数日の間に感じていた戸惑いの全てに説明がついた。
隊員達がギーゼラの癒しを求め、それに対してギーゼラが逐一応じることでギーゼラ自身が快楽を覚える。
ここに、真逆のベクトルが加わっていたのだ。即ち、隊員達が肉体的な癒しではなく、精神的な癒しをギーゼラに与えていた。これは紛れも無い事実であった。
ギーゼラ自身が望む望まないはこの際、関係無い。重兵9番隊という存在そのものが、新たな心の癒しとなって寄り添っていたのだ。
(……隊長なんて、辞めた方が良いのかな)
狂気を優先し、これからも維持し続ける為には重兵9番隊は障害になり得るのではないか。僕が私である為には彼らを切り離すしかないのではないか。
(いや……それも違うかな)
狂気は、あらゆる正気を呑み込む。癒しであろうが仲間意識であろうが、全てを受け入れる。でなければ、それは本当の狂気ではない。
(僕の狂気は、こんな程度じゃ砕けやしない)
隊員達がギーゼラの癒しを求めるのと同様に、ギーゼラが彼らの存在を求めるのであれば、それを新たな価値として付け加えれば良いだけの話だ。根幹が大きく変化する訳ではない。
「フフフフフフ……そうだよ、それで良いんだよ。僕は馬鹿だなぁ」
何故か狂おしい笑いが込み上げてきた。
しかし今のギーゼラには、それすらも心地良い。あれこれ言い訳して自分の心を偽るのは、それは正気を保っている証拠だ。
本物の狂気は、何でも受け入れる。言い訳も、理由も要らない。どの様な感情であろうと、呑み込んでしまえば良い。
「だったら、この居心地の良さも、受け入れなきゃね」
あどけなさを残す口元が僅かに歪む。
狂気の冒険者はまたひとつ、成長を重ねた。