リーンエス貴族社会におけるエルフ少女の青春の日々
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年05月26日 12時54分48秒
黒い雨が降っていた。
水滴が教室の窓硝子を音を立てながら濡らしている。
ひそひそと話声が聞こえる。
セリーヌは窓際の席で頬杖をついて外を眺めていた。
濡れた窓硝子に学園生の少女達の姿が映っている。
エルフの少女は庭の様子を眺めていたのであり、鏡のように窓に映った生徒達へと目を向けていた訳ではなかった。
だが、自然とそちらに視線が惹きつけられてしまう。
セリーヌの背後、少し離れた位置の少女達が、セリーヌの方をチラチラと見て、忍び笑いを洩らしている。
うちの一人が耳の先を掻いたり、引っ張ったりする仕草をしていた。そして少女達はまたセリーヌの方を見て、くすくすと笑う。
彼女達は決して表だってはセリーヌを馬鹿にしてこなかったから、どうやら今回も自分達の姿がセリーヌに見られているとは思っていないらしい。
セリーヌとしても雨が思わぬ所で窓硝子に余計な仕事をしてくれた、と思った。
別に見たくも無いのに。
『普通』である人間達はほぼ必ずといって良い程、群れになってネチネチと陰でやる。
一対一で正々堂々表だって真っ向から他人を貶めようとする者は『普通』の人間達の中にはまずいない。
彼女等は『王党派』に属する生徒達だった。
王党派というのは、語る言葉は聞こえが良い。
パンクリアース、大陸でも最高の学府。
しかし、
(こんなものなの、ね)
セリーヌは胸の裡に氷の言葉を落とし、瞳を閉ざした。
よく考えれば解る筈だったのだ。
リーンエス王国はヒューマン至上主義である。
王党派というのが口でどれだけ綺麗な言葉を並べても、彼等が実際に実行してきた事を羅列してみれば、その性根など明らかだった。
口先だけだ。
他種族に対する敬意など無い。
別に失望などしなかった、今更だ、これまでの王国での生活で人間というのはそういうものだと知っている――というのは少し強がりだった。父や伯父が友情を育んだというパンクリアース学園、そこの生徒達なら何かが違うのではないか、と期待していたのだ。
だが、違いなどありはしなかった。
――概ねは。
「浮かない顔してますわね」
鈴を転がしたような声が響いた。
目を開けて視線を向けると、絹糸のように滑らかな、明るい金色の髪をドリルのように横巻いて顔の両脇に下げたお嬢様が立っていた。
「……あぁ、カーミラなの」
「セリーヌさん、前、よろしくて?」
「その席の所有権は私には無いのよ」
「席の持ち主へは前に了解取ったから、貴方が良いって言えば無問題ですわ」
「……じゃあどうぞ」
「有難う、失礼するのですわ」
黄金ドリラーな少女は優雅に一礼するとセリーヌの前の席に、窓側を背にして横向きにちょこんと腰を降ろした。
セリーヌは小柄だが、カーミラも割と小柄だ。
「カーミラって変わり者なのよ」
「はぁ? 藪からスティックにご挨拶ですわね」
「この学園でエルフの私と関わってるとロクな事ないのよ」
雨のせいだろうか、それともヒソヒソ話が無意識に効いていたのか、セリーヌは陰鬱さを宿した翠色の瞳を向けた。
するとカーミラはむすっと不機嫌そうな表情を浮かべた。
「そんなのしったこっちゃねーですわ。わたくしはわたくしがお話したい人と話すのです。それを不当に邪魔する者がいるなら戦うまで」
黄金ドリルな少女がギロリと視線を向け、先程までセリーヌを見てくすくす笑っていた少女達がそそくさと教室から出て行く。
カーミラという少女は不正義に対してキレっぱやく、一度激怒すると大暴れするので、一部の同級生達からは狂犬のように恐れられていた。
「頭悪いのよ。長生き出来ない生き方なのだわ」
「やかましいですわね。エルフという事だけを理由に嫌がらせをする、それに自分が巻き込まれたくないからお話したくても距離を取る、そんなの、貴族の名折れですわ、誇り高くない。お父様なら決して許しませんわ」
「この国の学園生活で恰好なんてつけるものではないのよ、いつかカーミラは酷い目にあってしまうのよ」
「ふん、例えそうでも、恰好すらもつけられない生き様なんてのは御免ですわ」
破滅への危険性は覚悟の上らしい。
セリーヌは苦笑し翠瞳を細めた。
「貴方らしいのよ」
カーミラは貴族派に属する貴族ではあったが、少し特殊な立ち位置にいた。
王党派ではなく、普通の貴族派の少女達とも違う。
ちなみにセリーヌはというと貴族派寄りの中立に属していた。王党派と貴族派の対立が深刻なこの王国ではあるが、集団を形成しての派閥争いからは距離を取っている。
「わたくしですからね。それはそうとセリーヌさん、例のお話、わたくしも参加する事にいたしましたわ」
「あ、本当?」
セリーヌはパッと顔を輝かせた。先日、セリーヌはある事を共にしようとカーミラを誘っていたのである。
金色のドリル少女は、少し照れたように縦ロールを指先でくりんくりんさせつつも頷き、
「ええ……わたくし、セリーヌさんと一緒なら部活動するのも楽しそうだと思って」
「有難うなのだわ。うん、きっと楽しくなるのよ」
エルフ少女は破顔した。
すると金色少女もつられたように微笑んで、
「楽しみですわ。それと、わたくし敵が多いですから、いざという時に身を守る術として弓を嗜んでおくのは悪くないんじゃないかと」
「そ、そう」
もしかしてエルフである自分よりも、それを表だって庇ったりするこのお嬢様の方が、学園内での立場的には危ういのではないかしら? と、ふと心配になったセリーヌなのだった。
●
一通りの授業が終了した雨上がりの放課後、屋外にある射撃場へと向かったセリーヌ達は、そこに居たフィーネ・メローヴィングへと声をかけた。
「――狩猟部に入部したい?」
挨拶とカーミラの紹介もそこそこに、入部したい旨を告げると、光沢のある銀色の長髪を頭の後ろで結い上げている娘は、その赤眼でセリーヌの緑瞳をしげしげと見つめて真顔になった。
「それは私としては歓迎するけど……でも、セリーヌってエルフだよね? この部ってヒューマンの貴族ばっかりだから、けっこー、不愉快な目にあうかもしれないよ?」
カーミラと違ってフィーネは自分の好意などは隠したりするが、概ね彼女もまた歯に衣着せないでハッキリ言うタイプの娘である。
貴方は被差別種族だよね、と真っ向から言われるのは、なかなか来るものがあったが、しかし、心配してはくれてるらしい。
セリーヌは微笑して答えた。
「平民だってそう変わらないですよ」
「そう……でも、やっぱり貴族のが危ないよ。それはセリーヌだって良く解ってるでしょ? 無駄に嫌な目に遇いそうな場所に足を踏み入れる事もないと思うんだけど……」
お勧めしかねる、という態度の銀髪少女に対し、セリーヌは少し躊躇ったが、意を決して打ち明けた。
「ご心配おかけしてすみません。でも、狩猟部にはフィーネ殿がいらっしゃいますから」
「……私?」
フィーネは瞳を瞬かせた。
エルフの少女は頷き、
「はい、弓を射っていたフィーネ殿、とても恰好良かったです。私もああいう風になりたくて……一緒に居たら私も凄くなれるんじゃないかって、そんな気がするのです」
するとフィーネは照れたような表情をして、次に顔を盛大に顰め、また次に唸った。
「…………なるほど、要するに、強くなりたい、って事だね。了解したよ」
強さ、というものはセリーヌがフィーネの姿から感じたもののあくまで一要素に過ぎなかったのだが、上手く言葉に出来なかったので、否定はしなかった。
確かに実際、強くなりたくはある。
強くなれれば周囲からのいじめも減るだろうし、カーミラがピンチになった時も手助けできるかもしれない。
「はい、強くなりたいです。入部しても良いですか?」
「わかった、良いよ――っていってもそれを決める権限を持ってるのは私じゃないんだけど……とりあえず部長に話を通そうか」
「やった! 有難うございます!」
「喜ぶのはまだ早いよ。さっきも言ったけど、入部を認める権限持ってるの私じゃないからね。もしかしたらそもそも入部出来ないかもしれない」
「……部長殿はどんな方なのですか?」
セリーヌが小首を傾げて問いかけると、
「……すっごい王国貴族らしい王国貴族だよ、悪い意味で」
銀髪ポニテ娘はそう盛大に顔を顰めたのだった。
●
狩猟部の射撃場には真剣な様子で射撃している生徒もいれば、友人達とヘラヘラ笑いながら適当に撃っている生徒もいた。
個々人の温度差が激しいようだが、それだけ個人の自由が許されている場所ではあるらしい。
フィーネについて進んでゆくと、部長らしき瀟洒な装いの貴公子が、射撃場の片隅に置かれたテーブル席に座り、紅茶を飲みながら女生徒と談笑しているのが見えた。
(あ、キャロライン殿だ)
ティーカップ片手に微笑みながら部長と会話している女生徒はキャロライン・ネッカーラントだった。
腰程までに真っ直ぐに伸びた薄紫色の髪を持つ、小柄だがスタイルの良い娘だ。フィーネとは学年が一つ違うが、同じく北の帝国から留学してきたそうで、彼女とは随分と仲が良さそうだった。
部長はキャロラインとは楽しそうに笑顔で(というかデレデレと鼻の下を伸ばして)会話していたが、フィーネが声をかけると途端に顔を顰めた。
「あぁフィーネ君か……一体なんだい?」
部長の青い瞳には嫌悪と微かな脅えの色が見えた。銀髪ポニテ娘は部長とはあんまり上手くいってないらしい。
「入部希望者です」
「へぇ、そちらの子達だね――ってエルフじゃあないか!」
瀟洒な貴公子はセリーヌの耳へと視線を向けると瞳を真ん丸にして叫び、それからフィーネを睨んだ。
「君ィ、ちょっと、困るよ。狩猟は貴族の嗜みだ。王国貴族の伝統と誇りある狩猟部に森の妖精というのは……人間以外は困るよ君ィ」
「それは規則なのですか」
氷のような声音と赤眼でフィーネが座っている部長を見下ろす。
「き、規則ってぇ訳じゃないけど、わかるだろ? 暗黙の了解って奴だよ。書面に書いてないからって何やっても良い訳じゃないぞ」
「……なんとかはなりませんか?」
「無理だよ、エルフを部に入れるとか、嫌がる部員は多いと思うよ」
男子生徒が脅えたように身を後方に引きつつも銀髪娘へと言うと、フィーネは黙った。
フィーネは口も態度も悪い娘だったが、例え仲が悪い相手であっても、他人へあまり無茶を要求するタイプではないらしい。
両者が沈黙すると、キャロラインが横からそっと口を開いた。
「……シルトラース帝国では多くの場面で種族は問われませんが」
「悪いけどキャロ、北は北、南は南だよ。こればっかりは我々には我々の慣習があるんだ」
こう言われてしまうと異邦からの留学生である彼女等には言える言葉は無いらしく、キャロラインも黙ってしまった。
そんな中、一歩進み出て一礼したのはカーミラだった。
「――部長さん、お初にお目にかかりますわ。わたくし、カーミラ・ドラクリヤ・オブ・ダキアと申します」
「あぁ君は人間のようだね……ってカーミラ・ドラクリヤ?」
「ええ、カーミラ・ドラクリヤですわ」
にこりと金色のドリル少女は微笑した。
「こちらのセリーヌさんはわたくしのお友達ですの」
部長は急速に顔から血の気を引かせて真っ青にし、ブルブルと震え始めた。
「おっ、王国貴族の伝統と慣習が……」
「わたくし、いわれの無い差別というのは良く無い事だと思いますの。セリーヌさんの人品はわたくしがわたくしの名において保証いたしますわ。それとも、カーミラ・ドラクリヤの名では不足かしら? 伝統は大切ですけれども、悪しき習わしは改善してゆくべきもの、そうはお思いになられなくて? 部長さん?」
笑顔のまま黄金ドリルなお嬢様が見つめると、部長はしばし無言でブルブルと震えていたが……やがてがっくりと項垂れた。
「不足ございません。ええ、ええ、悪習は撤廃されるべきもの! 無論、カーミラ様とご友人の入部を喜んで認めますとも! 部員達にも歓迎するように伝えます!」
●
かくて、セリーヌとカーミラは晴れて? 入部が認められる事となった。
「カーミラって凄かったのね」
周囲から怖がられているのはなんとなくセリーヌも知っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「いえ、わたくしではなく、わたくしのハイパーなお父様が凄いのですわ。わたくしは要するに、虎の威を借りる狐です。親の七光りですから、そうたいしたものではありません。こういう場面では多少はお役に立てますけどね。ああ、わたくしも早くお父様のように本物の虎になりたいですわ」
どうやらドラクリヤ家は一介の伯爵家ではあるがかなり力が強い家であるらしい。
貴族社会では爵位が上だからといって必ずしも実質的な力も上であるとは限らない。その逆も然りである。
そんな会話をかわしているとキャロラインがやってきた。セリーヌ達に挨拶すると共に彼女はカーミラと自己紹介を互いにかわし、
「カーミラさんって、ラディス・ドラクリヤ伯爵の娘さんなんですね」
何故だろう?
以前に出会った時はもっと親しみやすい優しそうな女性に見えたのだが――実際、今も笑顔は柔らかいのだが――しかし、セリーヌは微かな違和感を、この北の軍事大国から留学してきたという経歴の少女に感じた。
カーミラはそれを感じ取れていないようで、丁寧な物腰のキャロラインと笑顔で会話を交わしている。
セリーヌが少し表情を固くした時、フィーネが声をあげた。
「あ~キャロ! セリーヌ達は私が面倒見るから!」
するとシルトラースからの留学生二人はしばしの間見つめ合った。
薄紫髪少女の青い瞳と、珍しくどこか気後れしているような表情の銀髪少女の赤眼が交錯する。
不意に、キャロラインの笑顔から違和感が消えた。
「そう、それじゃあ、フィーネに任せるわね。セリーヌさん、カーミラさん、もし何かお困りな事があったら私にもご遠慮なさらずおっしゃってくださいね」
柔らかい声音で丁寧に述べ、帝国少女はまた部長達の方へと戻って行った。
「……あ、あー……キャロはとっても素晴らしい人なんだけどさ、ちょっと、真面目過ぎる所があるっていうか……役目に熱心なんだよね……」
フィーネが頬を掻きつつ何故か何かをフォローするようにセリーヌへと言ってきた。
正直何がなんだかよくわからなかったのだが「そうなんですか」とセリーヌは返したのだった。
●
その後、セリーヌはカーミラと共に狩猟部で弓の練習を始めた。
キャロラインへと宣言した通り、フィーネは良くセリーヌ達の弓の練習を見てくれた。
森への狩猟にも同行した。
狩猟には馬も使うらしく、セリーヌとカーミラはおっかなびっくり馬に乗ったが、それもフィーネが丁寧に乗り方を教え、補佐してくれたのでなんとかなった。
ただ残念ながら初回の時は獲物を射って仕留める事はできなかった。
動かない的ではなく、機敏に気配を察知して逃げる動物を仕留めるには、まだまだ技量が足りないらしい。
が、セリーヌはどこかで少しほっともしていた。
生き物を殺すのはやはり少し抵抗がある、生きる糧としてではなく、娯楽としてとなるとなおさらだ。
ただ一応、仕留めた獲物は食べる事にしているらしく、部員の貴族の召使い達がバーベキューで焼き上げてくれたので、その相伴に預かった。
きつね色に焼き上げられたウサギ肉はなかなか美味だった。
「……太ってしまわないように、頑張って弓と乗馬の練習をしなければなりませんわね」
カーミラが真剣な表情でそんな事を言っていたので、セリーヌは思わず笑ってしまった。
「普段、ティータイムに食べてるお菓子を減らせば良いのよ」
狩猟部の部員達はほぼすべてが貴族とその御付き達であり、ヒューマンの血統を尊ぶ彼等彼女等は、エルフであるセリーヌへはあまり良い感情を抱いていない様子だったが、カーミラやフィーネ(やはり狩猟部内でも屈指の凄腕の弓の使い手で周囲から一目置かれているらしい)の威や、貴族達から人望があるキャロラインがそれとなく気を回してくれているようで、狩猟部内では嫌がらせされるような事はなかった。
教室では相変わらず、表だって行われないいじめをセリーヌは受けていたが、狩猟部に入ってからはあまり気にならなくなっていた。
部活動に熱中していたからである。
●
教室。
授業と授業の合間の休み時間。
(どうすればもっと上手く弓を射れるかしら?)
セリーヌは窓際の自分の席で首を傾げていた。
やはりひたすら反復練習が大切なのだろうか。
ただ、間違った姿勢で練習しても効果が薄いとフィーネは言っていた。
姿勢、撃つ時にはしばしば崩れがちだ。
自分はきちんと正しい形で撃てているだろうか?
(もっと自分のフォームに注意を払った方が良いかもしれないわね)
セリーヌは自分の弓を引く姿を脳内でイメージした。
周囲では雑音が響いていたが、集中の妨げにはならなかった。夢中だったからだ。上達してゆく予感にワクワクしていた。
(……うん、完璧かしら)
イメージの中の自分はいつだって完璧だ。現実はしばしばそこからずれるけれども。
(早く試してみたいのよ)
エルフ少女の顔から笑みがこぼれた。
――自分はきっともっともっと上手くなれる。
放課後が待ち遠しかった。
水滴が教室の窓硝子を音を立てながら濡らしている。
ひそひそと話声が聞こえる。
セリーヌは窓際の席で頬杖をついて外を眺めていた。
濡れた窓硝子に学園生の少女達の姿が映っている。
エルフの少女は庭の様子を眺めていたのであり、鏡のように窓に映った生徒達へと目を向けていた訳ではなかった。
だが、自然とそちらに視線が惹きつけられてしまう。
セリーヌの背後、少し離れた位置の少女達が、セリーヌの方をチラチラと見て、忍び笑いを洩らしている。
うちの一人が耳の先を掻いたり、引っ張ったりする仕草をしていた。そして少女達はまたセリーヌの方を見て、くすくすと笑う。
彼女達は決して表だってはセリーヌを馬鹿にしてこなかったから、どうやら今回も自分達の姿がセリーヌに見られているとは思っていないらしい。
セリーヌとしても雨が思わぬ所で窓硝子に余計な仕事をしてくれた、と思った。
別に見たくも無いのに。
『普通』である人間達はほぼ必ずといって良い程、群れになってネチネチと陰でやる。
一対一で正々堂々表だって真っ向から他人を貶めようとする者は『普通』の人間達の中にはまずいない。
彼女等は『王党派』に属する生徒達だった。
王党派というのは、語る言葉は聞こえが良い。
パンクリアース、大陸でも最高の学府。
しかし、
(こんなものなの、ね)
セリーヌは胸の裡に氷の言葉を落とし、瞳を閉ざした。
よく考えれば解る筈だったのだ。
リーンエス王国はヒューマン至上主義である。
王党派というのが口でどれだけ綺麗な言葉を並べても、彼等が実際に実行してきた事を羅列してみれば、その性根など明らかだった。
口先だけだ。
他種族に対する敬意など無い。
別に失望などしなかった、今更だ、これまでの王国での生活で人間というのはそういうものだと知っている――というのは少し強がりだった。父や伯父が友情を育んだというパンクリアース学園、そこの生徒達なら何かが違うのではないか、と期待していたのだ。
だが、違いなどありはしなかった。
――概ねは。
「浮かない顔してますわね」
鈴を転がしたような声が響いた。
目を開けて視線を向けると、絹糸のように滑らかな、明るい金色の髪をドリルのように横巻いて顔の両脇に下げたお嬢様が立っていた。
「……あぁ、カーミラなの」
「セリーヌさん、前、よろしくて?」
「その席の所有権は私には無いのよ」
「席の持ち主へは前に了解取ったから、貴方が良いって言えば無問題ですわ」
「……じゃあどうぞ」
「有難う、失礼するのですわ」
黄金ドリラーな少女は優雅に一礼するとセリーヌの前の席に、窓側を背にして横向きにちょこんと腰を降ろした。
セリーヌは小柄だが、カーミラも割と小柄だ。
「カーミラって変わり者なのよ」
「はぁ? 藪からスティックにご挨拶ですわね」
「この学園でエルフの私と関わってるとロクな事ないのよ」
雨のせいだろうか、それともヒソヒソ話が無意識に効いていたのか、セリーヌは陰鬱さを宿した翠色の瞳を向けた。
するとカーミラはむすっと不機嫌そうな表情を浮かべた。
「そんなのしったこっちゃねーですわ。わたくしはわたくしがお話したい人と話すのです。それを不当に邪魔する者がいるなら戦うまで」
黄金ドリルな少女がギロリと視線を向け、先程までセリーヌを見てくすくす笑っていた少女達がそそくさと教室から出て行く。
カーミラという少女は不正義に対してキレっぱやく、一度激怒すると大暴れするので、一部の同級生達からは狂犬のように恐れられていた。
「頭悪いのよ。長生き出来ない生き方なのだわ」
「やかましいですわね。エルフという事だけを理由に嫌がらせをする、それに自分が巻き込まれたくないからお話したくても距離を取る、そんなの、貴族の名折れですわ、誇り高くない。お父様なら決して許しませんわ」
「この国の学園生活で恰好なんてつけるものではないのよ、いつかカーミラは酷い目にあってしまうのよ」
「ふん、例えそうでも、恰好すらもつけられない生き様なんてのは御免ですわ」
破滅への危険性は覚悟の上らしい。
セリーヌは苦笑し翠瞳を細めた。
「貴方らしいのよ」
カーミラは貴族派に属する貴族ではあったが、少し特殊な立ち位置にいた。
王党派ではなく、普通の貴族派の少女達とも違う。
ちなみにセリーヌはというと貴族派寄りの中立に属していた。王党派と貴族派の対立が深刻なこの王国ではあるが、集団を形成しての派閥争いからは距離を取っている。
「わたくしですからね。それはそうとセリーヌさん、例のお話、わたくしも参加する事にいたしましたわ」
「あ、本当?」
セリーヌはパッと顔を輝かせた。先日、セリーヌはある事を共にしようとカーミラを誘っていたのである。
金色のドリル少女は、少し照れたように縦ロールを指先でくりんくりんさせつつも頷き、
「ええ……わたくし、セリーヌさんと一緒なら部活動するのも楽しそうだと思って」
「有難うなのだわ。うん、きっと楽しくなるのよ」
エルフ少女は破顔した。
すると金色少女もつられたように微笑んで、
「楽しみですわ。それと、わたくし敵が多いですから、いざという時に身を守る術として弓を嗜んでおくのは悪くないんじゃないかと」
「そ、そう」
もしかしてエルフである自分よりも、それを表だって庇ったりするこのお嬢様の方が、学園内での立場的には危ういのではないかしら? と、ふと心配になったセリーヌなのだった。
●
一通りの授業が終了した雨上がりの放課後、屋外にある射撃場へと向かったセリーヌ達は、そこに居たフィーネ・メローヴィングへと声をかけた。
「――狩猟部に入部したい?」
挨拶とカーミラの紹介もそこそこに、入部したい旨を告げると、光沢のある銀色の長髪を頭の後ろで結い上げている娘は、その赤眼でセリーヌの緑瞳をしげしげと見つめて真顔になった。
「それは私としては歓迎するけど……でも、セリーヌってエルフだよね? この部ってヒューマンの貴族ばっかりだから、けっこー、不愉快な目にあうかもしれないよ?」
カーミラと違ってフィーネは自分の好意などは隠したりするが、概ね彼女もまた歯に衣着せないでハッキリ言うタイプの娘である。
貴方は被差別種族だよね、と真っ向から言われるのは、なかなか来るものがあったが、しかし、心配してはくれてるらしい。
セリーヌは微笑して答えた。
「平民だってそう変わらないですよ」
「そう……でも、やっぱり貴族のが危ないよ。それはセリーヌだって良く解ってるでしょ? 無駄に嫌な目に遇いそうな場所に足を踏み入れる事もないと思うんだけど……」
お勧めしかねる、という態度の銀髪少女に対し、セリーヌは少し躊躇ったが、意を決して打ち明けた。
「ご心配おかけしてすみません。でも、狩猟部にはフィーネ殿がいらっしゃいますから」
「……私?」
フィーネは瞳を瞬かせた。
エルフの少女は頷き、
「はい、弓を射っていたフィーネ殿、とても恰好良かったです。私もああいう風になりたくて……一緒に居たら私も凄くなれるんじゃないかって、そんな気がするのです」
するとフィーネは照れたような表情をして、次に顔を盛大に顰め、また次に唸った。
「…………なるほど、要するに、強くなりたい、って事だね。了解したよ」
強さ、というものはセリーヌがフィーネの姿から感じたもののあくまで一要素に過ぎなかったのだが、上手く言葉に出来なかったので、否定はしなかった。
確かに実際、強くなりたくはある。
強くなれれば周囲からのいじめも減るだろうし、カーミラがピンチになった時も手助けできるかもしれない。
「はい、強くなりたいです。入部しても良いですか?」
「わかった、良いよ――っていってもそれを決める権限を持ってるのは私じゃないんだけど……とりあえず部長に話を通そうか」
「やった! 有難うございます!」
「喜ぶのはまだ早いよ。さっきも言ったけど、入部を認める権限持ってるの私じゃないからね。もしかしたらそもそも入部出来ないかもしれない」
「……部長殿はどんな方なのですか?」
セリーヌが小首を傾げて問いかけると、
「……すっごい王国貴族らしい王国貴族だよ、悪い意味で」
銀髪ポニテ娘はそう盛大に顔を顰めたのだった。
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狩猟部の射撃場には真剣な様子で射撃している生徒もいれば、友人達とヘラヘラ笑いながら適当に撃っている生徒もいた。
個々人の温度差が激しいようだが、それだけ個人の自由が許されている場所ではあるらしい。
フィーネについて進んでゆくと、部長らしき瀟洒な装いの貴公子が、射撃場の片隅に置かれたテーブル席に座り、紅茶を飲みながら女生徒と談笑しているのが見えた。
(あ、キャロライン殿だ)
ティーカップ片手に微笑みながら部長と会話している女生徒はキャロライン・ネッカーラントだった。
腰程までに真っ直ぐに伸びた薄紫色の髪を持つ、小柄だがスタイルの良い娘だ。フィーネとは学年が一つ違うが、同じく北の帝国から留学してきたそうで、彼女とは随分と仲が良さそうだった。
部長はキャロラインとは楽しそうに笑顔で(というかデレデレと鼻の下を伸ばして)会話していたが、フィーネが声をかけると途端に顔を顰めた。
「あぁフィーネ君か……一体なんだい?」
部長の青い瞳には嫌悪と微かな脅えの色が見えた。銀髪ポニテ娘は部長とはあんまり上手くいってないらしい。
「入部希望者です」
「へぇ、そちらの子達だね――ってエルフじゃあないか!」
瀟洒な貴公子はセリーヌの耳へと視線を向けると瞳を真ん丸にして叫び、それからフィーネを睨んだ。
「君ィ、ちょっと、困るよ。狩猟は貴族の嗜みだ。王国貴族の伝統と誇りある狩猟部に森の妖精というのは……人間以外は困るよ君ィ」
「それは規則なのですか」
氷のような声音と赤眼でフィーネが座っている部長を見下ろす。
「き、規則ってぇ訳じゃないけど、わかるだろ? 暗黙の了解って奴だよ。書面に書いてないからって何やっても良い訳じゃないぞ」
「……なんとかはなりませんか?」
「無理だよ、エルフを部に入れるとか、嫌がる部員は多いと思うよ」
男子生徒が脅えたように身を後方に引きつつも銀髪娘へと言うと、フィーネは黙った。
フィーネは口も態度も悪い娘だったが、例え仲が悪い相手であっても、他人へあまり無茶を要求するタイプではないらしい。
両者が沈黙すると、キャロラインが横からそっと口を開いた。
「……シルトラース帝国では多くの場面で種族は問われませんが」
「悪いけどキャロ、北は北、南は南だよ。こればっかりは我々には我々の慣習があるんだ」
こう言われてしまうと異邦からの留学生である彼女等には言える言葉は無いらしく、キャロラインも黙ってしまった。
そんな中、一歩進み出て一礼したのはカーミラだった。
「――部長さん、お初にお目にかかりますわ。わたくし、カーミラ・ドラクリヤ・オブ・ダキアと申します」
「あぁ君は人間のようだね……ってカーミラ・ドラクリヤ?」
「ええ、カーミラ・ドラクリヤですわ」
にこりと金色のドリル少女は微笑した。
「こちらのセリーヌさんはわたくしのお友達ですの」
部長は急速に顔から血の気を引かせて真っ青にし、ブルブルと震え始めた。
「おっ、王国貴族の伝統と慣習が……」
「わたくし、いわれの無い差別というのは良く無い事だと思いますの。セリーヌさんの人品はわたくしがわたくしの名において保証いたしますわ。それとも、カーミラ・ドラクリヤの名では不足かしら? 伝統は大切ですけれども、悪しき習わしは改善してゆくべきもの、そうはお思いになられなくて? 部長さん?」
笑顔のまま黄金ドリルなお嬢様が見つめると、部長はしばし無言でブルブルと震えていたが……やがてがっくりと項垂れた。
「不足ございません。ええ、ええ、悪習は撤廃されるべきもの! 無論、カーミラ様とご友人の入部を喜んで認めますとも! 部員達にも歓迎するように伝えます!」
●
かくて、セリーヌとカーミラは晴れて? 入部が認められる事となった。
「カーミラって凄かったのね」
周囲から怖がられているのはなんとなくセリーヌも知っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「いえ、わたくしではなく、わたくしのハイパーなお父様が凄いのですわ。わたくしは要するに、虎の威を借りる狐です。親の七光りですから、そうたいしたものではありません。こういう場面では多少はお役に立てますけどね。ああ、わたくしも早くお父様のように本物の虎になりたいですわ」
どうやらドラクリヤ家は一介の伯爵家ではあるがかなり力が強い家であるらしい。
貴族社会では爵位が上だからといって必ずしも実質的な力も上であるとは限らない。その逆も然りである。
そんな会話をかわしているとキャロラインがやってきた。セリーヌ達に挨拶すると共に彼女はカーミラと自己紹介を互いにかわし、
「カーミラさんって、ラディス・ドラクリヤ伯爵の娘さんなんですね」
何故だろう?
以前に出会った時はもっと親しみやすい優しそうな女性に見えたのだが――実際、今も笑顔は柔らかいのだが――しかし、セリーヌは微かな違和感を、この北の軍事大国から留学してきたという経歴の少女に感じた。
カーミラはそれを感じ取れていないようで、丁寧な物腰のキャロラインと笑顔で会話を交わしている。
セリーヌが少し表情を固くした時、フィーネが声をあげた。
「あ~キャロ! セリーヌ達は私が面倒見るから!」
するとシルトラースからの留学生二人はしばしの間見つめ合った。
薄紫髪少女の青い瞳と、珍しくどこか気後れしているような表情の銀髪少女の赤眼が交錯する。
不意に、キャロラインの笑顔から違和感が消えた。
「そう、それじゃあ、フィーネに任せるわね。セリーヌさん、カーミラさん、もし何かお困りな事があったら私にもご遠慮なさらずおっしゃってくださいね」
柔らかい声音で丁寧に述べ、帝国少女はまた部長達の方へと戻って行った。
「……あ、あー……キャロはとっても素晴らしい人なんだけどさ、ちょっと、真面目過ぎる所があるっていうか……役目に熱心なんだよね……」
フィーネが頬を掻きつつ何故か何かをフォローするようにセリーヌへと言ってきた。
正直何がなんだかよくわからなかったのだが「そうなんですか」とセリーヌは返したのだった。
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その後、セリーヌはカーミラと共に狩猟部で弓の練習を始めた。
キャロラインへと宣言した通り、フィーネは良くセリーヌ達の弓の練習を見てくれた。
森への狩猟にも同行した。
狩猟には馬も使うらしく、セリーヌとカーミラはおっかなびっくり馬に乗ったが、それもフィーネが丁寧に乗り方を教え、補佐してくれたのでなんとかなった。
ただ残念ながら初回の時は獲物を射って仕留める事はできなかった。
動かない的ではなく、機敏に気配を察知して逃げる動物を仕留めるには、まだまだ技量が足りないらしい。
が、セリーヌはどこかで少しほっともしていた。
生き物を殺すのはやはり少し抵抗がある、生きる糧としてではなく、娯楽としてとなるとなおさらだ。
ただ一応、仕留めた獲物は食べる事にしているらしく、部員の貴族の召使い達がバーベキューで焼き上げてくれたので、その相伴に預かった。
きつね色に焼き上げられたウサギ肉はなかなか美味だった。
「……太ってしまわないように、頑張って弓と乗馬の練習をしなければなりませんわね」
カーミラが真剣な表情でそんな事を言っていたので、セリーヌは思わず笑ってしまった。
「普段、ティータイムに食べてるお菓子を減らせば良いのよ」
狩猟部の部員達はほぼすべてが貴族とその御付き達であり、ヒューマンの血統を尊ぶ彼等彼女等は、エルフであるセリーヌへはあまり良い感情を抱いていない様子だったが、カーミラやフィーネ(やはり狩猟部内でも屈指の凄腕の弓の使い手で周囲から一目置かれているらしい)の威や、貴族達から人望があるキャロラインがそれとなく気を回してくれているようで、狩猟部内では嫌がらせされるような事はなかった。
教室では相変わらず、表だって行われないいじめをセリーヌは受けていたが、狩猟部に入ってからはあまり気にならなくなっていた。
部活動に熱中していたからである。
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教室。
授業と授業の合間の休み時間。
(どうすればもっと上手く弓を射れるかしら?)
セリーヌは窓際の自分の席で首を傾げていた。
やはりひたすら反復練習が大切なのだろうか。
ただ、間違った姿勢で練習しても効果が薄いとフィーネは言っていた。
姿勢、撃つ時にはしばしば崩れがちだ。
自分はきちんと正しい形で撃てているだろうか?
(もっと自分のフォームに注意を払った方が良いかもしれないわね)
セリーヌは自分の弓を引く姿を脳内でイメージした。
周囲では雑音が響いていたが、集中の妨げにはならなかった。夢中だったからだ。上達してゆく予感にワクワクしていた。
(……うん、完璧かしら)
イメージの中の自分はいつだって完璧だ。現実はしばしばそこからずれるけれども。
(早く試してみたいのよ)
エルフ少女の顔から笑みがこぼれた。
――自分はきっともっともっと上手くなれる。
放課後が待ち遠しかった。