アーくんの怪しげお薬実験会!
王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 真柄 葉納品 2021年05月01日 22時15分49秒
【サーペント寮】。この学び舎に集められる膨大な情報と知識の管理と保管を任された集う学院の叡智とも称される知識の匣には、六寮の中でもとりわけ奇才、才媛が集う事でも有名だった。
「まったく、ろくでもない事考えるわね」
壁に背を預け部屋の中央を睨み付けるヒルルクが隣人に話しかける。
「素晴らしい発想だと思いますが、貴方には理解できませんか」
「喧嘩売ってんの?」
「まさか。私はただ若い叡智たちの成長を貴方にも共有していただきたいだけです」
「未熟な生徒が無茶やるから尻拭いしろって言ってる風にしか聞こえないんだけど?」
「ふむ、ついに心まで歪みましたか」
「どういう意味よっ!?」
ヒルルクの飛ばす唾を頬に受ける、サーペント寮寮長・蓮見 恒成。部屋の中央に設けられた壇上には長机があり、見事な光彩を放つ薬瓶がずらりと鎮座していた。
「セヴランさん、しっかり見ておいてくださいね。これが『サーペント寮』です」
スワン寮5年リサ・ベイカーが、同行した1年生セヴラン・クアルトに声をかける。
「うん」
「私の事は見なくていいので、あちらをちゃんと見ておくんですよ?」
「うん、わかってるよ」
言いつつも、キラキラと目を輝かせずっとリサを見つめるセヴラン。
「……セヴランさん?」
「なに、リサ先輩」
「……アンネエルカさんって可愛いのにしっかりしている所もあって、理想のお姉さんって感じですよね」
「えっ、どの人? ねぇ、リサ先輩、そのアンネエルカさんってどの人?」
「はぁ……」
すぐにアンネエルカの姿を探し始めるセヴランに、リサは大きなため息をついた。
「くちゅん」
「アンネ、どうした、風邪か?」
突然、くしゃみするドラゴン寮4年のアンネエルカを心配し、サーペント寮4年アーシェル・G・クラインが声をかける。
「うーん、体調も悪くないし、そんな事はないと思うのだけれど……」
思い当たるふしの無いくしゃみに、問われたアンネエルカの方が首を傾げた。
「……また夜に抜け出して夜風を浴びたんじゃねぇだろうな」
「昨日はしてないわ」
「……一昨日はしてたんだな?」
と、アーシェルにジトッと見上げられ、アンネエルカはそっと視線を外した。
「これは未完成だと言っただろうに……。む? これは俺が去年試作した薬か? よく見つけたものだ。これは良いものだよ……。おや、こちらは宝石化薬か。いや、微妙に色が違うね……何か混ぜたのか。面白い……」
壇上では『呑毒』の二つ名を持つ6年の夏夜 蛍が並べられた薬品をチェックしている。
「すごいです、ネオン先輩がいます」
「本物……?」
そんなネオンを遠巻きに見つめる漆原・香墨と、鴨井 椿の4年生コンビ。
「いつも引きこもって自室からほとんど出てこない先輩が、わざわざ足を運んでいるなんて……あの噂は本当だったんですね」
「噂?」
ゴクリと唾を飲み込んだツバキに、カスミが問いかけた。
「はい、あの中にかの『呑毒』が作った『惚れ薬』があるという噂です」
「へぇ、惚れ薬ね……」
「あれ、驚かないんですか?」
「なぜ? 自分には必要ないし」
「うっ……いいですよね、モテる人は」
「ふふ、カモイさんも可愛いよ?」
シュンと俯くツバキに、微笑んだカスミの顔に妖艶な色が浮かぶ。
「寮長、遅くなった」
と、ドアを開け部屋に現れたのはスワン寮6年オリヴァー・ウッドだった。
「あら、最後の一人はあなただったのね、『呪歌者』」
「最後の一人? どういう事だ?」
「今からサーペント寮が怪しい実験するからその監視」
「おい、聞いてないぞ」
「言ったら来ないでしょ」
「おい、ヒルルク。いい加減に――」
「ちょっと嫌な予感がするのよ。おねがい、少しだけでいいから手伝って」
からかうような態度から一転、頼まれると断れない性格を完全に見抜いているヒルルクは、オリヴァーに真剣な瞳を向けた。
「ぐ……」
「後で焼きそばパンおごるから。コーセーが」
「待ってください、何故私なんですか」
「うるさい」
抗議の声を上げる恒成を一喝し、ヒルルクは再びオリヴァーを見つめる。
「……はぁ、わかった。少しだけだからな」
盛大な溜息をつき頷いたオリヴァーに、ヒルルクはガッツポーズ。
「これで4人態勢よ。覚悟する事ねコーセー」
オリヴァーの助力を取り付けたヒルルクは、恒成に向けかかって来なさいと挑発的な視線を送った。
●
「皆様、本日は『お薬試飲会』にお集まりいただきまして、ありがとうございます!」
ついに始まった『お薬試飲会』。主催を務めるアーシェルが皆を前に腰を折る。
「今日ご用意したのは、サーペント寮が誇る魔法薬の数々! 様々な効果をもたらすもので、秋の『大魔法仮装祭』略して『大仮祭』に向けた試作品の数々です! もちろん、安全は確認済みなので、安心してください!」
「安全は確認済みって言ってるわよ、ヒルルク」
「え? リサ、まさか鵜吞みにするの?」
「……しない」
「でしょ?」
外野とリサとヒルルクが見つめる中、進行は続く。
「今回は我がサーペント寮きっての魔法薬のスペシャリスト、ネオン先輩の協力もあり、どれも素晴らしい出来になってます!」
自らの成果を誇る様に、アーシェルは解説を続けていく。
「はいっ! 質問いいですか!
と、聴衆席で手が上がった。
「はい、アンネエルカくん!」
手を上げたのは主催者招待枠で参加したアンネエルカだ。
「誰がどれを飲むとか決まっているの?」
「いい質問ですね! それは――これで決めます!」
と、勿体ぶりつつアーシェルが取り出したのは、透明な立方体だった。
「それは……ダイス? 何も書かれていないけれど」
ダイスはアーシェルの両手に一つずつ。しかも表面には何も書かれていない。
「これは『魔法ダイス』! この日の為にオウル寮に頼んで作ってもらいました! 振った人の適正を見抜き、その人にあったモノを示してくれます!」
その説明に聴衆席からどよめきが起こる。
「なるほど、それで決めれば安心という訳ね!」
それで納得したのか、アンネエルカは手を下ろそうとしかけるが。
「でも、それじゃ面白くないですよね?」
アーシェルの顔に悪戯な笑みが浮かぶ。
「ダイスは二つあります。一つは薬を選ぶダイス。そして、もう一つは――」
「はい、来たわね」
「来た? 何が来たの、寮長」
相変わらず壁際で成り行きを見守るスワン寮生達。
ヒルルク呟きにセヴランが反応した。
「サーペント寮の狂気が顔をのぞかせたって事」
「ごめん、どういう事かよくわからないや」
ヒルルクの説明はセヴランには難しいのか、何度も首を捻る。
「自分に合ってるものが自分に行く確率が1/6という事ですよ」
と、そんなセヴランにリサが説明する。もう一つは対象者を選ぶダイスだろうと。
「自分を含めた6人をランダムに選びます!」
「あ、ほんとだ」
アーシェルが自慢げに説明したダイスの効果に、セヴランは驚いた。
「ロシアンルーレットか……ったく、ろくでもない事を考えるな、あいつ」
「あれでも4年生。飛び級してる天才児だそうですよ」
「これだから天才という奴は……」
苦笑するリサにオリヴァーは呆れる。
「ほんと、あなたに残ってもらえてよかったわ」
「俺は今すぐにでも帰りたいけどな」
言いつつ帰ろうとしないのは、彼なりの優しさなのだろうとヒルルクとリサは苦笑した。
「それでは、早速ダイスを――と言いたい所ですが、まずは薬の提供を頂いたネオン先輩から一言いただきます!」
そう言うと、アーシェルに代わりネオンが気だるそうに壇上へ。
「……ようこそ実験体の諸君、よく来てくれたね」
登場したネオンに、聴衆席のざわつきが一層激しさを増した。
皆の不安を宥めようと、愛想の無い顔に無理やり笑みを浮かべるネオン。
「俺が精魂込めて作った薬たちだよ。存分に味わってくれるといい。なに、心配はないさ。どれも味には特別に気を使っているんでね」
緑金色の瞳を見開き熱弁するネオンに、場内は「そこじゃない」と不安が最高潮。
「なんだか、すごく不安になってきました。本当に大丈夫でしょうか……」
「不安に思うのは仕方ないね。あのネオン先輩の作だとすると、いったい何が混ぜられているのやら……。ただ、このサーペント寮で高みを目指す――いや、魔法薬のスペシャリストとして大成したいのなら、ネオン先輩の研究成果はぜひ手に入れるべきだと思う……」
聴衆席でネオンの話を静かに聞いていたツバキとカスミは、声を殺して言葉を交わす。
「ふむ、確かにそうですね。ネオン先輩の薬の知識はぜひ得たいです」
「だろう? 毒を食らわば皿まで、だよ。こんな機会はめったにないし……」
「寮長の薬もあるみたいだし……楽しみは尽きないね」
「あれを楽しみといえるメンタルが羨ましいですよ」
と、二人してくすくすと笑い合った。
「それでは、お待たせしました! 『お薬実験会』これより開催です!」
ネオンが退場し、再びアーシェルが壇上に立つ。そして、『お薬実験会』がついに始まった。
●
「一番、アンネエルカ、いっきまーす!」
誰から行く? と皆がけん制し合う中、一人アンネエルカだけは率先して手を上げる。
そして、アーシェルからダイスを二つ受け取ると、空高く放り投げた。
――コロコロコロ……。
二つのダイスが転がるのを、皆が固唾を飲んで見つめる。
「――出ました! 薬はこちら、13番! そして、対象は……」
停止したダイスに表示された薬を手に、もう一つのダイスに視線を移したアーシェル。
「セヴラン・クアルト!!」
叫ばれた名前に、アンネエルカとサーペント寮の生徒達は「誰だ?」と首をかしげた。
「へ? 僕?」
見つめていた壇上で、突然自分の名が聞こえ、セヴランはぽかんと口を開ける。
「なっ!? ちょっと、どういう事!? なんでうちの寮生が含まれてるのよ!」
驚いたのはヒルルク。すぐ横の恒成の胸ぐらを掴みにかかる。
「どういう事と言われても、あのダイスはこの部屋に居るもの皆が対象です」
「はぁっ!?」
「セヴラン……? 誰だ?」
と、宣誓したアーシェルも知らぬ名前に困惑。すると。
「はいはい! 僕だよ、セヴラン!」
「ちょっと待ちなさい、セヴラン!」とヒルルクが後ろで叫ぶのも気にせず、とてとてとポニーテールを揺らしながら少年が駆けてきた。
「あなたがセヴランさん?」
ピタリと目の前で停止した少年を見下ろすアンネエルカが問いかける。
「うん。そうだよ、笑顔が素敵なお姉さん!」
そんなアンネエルカにセヴランはニコリを天使スマイル。
「それじゃ、これを渡しておくわ。あせらずにゆっくりと飲んでね」
そんなセヴランの天使スマイルににこりと微笑み返し、アンネエルカは薬を手渡した。
「お二人ともありがとう! それでは続いて振っていただく人は――ツバキさん! お願いします!」
薬の受け取りを見届けたアーシェルは、立候補制だと時間がかかると踏んだのか、指名制に切り替えツバキの名を呼んだ。
「私ですか!」
呼ばれたツバキは一瞬戸惑ったものの、アーシェルの元へ。
差し出されたダイスを受け取ったツバキが、意を決したように空高くに放り投げた。
――コロコロコロ。
「……出ました! 9番! そして、お相手は――オリヴァー・ウッドさん!」
「お、俺か?」
突然、名を呼ばれたオリヴァーは壁から背を浮かせた。
「ちょっとぉぉ! なんで、うちの寮生ばっかなのよ!?」
隣では憤慨し恒成に掴みかかるヒルルク。「だから、ダイスの女神に聞いてください」と、面倒臭そうに答える恒成に唾を飛ばす。
「スワン寮はもしもの時の為に待機しているのよ! 実験台にされに来たんじゃな――」
「いや、行こう」
「そうよ! 行こ――はぁ!?」
いきなり了承したオリヴァーに、ヒルルクは驚き呆気にとられる。
「『天声』のお誘いを断るわけにはいかないだろ」
と、オリヴァーは震える声で答えると、ゆっくりとツバキの元へ歩いていく。
「え……っ!? オ、オリヴァー先輩……! 本物!?」
歩いてくるオリヴァーの姿を見つけたツバキは、思わず両手で口を押さえ固まった。
「は、初めまして、『天声』。お、俺がオリヴァーだ」
「は、はい! 存じ上げてます『呪歌者』オリヴァー!」
初対面の二人は、どうやらそれぞれの存在を知っていたようで、部屋の中央でじっと見つめ合う。
「え、えっと、ツバキ先輩。薬を渡して――」
「『呪歌者』オリヴァー、ずっとずっとファンでした!」
「なんだと……?」
「入学式にあなたの歌声を聞いてからずっと……そう! ファンクラブにも入っているんですよ!」
「そ、そうなのか。実は、お、俺も『天声』の歌声に魅了された一人だ」
「えぇっ!?」
「あのー、薬渡してくれよー」
完全に二人の世界に突入した二人の歌い手。アーシェルが声をかけるも、まったく聞いていない。
「ったく、しゃーねぇ、次行こ」
諦めたアーシェルはさっさとダイスを回収すると、次を指名しにかかる。
「それじゃ、次は――」
「わたしがやります」
アーシェルが誰かいいかなと見渡していたら、壁際で手が上がった。
「リサっ!?」
「どうせ、いずれ当たるんです。それならさっさと済ましてしまって『後片付け』の準備をしますよ」
ヒルルクが驚くのも気にせず、壇上へと出たリサはダイスを受け取ると、ポイっと転がした。
――コロコロコロ。
「……でました! 薬は38番! そして、お相手は……これは!」
ダイスに表示された名前を隠しながら、勿体ぶる様に言葉を切ったアーシェル。
そして、高々とダイスを掲げると、そこには――。
「蓮見寮長だ!」
「む、私か」
指名された恒成は、壁から背を離すとゆっくりと壇上へ。
「『お嬢様』リサ。貴方に指名されるとは光栄です」
指名者リサの前にやって来た恒成は、慇懃に頭を下げる。
「指名したのはダイスですけどね」
と、そんな恒成に苦笑しつつ、リサが薬を手渡した。
「次、自分でいい……?」
アーシェルが次を指名する前に、カスミがすっと立ち上がった。
「楽しそうな薬がなくなる前に当てないと、ね?」
「自分に当たるとは限らないぞ?」
アーシェルはダイスを渡しつつ首をかしげる。
「ふふ、もちろん誰かに使うためだよ。なんなら、私の香料をエッセンスとして少し足してみるのも面白いしね」
そんなアーシェルにカスミは妖艶に微笑みダイスを振った。
――コロコロコロ。
「――出ました! 24番! そして、お相手は……」
もうお決まりのタメを作りつつ、アーシェルは対象者の名前を口にする。
「アーシェル・G・クライン! って俺かぁ!」
出た目にかかれていたのは自分の名前だった。
「ふふ、なんだか運命を感じるね。これはたっぷりとサービスしないといけないかな」
「いやいや、要らないからな!?」
ぶんぶんと首を振るアーシェルに、ツバキは微笑みながら薬の瓶を手渡した。
「うぅ……気を取り直して次だ!」
手の上にある瓶を恐ろしそうに見つめながらアーシェルは叫ぶ。
その後もダイスと指名は続き、ついに全員に薬が行き渡った。
●
「皆さん、ちゃんと手元に薬はありますね!」
壇上から聴衆席を見下ろすアーシェルが声を上げた。
「それでは、どんな効果が出るか、お楽しみタイムだ!! 番号の若い薬を手にしてる人から一気に飲んじゃってください!」
勢いよく拳を突き上げたアーシェルの合図に、最も番号が若いが薬を持つアンネエルカがスタっと立ち上がる。
「こっちでも一番ね! それじゃ、ドラゴン寮4年『金羊』のアンネエルカ、呑みます!」
まるでどこかの新歓パーティーのノリで、アンネエルカは何の躊躇もなく薬瓶を一気にあおった。
「あ、あっまぁぁい……」
ねっとりとした甘さにアンネエルカは、うえぇっと舌を出す。
「……けど、なにも変化がない――え、あ、えっ!? わわわ! 身体が透けて来たわ!!」
飲み干してからしばらくして、アンネエルカの身体がゆっくりと透けだした。
「アンネお姉さん!」
突然の変化にセヴランが慌てて手を取るも、彼女の色はゆっくりと失われていき……ついに服だけを残し完全に見えなくなった。
「すごいわ! 透明になってる!」
セヴランが悲しみに暮れる中、当のアンネエルカは驚くどころか、瞳をキラキラと輝かせる。見えないけど。
「もしかして服を脱げば完全に消えることもできるのかしら?」
しかも、とんでもない事を言い出した。
「えっ……そうだね、きっとそうだと思うよ」
そして、それを見つめるセヴランが天使スマイルで頷く。
「そうよね! やってみようかしら」
セヴランの言葉に後押しされる様に、アンネエルカの見えない手が服にかけられたその時。
「だめよ、アンネエルカさん!」
声を上げたのはリサだった。
アンネエルカは驚き、へその辺りまでめくれ上がった上着を止める。
「でも、見えないわ?」
「見えなくても! ほらみなさい」
と、たぶん首をかしげているアンネエルカに、リサは聴衆席を指した。
女子の視線はどちらかといえば好奇心に満ちている。しかし、男子の視線は。
「皆みたい見たいよ?」
「だ・か・ら! 見せるものじゃないんです!」
「見えないのに?」
「見えないのに!」
「むむむ……」
リサの迫力に観念したのか、アンネエルカは残念そうに(見えないけど)服を下した。
「うん……? ま、いいか。次行くぞ! えっと次は……あ、蓮見寮長だ」
そんな二人のやり取りによくわからず首を傾げたアーシェルはメモを眺め、次の番を指名する。
「私ですか。では――」
と、皆の視線が注がれる中、恒成は薬瓶をゆっくりと口にした。
「……サーペント寮の寮長である私に、このようなお遊びの薬など効くわけありません。ヒルルクも、そう思……おも……焼きそばパン!」
「誰が焼きそばパンよ!?」
振り向いたかと思うと恍惚の表情で言う恒成に、ヒルルクは思わず声を荒げる。
「ちょっ! 寄るな!」
「焼きそばパン。ああ、やきそばぱん、ヤキソバパン」
「俳句!? 字余ってんじゃない!!」
迫りくる恒成から、ヒルルクはわめきながら逃げだした。
「幻覚薬ですか。しかも、人が好物に見える系」
そんな様子を聴衆席で見ていたツバキが呟く。
「寮長に幻覚見せるなんて、あの薬作ったやつすごいな……」
いつの間にか隣が定位置になったオリヴァーが相槌を打った。
「たぶんネオン先輩の薬ですね。……その割には効果がマイルドですけど」
「マイルド?」
「いえ、こちらの話です。しかし、あのままという訳にも行きませんね」
ちらりとアーシェルに視線を向けたツバキ。当のアーシェルは、寮長の醜態にどうしたものかとあわあわしている。
「解除すればいいんじゃないのか?」
「そう簡単にいけばいいんですけど、あのネオン先輩の薬ですから……」
一筋縄ではと、今度はネオンに視線を向けるが、本人は恒成の醜態を可笑しそうに笑っていた。
「なら、仕方ないな。一先ず眠らせるか」
「眠らせる? ……ま、まさか、『呪歌者』の歌が聞けるのですか!?」
コキコキと肩をほぐすオリヴァーに、ツバキはキラキラと瞳を輝かせ問いかけた。
「相手が相手だし、俺の歌で効くかどうかわからないがな」
「あ、蓮見寮長……」
学院屈指の歌い手であるオリヴァーであっても、相手が一寮を預かる恒成であれば抵抗される可能性が高い。ツバキはそれを思い申し訳なさそうに俯いた。
「だが、二人ならどうだろう」
しかし、オリヴァーがツバキに提案する。
「『天声』の歌声を合わせれば可能だと思う」
「で、でも、今日は親友も弟も居ませんので。その制御が……」
「あんたの歌の特徴は聞き及んでいる。だから重奏にすればいい。魔力の流れを俺の歌で誘導する」
「オ、オリヴァー先輩とデュエット……」
「どうだろう?」
「は、はいっ!」
じっと見下ろしてくるオリヴァーにツバキは大きく頷いた。
「まったく、ろくでもない事考えるわね」
壁に背を預け部屋の中央を睨み付けるヒルルクが隣人に話しかける。
「素晴らしい発想だと思いますが、貴方には理解できませんか」
「喧嘩売ってんの?」
「まさか。私はただ若い叡智たちの成長を貴方にも共有していただきたいだけです」
「未熟な生徒が無茶やるから尻拭いしろって言ってる風にしか聞こえないんだけど?」
「ふむ、ついに心まで歪みましたか」
「どういう意味よっ!?」
ヒルルクの飛ばす唾を頬に受ける、サーペント寮寮長・蓮見 恒成。部屋の中央に設けられた壇上には長机があり、見事な光彩を放つ薬瓶がずらりと鎮座していた。
「セヴランさん、しっかり見ておいてくださいね。これが『サーペント寮』です」
スワン寮5年リサ・ベイカーが、同行した1年生セヴラン・クアルトに声をかける。
「うん」
「私の事は見なくていいので、あちらをちゃんと見ておくんですよ?」
「うん、わかってるよ」
言いつつも、キラキラと目を輝かせずっとリサを見つめるセヴラン。
「……セヴランさん?」
「なに、リサ先輩」
「……アンネエルカさんって可愛いのにしっかりしている所もあって、理想のお姉さんって感じですよね」
「えっ、どの人? ねぇ、リサ先輩、そのアンネエルカさんってどの人?」
「はぁ……」
すぐにアンネエルカの姿を探し始めるセヴランに、リサは大きなため息をついた。
「くちゅん」
「アンネ、どうした、風邪か?」
突然、くしゃみするドラゴン寮4年のアンネエルカを心配し、サーペント寮4年アーシェル・G・クラインが声をかける。
「うーん、体調も悪くないし、そんな事はないと思うのだけれど……」
思い当たるふしの無いくしゃみに、問われたアンネエルカの方が首を傾げた。
「……また夜に抜け出して夜風を浴びたんじゃねぇだろうな」
「昨日はしてないわ」
「……一昨日はしてたんだな?」
と、アーシェルにジトッと見上げられ、アンネエルカはそっと視線を外した。
「これは未完成だと言っただろうに……。む? これは俺が去年試作した薬か? よく見つけたものだ。これは良いものだよ……。おや、こちらは宝石化薬か。いや、微妙に色が違うね……何か混ぜたのか。面白い……」
壇上では『呑毒』の二つ名を持つ6年の夏夜 蛍が並べられた薬品をチェックしている。
「すごいです、ネオン先輩がいます」
「本物……?」
そんなネオンを遠巻きに見つめる漆原・香墨と、鴨井 椿の4年生コンビ。
「いつも引きこもって自室からほとんど出てこない先輩が、わざわざ足を運んでいるなんて……あの噂は本当だったんですね」
「噂?」
ゴクリと唾を飲み込んだツバキに、カスミが問いかけた。
「はい、あの中にかの『呑毒』が作った『惚れ薬』があるという噂です」
「へぇ、惚れ薬ね……」
「あれ、驚かないんですか?」
「なぜ? 自分には必要ないし」
「うっ……いいですよね、モテる人は」
「ふふ、カモイさんも可愛いよ?」
シュンと俯くツバキに、微笑んだカスミの顔に妖艶な色が浮かぶ。
「寮長、遅くなった」
と、ドアを開け部屋に現れたのはスワン寮6年オリヴァー・ウッドだった。
「あら、最後の一人はあなただったのね、『呪歌者』」
「最後の一人? どういう事だ?」
「今からサーペント寮が怪しい実験するからその監視」
「おい、聞いてないぞ」
「言ったら来ないでしょ」
「おい、ヒルルク。いい加減に――」
「ちょっと嫌な予感がするのよ。おねがい、少しだけでいいから手伝って」
からかうような態度から一転、頼まれると断れない性格を完全に見抜いているヒルルクは、オリヴァーに真剣な瞳を向けた。
「ぐ……」
「後で焼きそばパンおごるから。コーセーが」
「待ってください、何故私なんですか」
「うるさい」
抗議の声を上げる恒成を一喝し、ヒルルクは再びオリヴァーを見つめる。
「……はぁ、わかった。少しだけだからな」
盛大な溜息をつき頷いたオリヴァーに、ヒルルクはガッツポーズ。
「これで4人態勢よ。覚悟する事ねコーセー」
オリヴァーの助力を取り付けたヒルルクは、恒成に向けかかって来なさいと挑発的な視線を送った。
●
「皆様、本日は『お薬試飲会』にお集まりいただきまして、ありがとうございます!」
ついに始まった『お薬試飲会』。主催を務めるアーシェルが皆を前に腰を折る。
「今日ご用意したのは、サーペント寮が誇る魔法薬の数々! 様々な効果をもたらすもので、秋の『大魔法仮装祭』略して『大仮祭』に向けた試作品の数々です! もちろん、安全は確認済みなので、安心してください!」
「安全は確認済みって言ってるわよ、ヒルルク」
「え? リサ、まさか鵜吞みにするの?」
「……しない」
「でしょ?」
外野とリサとヒルルクが見つめる中、進行は続く。
「今回は我がサーペント寮きっての魔法薬のスペシャリスト、ネオン先輩の協力もあり、どれも素晴らしい出来になってます!」
自らの成果を誇る様に、アーシェルは解説を続けていく。
「はいっ! 質問いいですか!
と、聴衆席で手が上がった。
「はい、アンネエルカくん!」
手を上げたのは主催者招待枠で参加したアンネエルカだ。
「誰がどれを飲むとか決まっているの?」
「いい質問ですね! それは――これで決めます!」
と、勿体ぶりつつアーシェルが取り出したのは、透明な立方体だった。
「それは……ダイス? 何も書かれていないけれど」
ダイスはアーシェルの両手に一つずつ。しかも表面には何も書かれていない。
「これは『魔法ダイス』! この日の為にオウル寮に頼んで作ってもらいました! 振った人の適正を見抜き、その人にあったモノを示してくれます!」
その説明に聴衆席からどよめきが起こる。
「なるほど、それで決めれば安心という訳ね!」
それで納得したのか、アンネエルカは手を下ろそうとしかけるが。
「でも、それじゃ面白くないですよね?」
アーシェルの顔に悪戯な笑みが浮かぶ。
「ダイスは二つあります。一つは薬を選ぶダイス。そして、もう一つは――」
「はい、来たわね」
「来た? 何が来たの、寮長」
相変わらず壁際で成り行きを見守るスワン寮生達。
ヒルルク呟きにセヴランが反応した。
「サーペント寮の狂気が顔をのぞかせたって事」
「ごめん、どういう事かよくわからないや」
ヒルルクの説明はセヴランには難しいのか、何度も首を捻る。
「自分に合ってるものが自分に行く確率が1/6という事ですよ」
と、そんなセヴランにリサが説明する。もう一つは対象者を選ぶダイスだろうと。
「自分を含めた6人をランダムに選びます!」
「あ、ほんとだ」
アーシェルが自慢げに説明したダイスの効果に、セヴランは驚いた。
「ロシアンルーレットか……ったく、ろくでもない事を考えるな、あいつ」
「あれでも4年生。飛び級してる天才児だそうですよ」
「これだから天才という奴は……」
苦笑するリサにオリヴァーは呆れる。
「ほんと、あなたに残ってもらえてよかったわ」
「俺は今すぐにでも帰りたいけどな」
言いつつ帰ろうとしないのは、彼なりの優しさなのだろうとヒルルクとリサは苦笑した。
「それでは、早速ダイスを――と言いたい所ですが、まずは薬の提供を頂いたネオン先輩から一言いただきます!」
そう言うと、アーシェルに代わりネオンが気だるそうに壇上へ。
「……ようこそ実験体の諸君、よく来てくれたね」
登場したネオンに、聴衆席のざわつきが一層激しさを増した。
皆の不安を宥めようと、愛想の無い顔に無理やり笑みを浮かべるネオン。
「俺が精魂込めて作った薬たちだよ。存分に味わってくれるといい。なに、心配はないさ。どれも味には特別に気を使っているんでね」
緑金色の瞳を見開き熱弁するネオンに、場内は「そこじゃない」と不安が最高潮。
「なんだか、すごく不安になってきました。本当に大丈夫でしょうか……」
「不安に思うのは仕方ないね。あのネオン先輩の作だとすると、いったい何が混ぜられているのやら……。ただ、このサーペント寮で高みを目指す――いや、魔法薬のスペシャリストとして大成したいのなら、ネオン先輩の研究成果はぜひ手に入れるべきだと思う……」
聴衆席でネオンの話を静かに聞いていたツバキとカスミは、声を殺して言葉を交わす。
「ふむ、確かにそうですね。ネオン先輩の薬の知識はぜひ得たいです」
「だろう? 毒を食らわば皿まで、だよ。こんな機会はめったにないし……」
「寮長の薬もあるみたいだし……楽しみは尽きないね」
「あれを楽しみといえるメンタルが羨ましいですよ」
と、二人してくすくすと笑い合った。
「それでは、お待たせしました! 『お薬実験会』これより開催です!」
ネオンが退場し、再びアーシェルが壇上に立つ。そして、『お薬実験会』がついに始まった。
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「一番、アンネエルカ、いっきまーす!」
誰から行く? と皆がけん制し合う中、一人アンネエルカだけは率先して手を上げる。
そして、アーシェルからダイスを二つ受け取ると、空高く放り投げた。
――コロコロコロ……。
二つのダイスが転がるのを、皆が固唾を飲んで見つめる。
「――出ました! 薬はこちら、13番! そして、対象は……」
停止したダイスに表示された薬を手に、もう一つのダイスに視線を移したアーシェル。
「セヴラン・クアルト!!」
叫ばれた名前に、アンネエルカとサーペント寮の生徒達は「誰だ?」と首をかしげた。
「へ? 僕?」
見つめていた壇上で、突然自分の名が聞こえ、セヴランはぽかんと口を開ける。
「なっ!? ちょっと、どういう事!? なんでうちの寮生が含まれてるのよ!」
驚いたのはヒルルク。すぐ横の恒成の胸ぐらを掴みにかかる。
「どういう事と言われても、あのダイスはこの部屋に居るもの皆が対象です」
「はぁっ!?」
「セヴラン……? 誰だ?」
と、宣誓したアーシェルも知らぬ名前に困惑。すると。
「はいはい! 僕だよ、セヴラン!」
「ちょっと待ちなさい、セヴラン!」とヒルルクが後ろで叫ぶのも気にせず、とてとてとポニーテールを揺らしながら少年が駆けてきた。
「あなたがセヴランさん?」
ピタリと目の前で停止した少年を見下ろすアンネエルカが問いかける。
「うん。そうだよ、笑顔が素敵なお姉さん!」
そんなアンネエルカにセヴランはニコリを天使スマイル。
「それじゃ、これを渡しておくわ。あせらずにゆっくりと飲んでね」
そんなセヴランの天使スマイルににこりと微笑み返し、アンネエルカは薬を手渡した。
「お二人ともありがとう! それでは続いて振っていただく人は――ツバキさん! お願いします!」
薬の受け取りを見届けたアーシェルは、立候補制だと時間がかかると踏んだのか、指名制に切り替えツバキの名を呼んだ。
「私ですか!」
呼ばれたツバキは一瞬戸惑ったものの、アーシェルの元へ。
差し出されたダイスを受け取ったツバキが、意を決したように空高くに放り投げた。
――コロコロコロ。
「……出ました! 9番! そして、お相手は――オリヴァー・ウッドさん!」
「お、俺か?」
突然、名を呼ばれたオリヴァーは壁から背を浮かせた。
「ちょっとぉぉ! なんで、うちの寮生ばっかなのよ!?」
隣では憤慨し恒成に掴みかかるヒルルク。「だから、ダイスの女神に聞いてください」と、面倒臭そうに答える恒成に唾を飛ばす。
「スワン寮はもしもの時の為に待機しているのよ! 実験台にされに来たんじゃな――」
「いや、行こう」
「そうよ! 行こ――はぁ!?」
いきなり了承したオリヴァーに、ヒルルクは驚き呆気にとられる。
「『天声』のお誘いを断るわけにはいかないだろ」
と、オリヴァーは震える声で答えると、ゆっくりとツバキの元へ歩いていく。
「え……っ!? オ、オリヴァー先輩……! 本物!?」
歩いてくるオリヴァーの姿を見つけたツバキは、思わず両手で口を押さえ固まった。
「は、初めまして、『天声』。お、俺がオリヴァーだ」
「は、はい! 存じ上げてます『呪歌者』オリヴァー!」
初対面の二人は、どうやらそれぞれの存在を知っていたようで、部屋の中央でじっと見つめ合う。
「え、えっと、ツバキ先輩。薬を渡して――」
「『呪歌者』オリヴァー、ずっとずっとファンでした!」
「なんだと……?」
「入学式にあなたの歌声を聞いてからずっと……そう! ファンクラブにも入っているんですよ!」
「そ、そうなのか。実は、お、俺も『天声』の歌声に魅了された一人だ」
「えぇっ!?」
「あのー、薬渡してくれよー」
完全に二人の世界に突入した二人の歌い手。アーシェルが声をかけるも、まったく聞いていない。
「ったく、しゃーねぇ、次行こ」
諦めたアーシェルはさっさとダイスを回収すると、次を指名しにかかる。
「それじゃ、次は――」
「わたしがやります」
アーシェルが誰かいいかなと見渡していたら、壁際で手が上がった。
「リサっ!?」
「どうせ、いずれ当たるんです。それならさっさと済ましてしまって『後片付け』の準備をしますよ」
ヒルルクが驚くのも気にせず、壇上へと出たリサはダイスを受け取ると、ポイっと転がした。
――コロコロコロ。
「……でました! 薬は38番! そして、お相手は……これは!」
ダイスに表示された名前を隠しながら、勿体ぶる様に言葉を切ったアーシェル。
そして、高々とダイスを掲げると、そこには――。
「蓮見寮長だ!」
「む、私か」
指名された恒成は、壁から背を離すとゆっくりと壇上へ。
「『お嬢様』リサ。貴方に指名されるとは光栄です」
指名者リサの前にやって来た恒成は、慇懃に頭を下げる。
「指名したのはダイスですけどね」
と、そんな恒成に苦笑しつつ、リサが薬を手渡した。
「次、自分でいい……?」
アーシェルが次を指名する前に、カスミがすっと立ち上がった。
「楽しそうな薬がなくなる前に当てないと、ね?」
「自分に当たるとは限らないぞ?」
アーシェルはダイスを渡しつつ首をかしげる。
「ふふ、もちろん誰かに使うためだよ。なんなら、私の香料をエッセンスとして少し足してみるのも面白いしね」
そんなアーシェルにカスミは妖艶に微笑みダイスを振った。
――コロコロコロ。
「――出ました! 24番! そして、お相手は……」
もうお決まりのタメを作りつつ、アーシェルは対象者の名前を口にする。
「アーシェル・G・クライン! って俺かぁ!」
出た目にかかれていたのは自分の名前だった。
「ふふ、なんだか運命を感じるね。これはたっぷりとサービスしないといけないかな」
「いやいや、要らないからな!?」
ぶんぶんと首を振るアーシェルに、ツバキは微笑みながら薬の瓶を手渡した。
「うぅ……気を取り直して次だ!」
手の上にある瓶を恐ろしそうに見つめながらアーシェルは叫ぶ。
その後もダイスと指名は続き、ついに全員に薬が行き渡った。
●
「皆さん、ちゃんと手元に薬はありますね!」
壇上から聴衆席を見下ろすアーシェルが声を上げた。
「それでは、どんな効果が出るか、お楽しみタイムだ!! 番号の若い薬を手にしてる人から一気に飲んじゃってください!」
勢いよく拳を突き上げたアーシェルの合図に、最も番号が若いが薬を持つアンネエルカがスタっと立ち上がる。
「こっちでも一番ね! それじゃ、ドラゴン寮4年『金羊』のアンネエルカ、呑みます!」
まるでどこかの新歓パーティーのノリで、アンネエルカは何の躊躇もなく薬瓶を一気にあおった。
「あ、あっまぁぁい……」
ねっとりとした甘さにアンネエルカは、うえぇっと舌を出す。
「……けど、なにも変化がない――え、あ、えっ!? わわわ! 身体が透けて来たわ!!」
飲み干してからしばらくして、アンネエルカの身体がゆっくりと透けだした。
「アンネお姉さん!」
突然の変化にセヴランが慌てて手を取るも、彼女の色はゆっくりと失われていき……ついに服だけを残し完全に見えなくなった。
「すごいわ! 透明になってる!」
セヴランが悲しみに暮れる中、当のアンネエルカは驚くどころか、瞳をキラキラと輝かせる。見えないけど。
「もしかして服を脱げば完全に消えることもできるのかしら?」
しかも、とんでもない事を言い出した。
「えっ……そうだね、きっとそうだと思うよ」
そして、それを見つめるセヴランが天使スマイルで頷く。
「そうよね! やってみようかしら」
セヴランの言葉に後押しされる様に、アンネエルカの見えない手が服にかけられたその時。
「だめよ、アンネエルカさん!」
声を上げたのはリサだった。
アンネエルカは驚き、へその辺りまでめくれ上がった上着を止める。
「でも、見えないわ?」
「見えなくても! ほらみなさい」
と、たぶん首をかしげているアンネエルカに、リサは聴衆席を指した。
女子の視線はどちらかといえば好奇心に満ちている。しかし、男子の視線は。
「皆みたい見たいよ?」
「だ・か・ら! 見せるものじゃないんです!」
「見えないのに?」
「見えないのに!」
「むむむ……」
リサの迫力に観念したのか、アンネエルカは残念そうに(見えないけど)服を下した。
「うん……? ま、いいか。次行くぞ! えっと次は……あ、蓮見寮長だ」
そんな二人のやり取りによくわからず首を傾げたアーシェルはメモを眺め、次の番を指名する。
「私ですか。では――」
と、皆の視線が注がれる中、恒成は薬瓶をゆっくりと口にした。
「……サーペント寮の寮長である私に、このようなお遊びの薬など効くわけありません。ヒルルクも、そう思……おも……焼きそばパン!」
「誰が焼きそばパンよ!?」
振り向いたかと思うと恍惚の表情で言う恒成に、ヒルルクは思わず声を荒げる。
「ちょっ! 寄るな!」
「焼きそばパン。ああ、やきそばぱん、ヤキソバパン」
「俳句!? 字余ってんじゃない!!」
迫りくる恒成から、ヒルルクはわめきながら逃げだした。
「幻覚薬ですか。しかも、人が好物に見える系」
そんな様子を聴衆席で見ていたツバキが呟く。
「寮長に幻覚見せるなんて、あの薬作ったやつすごいな……」
いつの間にか隣が定位置になったオリヴァーが相槌を打った。
「たぶんネオン先輩の薬ですね。……その割には効果がマイルドですけど」
「マイルド?」
「いえ、こちらの話です。しかし、あのままという訳にも行きませんね」
ちらりとアーシェルに視線を向けたツバキ。当のアーシェルは、寮長の醜態にどうしたものかとあわあわしている。
「解除すればいいんじゃないのか?」
「そう簡単にいけばいいんですけど、あのネオン先輩の薬ですから……」
一筋縄ではと、今度はネオンに視線を向けるが、本人は恒成の醜態を可笑しそうに笑っていた。
「なら、仕方ないな。一先ず眠らせるか」
「眠らせる? ……ま、まさか、『呪歌者』の歌が聞けるのですか!?」
コキコキと肩をほぐすオリヴァーに、ツバキはキラキラと瞳を輝かせ問いかけた。
「相手が相手だし、俺の歌で効くかどうかわからないがな」
「あ、蓮見寮長……」
学院屈指の歌い手であるオリヴァーであっても、相手が一寮を預かる恒成であれば抵抗される可能性が高い。ツバキはそれを思い申し訳なさそうに俯いた。
「だが、二人ならどうだろう」
しかし、オリヴァーがツバキに提案する。
「『天声』の歌声を合わせれば可能だと思う」
「で、でも、今日は親友も弟も居ませんので。その制御が……」
「あんたの歌の特徴は聞き及んでいる。だから重奏にすればいい。魔力の流れを俺の歌で誘導する」
「オ、オリヴァー先輩とデュエット……」
「どうだろう?」
「は、はいっ!」
じっと見下ろしてくるオリヴァーにツバキは大きく頷いた。