夜影の聲
キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2021年05月31日 15時08分34秒
暗灰に耀く魔力を放ち、暴狼の足元を衝撃で打ち払う。長杖から残光を零したまま――エイル・ビュセファスは視線を横に向けた。
「後は頼んだ」
「じゃ、うちに任せるさぁ♪」
応えるフリューリングスルフト=ティエラは、ひらり。
舞い踊るように体を翻して連閃。刃を縦横に奔らせてその魔獣を撃破した。
今日は野営するか、と。
エイルの提案で、二人は木々の間の一角で焚き火を熾していた。
「この調子なら、すぐに終わりそうだな」
「ん、明日には戻れるさぁ」
持参の干し肉を炙るエイルに、フリューも微笑む。
――闇漠の森。
そこは王国東部に位置する、農村部に近い自然地帯だ。
以前より魔物の存在が危惧されていたが――最近になって村々の防壁や畑に実害が発生。一度は領主が兵士を差し向けたが、授恵者でない人間には解決出来ず……此方にお鉢が回ってきたのだ。
ただ依頼を受けたエイルとフリューにとってその魔獣、暴狼は敵ではなかった。
目撃された四体の内、先程の個体でもう三体目。
「領主直々の依頼だから報酬も弾むし、悪くない仕事だったな」
エイルが呟けば……フリューも頷く。
「みんなももうすぐ安心出来るさぁ」
それは村にいた子供達の事。魔獣に怖がっていた彼らが安堵する姿を想像して、フリューは嬉しそうだった。
エイルはそれには何も言わない。
火に照らされたフリューが徐に踊り、唄うと――ただそれを見つめるだけだ。
フリューのそんな朗らかさが、エイルには時折故郷の妹と重なって見える。
「……」
仕事は仕事。
だがこういう時間も悪くない。
明日には休暇に入れるし――改めて家でゆっくり過ごすのもいいかと、エイルは思った。
その時だった。
不意に焚き火が大きく揺らいで、消える。
冷たい風が吹いたからではない。小さな火など呑み込む程に熱い――炎のような熱波が吹きつけたからだ。
「エイル!」
「……ああ」
エイルは木々の奥に視線を飛ばす。
そこに、ゆらゆらと炎を靡かせる巨大な獣がいた。
否、獣という言葉は誤謬。獣に似ているだけの、闇色の毛皮を蠢かす異形――クリーパー。
「エイル、あれって……」
「黒焔だ」
危険な個体だとギルドでも警鐘を鳴らされていたもの。
王国での目撃情報があったのみで、生息地は不明だった筈だが――
「……ここにいるなんて、驚きさぁ」
見れば傍らに、四体目の暴狼の亡骸があった。骨まで食い荒らされており……黒焔が“狩り”をしていたのだろう。
暴狼とは比較にならぬ強敵。
だが、フリューは刃を構えて下がらない。
この敵を逃せば、村人達もその毒牙にかかってしまうだろうから。
「うちが相手さぁ!」
瞬間、フリューは風の如き速度で奔って鋭い斬撃を浴びせた。
エイルも迷わず疾駆している。
「報酬は上乗せだな」
言って魔力の刃を飛ばし、フリューの刻んだ傷を抉って闇色の血を散らせた。
だが黒焔は倒れるどころか咆哮を上げて昂ぶる。殺意を漲らせると、下がっていたフリューへ猛烈に突進した。
「ちっ!」
エイルは体勢を崩しながらもとっさに跳んで盾になる。衝撃の塊がぶつかって、視界が揺れ動きながら回転した。
「エイルっ!」
「……っ、問題ねぇよ」
エイルは地に手をついてそう返すが、口の中には血の味が滲んでいた。
圧倒的な破壊力だ。
だが、此方が与えた傷も深い。攻撃力と引き換えに体力は低いのだろう。勝てる可能性は皆無ではなかった。
「攻撃、気をつけろよ」
言うとエイルは接近し、回し蹴りで鼻っ柱を打つ。黒焔が僅かに怯んだところへ、杖を突き出して本命の一撃。零距離で魔力を爆裂させた。
「今だ!」
「了解さぁ!」
そこへフリューが高々と跳躍。直上から苛烈な斬撃を叩き込んでいく。
瞬間、確かに体力の大半を削り取った感触があった。
が――黒焔も奥の手を残している。
「……っ!」
刹那、フリューの眼前が炎に染まった。
黒焔が体に纏う焔の全てを放射したのだ。焼け落ちる木々と共に、フリューも投げ出されて倒れ込む。
「……、う……」
横になった視界が明滅する。
その遠くで、エイルも被弾して杖をついている姿が見えた。
黒焔が一歩一歩と、そこへ近づいている。
(――エイル!)
フリューは立ち上がるが、その膝ががくりと折れる。自分が思うより、体力を失っていた。
――動けうちの足! 早く、速く!
フリューは焦るが、体が熱を持って言う事を聞かない。
ここで動かなければ、全てが終わってしまうのに。
痛みが、傷が、意思を拒んでいた。
(……間に合わない)
そう悟った時、しかし不意に“声”が聞こえた。
『下手糞。体はこう動かすんだ』
瞬間、まるで独りでに足が動く感覚が訪れる。
(あれは……)
それはフリューの中に眠る“もう一人”。
フリューは意識の底に沈む自分を置き去りにして、這い上がってゆくそれを見た。
喜びや楽しみ、明るい感情の海に抑えられていた存在。
絶望と苦しみ、悲しみに満ちた今、それを掴んで、糧にして、表側へ昇ってゆく存在。
それはフリューの自己認識が、知識と食い違っている証左だ。
狸の半獣人――フリューは自身をそう思っているが、正しくない。フリューとは――狸とラーテルが混ざった“ナニか”。
だからフリューは自身を知らず、己を制御出来ない。
悲鳴を上げる足を無視して、フリューは黒焔に迫っていた。
痛みが回復した訳ではない。それ以上の力で自分の体をねじ伏せているだけだ。
尤も既に、そこに“フリュー”としての自我はない。
「簡単だろう」
そんな“声”を零しながら――黒焔の胸部を貫く。黒焔は暴れるが、フリューは意に介さず刃を捻って抉っていた。
その姿を、エイルは見つめている。
「フリュー……いや」
それがフリューとは違うと気づくのに時間はかからなかった。
見た目は変わらない。だがそれ以外の全てが変わっていた。戦い方もまるで、全ての箍が外れてしまったようで――
「……」
黒焔は倒れ、消滅していた。
だがその後もエイルは杖を下げていない。
フリューがゆらりと此方に向いていたからだ。
――来る。
思った次にはフリューが刃を振り翳してきていた。エイルは横に転げて逃れ、素早くその腕を押さえつけようとする。
「相手が違うんじゃねぇか」
するとフリューは獣じみた瞳を見せ、言葉を紡ぐ。
「やっとこうして出られたってのに。気に入らないな」
そこにあるのは苛立ち。
視線にも棘があって――それをエイルが感じた瞬間、フリューは此方を足払いして鉤爪を突き下ろしてきた。
エイルが顔を僅かにずらすと、刃が地に突き刺さる。
当たっていれば無事では済まなかったろう。
「……」
だから、という訳じゃない。
エイルは一度深くため息をついていた。
「警告はしとくぞ。痛い目見たくなかったら早く起きろ」
それでも腕を振り上げるフリューを見て――エイルは即座に立ち上がり、腹に痛烈な掌打を喰らわせた。
「……っ!」
呼気を吐いてフリューがよろける。
エイルは杖を拾い上げた。
「穏便に済むならそうしたけどな。やめた」
勿論、心理的な抵抗はあった。
だがエイルはどこまでも合理的な思考も併せ持っている。
何より――このまま自分が傷つけば、その事を“フリュー”が一番悲しむだろうから。
「ま、我慢しろよ」
エイルは杖先から光を閃かす。そうして“フリュー”に語りかけるように――眩い魔法を叩き込んだ。
「後は頼んだ」
「じゃ、うちに任せるさぁ♪」
応えるフリューリングスルフト=ティエラは、ひらり。
舞い踊るように体を翻して連閃。刃を縦横に奔らせてその魔獣を撃破した。
今日は野営するか、と。
エイルの提案で、二人は木々の間の一角で焚き火を熾していた。
「この調子なら、すぐに終わりそうだな」
「ん、明日には戻れるさぁ」
持参の干し肉を炙るエイルに、フリューも微笑む。
――闇漠の森。
そこは王国東部に位置する、農村部に近い自然地帯だ。
以前より魔物の存在が危惧されていたが――最近になって村々の防壁や畑に実害が発生。一度は領主が兵士を差し向けたが、授恵者でない人間には解決出来ず……此方にお鉢が回ってきたのだ。
ただ依頼を受けたエイルとフリューにとってその魔獣、暴狼は敵ではなかった。
目撃された四体の内、先程の個体でもう三体目。
「領主直々の依頼だから報酬も弾むし、悪くない仕事だったな」
エイルが呟けば……フリューも頷く。
「みんなももうすぐ安心出来るさぁ」
それは村にいた子供達の事。魔獣に怖がっていた彼らが安堵する姿を想像して、フリューは嬉しそうだった。
エイルはそれには何も言わない。
火に照らされたフリューが徐に踊り、唄うと――ただそれを見つめるだけだ。
フリューのそんな朗らかさが、エイルには時折故郷の妹と重なって見える。
「……」
仕事は仕事。
だがこういう時間も悪くない。
明日には休暇に入れるし――改めて家でゆっくり過ごすのもいいかと、エイルは思った。
その時だった。
不意に焚き火が大きく揺らいで、消える。
冷たい風が吹いたからではない。小さな火など呑み込む程に熱い――炎のような熱波が吹きつけたからだ。
「エイル!」
「……ああ」
エイルは木々の奥に視線を飛ばす。
そこに、ゆらゆらと炎を靡かせる巨大な獣がいた。
否、獣という言葉は誤謬。獣に似ているだけの、闇色の毛皮を蠢かす異形――クリーパー。
「エイル、あれって……」
「黒焔だ」
危険な個体だとギルドでも警鐘を鳴らされていたもの。
王国での目撃情報があったのみで、生息地は不明だった筈だが――
「……ここにいるなんて、驚きさぁ」
見れば傍らに、四体目の暴狼の亡骸があった。骨まで食い荒らされており……黒焔が“狩り”をしていたのだろう。
暴狼とは比較にならぬ強敵。
だが、フリューは刃を構えて下がらない。
この敵を逃せば、村人達もその毒牙にかかってしまうだろうから。
「うちが相手さぁ!」
瞬間、フリューは風の如き速度で奔って鋭い斬撃を浴びせた。
エイルも迷わず疾駆している。
「報酬は上乗せだな」
言って魔力の刃を飛ばし、フリューの刻んだ傷を抉って闇色の血を散らせた。
だが黒焔は倒れるどころか咆哮を上げて昂ぶる。殺意を漲らせると、下がっていたフリューへ猛烈に突進した。
「ちっ!」
エイルは体勢を崩しながらもとっさに跳んで盾になる。衝撃の塊がぶつかって、視界が揺れ動きながら回転した。
「エイルっ!」
「……っ、問題ねぇよ」
エイルは地に手をついてそう返すが、口の中には血の味が滲んでいた。
圧倒的な破壊力だ。
だが、此方が与えた傷も深い。攻撃力と引き換えに体力は低いのだろう。勝てる可能性は皆無ではなかった。
「攻撃、気をつけろよ」
言うとエイルは接近し、回し蹴りで鼻っ柱を打つ。黒焔が僅かに怯んだところへ、杖を突き出して本命の一撃。零距離で魔力を爆裂させた。
「今だ!」
「了解さぁ!」
そこへフリューが高々と跳躍。直上から苛烈な斬撃を叩き込んでいく。
瞬間、確かに体力の大半を削り取った感触があった。
が――黒焔も奥の手を残している。
「……っ!」
刹那、フリューの眼前が炎に染まった。
黒焔が体に纏う焔の全てを放射したのだ。焼け落ちる木々と共に、フリューも投げ出されて倒れ込む。
「……、う……」
横になった視界が明滅する。
その遠くで、エイルも被弾して杖をついている姿が見えた。
黒焔が一歩一歩と、そこへ近づいている。
(――エイル!)
フリューは立ち上がるが、その膝ががくりと折れる。自分が思うより、体力を失っていた。
――動けうちの足! 早く、速く!
フリューは焦るが、体が熱を持って言う事を聞かない。
ここで動かなければ、全てが終わってしまうのに。
痛みが、傷が、意思を拒んでいた。
(……間に合わない)
そう悟った時、しかし不意に“声”が聞こえた。
『下手糞。体はこう動かすんだ』
瞬間、まるで独りでに足が動く感覚が訪れる。
(あれは……)
それはフリューの中に眠る“もう一人”。
フリューは意識の底に沈む自分を置き去りにして、這い上がってゆくそれを見た。
喜びや楽しみ、明るい感情の海に抑えられていた存在。
絶望と苦しみ、悲しみに満ちた今、それを掴んで、糧にして、表側へ昇ってゆく存在。
それはフリューの自己認識が、知識と食い違っている証左だ。
狸の半獣人――フリューは自身をそう思っているが、正しくない。フリューとは――狸とラーテルが混ざった“ナニか”。
だからフリューは自身を知らず、己を制御出来ない。
悲鳴を上げる足を無視して、フリューは黒焔に迫っていた。
痛みが回復した訳ではない。それ以上の力で自分の体をねじ伏せているだけだ。
尤も既に、そこに“フリュー”としての自我はない。
「簡単だろう」
そんな“声”を零しながら――黒焔の胸部を貫く。黒焔は暴れるが、フリューは意に介さず刃を捻って抉っていた。
その姿を、エイルは見つめている。
「フリュー……いや」
それがフリューとは違うと気づくのに時間はかからなかった。
見た目は変わらない。だがそれ以外の全てが変わっていた。戦い方もまるで、全ての箍が外れてしまったようで――
「……」
黒焔は倒れ、消滅していた。
だがその後もエイルは杖を下げていない。
フリューがゆらりと此方に向いていたからだ。
――来る。
思った次にはフリューが刃を振り翳してきていた。エイルは横に転げて逃れ、素早くその腕を押さえつけようとする。
「相手が違うんじゃねぇか」
するとフリューは獣じみた瞳を見せ、言葉を紡ぐ。
「やっとこうして出られたってのに。気に入らないな」
そこにあるのは苛立ち。
視線にも棘があって――それをエイルが感じた瞬間、フリューは此方を足払いして鉤爪を突き下ろしてきた。
エイルが顔を僅かにずらすと、刃が地に突き刺さる。
当たっていれば無事では済まなかったろう。
「……」
だから、という訳じゃない。
エイルは一度深くため息をついていた。
「警告はしとくぞ。痛い目見たくなかったら早く起きろ」
それでも腕を振り上げるフリューを見て――エイルは即座に立ち上がり、腹に痛烈な掌打を喰らわせた。
「……っ!」
呼気を吐いてフリューがよろける。
エイルは杖を拾い上げた。
「穏便に済むならそうしたけどな。やめた」
勿論、心理的な抵抗はあった。
だがエイルはどこまでも合理的な思考も併せ持っている。
何より――このまま自分が傷つけば、その事を“フリュー”が一番悲しむだろうから。
「ま、我慢しろよ」
エイルは杖先から光を閃かす。そうして“フリュー”に語りかけるように――眩い魔法を叩き込んだ。