療養所の窓から見える空は曇りときどき晴れ
キャラクターノベル制作 空色みなも納品 2021年04月18日 23時08分30秒
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曇り空のもたらす薄闇を嘆いて、心に雨を降らさないで。
今は雲の向こうに隠れていても、お日様は確かにそこにあるのだから――。
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広々とした空の青を、流れる雲の灰色がところどころ覆い、太陽も隠れたり現れたりを繰り返している。
窓を通して降り注ぐ柔らかな日差しを浴びながら、レティシア・ミュラーはベッドで上体を起こし、外の景色を眺めていた。
もうこの日に何度目かも分からない、雲が太陽を隠し、部屋に影が落とされたとき。
コンコンコン、と部屋の扉をノックする音。
扉の向こうで名乗った声にレティシアが振り向いて、どうぞ、と入室を促すと、扉が開いてルアンナ・ミュラーが姿を現した。
「伯母様、お加減はいかがですか?」
ルアンナの言葉が示すように、レティシアから見てルアンナは姪にあたる。
そしてレティシアは病に伏せって療養中であり、ルアンナはその見舞いに訪れたのだ。
「いつもとそう変わりはないさ。だから心配は要らないよ」
ふわりとした微笑みをルアンナに向けるレティシア。
窓の外に顔が向いていたとき浮かべていた、どこか遠くの空を見つめるような表情は、もはや影も形もなく。
レティシアが見せた顔つきに、ルアンナも安堵したように笑みをこぼした。
部屋にあった椅子をルアンナはベットの脇に置くと、レティシアのほうに向いて腰かける。
「こうして顔を見せてくれたんだ。たくさんの土産話が、あるんだろう?」
「はい、もちろんです!」
こうしてレティシアが療養を続けている間にも、ルアンナは多くの経験をしてきたはずだ。
レティシアは時折ルアンナが訪ねてきては教えてくれる近況を何よりの楽しみにしていた。
「お店のほう、ちゃんと守っていけてます。米粉を切らして珍しい粉でパンを焼いてみたりもありましたけど、それも好評でした」
「へぇ、それは面白いね。どんなパンを焼いたんだい?」
現在ルアンナが切り盛りするパン屋ミュラースは、もともとはレティシアが夫であるフロイドと経営していた店だ。
フロイドを不慮の事故で亡くし、レティシアが病臥するようになってから、ルアンナが店を受け継いでいたのだ。
もとは自分の店の話なだけあって、レティシアは食い入るようにルアンナの話に耳を傾けている。
レティシアにルアンナが店での出来事を一通り伝えると、話題は次第に冒険者業についての話に移っていった。
「また私、人身売買組織の話を聞いたんです」
「そうかい……」
ルアンナが持ち出した話題に、レティシアは一瞬、表情を曇らせる。
今はミュラー家の養子となっているが、もともとルアンナはレティシアの姪であり、その姓をセラフィアスと言った。
ルアンナがミュラー家に引き取られるきっかけとなった事件というのが、セラフィアス商会による人身売買。
人身売買はルアンナの両親が犯した罪でもある、のだが――。
「だから私、施設に乗り込んでぶっ潰してやったんです」
しかしルアンナの顔つきを見て、レティシアもハッと気づく。
この子は過去の出来事を引きずって俯いてなんかいない、前を見て歩いている、と。
「捕まっていた子供たちも、助けてあげることができました。こういうとき、私に冒険者としての力があって、よかったと思います」
「ふふ、やっぱりあんたは、あたしたちの自慢の娘、だね」
前向きなルアンナの言葉に、レティシアも笑顔を取り戻した。
実の娘であろうとなかろうと、このルアンナをレティシアが育ててきたことに間違いはないのだ。
「これも聞いてください。パンクリアースにいた頃のメイドと再会もできたんですよ」
「おぉ、よかったじゃないか! あの頃、離れ離れになったメイドのこと、ルアンナは気にしていたものねぇ」
ルアンナの報告に、レティシアは自分事のように喜んだ。
レティシアの妹であるシャーロットが、その娘であるルアンナを『旅行』と称して、住んでいたリーンエス王国から遠くリブラネスタにいるレティシアのもとへと送り出してきたのは、ルアンナにとって突然の出来事であった。
生活を共にしていたメイドや、学友たちに別れを告げる暇すらなかったはずだ。
レティシアに心配をかけまいとしてか、この頃はあまり表立ってそのことに触れることはなかったが、寂しさを覚えていたであろうことは想像に難くなかった。
「もうお嬢様とメイドの関係じゃないんだから、友達らしくして、って言っても、なかなか慣れないみたいで。困ったものです」
「あはは、きっと根が真面目なんだろうね。温かく見守ってやりな」
そう言ってみせたルアンナも、口に手を当ててクスクスと笑ったのを見るに、本気で悩んでいる、というわけでもないのだろう。
レティシアも、今のルアンナを生真面目な顔でお嬢様と呼ぶメイドとのやりとりを想像したのか、朗らかに笑った。
「……あれから私も、新しいお友達が増えました」
「ルアンナの周りが賑やかなようで、何よりだよ……でもね」
言葉の内容に反して、ルアンナの顔にかすかに影が差したことを、レティシアは見逃さなかった。
「気になることがあったら、なんでも相談するんだよ。あんたはあたしたちの娘、なんだから」
「伯母様……」
病床にありながらも、レティシアの言葉には頼もしさが満ちていた。
それを聞いたルアンナは、意を決したように話し出す。
「新しいお友達も皆さんいい人で、楽しくて、今はもう、寂しくはないんです。寂しくはないんですが……」
「昔のお友達のことが、気になるかい?」
ルアンナのことは何でもお見通し、と言わんばかりに、レティシアがルアンナの言葉を継いだ。
療養が続く最近は一緒に過ごすことができていないとはいえ、レティシアには自分ならルアンナのことを分かってやれる、という自負がある。
心の優しいルアンナのことだ、きっと何も言わずに別れることになった学友のことを気にかけているに違いない、とレティシアは見抜いていた。
「はい、気がかりでないと言えば嘘になります。メイドだったあの娘に再会して、ますますその思いは強くなりました」
「ルアンナのお友達のことだ、元気にやっているに違いないさ。それにメイドをやってた娘みたいに、またどこかで会えるかもしれないよ」
ポツ、ポツと思いを語りだしたルアンナに、優しい声色で話しかけるレティシア。
再会を諦めることなく信じていれば、いつかは神様のお引き合わせのようなものもあるだろう。
だから未来を信じたうえで、今ある縁をしっかりと大事にするように。
レティシアはルアンナにそう言って聞かせたのだった。
「ふふ、そうですね。なんだか元気を貰っちゃいました。ありがとうございます、伯母様」
「なぁに、お礼を言うのはこっちのほうだろ? お見舞いに来て貰ったんだからさ」
晴れやかな笑顔に戻ったルアンナを見て、レティシアは片目を瞑る。
(聞いておくれフロイド、あたしたちのルアンナは、こんなに立派になったよ)
窓の向こうでいつの間にか雲の合間から顔を出していた太陽が、微笑むレティシアを照らしていた。
今日の空模様は曇りときどき晴れ。
それはまるで、人の歩む人生のように。
暗雲が影を落とすこともあれば、太陽が燦然と輝くこともある。
酸いも甘いも知るレティシアにしても、こう願わずにはいられなかった。
どうか、これからのルアンナの先行きがずっと、光に満ちた明るいものでありますように――。
曇り空のもたらす薄闇を嘆いて、心に雨を降らさないで。
今は雲の向こうに隠れていても、お日様は確かにそこにあるのだから――。
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広々とした空の青を、流れる雲の灰色がところどころ覆い、太陽も隠れたり現れたりを繰り返している。
窓を通して降り注ぐ柔らかな日差しを浴びながら、レティシア・ミュラーはベッドで上体を起こし、外の景色を眺めていた。
もうこの日に何度目かも分からない、雲が太陽を隠し、部屋に影が落とされたとき。
コンコンコン、と部屋の扉をノックする音。
扉の向こうで名乗った声にレティシアが振り向いて、どうぞ、と入室を促すと、扉が開いてルアンナ・ミュラーが姿を現した。
「伯母様、お加減はいかがですか?」
ルアンナの言葉が示すように、レティシアから見てルアンナは姪にあたる。
そしてレティシアは病に伏せって療養中であり、ルアンナはその見舞いに訪れたのだ。
「いつもとそう変わりはないさ。だから心配は要らないよ」
ふわりとした微笑みをルアンナに向けるレティシア。
窓の外に顔が向いていたとき浮かべていた、どこか遠くの空を見つめるような表情は、もはや影も形もなく。
レティシアが見せた顔つきに、ルアンナも安堵したように笑みをこぼした。
部屋にあった椅子をルアンナはベットの脇に置くと、レティシアのほうに向いて腰かける。
「こうして顔を見せてくれたんだ。たくさんの土産話が、あるんだろう?」
「はい、もちろんです!」
こうしてレティシアが療養を続けている間にも、ルアンナは多くの経験をしてきたはずだ。
レティシアは時折ルアンナが訪ねてきては教えてくれる近況を何よりの楽しみにしていた。
「お店のほう、ちゃんと守っていけてます。米粉を切らして珍しい粉でパンを焼いてみたりもありましたけど、それも好評でした」
「へぇ、それは面白いね。どんなパンを焼いたんだい?」
現在ルアンナが切り盛りするパン屋ミュラースは、もともとはレティシアが夫であるフロイドと経営していた店だ。
フロイドを不慮の事故で亡くし、レティシアが病臥するようになってから、ルアンナが店を受け継いでいたのだ。
もとは自分の店の話なだけあって、レティシアは食い入るようにルアンナの話に耳を傾けている。
レティシアにルアンナが店での出来事を一通り伝えると、話題は次第に冒険者業についての話に移っていった。
「また私、人身売買組織の話を聞いたんです」
「そうかい……」
ルアンナが持ち出した話題に、レティシアは一瞬、表情を曇らせる。
今はミュラー家の養子となっているが、もともとルアンナはレティシアの姪であり、その姓をセラフィアスと言った。
ルアンナがミュラー家に引き取られるきっかけとなった事件というのが、セラフィアス商会による人身売買。
人身売買はルアンナの両親が犯した罪でもある、のだが――。
「だから私、施設に乗り込んでぶっ潰してやったんです」
しかしルアンナの顔つきを見て、レティシアもハッと気づく。
この子は過去の出来事を引きずって俯いてなんかいない、前を見て歩いている、と。
「捕まっていた子供たちも、助けてあげることができました。こういうとき、私に冒険者としての力があって、よかったと思います」
「ふふ、やっぱりあんたは、あたしたちの自慢の娘、だね」
前向きなルアンナの言葉に、レティシアも笑顔を取り戻した。
実の娘であろうとなかろうと、このルアンナをレティシアが育ててきたことに間違いはないのだ。
「これも聞いてください。パンクリアースにいた頃のメイドと再会もできたんですよ」
「おぉ、よかったじゃないか! あの頃、離れ離れになったメイドのこと、ルアンナは気にしていたものねぇ」
ルアンナの報告に、レティシアは自分事のように喜んだ。
レティシアの妹であるシャーロットが、その娘であるルアンナを『旅行』と称して、住んでいたリーンエス王国から遠くリブラネスタにいるレティシアのもとへと送り出してきたのは、ルアンナにとって突然の出来事であった。
生活を共にしていたメイドや、学友たちに別れを告げる暇すらなかったはずだ。
レティシアに心配をかけまいとしてか、この頃はあまり表立ってそのことに触れることはなかったが、寂しさを覚えていたであろうことは想像に難くなかった。
「もうお嬢様とメイドの関係じゃないんだから、友達らしくして、って言っても、なかなか慣れないみたいで。困ったものです」
「あはは、きっと根が真面目なんだろうね。温かく見守ってやりな」
そう言ってみせたルアンナも、口に手を当ててクスクスと笑ったのを見るに、本気で悩んでいる、というわけでもないのだろう。
レティシアも、今のルアンナを生真面目な顔でお嬢様と呼ぶメイドとのやりとりを想像したのか、朗らかに笑った。
「……あれから私も、新しいお友達が増えました」
「ルアンナの周りが賑やかなようで、何よりだよ……でもね」
言葉の内容に反して、ルアンナの顔にかすかに影が差したことを、レティシアは見逃さなかった。
「気になることがあったら、なんでも相談するんだよ。あんたはあたしたちの娘、なんだから」
「伯母様……」
病床にありながらも、レティシアの言葉には頼もしさが満ちていた。
それを聞いたルアンナは、意を決したように話し出す。
「新しいお友達も皆さんいい人で、楽しくて、今はもう、寂しくはないんです。寂しくはないんですが……」
「昔のお友達のことが、気になるかい?」
ルアンナのことは何でもお見通し、と言わんばかりに、レティシアがルアンナの言葉を継いだ。
療養が続く最近は一緒に過ごすことができていないとはいえ、レティシアには自分ならルアンナのことを分かってやれる、という自負がある。
心の優しいルアンナのことだ、きっと何も言わずに別れることになった学友のことを気にかけているに違いない、とレティシアは見抜いていた。
「はい、気がかりでないと言えば嘘になります。メイドだったあの娘に再会して、ますますその思いは強くなりました」
「ルアンナのお友達のことだ、元気にやっているに違いないさ。それにメイドをやってた娘みたいに、またどこかで会えるかもしれないよ」
ポツ、ポツと思いを語りだしたルアンナに、優しい声色で話しかけるレティシア。
再会を諦めることなく信じていれば、いつかは神様のお引き合わせのようなものもあるだろう。
だから未来を信じたうえで、今ある縁をしっかりと大事にするように。
レティシアはルアンナにそう言って聞かせたのだった。
「ふふ、そうですね。なんだか元気を貰っちゃいました。ありがとうございます、伯母様」
「なぁに、お礼を言うのはこっちのほうだろ? お見舞いに来て貰ったんだからさ」
晴れやかな笑顔に戻ったルアンナを見て、レティシアは片目を瞑る。
(聞いておくれフロイド、あたしたちのルアンナは、こんなに立派になったよ)
窓の向こうでいつの間にか雲の合間から顔を出していた太陽が、微笑むレティシアを照らしていた。
今日の空模様は曇りときどき晴れ。
それはまるで、人の歩む人生のように。
暗雲が影を落とすこともあれば、太陽が燦然と輝くこともある。
酸いも甘いも知るレティシアにしても、こう願わずにはいられなかった。
どうか、これからのルアンナの先行きがずっと、光に満ちた明るいものでありますように――。