サヨナラ
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年05月27日 14時04分16秒
雨が降っていた。
それが最初の記憶。
頬を濡らす雨の冷たさに、空を見上げた。
黒い雲、騒めく森、冷たい雨――。
かけられた声。温かい手。家、飯、寝床――。
「へぇ、いい人だったのね。そのお爺さん」
不器用に記憶の断片を語るアルフィー・リッパーに、少女は微笑んだ。
「……つまらない、話だ」
興味深そうに見つめてくる瞳が眩しくて、俺は机に視線を落とす。
「そんなことないよ! アルの昔を知れて、私はとっても嬉しいよ?」
快活な声と共に伸ばされた手が俺の頬を挟み込み、グイッと顔を持ち上げられた。
「何をする。やめろ」
「やめませーん。アルがちゃんと目を見て話してくれないのが悪いんでしょ?」
両手で頬を挟みながら、彼女――ルーシェはツンとそっぽを向く。
頬を包む暖かな両手。あの雨の日に差し伸べてくれた皺枯れた手と同じ温もりが、頭の隅に押しやっていた記憶を呼び起こす。
あの老人が何を思って拾ってくれたのかは、今となってはわからない。森に捨てられたハーフビーストの子供を拾い育ててくれた老人は、野良の獣と変わらない無知なガキに何の見返りも求めず愛情を注いでくれた。
もしかしてそれは愛玩動物へそそぐ愛情の類だったのだろうか。独居の老人がペットを飼うのと同じような……ただただ寂しさを埋めるだけのピースとしての存在。
きっと自分もそうだったのだろうと、今になって考える事がある。だけど、その一方で、それは純粋な愛情だったのではないか、とも……。
「いや、ないな」
「うん? どうしたの」
「なんでもない」
「そう? で、その後どうなったの?」
先ほどの呟きは聞き流してくれたのか、ルーシェは気にすることなく話の続きをせがんできた。
「……わかった。話すからこの手を離せ」
と、思わず言ってしまう。だって仕方がない。このままでは喋りにくいのだから。
「む。わかったわよ。ささ、話して」
そこで何で不機嫌にむくれるのかわからないが、ようやく解放された頬をムニムニとほぐしてから口を開いた。
「……幻滅するだけだぞ」
再び外気に触れた頬を冷たい空気が撫でる中、本当にいいのかと問いかける。
「それは話を聞いてから私が決めます」
伺う様な視線にも、ルーシェはにこにこと微笑んでいた。
俺は大きくため息をついてから、再び口を開く。
正直、ここからの話は聞かれたくはない。あの老人と死別して以降、まともな生活を送ってこなかったから。綺麗な話はほとんどない。聞いていて楽しい話しなんて……あるはずがない。
それでもこの少女には話さないといけない気がした。自分を拾ってくれた二人目の飼い主である彼女には。
だから包み隠さず話した。いい話も悪い話も。綺麗な話も汚い話も。拙い語彙で全部話した。
「――終わりだ」
覚えている事はすべて話し終えた時には、時計の針が1時間も進んでいた。1時間も話すことができるのかと自分でも驚くが、お世辞にも上手くはない話をルーシェは静かにじっと聞いていたようだ。
「って、お、おい! なんで泣いてやがるんだ!?」
ようやく視線を戻し彼女を見れば、その大きく青い瞳から涙があふれている。
「へ……? あ、ほんとだ。変だね。なんか勝手に溢れて来たみたい」
驚く俺を他所に、彼女はまるで他人事のように自分の頬を拭った。
「大変ためになるお話でした。話してくれてありがとう」
そして、ルーシェは俺に向かって大きく頭を下げる。
「べ、別に大した話じゃない……」
俺はそんなルーシェにどんな声をかけていいかわからず、突き放す様にそう言って視線を泳がせた。
「……か、狩りに行ってくる」
無知な自分では彼女の涙の理由はわからないし、止め方も知らない。だから逃げる様にそう言って席を立つ。
「はーい。今日も美味しいお肉を期待して待ってるわ。あ・な・た」
「っ!?」
そうしたら、返ってきた言葉がこれだ。思わず視線を合わせたら、してやったりと笑うルーシェの姿。
またやられた。さっきの涙は何だったんだと、突っ込みたい所をぐっとこらえてルーシェを睨み付けた。
「もぉ、そんなに怒らないでよ。また泣くぞ?」
そう言って逆にぷぅと頬を膨らせる。
「お、お前な……!」
「――なーんて冗談よ。それじゃ夕飯の材料、お願いね!」
こいつはいつもこうやって俺をからかう。こんな不愛想をからかって何が楽しいのか。そして、なんでいつも俺が悪役なのか。
そんな自問をしても答えなど見つからない。それが、ルーシェとの距離感だと思ってあきらめろ。そう自分に言い聞かせながら、今出来る精一杯の反撃だけはしておく。
「いつか仕返しする」
「へぇ、それは楽しみね! いつでも待ってるわ!」
かかって来いと手首をくいくいっと折り曲げる彼女に、俺はプイっと背を向けて家を出た。
それが、今生の別れになるとも知らずに――。