二人の初デート
キャラクターノベル(グループ)制作 STANZA納品 2021年05月10日 18時27分01秒
パンクリアース学園の周辺には幾つかの商業区域がある。
その中のひとつ、学生達に最も馴染み深い地区にある小さな喫茶店の窓際に、アルト=ミルドレッド=バ・ロッサの姿があった。
アルトはそわそわと落ち着かない様子で通りを眺めては、軽く溜息をつく。
(待ち合わせ場所は、このお店で間違いない筈だけど……)
来る筈がない。
待ち合わせの時間まではまだ一時間もあるのだから。
いくら時間に余裕を持った行動が推奨されるとは言っても、一時間前行動はやりすぎだろうと、アルトは我ながら思う。
けれど仕方がないのだ、今日は記念すべき初めてのデートなのだから。
そう、デートだ。
こんなにドキドキして、カップを持つ手が震えるくらい緊張するのだから、間違いない。
「あっ」
ふと目をやった通りに待ち人の姿を見付け、アルトは思わずカップを取り落しそうになった。
慌てて持ち直そうとしたが、既に手遅れ。
朝から何時間もかけて選んだ余所行きの服に、お茶のシミが付いてしまった。
でも大丈夫、目立つ場所じゃない筈、多分。
「早いねアルト君、もう来てたんだ?」
突然降って来た友、サニー・フォン・オルライトの声に、アルトは再びお茶を零しそうになった――今度はテーブルに置いたカップを引っくり返すという大技で。
服のシミを誤魔化す事に集中するあまり、彼女が店に入って来た事にも気付かなかったのだ。
だがアルトは努めて平静を装い、優雅な動作でカップを手にする。
「あら、ずいぶん早いのね」
「アルト君ほどじゃないと思うけど……それ、もう冷めちゃってるよ?」
「いいのよ、ちょうど冷たいものが欲しいと思ってたところだし」
明らかに事実を誤魔化している物言いだが、サニーはそれを指摘するほど野暮ではない。
(ふふっ、アルト君ってば可愛いなー)
ついでに服のシミにも気付いていたが以下同文。
「じゃ、行こっか」
「私は構わないけど、サニーはいいの? 喉乾いてない? お腹は?」
「大丈夫だよ、それに――」
サニーはアルトの手をとって立ち上がらせる。
「折角だし食べ歩きしようよ、屋台とかいっぱい出てるしさ」
食べ歩き、それはアルトが知らない文化だった。
今その手には、串に刺したソースたっぷりの揚げ物とドリンクのカップがある。
「どう? たまにはこういう食事も良いでしょ」
「食事……これも食事なのね」
アルトにとって食事とは、きちんと食卓につきナイフとフォークを使って給仕のサービスでいただくもの――だった。
ところがここには椅子もテーブルも、屋根さえない。勿論ナイフとフォークもない。
手掴みした串から歯で具材を引き抜き、そのまま食べる。手も口の周りも油でベタベタだ。
だが正直、この方が「食べている」という実感があった。
「美味しい!」
「じゃあ次は……あれが良いかな」
サニーが指差したのはピザの店。アルトも学生食堂などで見かけたことはあるし、人気メニューのひとつだという事も知っている。
けれど食べた事はない。だって手掴みで食べるなんて、はしたない――そう思っていたのだ、今の今まで。
しかしアツアツのままかぶりついたその美味しさはまさに異次元。
トマトソースとチーズは相性抜群、更に上に乗ったピーマンやサラミとの相乗効果で旨味が爆発、そればかりかどこまでも伸びるチーズがなんか楽しというオマケ付き。
「他にも色んなトッピングがあるんだよ、次は何にしようか」
「そ、そんなに食べられ……っ」
「大丈夫大丈夫、歩きながら食べればすぐお腹すくから」
キノコのグラタン風ピザに、ドーナツ、コロッケ、まんじゅう、たこ焼き、お団子、チキンナゲットなど、どれもナイフもフォークも使わないちょい食べフルコースを堪能しながら、二人は街をぶらぶら歩く。
そこは小さいながらも活気のある商店街だった。
綺麗に飾られたショーウィンドウが並ぶ一角は、食べながら冷やかして回るには丁度良い。
「ね、あれアルト君に似合いそうだよ」
「どれどれ……って、あのフリフリ!? むむむ無理、あんな可愛いの無理!」
「えー、そうかなー、似合うと思うけどなー」
そこから一歩奥に入ると雰囲気がガラリと変わる。
多くの店には窓もなく、扱う品は看板を頼りに見当をつけるしかないが、その看板にしても意味不明なものが多い。
「これ、わざとわからないようにしてあるのかしら」
「だね、入ってみる?」
ニヤリと笑ったサニーに、アルトは全力で首を振った――もちろん横に。
「こんな場所もあったのね……知らなかったわ」
「そりゃ、お付きの人は連れて来てくれないだろうね」
そういった怪しげな店や、沿道や広場に並ぶ屋台の殆どは学生を対象にしたものだ。
食べ物や飲み物、衣類やアクセサリ、日用雑貨に文房具から悪戯グッズまで、そこには学生が欲しがりそうな物は何でも揃っていると言って良いだろう。
「よく男子が変なグッズとか教室に持ち込んでるけど、あれはこういう所で手に入れてたのね」
街歩きを満喫したら、最後の仕上げは定番のソフトクリーム。
「え、もう無理ほんと無理……っ!」
「へーきへーき、デザートは別腹ってね」
「私そんなお腹……持ってたわね、うん」
ぺろりと平らげたら、次は着せ替えフルコースだ。
「さっきの店、行ってみようよ」
「さっきの……って、まさか」
そのまさかだった。
問答無用で試着室に突っ込まれ、出来上がったのはリボンいっぱいピンクのふりふりミニスカ美少女。
「ほら似合う」
「……っ、…………っ、………………っ!!!」
「おや、感動で言葉も出ないかな? じゃあ次はボーイッシュにキメてみよう」
試着室に突っ込まれる、半パンにアシメの派手なシャツ。
お堅いキャリア系のタイトスカートに甘々のフリルシャツを合わせてみたり、パンク風にチェーンをジャラジャラさせてみたり、黒ゴスで攻めてみたり――
「うーん、でもやっぱり一番似合うのは最初のフリフリかな。買うよね?」
「買わないわよ!」
結局はいつもと代わり映えのしない路線に落ち着いたアルトはサニーに尋ねる。
「サニーも何か買うんでしょ? 良いのあった?」
「うん、そのつもりだったんだけどね」
サニーは楽しそうに笑う。
「アルト君の着せ替えファッションショーで満足しちゃったよ」
「ひどーい!」
それから暫く買い物を続け、日も暮れかけた頃、二人は最初の喫茶店に戻って来た。
目の前には本日のおすすめケーキとアールグレイの紅茶が並んでいる。
「悪かったわね、なんだか一方的に付き合わせちゃったみたいで」
「そんな事ないよ。充分に楽しませて貰ったし、買い物はいつでも出来るし……また付き合ってくれるよね?」
「ま、まあ、サニーがそう言うなら付き合ってあげない事もないけど!」
本人は否定しているが、これを世間ではツンデレと言う。
そして最後に、そっと差し出すツンデレ砲。
「こ、これ、今日のお礼とかそいうわけじゃないけど、たまたま見付けて、サニーに似合うかなー、なんて思ったから」
差し出されたのは、細かな細工が美しい翡翠の胸飾りだった。
「ありがとね、アルト君」
お茶を飲み干し、サニーはおもむろに立ち上がった。
「予定変更、これで帰るつもりだったけど……」
「え?」
「やっぱりもう少し付き合ってよ。これに合う服、一緒に探してくれるよね?」
「し、仕方ないわね!」
その日、アルトの帰還は門限ギリギリだったとか――
その中のひとつ、学生達に最も馴染み深い地区にある小さな喫茶店の窓際に、アルト=ミルドレッド=バ・ロッサの姿があった。
アルトはそわそわと落ち着かない様子で通りを眺めては、軽く溜息をつく。
(待ち合わせ場所は、このお店で間違いない筈だけど……)
来る筈がない。
待ち合わせの時間まではまだ一時間もあるのだから。
いくら時間に余裕を持った行動が推奨されるとは言っても、一時間前行動はやりすぎだろうと、アルトは我ながら思う。
けれど仕方がないのだ、今日は記念すべき初めてのデートなのだから。
そう、デートだ。
こんなにドキドキして、カップを持つ手が震えるくらい緊張するのだから、間違いない。
「あっ」
ふと目をやった通りに待ち人の姿を見付け、アルトは思わずカップを取り落しそうになった。
慌てて持ち直そうとしたが、既に手遅れ。
朝から何時間もかけて選んだ余所行きの服に、お茶のシミが付いてしまった。
でも大丈夫、目立つ場所じゃない筈、多分。
「早いねアルト君、もう来てたんだ?」
突然降って来た友、サニー・フォン・オルライトの声に、アルトは再びお茶を零しそうになった――今度はテーブルに置いたカップを引っくり返すという大技で。
服のシミを誤魔化す事に集中するあまり、彼女が店に入って来た事にも気付かなかったのだ。
だがアルトは努めて平静を装い、優雅な動作でカップを手にする。
「あら、ずいぶん早いのね」
「アルト君ほどじゃないと思うけど……それ、もう冷めちゃってるよ?」
「いいのよ、ちょうど冷たいものが欲しいと思ってたところだし」
明らかに事実を誤魔化している物言いだが、サニーはそれを指摘するほど野暮ではない。
(ふふっ、アルト君ってば可愛いなー)
ついでに服のシミにも気付いていたが以下同文。
「じゃ、行こっか」
「私は構わないけど、サニーはいいの? 喉乾いてない? お腹は?」
「大丈夫だよ、それに――」
サニーはアルトの手をとって立ち上がらせる。
「折角だし食べ歩きしようよ、屋台とかいっぱい出てるしさ」
食べ歩き、それはアルトが知らない文化だった。
今その手には、串に刺したソースたっぷりの揚げ物とドリンクのカップがある。
「どう? たまにはこういう食事も良いでしょ」
「食事……これも食事なのね」
アルトにとって食事とは、きちんと食卓につきナイフとフォークを使って給仕のサービスでいただくもの――だった。
ところがここには椅子もテーブルも、屋根さえない。勿論ナイフとフォークもない。
手掴みした串から歯で具材を引き抜き、そのまま食べる。手も口の周りも油でベタベタだ。
だが正直、この方が「食べている」という実感があった。
「美味しい!」
「じゃあ次は……あれが良いかな」
サニーが指差したのはピザの店。アルトも学生食堂などで見かけたことはあるし、人気メニューのひとつだという事も知っている。
けれど食べた事はない。だって手掴みで食べるなんて、はしたない――そう思っていたのだ、今の今まで。
しかしアツアツのままかぶりついたその美味しさはまさに異次元。
トマトソースとチーズは相性抜群、更に上に乗ったピーマンやサラミとの相乗効果で旨味が爆発、そればかりかどこまでも伸びるチーズがなんか楽しというオマケ付き。
「他にも色んなトッピングがあるんだよ、次は何にしようか」
「そ、そんなに食べられ……っ」
「大丈夫大丈夫、歩きながら食べればすぐお腹すくから」
キノコのグラタン風ピザに、ドーナツ、コロッケ、まんじゅう、たこ焼き、お団子、チキンナゲットなど、どれもナイフもフォークも使わないちょい食べフルコースを堪能しながら、二人は街をぶらぶら歩く。
そこは小さいながらも活気のある商店街だった。
綺麗に飾られたショーウィンドウが並ぶ一角は、食べながら冷やかして回るには丁度良い。
「ね、あれアルト君に似合いそうだよ」
「どれどれ……って、あのフリフリ!? むむむ無理、あんな可愛いの無理!」
「えー、そうかなー、似合うと思うけどなー」
そこから一歩奥に入ると雰囲気がガラリと変わる。
多くの店には窓もなく、扱う品は看板を頼りに見当をつけるしかないが、その看板にしても意味不明なものが多い。
「これ、わざとわからないようにしてあるのかしら」
「だね、入ってみる?」
ニヤリと笑ったサニーに、アルトは全力で首を振った――もちろん横に。
「こんな場所もあったのね……知らなかったわ」
「そりゃ、お付きの人は連れて来てくれないだろうね」
そういった怪しげな店や、沿道や広場に並ぶ屋台の殆どは学生を対象にしたものだ。
食べ物や飲み物、衣類やアクセサリ、日用雑貨に文房具から悪戯グッズまで、そこには学生が欲しがりそうな物は何でも揃っていると言って良いだろう。
「よく男子が変なグッズとか教室に持ち込んでるけど、あれはこういう所で手に入れてたのね」
街歩きを満喫したら、最後の仕上げは定番のソフトクリーム。
「え、もう無理ほんと無理……っ!」
「へーきへーき、デザートは別腹ってね」
「私そんなお腹……持ってたわね、うん」
ぺろりと平らげたら、次は着せ替えフルコースだ。
「さっきの店、行ってみようよ」
「さっきの……って、まさか」
そのまさかだった。
問答無用で試着室に突っ込まれ、出来上がったのはリボンいっぱいピンクのふりふりミニスカ美少女。
「ほら似合う」
「……っ、…………っ、………………っ!!!」
「おや、感動で言葉も出ないかな? じゃあ次はボーイッシュにキメてみよう」
試着室に突っ込まれる、半パンにアシメの派手なシャツ。
お堅いキャリア系のタイトスカートに甘々のフリルシャツを合わせてみたり、パンク風にチェーンをジャラジャラさせてみたり、黒ゴスで攻めてみたり――
「うーん、でもやっぱり一番似合うのは最初のフリフリかな。買うよね?」
「買わないわよ!」
結局はいつもと代わり映えのしない路線に落ち着いたアルトはサニーに尋ねる。
「サニーも何か買うんでしょ? 良いのあった?」
「うん、そのつもりだったんだけどね」
サニーは楽しそうに笑う。
「アルト君の着せ替えファッションショーで満足しちゃったよ」
「ひどーい!」
それから暫く買い物を続け、日も暮れかけた頃、二人は最初の喫茶店に戻って来た。
目の前には本日のおすすめケーキとアールグレイの紅茶が並んでいる。
「悪かったわね、なんだか一方的に付き合わせちゃったみたいで」
「そんな事ないよ。充分に楽しませて貰ったし、買い物はいつでも出来るし……また付き合ってくれるよね?」
「ま、まあ、サニーがそう言うなら付き合ってあげない事もないけど!」
本人は否定しているが、これを世間ではツンデレと言う。
そして最後に、そっと差し出すツンデレ砲。
「こ、これ、今日のお礼とかそいうわけじゃないけど、たまたま見付けて、サニーに似合うかなー、なんて思ったから」
差し出されたのは、細かな細工が美しい翡翠の胸飾りだった。
「ありがとね、アルト君」
お茶を飲み干し、サニーはおもむろに立ち上がった。
「予定変更、これで帰るつもりだったけど……」
「え?」
「やっぱりもう少し付き合ってよ。これに合う服、一緒に探してくれるよね?」
「し、仕方ないわね!」
その日、アルトの帰還は門限ギリギリだったとか――