覚醒は突然に

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年05月25日 16時22分23秒

 ルアンナ・ミュラーがまだ日差しにむせ返る前の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ふぅ、今日も一日いい天気になりそう」
 東の空が白く染まる黎明の朝。街はまだ寝静まっている。
「おっ、今日も早いね」
 と、ググっと伸びをしていたルアンナに馴染みの男が声をかけてきた。
 ビヒモーに荷車を引かせ、早朝に街にある店々を回るこの男はリブラネスタの郊外に牧場を構える酪農家だ。
「おはようございますっ! 今日も沢山絞れましたね」
 ルアンナはパン屋の経営で培った営業スマイルを男に向けつつ、荷台に目をやった。
 ビヒモーが引く荷台には沢山のミルクタンク。どれにも毎朝とれた新鮮な生乳が入っている。
「今日のもうまいぞ! で、今日はどれくらいいっとく?」
「うーん、そうですねぇ……」
 ルアンナは男の言葉に思案する。
 今日の天候は晴れ。湿度は……高くなりそう。となると、ミルク系のパンはあんまりでないかな。なら……。
「今日は5リットルでいいです」
「ん、少ないな」
「いい天気ですからね」
 首をかしげる酪農家に、ルアンナは笑顔で返す。
 酪農家は言われて通りにミルクタンクから、瓶へと小分けしルアンナに手渡した。

「また明日もよろしく!」
 荷車を引いて去っていく男は、次の店へと向かい街の角に姿を消した。
「……さて、私も準備を始めないと」
 男を見送ったルアンナは牛乳瓶を抱えると、まだ【Close】の看板のかかるドアを押して店内へと入る。外より涼しい空気に出迎えられながら、ルアンナは厨房を目指す。

 リブラネスタの郊外にあるパン屋『ミュラース』。親類の店を引き継ぎルアンナが切り盛りするリブラネスタでも秘かに人気を博しているパン屋である。
 名物はパリッとした表面のクッキー生地が自慢のメロンパン。他にももっちりした触感が好評の米粉のパンなど、独創的なパンを数々生み出し、定番化させていたのは一重にルアンナの手腕といっていい。
 店の主人であった叔父が事故で無くなり、店を切り盛りするべき叔母は病気で入院。今は、残されたルアンナが懸命に店を支え盛り上げていた。

 厨房で仕込みの準備をしていると、店のドアが開いた。
「あ、おはようございます!」
 ルアンナは厨房から顔を覗かせ入ってきた人物に挨拶する。
「おはようございます、店長さん」
 垂れ目がチャームポイントのこの女性は、仕込みを手伝ってもらっている若い母親だ。背中に小さな赤子を括り付け今日もやってきてくれた。
 若い母親は慣れた手つきでエプロンを付け手を洗うと、早速と粉の分量を量り始める。生地作りはもっぱら彼女の仕事だった。
「今日は何を幾つ作りますか?」
 天秤とにらめっこしながら若い母親がルアンナに問いかける。
「今日は天気がいいので口当たりのあっさりしたパンをメインに作ろうと思いますっ!」
「となると……わかりました。それに合わせて生地を作りますね」
 若い母親が生地作りをしている間に、ルアンナは竈の用意をする。それが二人の毎朝のルーティーンになっていた。
「ちょっと薪を取ってきますね」
 赤子の為に体を揺らし続ける若い母親に声だけかけ、ルアンナは勝手口から外に出る。
 外は夜明けの気配が薄れ、徐々に街が動き出していた。
 街の静かな囁きを聞きながら、ルアンナは竈にくべる分の薪を両手いっぱいに抱えると再び店内へと戻る。
 懸命に生地をこねている母親の横を通り抜け、ルアンナは竈の前に薪を下ろすと、竈の中へと積んでいった。
「――さて、紋具はっと……」
 竈の中が均一の温度になる様に薪を並べる、これも叔父に教えてもらった技の一つだ。ルアンナは薪を整え終わると、いざ点火と着火用の紋具を手に取った。
「窯の火を入れますねー」
 若い母親に一声かけると、どうぞと声が返ってきた。火入れも生地の出来るタイミングに合わせて行わないと、発酵具合にムラができる。二人は阿吽の呼吸でその頃合いを計る。
「それじゃ付けますよー! …………あれ?」
 しかし、着火用の紋具がうんともすんともいわない。いくらエーテルを流し込んでも、着火どころかその前段階の放熱すらしない。
 ルアンナは何度も試してみるがやはり紋具が効果を発動することはなかった。
「どうしよう。壊れたのかな……?」
 ルアンナは指でコンコンと叩いてみたり振ってみたり色々して見るが、もちろんそんな事で着いたりはしない。
「どうかしましたか?」
 いつまでも着火の報告がない事を不思議に思ったのか、若い母親がルアンナの元にやってきた。
「うーん、着火用の紋具が壊れちゃったみたいです」
「あら、それは大変ですね……火入れどうしましょう」
「とりあえず、新しい物をすぐ用意します。紋具屋さんに行ってきますね」
 と、ルアンナは急がなきゃとエプロンを外すとテーブルへ置く。
「待ってください、店長さん。紋具屋はこんな朝早くやってませんよ?」
 そんなルアンナに、若い母親は困ったように声をかけた。
「え……? あ、そうでした。どうしましょう……」
「とにかくどこかで火種を貰ってくるか、紋具を借りてこないといけませんね。どこか起きてる所があればいいんですが……」
「こんな朝早く……どこかあるかな」
 二人は借りれる場所がないかと思案するが、残念ながら該当する場所はすぐに思いつかない。
「困りましたね。今日はオープンを遅らせるしか……」
 ぐずり始めた赤子を胸に抱き直し、若い母親は答えを求める様にルアンナを見つめた。
「そんな……それじゃ街の皆さんに申し訳ないですよ」
 毎朝決まって買いに来てくれる常連さん達の顔を思い浮かべながら、ルアンナはしゅんと項垂れる。
「うぅ……どうしよう」
「そうですねぇ……こんな時、魔法とか使えたら簡単に火付けができるんでしょうか」
「魔法、ですか……? はは、そうかもしれませんね。魔法かぁ。きっと便利なんだろうな……」
「まぁ我々一般人が言っても詮無い事ですけど」
 若い母親に言われ、ルアンナも苦笑を浮かべる。
「そうですね。でも憧れちゃうな。魔法――もし魔法が使えたとしたら、こんな風にですかね――」
 と、ルアンナが少し恥ずかしそうに竈に並べた薪に向かって指を振るった。

「炎よ!!」

――ボウッ!!

「ふえっ!? 火ぃぃぃぃ!?」
 突然、竈からあふれ出す猛火。
「危ないっ!!」
 いきなり吹き出した炎が呆然とするルアンナに襲い掛かるが、間一髪若い母親が体を当てて弾き飛ばす。

「ふえぇぇぇぇん!!!!」

 倒れ込んだ若い母親の胸では、赤子が鳴き声を上げた。
「大丈夫ですか、店長さん!」
「は、はいっ……!」
 呆然としていたのも束の間、竈から吹き上がる炎は勢い一向に衰えていない。
「一先ず逃げましょう! ここに居たら私達がパンになってしまいます!」
 こんなわけのわからない状況でも、若い母親は冷静にルアンナに声をかける。母は強し。
 ルアンナは若い母親に手を引かれるままに店内へと逃げ出す。
「一旦外に逃げましょう!」
 その声をかける若い母親の表情には、もうこの店はダメかもしれないと悔しさが滲んでいた。
 ルアンナはそこでようやく事の重大さに気付く。炎が竈から吹き上がり店内を炙っている。すぐに可燃物に燃え移り延焼するだろう。そうなれば叔父から託された店が――。

「だ、だめ! そんなの絶対ダメです!!」

 最悪の想像を振り払う様に頭を振ったルアンナは厨房へと戻ろうと、若い母親の手を払った。そして、厨房へと足を向けて――。

「……あ、あれ……消えてる?」

 先程迄あれだけ威勢を誇っていた炎は、跡形もなく消えていた。
「どういう事だろう……?」

「なんだ! 何があった! 大丈夫か、お嬢ちゃん!!」

 と、不思議な現象にルアンナが首を捻っていると、店のドアが勢いよく開かれた。
 入ってきたのは隣に住む革加工職人のご主人。たまたま店の前を通っていたのかもしれない。
「すげぇ炎が見えたが、いったい何があったんだ……?」
「は、はい。なんだか、なんともないみたいです」
 状況が飲み込めず呆然と立ち尽くすルアンナは、店内に入ってきたご主人に状況を説明した。

「……それって、魔法じゃねぇのか?」
「ふへ……?」
 主人の口から思いもよらない言葉が出てルアンナは思わず変な声を上げる。
「すぐに消えたんだろ?」
「はい、一瞬凄い炎が出て、店が焼けちゃうんじゃないかと思ったんですけど……気付いた時には消えてました」
「ふむ。で、その結果がこれと」
 ご主人は竈の中を覗き込み、跡形もなく灰となった薪を見た。
「魔法だな」
「え……ええっ!?」
 ご主人がぽつりと漏らした言葉にルアンナは声を上げる。
「これが魔法ですか……凄いですね」
 赤子をなだめ終えた若い母親も竈を覗き込みその威力に驚いた。
「魔法……あんなに炎が出るんですか……」
 まるで店を全てのみ込もうかという猛火を思い出し、ルアンナはぶるりと身を震わせる。
「まぁ、対象が薪でよかったな」
「……え? 対象?」
 と、灰となった薪を取り出したご主人にルアンナは首を傾げた。
「魔法はエーテルが作用してるだけだからな。本当の炎が出てるわけじゃねぇ。薪は炎で焼けたら炭になるだろ? でもこれは灰だ」
 言ってご主人は灰をさらさらと床に落とした。
「とにかく店が無事でよかったな。それから――」
 と、ご主人は改めてルアンナを見ると。
「覚醒おめでとう、授恵者さん」
 ルアンナに向け前歯の一本抜けた笑顔でにかっと笑った。

 実感のないまま授恵者として覚醒したルアンナは、二人から祝福の言葉を贈られる。
「私が授恵者……」
 自らの掌を眺めながら呟いたルアンナは、確かめるのよにぎゅっと拳を閉じた。

 こうして、まったくの偶然で気付いた新しい力。その力を手にルアンナは何を思い何を成すのか。この思いがけない朝の奇跡がルアンナにとっての新しい『日常』の幕を開けとなったのだった――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0