【入学式】この始まりに祝福を!
王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 夜団子納品 2021年05月04日 12時28分44秒
「ただいまより! 王立アプリーリス魔法学院入学式典を始める! 新入生、起立!」
厳かたる春の季節。なにかと浮き足の立つこの季節に、特別な礼服を着た子供たちがそれぞれの想いを胸にこの学院へ訪れていた。
抱えているものはそれぞれでも、彼らは皆輝かしい明日を期待していて。そんな彼らをほほえましく見守りながら、教員たちによって式は粛々と進んでいく。
「ほわ~本当に私、アプリーリス学院に入学したんだ……!」
司会の声にかき消される程度のつぶやき。ちょこんとお行儀よく座りながらもどうしても落ち着かず、ノワールはきょろきょろと周囲を見渡していた。
誰も彼も同じ、黒いローブ。少々それに着られている子もいるが、それはそれ。それぞれが緊張と期待の面持ちをしているのを見て、ノワールの心は更に浮足立った。
「ちょっと」
「ひゃんッ!?」
トスッと脇腹をつつかれて、素っ頓狂な声が出てしまう。慌てて口を塞ぐも一度飛び出したものを戻すことはできない。周囲の新入生たちはちらりとこちらを見て、何事もなかったかのようにまた前を向いた。
「く、ははっ。無防備な腹を晒してるのが悪いんだよ、おのぼりさん」
目を白黒させるノワールに、からかうような小声が投げかけられた。自分を驚かせた犯人に、抗議の目を向けるため振り返る。
隣にいたのは少し変わった風体の少年だった。緑色の肌、ツギハギの痕、爛々と輝く金の眼。珍しい、ゾンビ族の同級生だ。
「じゃああなたはおのぼりさんじゃないってわけ?」
「それを言われると痛いけどね。でも両側揃って落ち着きのない席に座らされているボクの気持ちにもなってよ」
ゾンビ族の少年……アンリはそのまま、親指をノワールの反対側に向けた。
「あん? 俺のこと言ってんのか?」
指された少年……ふんぞり返り、足を上げ、堂々と腕を組む行儀の悪い彼は、その形の良い眉をぴくりと上げた。
「せめて声のトーン下げなよ。もう先生に睨まれてるじゃないか、君」
「はんっ望むところだ。先公が怖くて天辺が狙えるかよ」
「てっぺん……?」
呆れたような戸惑うような。そんな声を漏らしたノワールに少年はドヤっと誇らしげな顔を見せる。その瞳には自信が満ち溢れ、何ひとつ己の力に疑問を抱いていないようだった。
「俺と同じ組にならないことを祈れよ、邪魔だと思ったら女でも容赦しないからな」
「組じゃなくて寮ね。なんでそう言葉選びが全部ヤンキーマンガなの」
「あ゛?」と凄まれてもアンリはどこ吹く風。ゾンビだから大して恐怖を感じないのか、単に怖いもの知らずなのか。
「そう言えば名乗ってなかったね。ボクはアンリ。寮がどうなるかはわからないけどこれも縁。よろしくね」
「あ、うん。私はノワール。寮って組み分け帽で決まるんでしょ。すごいシステムだよねっ!」
「組み分け帽?」
不思議そうに漏らした声に、アンリとノワールがじっと彼を見つめる。二人の圧に根負けしたのか「……青柳龍一だ」と名乗って、憮然と腕を組んだ。
「さっき先生言ってたよー? あそこの組み分け帽で自分にふさわしい寮が決められるんだって! 私どこになるかな~」
「結構ちゃんと説明されてたけど。聞いてなかったの?」
「うるせ、学院のおえらいさんの話なんて死ぬほどどーでもいいね」
どうやら式での口上はハナから聞いていなかったらしい。そんな龍一へ二人は呆れたように顔を見合わせる。
入学早々、とんでもない人たちと知り合っちゃったなあ、と苦笑するノワール。その背後に青筋を立てた教員が立っていたことに、三人が叱られるその瞬間まで気付くことはなかった。
時はやや遡って、式典が始まるその前。式の行われる講堂から少し離れた学院の敷地をぱたぱたと走る子供がいた。
「い、いそがないと、はじまっちゃう」
黒いローブの下から飛び出る龍の尻尾。小さな体を精一杯奮って走るその子——真柄は、他の入学者たちとはやや異なる事情を抱えていた。
本来ならば研究室に預けられたまま外に出ることはなかった身。だが生物室に訪れる生徒たちを見て育っていった好奇心は研究者たちでは抑えることはできず。ついに彼は狭い部屋の中から出て、陽だまりのもと学びの扉をノックすることが許された!
の、だが。問題を起こさぬようにと色々と教わっている間に式の時間がぎりぎりとなってしまったのだ。
「ひとにぶつからない、びっくりしても体当たりしない……」
「ここどこなのだ~! ダイフク迷ったのだ~! 困ったのだ~!!」
「えっ」
キキーッとおおよそ人間の子どもが出すべきではない音を立てながら、真柄は足を止めた。声がした方へおそるおそる歩み寄りきょろきょろと周囲を見渡す。今確かに、誰かが助けを求めている声が……
「あ~っっ!!」
「ぴゃっ!」
「人がいたのだ、ダイフクと同じ服着てるのだ~!!」
ぴょんぴょんと跳ねるように駆けながら、白黒の毛玉が真柄へと飛びかかる。真柄は咄嗟に両腕を差し出し、彼をその腕で受け止めた。
「な、なんっ」
「よかったのだ~遅刻するところだったのだ~!」
「ま、まいご、してたの?」
目を白黒させながらも尋ねた真柄にダイフクはぶんぶんと首を縦に振った。ついでに尻尾も横に振れている。
「そうなのだ! はっ、まさか同じ迷子……」
「い、いやっ、おれは、ばしょわかるよっ!」
いっしょにいこ、とぎこちなく笑いかける真柄。その表情に怯えを出すこともなく、ダイフクは満面の笑みをその顔に湛えた。
「ダイフクはダイフクなのだ! 一緒にいくのだ~!」
「おれ、マカラ。えへへ、よろしくっ」
「わ~色んな人がいるのだ~。わくわくするのだ~」
「むこうでせんせい、おこってる……」
真柄の全力ダッシュによりなんとか二人は式への遅刻は免れ、ちょこんと大人しく式の一角で座っていた。ダイフクの席と真柄の席は運よく近く、二人は緊張した面持ちのまま寄り添って式に臨む。どうやら向こう側の席で教員に怒られている新入生がいるようだが、二人にそれを気にしている余裕はなかった。
なにせ、もう少しで組み分け帽の儀式が始まるのだから。
「それでは、寮分けを始める! 名を呼ばれた者から前へ!」
「はわ……ついに、このときが……」
キラキラと目を輝かせて、真柄は組み分け帽を乗せられる生徒たちを眺めていた。今までずっと、覗いているだけだった儀式。あれを今日、自分は行うのだ。そしてついに、生徒のひとりとして認められるようになるのだ。
「あぁ~緊張してきたのだ~……どうか、どうか……」
ダイフクはダイフクで、必死に祈りを捧げていた。その両手の肉球を握ってうんうんと天へ思いを飛ばす。
どうしても、ペガサス寮に入りたいのだ。だが希望の寮に入れるとは限らない。そうなるとできることは神頼みだけである。
「う~むなるほどなるほど。その才覚、血筋を感じるものがあるな。——お主はペガサス寮!」
「わわっ」
必死にお祈りをしていたダイフクは耳に飛び込んできたペガサス寮に思わずビクッと体を揺らした。顔を上げてみれば、今まさに選定を終わらせた生徒が椅子から立ち上がるところで。
「ふぅん、なるほどねぇ」
ぴょん、と彼が椅子から降りた瞬間、その周囲から一斉に純白の羽根が巻きあがった! それはくるくると周囲を巡り、馬を形どる。「ようこそペガサス寮へ!」と叫ぶ制服を着た者たちが杖を掲げていた。
「ボクが驚かされるなんてね。まあいいや、これからいくらでも機会はあるし」
不敵に笑った緑肌の少年はそのスコップのような形の杖を手に、大きく腕を広げた。
「ボクはアンリ。夢は、ここにいるみんなの度肝を抜かすような魔法使いになることさ。というわけで、よろしく頼むよ」
ぽん、と突然宙に現れたブードゥー人形に、新入生たちからさざ波のような囁き声が響く。既に安定した召喚術を習得しているなんて——ペガサス寮に選ばれて納得だな——。
「おーおー! しょっぱなからかますじゃねぇか!」
アンリが壇上から降りた後。次に駆け上がって来たのは黒髪の少年だった。肩には魔改造杖を担ぎ、ダンダンッと大きな足音を立てて駆け上がる姿。おおよそ行儀がなっているとは言い難い様子に、数人の教師があからさまなため息を吐く。
「てめえらいいか、俺は学院の天辺をとる漢だ。邪魔する奴はぶん殴る!」
「青柳龍一! 早く組み分け帽を被りなさい!」
半ば引きずられるようにして教師たちに抑えられ、龍一の頭に帽子が被せられる。さっきは意気揚々と寮を選んでいた組み分け帽もなんだか呆れた様子でその体(?)を伸ばした。
「その類稀なる肉体の強靭さを良きことに使うことだ——お主はグリフォン寮!」
「ああん!? なんで俺があんな騎士サマばっかの寮に行かなきゃいけねえんだよ! 」
そう怒鳴りつけた龍一の姿が、フッとその場から消える。その場には組み分け帽だけが残され……ひらひらと、鷹の羽が舞い落ちる。
「うわぁーッ!!」
その叫び声は上空から響き渡った。
「ふざけんじゃねーッ!」
「ぐ、グリフォン……本物は初めて見たのだ……!」
グリフォンの爪に捕まり、皆の上空をぐるぐると飛ばされる龍一。やがて目が回って静かになったころ、彼はそっと元の席へと下ろされた。
「ごほん。……では次の者、前へ」
「はーい!」
そんな事件があったことも気にせず、銀髪の少女がハキハキとした声でその手を上げた。波打つツインテールに愛らしい髪飾り。同じ礼服でありながら彼女はキラキラとした雰囲気を纏っていた。
「組み分け帽さん、よろしくねっ」
儀式の場に座り、大人しく帽子を受ける少女。銀髪の上で組み分け帽はしばし悩む様子を見せた後、口を開いた。
「内に秘めるその情熱は溢れるばかりの輝きだ。——お主はドラゴン寮!」
その瞬間、少女の周囲に真っ赤な炎が立ち上った。揺らめくそれは高い天井までその体を伸ばし……大きく口を開いて、咆哮する! 魔物たちの王のわななきはただの炎とわかっていても、新入生たちを慄かせるには十分だった。
「えー、ノワールちゃんか弱いのにー」
言葉を失う生徒も多い中、なにひとつ恐れた様子もなく少女は立ち上がる。くすくすと笑いながら見事なカーテシーを見せ、光を浴びた。
「素敵な攻撃魔法、いっぱい教えてもらえそう……♪」
その本音は小声のために、誰にも届かず。
「私はノワール! 気軽にノワールちゃんって呼んで! これから同級生としてよろしくね!」
そしてついに、ずっとソワソワと体を揺らしていた真柄の番がやって来た。
「ほお……これはまた変わり種の蕾だ。その際限のない好奇心——お主はサーペント寮!」
ずるりとその影が鎌首をもたげ、ぐるぐると真柄の周囲を渦巻く。紫紺の体を持つ大蛇はその金の瞳でぎょろりと真柄を見据えてから、ぱちんと破片となって消えた。
「ほわ……」
思わず見惚れていた真柄を付き添いの教師が小さく促す。はっと気を取り直した彼はよちよちと壇上を進み、大きく息を吸った。
「おれ、マカラ。いろんなこと、べんきょしにきた! がくいん、よろしくおねがいします!」
少しちぐはぐな彼の言葉に拍手が贈られる。そして階段を下りながら自分が戻る席の方を見てせいいっぱいの笑顔を浮かべた。
「おともだち、なろうね!」
「き、緊張するのだ~……」
ついにやってきた己の番に、ダイフクはきょどきょどしながら壇上へと足を進める。促されるまま椅子に座り、組み分け帽を手に取って……小声で懇願の目で見つめた。
「帽子さん帽子さん、ダイフクはダイフクだけのおっっっきなオオカミと仲良くなりたいから、ペガサス寮がいいのだ。お願いなのだ~!」
ひとしきり願った後覚悟を決めて帽子を被る。なんだか笑うように帽子が揺れている気がするが、果たして……。
「そこまで願われては無下にできんな。その才覚を花開くといい——お主はペガサス寮!」
「や、やったー!!」
思わず飛び上がり、帽子を抱きしめながら踊り出すダイフク。その周囲を純白の羽根が舞い、祝いの言葉の代わりに馬を模った。
「ダイフクなのだ! 誇り高い犬の獣人族なのだ! 夢はおっっきなオオカミを召喚して一緒に旅をすることなのだ! 仲良くして欲しいのだ~」
上機嫌のままにダイフクは新入生たちに頭を下げる。うっかり組み分け帽を抱きしめたまま戻りそうになるというアクシデントも起きたりしたが——。
これは彼らの、初めましての物語。そしてこれから紡ぐ物語の序文。
彼らの輝かしい未来に祝福を。最優秀寮に選ばれるため奮闘するのは、もう少し先のお話———。
厳かたる春の季節。なにかと浮き足の立つこの季節に、特別な礼服を着た子供たちがそれぞれの想いを胸にこの学院へ訪れていた。
抱えているものはそれぞれでも、彼らは皆輝かしい明日を期待していて。そんな彼らをほほえましく見守りながら、教員たちによって式は粛々と進んでいく。
「ほわ~本当に私、アプリーリス学院に入学したんだ……!」
司会の声にかき消される程度のつぶやき。ちょこんとお行儀よく座りながらもどうしても落ち着かず、ノワールはきょろきょろと周囲を見渡していた。
誰も彼も同じ、黒いローブ。少々それに着られている子もいるが、それはそれ。それぞれが緊張と期待の面持ちをしているのを見て、ノワールの心は更に浮足立った。
「ちょっと」
「ひゃんッ!?」
トスッと脇腹をつつかれて、素っ頓狂な声が出てしまう。慌てて口を塞ぐも一度飛び出したものを戻すことはできない。周囲の新入生たちはちらりとこちらを見て、何事もなかったかのようにまた前を向いた。
「く、ははっ。無防備な腹を晒してるのが悪いんだよ、おのぼりさん」
目を白黒させるノワールに、からかうような小声が投げかけられた。自分を驚かせた犯人に、抗議の目を向けるため振り返る。
隣にいたのは少し変わった風体の少年だった。緑色の肌、ツギハギの痕、爛々と輝く金の眼。珍しい、ゾンビ族の同級生だ。
「じゃああなたはおのぼりさんじゃないってわけ?」
「それを言われると痛いけどね。でも両側揃って落ち着きのない席に座らされているボクの気持ちにもなってよ」
ゾンビ族の少年……アンリはそのまま、親指をノワールの反対側に向けた。
「あん? 俺のこと言ってんのか?」
指された少年……ふんぞり返り、足を上げ、堂々と腕を組む行儀の悪い彼は、その形の良い眉をぴくりと上げた。
「せめて声のトーン下げなよ。もう先生に睨まれてるじゃないか、君」
「はんっ望むところだ。先公が怖くて天辺が狙えるかよ」
「てっぺん……?」
呆れたような戸惑うような。そんな声を漏らしたノワールに少年はドヤっと誇らしげな顔を見せる。その瞳には自信が満ち溢れ、何ひとつ己の力に疑問を抱いていないようだった。
「俺と同じ組にならないことを祈れよ、邪魔だと思ったら女でも容赦しないからな」
「組じゃなくて寮ね。なんでそう言葉選びが全部ヤンキーマンガなの」
「あ゛?」と凄まれてもアンリはどこ吹く風。ゾンビだから大して恐怖を感じないのか、単に怖いもの知らずなのか。
「そう言えば名乗ってなかったね。ボクはアンリ。寮がどうなるかはわからないけどこれも縁。よろしくね」
「あ、うん。私はノワール。寮って組み分け帽で決まるんでしょ。すごいシステムだよねっ!」
「組み分け帽?」
不思議そうに漏らした声に、アンリとノワールがじっと彼を見つめる。二人の圧に根負けしたのか「……青柳龍一だ」と名乗って、憮然と腕を組んだ。
「さっき先生言ってたよー? あそこの組み分け帽で自分にふさわしい寮が決められるんだって! 私どこになるかな~」
「結構ちゃんと説明されてたけど。聞いてなかったの?」
「うるせ、学院のおえらいさんの話なんて死ぬほどどーでもいいね」
どうやら式での口上はハナから聞いていなかったらしい。そんな龍一へ二人は呆れたように顔を見合わせる。
入学早々、とんでもない人たちと知り合っちゃったなあ、と苦笑するノワール。その背後に青筋を立てた教員が立っていたことに、三人が叱られるその瞬間まで気付くことはなかった。
時はやや遡って、式典が始まるその前。式の行われる講堂から少し離れた学院の敷地をぱたぱたと走る子供がいた。
「い、いそがないと、はじまっちゃう」
黒いローブの下から飛び出る龍の尻尾。小さな体を精一杯奮って走るその子——真柄は、他の入学者たちとはやや異なる事情を抱えていた。
本来ならば研究室に預けられたまま外に出ることはなかった身。だが生物室に訪れる生徒たちを見て育っていった好奇心は研究者たちでは抑えることはできず。ついに彼は狭い部屋の中から出て、陽だまりのもと学びの扉をノックすることが許された!
の、だが。問題を起こさぬようにと色々と教わっている間に式の時間がぎりぎりとなってしまったのだ。
「ひとにぶつからない、びっくりしても体当たりしない……」
「ここどこなのだ~! ダイフク迷ったのだ~! 困ったのだ~!!」
「えっ」
キキーッとおおよそ人間の子どもが出すべきではない音を立てながら、真柄は足を止めた。声がした方へおそるおそる歩み寄りきょろきょろと周囲を見渡す。今確かに、誰かが助けを求めている声が……
「あ~っっ!!」
「ぴゃっ!」
「人がいたのだ、ダイフクと同じ服着てるのだ~!!」
ぴょんぴょんと跳ねるように駆けながら、白黒の毛玉が真柄へと飛びかかる。真柄は咄嗟に両腕を差し出し、彼をその腕で受け止めた。
「な、なんっ」
「よかったのだ~遅刻するところだったのだ~!」
「ま、まいご、してたの?」
目を白黒させながらも尋ねた真柄にダイフクはぶんぶんと首を縦に振った。ついでに尻尾も横に振れている。
「そうなのだ! はっ、まさか同じ迷子……」
「い、いやっ、おれは、ばしょわかるよっ!」
いっしょにいこ、とぎこちなく笑いかける真柄。その表情に怯えを出すこともなく、ダイフクは満面の笑みをその顔に湛えた。
「ダイフクはダイフクなのだ! 一緒にいくのだ~!」
「おれ、マカラ。えへへ、よろしくっ」
「わ~色んな人がいるのだ~。わくわくするのだ~」
「むこうでせんせい、おこってる……」
真柄の全力ダッシュによりなんとか二人は式への遅刻は免れ、ちょこんと大人しく式の一角で座っていた。ダイフクの席と真柄の席は運よく近く、二人は緊張した面持ちのまま寄り添って式に臨む。どうやら向こう側の席で教員に怒られている新入生がいるようだが、二人にそれを気にしている余裕はなかった。
なにせ、もう少しで組み分け帽の儀式が始まるのだから。
「それでは、寮分けを始める! 名を呼ばれた者から前へ!」
「はわ……ついに、このときが……」
キラキラと目を輝かせて、真柄は組み分け帽を乗せられる生徒たちを眺めていた。今までずっと、覗いているだけだった儀式。あれを今日、自分は行うのだ。そしてついに、生徒のひとりとして認められるようになるのだ。
「あぁ~緊張してきたのだ~……どうか、どうか……」
ダイフクはダイフクで、必死に祈りを捧げていた。その両手の肉球を握ってうんうんと天へ思いを飛ばす。
どうしても、ペガサス寮に入りたいのだ。だが希望の寮に入れるとは限らない。そうなるとできることは神頼みだけである。
「う~むなるほどなるほど。その才覚、血筋を感じるものがあるな。——お主はペガサス寮!」
「わわっ」
必死にお祈りをしていたダイフクは耳に飛び込んできたペガサス寮に思わずビクッと体を揺らした。顔を上げてみれば、今まさに選定を終わらせた生徒が椅子から立ち上がるところで。
「ふぅん、なるほどねぇ」
ぴょん、と彼が椅子から降りた瞬間、その周囲から一斉に純白の羽根が巻きあがった! それはくるくると周囲を巡り、馬を形どる。「ようこそペガサス寮へ!」と叫ぶ制服を着た者たちが杖を掲げていた。
「ボクが驚かされるなんてね。まあいいや、これからいくらでも機会はあるし」
不敵に笑った緑肌の少年はそのスコップのような形の杖を手に、大きく腕を広げた。
「ボクはアンリ。夢は、ここにいるみんなの度肝を抜かすような魔法使いになることさ。というわけで、よろしく頼むよ」
ぽん、と突然宙に現れたブードゥー人形に、新入生たちからさざ波のような囁き声が響く。既に安定した召喚術を習得しているなんて——ペガサス寮に選ばれて納得だな——。
「おーおー! しょっぱなからかますじゃねぇか!」
アンリが壇上から降りた後。次に駆け上がって来たのは黒髪の少年だった。肩には魔改造杖を担ぎ、ダンダンッと大きな足音を立てて駆け上がる姿。おおよそ行儀がなっているとは言い難い様子に、数人の教師があからさまなため息を吐く。
「てめえらいいか、俺は学院の天辺をとる漢だ。邪魔する奴はぶん殴る!」
「青柳龍一! 早く組み分け帽を被りなさい!」
半ば引きずられるようにして教師たちに抑えられ、龍一の頭に帽子が被せられる。さっきは意気揚々と寮を選んでいた組み分け帽もなんだか呆れた様子でその体(?)を伸ばした。
「その類稀なる肉体の強靭さを良きことに使うことだ——お主はグリフォン寮!」
「ああん!? なんで俺があんな騎士サマばっかの寮に行かなきゃいけねえんだよ! 」
そう怒鳴りつけた龍一の姿が、フッとその場から消える。その場には組み分け帽だけが残され……ひらひらと、鷹の羽が舞い落ちる。
「うわぁーッ!!」
その叫び声は上空から響き渡った。
「ふざけんじゃねーッ!」
「ぐ、グリフォン……本物は初めて見たのだ……!」
グリフォンの爪に捕まり、皆の上空をぐるぐると飛ばされる龍一。やがて目が回って静かになったころ、彼はそっと元の席へと下ろされた。
「ごほん。……では次の者、前へ」
「はーい!」
そんな事件があったことも気にせず、銀髪の少女がハキハキとした声でその手を上げた。波打つツインテールに愛らしい髪飾り。同じ礼服でありながら彼女はキラキラとした雰囲気を纏っていた。
「組み分け帽さん、よろしくねっ」
儀式の場に座り、大人しく帽子を受ける少女。銀髪の上で組み分け帽はしばし悩む様子を見せた後、口を開いた。
「内に秘めるその情熱は溢れるばかりの輝きだ。——お主はドラゴン寮!」
その瞬間、少女の周囲に真っ赤な炎が立ち上った。揺らめくそれは高い天井までその体を伸ばし……大きく口を開いて、咆哮する! 魔物たちの王のわななきはただの炎とわかっていても、新入生たちを慄かせるには十分だった。
「えー、ノワールちゃんか弱いのにー」
言葉を失う生徒も多い中、なにひとつ恐れた様子もなく少女は立ち上がる。くすくすと笑いながら見事なカーテシーを見せ、光を浴びた。
「素敵な攻撃魔法、いっぱい教えてもらえそう……♪」
その本音は小声のために、誰にも届かず。
「私はノワール! 気軽にノワールちゃんって呼んで! これから同級生としてよろしくね!」
そしてついに、ずっとソワソワと体を揺らしていた真柄の番がやって来た。
「ほお……これはまた変わり種の蕾だ。その際限のない好奇心——お主はサーペント寮!」
ずるりとその影が鎌首をもたげ、ぐるぐると真柄の周囲を渦巻く。紫紺の体を持つ大蛇はその金の瞳でぎょろりと真柄を見据えてから、ぱちんと破片となって消えた。
「ほわ……」
思わず見惚れていた真柄を付き添いの教師が小さく促す。はっと気を取り直した彼はよちよちと壇上を進み、大きく息を吸った。
「おれ、マカラ。いろんなこと、べんきょしにきた! がくいん、よろしくおねがいします!」
少しちぐはぐな彼の言葉に拍手が贈られる。そして階段を下りながら自分が戻る席の方を見てせいいっぱいの笑顔を浮かべた。
「おともだち、なろうね!」
「き、緊張するのだ~……」
ついにやってきた己の番に、ダイフクはきょどきょどしながら壇上へと足を進める。促されるまま椅子に座り、組み分け帽を手に取って……小声で懇願の目で見つめた。
「帽子さん帽子さん、ダイフクはダイフクだけのおっっっきなオオカミと仲良くなりたいから、ペガサス寮がいいのだ。お願いなのだ~!」
ひとしきり願った後覚悟を決めて帽子を被る。なんだか笑うように帽子が揺れている気がするが、果たして……。
「そこまで願われては無下にできんな。その才覚を花開くといい——お主はペガサス寮!」
「や、やったー!!」
思わず飛び上がり、帽子を抱きしめながら踊り出すダイフク。その周囲を純白の羽根が舞い、祝いの言葉の代わりに馬を模った。
「ダイフクなのだ! 誇り高い犬の獣人族なのだ! 夢はおっっきなオオカミを召喚して一緒に旅をすることなのだ! 仲良くして欲しいのだ~」
上機嫌のままにダイフクは新入生たちに頭を下げる。うっかり組み分け帽を抱きしめたまま戻りそうになるというアクシデントも起きたりしたが——。
これは彼らの、初めましての物語。そしてこれから紡ぐ物語の序文。
彼らの輝かしい未来に祝福を。最優秀寮に選ばれるため奮闘するのは、もう少し先のお話———。