在りし日の誓い
キャラクターノベル(グループ)制作 おおくまねこ納品 2021年05月22日 11時53分27秒
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パンクリアース学園はリーンエス王国王都グランスパーダに広大な敷地を持つ名門校である。私はかつて平民ながらも、お嬢様のメイドとしてこの学園に通っていた。そしてお嬢様が入学して間もない頃、私が生涯忘れることはないであろう、あの事件が起こったのだ。
この物語は、ルアンナ・ミュラー様がまだ『ルアンナ・セラフィアス』であった頃。そして、私が、彼女にお仕えするメイドであった頃の物語である。
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ルアンナお嬢様は貴族寮に住みながら学園に通っていた。お嬢様は貴族の出自ではなかったが、リーンエス王国屈指の大商家・セラフィアス商会の一人娘であるお嬢様はお得意様の貴族の口利きにより、特別に貴族の生徒用の寮で生活することが許されていたのだ。
私はそんなお嬢様に仕える為、貴族寮で一緒に生活していた。
「あら、なんだか匂いません?」
ある女性徒が寮の廊下を歩いていた私を見るなり、顔をしかめた。彼女の名はイザベラ。何でも彼女の実家は、それはそれは由緒正しい家柄なのだそうだ。
最も、醜く歪んだその表情はとても高貴な血を引くものとは見えなかったが……。
イザベラが顔をしかめると、彼女の召使いの一人がパンと手を叩き、ニヤニヤしながら私を見た。
「とても匂いますわね! あそこをご覧下さい! 大きなドブネズミがいますわ!」
ドブネズミ、というのは彼女達が私に付けたあだ名である。連中は、私が獣人であることを皮肉り、こんな不名誉な名前で呼んでいるのだ。
「……ごめんなさい……」
私は震えながら謝罪の言葉を口にした。彼女たちはいずれも名を持つ貴族の令嬢だ。彼女と揉め事を起こせば、その咎はルアンナお嬢様にも及ぶだろう。それはあってはならないことだ。
「なぁに、声が小さくて聞こえないわ」
「人に謝る時は誠意を見せなくてはいけませんわよ。頭が高いのではなくて?」
「シャルガネには『土下座』という美しい風習があるそうですわ。イザベラお嬢様、見てみたくはありませんか?」
通りがかる寮生達はみな見て見ぬふりだ。イザベラはお嬢様と同学年の生徒の中でも一際影響力が高く、所属している派閥のボスからも目をかけられている。彼女と揉め事など起こしたくないのだろう。
それに何より、貴族の子女が集まるこの学園では、『血』が何より貴ばれる。貴族どころか、純粋な人間ではすらない私は、多くの寮生達にとっても見下すべき穢れた存在に違いないのだ……。
ぞっとするような視線を感じながら、私は今日も歯をくいしばり、イザベラ達の嫌がらせに耐えていた……。
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イザベラ達の嫌がらせからようやく解放された私は部屋に戻り、掃除をしていた。
ふと、鏡を見る。そこには、酷く疲れた顔をした私の顔が映っていた。
どうして自分は獣人になんて生まれてしまったのだろう。この頭の上から飛び出した異形の耳が恨めしい。
――ずいぶんと大きな耳ですこと。まるで犬みたい。くすくす。
――獣人の分際で。この高貴な学園に貴女はふさわしくありませんわ。
イザベラ達から受けた幾つもの罵倒が私の耳に蘇る。
――この耳を切り落とせば。私もお嬢様にふさわしくなれるのだろうか。
「ぐすっ」
いつの間にか、私の瞳からは涙がこぼれていた。感情を抑えきれなくなった私は声を殺し、嗚咽する。
(いけない。お嬢様がもうじき帰ってくるのに……)
「ただいま、クローリカ~♪」
その時、明るい声と共にバンとドアが開いた。お嬢様が帰ってきたのだ。私がぼうっとしている間に、ずいぶん時間が経っていたらしい。
「おかえりなさい、お嬢様!」
私は涙を拭き、精一杯の笑顔でお嬢様を迎えた。
「今日はお土産があるの。遊戯盤を借りてきたのよ!」
私は消灯時間までお嬢様と談笑しながら、ゲームをして過ごした。この穏やかなひとときは、今となっては私が安らげる数少ない時間だ。
「……クローリカ、なんだか元気がないわ。何か悩み事でもあるの?」
不意に、お嬢様が私の顔を覗き込むように尋ねてきた。私はぎょっとしながらも、平静を装う。
「……気のせいでしょう。悩み事などございませんとも」
「そう? ならいいけど……」
お嬢様はそれ以上追及されることはなく、私は安堵した。
お嬢様にイザベラ達のことを知られれば、きっと迷惑がかかる。私は、お嬢様に仕えるメイド。主に迷惑をかけてはいけないのだ。
●
その翌日。
「今日は貴女にいいお話を持って来てあげたのよ。演劇部がお芝居の役者を募集していたの」
「巨大ドブネズミの役よ! あなたにぴったりだと思わない?」
「イザベラ様が貴女を推薦して下さるそうよ。使用人の身分でこの学園のお芝居に出られるなんてとても名誉なことよ。ああ、羨ましい!」
イザベラ達はげらげらと下品に笑う。今日は芝居の練習にかこつけ、私を痛めつけるつもりらしい。
「私達も練習、手伝ってあげるわ! 喜びなさい!」
「リアリティを出す為に殺虫剤を撒きましょう! こんな大きな鼠に効き目があるかどうかは分かりませんけど!」
……やっぱり私はこの場にいるべきではない存在なんだ……。いや、もしかしたらこの世界のどこにも、私の居場所などないのかもしれない。
ガラガラと、私の心が壊れていく音がする――。
「何やってるの!! 貴方達!!!」
突然響いた怒鳴り声に、その場にいた全員が声がした方を振り向いた。そこには、私すら見た事もない程険しい表情をしたルアンナお嬢様が立っていた。
「お嬢様……! なぜ……」
「ごめんなさい。最近あなたの様子がおかしかったから、こっそり尾行してたの」
お嬢様は謝罪の言葉を口にしたが、その表情は冷たいままだ。
「あら、クローリカの主ではありませんか。私達はこの子を教育して差し上げていたのです。こんな不出来な人間もどきの使用人をお持ちとは、セラフィアス様もさぞ御苦労なさっていることでしょうね」
イザベラは悪びれずに言い放つ。腰巾着達はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべている。
イザベラ様は学園の有力者。貴女もこの学園で悪目立ちしたくないなら、「このたびはうちの使用人を教育していただきありがとうございます」とでも答えなさい?
そんな悪意が籠った視線が、お嬢様に集中する。けれど――。
「クローリカは私の大事な人! 種族なんて関係ない!」
お嬢様はとてつもなく大きな声を出し、毅然とそう言い放った。
「今度クローリカに手を出してみなさい! ボコボコにしてお嫁に行けない顔にしてやるわ!」
お嬢様はガン、と机に拳を叩きつけた。硝子のコップが砕け散り、一筋の血がお嬢様の手からこぼれた。
「ひっ」
そのあまりの剣幕に、イザベラ達の顔はすっかり引き攣っていた。
恵まれた家に生まれ、なんでも思い通りにしてきたイザベラ達は敵意を向けられることすら初めてだったのだろう。彼女達はしどろもどろに返事をしたあと、そそくさとその場を立ち去っていった。
「もう大丈夫よ」
お嬢様は私の体を優しく抱きしめた。
●
お嬢様は気分直しにとカフェに私を連れ出し、紅茶とケーキをごちそうしてくれた。
「また嫌がらせされたらすぐに言ってね」
そう言って、お嬢様は微笑んだ。
その優しい言葉を聞いた時、私は心に決めたのだ。たとえ何があっても、決して破るまいと決めた一つの誓いを。
私は短く礼を言った後、お嬢様にこう告げた。
「お嬢様を一生お守りします」
パンクリアース学園はリーンエス王国王都グランスパーダに広大な敷地を持つ名門校である。私はかつて平民ながらも、お嬢様のメイドとしてこの学園に通っていた。そしてお嬢様が入学して間もない頃、私が生涯忘れることはないであろう、あの事件が起こったのだ。
この物語は、ルアンナ・ミュラー様がまだ『ルアンナ・セラフィアス』であった頃。そして、私が、彼女にお仕えするメイドであった頃の物語である。
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ルアンナお嬢様は貴族寮に住みながら学園に通っていた。お嬢様は貴族の出自ではなかったが、リーンエス王国屈指の大商家・セラフィアス商会の一人娘であるお嬢様はお得意様の貴族の口利きにより、特別に貴族の生徒用の寮で生活することが許されていたのだ。
私はそんなお嬢様に仕える為、貴族寮で一緒に生活していた。
「あら、なんだか匂いません?」
ある女性徒が寮の廊下を歩いていた私を見るなり、顔をしかめた。彼女の名はイザベラ。何でも彼女の実家は、それはそれは由緒正しい家柄なのだそうだ。
最も、醜く歪んだその表情はとても高貴な血を引くものとは見えなかったが……。
イザベラが顔をしかめると、彼女の召使いの一人がパンと手を叩き、ニヤニヤしながら私を見た。
「とても匂いますわね! あそこをご覧下さい! 大きなドブネズミがいますわ!」
ドブネズミ、というのは彼女達が私に付けたあだ名である。連中は、私が獣人であることを皮肉り、こんな不名誉な名前で呼んでいるのだ。
「……ごめんなさい……」
私は震えながら謝罪の言葉を口にした。彼女たちはいずれも名を持つ貴族の令嬢だ。彼女と揉め事を起こせば、その咎はルアンナお嬢様にも及ぶだろう。それはあってはならないことだ。
「なぁに、声が小さくて聞こえないわ」
「人に謝る時は誠意を見せなくてはいけませんわよ。頭が高いのではなくて?」
「シャルガネには『土下座』という美しい風習があるそうですわ。イザベラお嬢様、見てみたくはありませんか?」
通りがかる寮生達はみな見て見ぬふりだ。イザベラはお嬢様と同学年の生徒の中でも一際影響力が高く、所属している派閥のボスからも目をかけられている。彼女と揉め事など起こしたくないのだろう。
それに何より、貴族の子女が集まるこの学園では、『血』が何より貴ばれる。貴族どころか、純粋な人間ではすらない私は、多くの寮生達にとっても見下すべき穢れた存在に違いないのだ……。
ぞっとするような視線を感じながら、私は今日も歯をくいしばり、イザベラ達の嫌がらせに耐えていた……。
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イザベラ達の嫌がらせからようやく解放された私は部屋に戻り、掃除をしていた。
ふと、鏡を見る。そこには、酷く疲れた顔をした私の顔が映っていた。
どうして自分は獣人になんて生まれてしまったのだろう。この頭の上から飛び出した異形の耳が恨めしい。
――ずいぶんと大きな耳ですこと。まるで犬みたい。くすくす。
――獣人の分際で。この高貴な学園に貴女はふさわしくありませんわ。
イザベラ達から受けた幾つもの罵倒が私の耳に蘇る。
――この耳を切り落とせば。私もお嬢様にふさわしくなれるのだろうか。
「ぐすっ」
いつの間にか、私の瞳からは涙がこぼれていた。感情を抑えきれなくなった私は声を殺し、嗚咽する。
(いけない。お嬢様がもうじき帰ってくるのに……)
「ただいま、クローリカ~♪」
その時、明るい声と共にバンとドアが開いた。お嬢様が帰ってきたのだ。私がぼうっとしている間に、ずいぶん時間が経っていたらしい。
「おかえりなさい、お嬢様!」
私は涙を拭き、精一杯の笑顔でお嬢様を迎えた。
「今日はお土産があるの。遊戯盤を借りてきたのよ!」
私は消灯時間までお嬢様と談笑しながら、ゲームをして過ごした。この穏やかなひとときは、今となっては私が安らげる数少ない時間だ。
「……クローリカ、なんだか元気がないわ。何か悩み事でもあるの?」
不意に、お嬢様が私の顔を覗き込むように尋ねてきた。私はぎょっとしながらも、平静を装う。
「……気のせいでしょう。悩み事などございませんとも」
「そう? ならいいけど……」
お嬢様はそれ以上追及されることはなく、私は安堵した。
お嬢様にイザベラ達のことを知られれば、きっと迷惑がかかる。私は、お嬢様に仕えるメイド。主に迷惑をかけてはいけないのだ。
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その翌日。
「今日は貴女にいいお話を持って来てあげたのよ。演劇部がお芝居の役者を募集していたの」
「巨大ドブネズミの役よ! あなたにぴったりだと思わない?」
「イザベラ様が貴女を推薦して下さるそうよ。使用人の身分でこの学園のお芝居に出られるなんてとても名誉なことよ。ああ、羨ましい!」
イザベラ達はげらげらと下品に笑う。今日は芝居の練習にかこつけ、私を痛めつけるつもりらしい。
「私達も練習、手伝ってあげるわ! 喜びなさい!」
「リアリティを出す為に殺虫剤を撒きましょう! こんな大きな鼠に効き目があるかどうかは分かりませんけど!」
……やっぱり私はこの場にいるべきではない存在なんだ……。いや、もしかしたらこの世界のどこにも、私の居場所などないのかもしれない。
ガラガラと、私の心が壊れていく音がする――。
「何やってるの!! 貴方達!!!」
突然響いた怒鳴り声に、その場にいた全員が声がした方を振り向いた。そこには、私すら見た事もない程険しい表情をしたルアンナお嬢様が立っていた。
「お嬢様……! なぜ……」
「ごめんなさい。最近あなたの様子がおかしかったから、こっそり尾行してたの」
お嬢様は謝罪の言葉を口にしたが、その表情は冷たいままだ。
「あら、クローリカの主ではありませんか。私達はこの子を教育して差し上げていたのです。こんな不出来な人間もどきの使用人をお持ちとは、セラフィアス様もさぞ御苦労なさっていることでしょうね」
イザベラは悪びれずに言い放つ。腰巾着達はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべている。
イザベラ様は学園の有力者。貴女もこの学園で悪目立ちしたくないなら、「このたびはうちの使用人を教育していただきありがとうございます」とでも答えなさい?
そんな悪意が籠った視線が、お嬢様に集中する。けれど――。
「クローリカは私の大事な人! 種族なんて関係ない!」
お嬢様はとてつもなく大きな声を出し、毅然とそう言い放った。
「今度クローリカに手を出してみなさい! ボコボコにしてお嫁に行けない顔にしてやるわ!」
お嬢様はガン、と机に拳を叩きつけた。硝子のコップが砕け散り、一筋の血がお嬢様の手からこぼれた。
「ひっ」
そのあまりの剣幕に、イザベラ達の顔はすっかり引き攣っていた。
恵まれた家に生まれ、なんでも思い通りにしてきたイザベラ達は敵意を向けられることすら初めてだったのだろう。彼女達はしどろもどろに返事をしたあと、そそくさとその場を立ち去っていった。
「もう大丈夫よ」
お嬢様は私の体を優しく抱きしめた。
●
お嬢様は気分直しにとカフェに私を連れ出し、紅茶とケーキをごちそうしてくれた。
「また嫌がらせされたらすぐに言ってね」
そう言って、お嬢様は微笑んだ。
その優しい言葉を聞いた時、私は心に決めたのだ。たとえ何があっても、決して破るまいと決めた一つの誓いを。
私は短く礼を言った後、お嬢様にこう告げた。
「お嬢様を一生お守りします」