スワン寮の華麗なる一日

王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 真柄 葉納品 2021年04月21日 19時54分08秒

 その日、スワン寮寮長室には、3人の最上級生が集められていた。
 寮長席に座るヒルルクは、机に両肘をつき顔の前で両手を組みながらじっとこちらを睨み付けている。
「なんだか随分、物々しい雰囲気ね」
 ヒルルクの視線の先、応接用のソファーに腰かけた彩木・琉花(フィルカ・エルピス)が首を傾げた。
「呼ばれたのが6年生ばかりというのも気になりますね」
 隣に座るトーラは、呼ばれた三人。自分、フィルカ、そして乃木平 乙女(オトメ・ノギヒラ)を順に見る。
「集まってもらったのは他でもないわ。スワン寮の体制について意見が欲しいからよ」
 6年生三人がこそこそと話していると、ヒルルクがようやく沈黙を破った。
「体制について意見、ですか。私には今の体制に大きな不備があるとは思いませんよ?」
 ヒルルクの言葉を不思議に思いオトメが問いかける。
「ええ、確かに『今』のスワン寮の体制はとても充実しているわ。あなた達、6年生がとても頼りになるもの」
「それはいい事なのでは?」
「ええ、いい事よ。でも、そのいい事も後1年しか続かないのよ!」
 ヒルルクが組んでいた手を解き、机に打ち付ける。
「ああ、なるほど。わたし達が卒業した後の事を考えているんですね」
「でも、リサさんも居ますし、ヒルルクさんの同級生にはエルゼリオさんやアウルさん、ギーゼラさんも居ますよ? そこまで心配するほどでもないのでは?」
「そうね。他にも優秀な子も沢山いるし、私達も安心して卒業できるかと思っているのだけど?」
 三人は互いに顔を見合わせ頷くと、ヒルルクに答えた。
「ええ、そうね。それでよかったわ。今までならね」
 と、答えるヒルルクは再び両手を組み静かに呟く。
「でも、昨今のこの異常事態の多さ! 誰が原因かは大体わかってるけど! それでも対応に手いっぱいになっている事には変わりないの!」
 カッと目を見開いたヒルルクが立ち上がった。
「それは原因の人物を取り除く方が先決なんじゃないんです?」
「どうせ、あの方でしょ?」
「あの子ももう卒業よ?」
 ヒルルクの差す人物が誰であるのか、三人もよくわかっている。だからこそ、そこまでの心配はしていないのだが――。

「あまーーーい!!」

「甘いわ! 甘々よ! そんな事じゃ、いつまでも『学院の雑用係』って言われるわ!」
 机をくるりと周り、応接セットの前に仁王立ちするヒルルク。
「言われてましたっけ?」
「さて、聞いたことがないわね」
「ヒルルクさん個人が言われてるのかもしれませんね」

「はい、そこっ! 私語禁止!」

 ソファーに座る三人が首をかしげるのを見て、ヒルルクはビシッと指さした。
「それで、ヒルルクはどうしようと思ってるんですか? 何か案が浮かんだからわたし達を呼んだんでしょう?」
 三人を代表してトーラがヒルルクに問いかける。
「そう、そうよ、トーラ! あなた達が卒業する前にやらなければいけない事があるのよ!」
「やらなければいけない事……一体何かしら?」
 グッと拳握り力説するヒルルクに、今度はフィルカが質問した。
「それは! 『技術の継承』よ!」
「技術の継承ですか。ふむ……」
 ヒルルクの言い分にオトメが考え込む。確かに、今までのスワン寮の働きは生徒それぞれの技量によるところが大きい。スワン寮へ在籍するメンバーによって、年ごとに技術的な『ムラ』がある事も確かだ。
「うーん、そう言いますが、この学院に来る方々は皆、個々の魔力と術式を持っていますからね。なかなか術式を伝承するのは難しいんじゃないでしょうか?」
 オトメは首を捻りながらヒルルクに問いかける。
「ええ、そうね。だからこそ、『技術の継承』が必要なのよ! 『術式の伝承』ではなくて『技術の継承』が!」
 オトメの問いにそう答え、ヒルルクは胸を反らした。
「なるほど。例えば患者の症状確認や、搬送先の選定、連絡手段の確保や連絡網の構築、そういう術式に頼らない技術の継承を行って、スワン寮全体の技術力の向上を目指したいと、そういう訳ね」
 と、ヒルルクの考えを読み、フィルカが声を上げる。
「そう! それ! だから――見て!」
 そう言うと、ヒルルクは机に置かれていた一枚の紙を、応接セットのテーブルに叩きつけた。
「治癒演習? なんですかこれ」
 そこにでかでかと書かれていた文字に、トーラはヒルルクを見上げる。
「読んで字の如くよ!」
 トーラだけでなく他の二人も見渡して、ヒルルクは胸を張った。
「ふむふむ、スワン寮生全員を対象とした最上級生による治癒指導ねぇ。まぁ、確かに今までは個々の治癒技術に頼ってばっかりだったものね」
「それを体系化しようという事ですね。すごいじゃないですかヒルルクさん」
 フィルカとオトメも異議なしと頷いた。
「トーラはどう?」
「もちろん協力しますよ。現寮長がやる気を出してくれてわたしも嬉しいです」
 最後にトーラも首を縦に振り、最上級生たちの協力は取り付けた。
「よし、それじゃみんな、行くわよ! 後輩たちを徹底的にしごいてやって!」
 こうして、スワン寮寮長ヒルルクを筆頭に、6年生主体による【治癒演習計画】が始まった。

●
「違いますよ、ヒルルクさん。まずは体温のチェックです」
「は、はひっ!」
「そうそう、そこはもっと丁寧に記入して。そうじゃないと次に見る人がわかりにくくなるわ」
「こ、こう?」
「引継ぎはしっかりと、『報告、連絡、相談』です。一人だけできても意味はないですからね」
「わ、わかったわ……って、ちょっと待てーい!! なんでわたしがしごかれてるのよ!?」
 最上級生三人からみっちりとしごかれるヒルルクは、ふと我に返り大声で叫んだ。
「後輩をしごいてくれって言ったのはヒルルクさんでしょ?」
「いや、言ったけど! わたしはそっち側!」
 オトメの言葉に、ビシッと三人の方を指さすヒルルク。
「まずは寮長自らできる所を見せないと駄目ですよ? 教える立場に立つのでしたら余計に」
 そんなヒルルクにトーラが苦言を呈した。
「ほら、後輩達が見ているわ。しっかりしなきゃ」
 フィルカの言うように、周りにはヒルルクの動きをじっと見つめる後輩たち。
「うぐっ……わかったわよ! やればいいんでしょやれば!」
 何か言い返したいのをぐっとこらえ、ヒルルクは再び治癒演習の見本となるべく最上級生たちのしごきを受けていく。

「ヒルルク寮長でも6年生には頭が上がらないなんて……やっぱり最上級生ってすごいんだね」
 目の前で来る広げられる治癒演習に、キラキラと目を輝かせるのは1年生のロビン・カルカスだった。
「はい、本当に凄い手並みですね。じっと見入ってしまいます……ルカ様」
 同じく1年生ソフィア・ウッド(ソフィリア・A・フォレスト)の視線はただ一人、フィルカに注がれている。
「なかなか見る機会のないものですから、よく覚えておいてくださいね」
 そんな二人を指導する立場を任されたリサ・ベイカーが、後ろからそっと声をかけた。
「リサ先輩、僕達の番は一番最後?」
「ええ、そうですね、ロビンさん。だからゆっくりと先輩たちのやり方を見て学んでください。ソフィリア様もフィルカ先輩ばかり見ずに他の方の動きも見てくださいね」
 リサはロビンに答えると、ずっとフィルカに視線を奪われているソフィリアに声をかけた。
「す、すみません……。あ、あと、『様』はやめてください。ここでは一学院生として過ごしますので」
 と、気遣いからかリサが敬称を付けるのを拒み、ソフィリアは毅然とした視線を向ける。
「わかりました。ではソフィリアさん、他の先輩方の動きもよく見ていてくださいね」
 その瞳に力を感じ、リサは嬉しそうに頷いた。
「それはそうと、リサ先輩。魔法制御術の講習とか、魔力練成の方法とか、そう言う事は教えてくれないの?」
 と、ロビンがリサに問いかける。
「いい質問ですね。確かに、術式の伝承もとても大切な事だと思います。しかし、魔力は人それぞれですからね。それに合った術式もまたさまざまです。ですから、術式の習得には長い時がかかります」
「そうなんだ……」
 即戦力にはなれないと暗に言われているようで、ロビンはしゅんと肩を落とす。
「でも、あなたの資質はすごいと聞いていますよ。きっと、そう遠くないうちに一線を張れる立派な治癒術師になります」
 そんなロビンにリサは微笑みかけると、肩に手を置いた。
「リサ様、私はどうでしょう」
 と、そんな二人のやり取りをじっと見ていたソフィリアが、不安そうにリサに問いかける。
「ソフィリアさんですか? あなたこそ何の問題もないのではないですか?」
 それが意外だったのか、リサはきょとんと問い返した。
 王家に連なる血を持つソフィリアは、そもそも生まれ持った資質が違う。魔力量は人よりも何倍もあるし、適性も治癒に向いている為、既に高位に届く治癒魔法を行使することもできた。
「そ、そんな事はありません! 要救護者を前にすると、どうしても手が震えてしまって……」
 そんな良血である彼女も、心細そうに話す姿は普通の気弱そうな少女にしか見えない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。最初は皆さんそうです。何度も何度も現場を経験して成長していくんです」
 そんなソフィリアの小さな手にそっと手を添えたリサ。
「そうなのか、ソフィリア様は治療が怖いんだ」
 と、二人を見ていたロビンが声を上げた。
「ロビン様は怖くないのですか……? その、血とか傷口とか」
「うーん、特別見たいわけでもないけど、見てもそこまでの忌避感はないかなぁ。魔法をかければ治っちゃうしね」
 恐る恐る問いかけてくるソフィリアに、ロビンはあっさりと答えた。
「ふふ、二人は真逆ですね」
 そんな二人をリサが微笑ましく見つめる。
「同じ1年生です。共に協力できる事も多いと思いますから、ゆっくりと沢山の事を吸収していきましょう」
 そんなリサの言葉に、二人は互いを見つめ深く頷いた。

 一方、別の場所では――。
「寮長に何たる仕打ちを……覚えおきますからね」
 目の前の演習風景に、ぎりりと奥歯を噛む4年生のギーゼラ。
「ふん、面倒臭い。要は動くようにすればいいんだろ? 何を難しく考える必要があるんだ」
 そして、5年生になる三五月・藍(アウル・ハーベストムーン)が、それぞれの想いを抱きながら演習風景を見ていた。
「二人とも! ボク達はスワン寮、学院の生命線なんだよ! こういう基本的な事もしっかりとこなさなきゃならないんだから!」
 そんな不穏極まる二人に、エルゼリオ・レイノーラが声を上げる。
「そんな事は百も承知です。ですから、こうやってヒルルク寮長のお力になるべく隣に侍り……フフフフフフ」
「なんであんなのが寮長なのか今でも理解に苦しむがな。僕の方がよっぽど寮長に向いているだろう」
「……ふむ。よく聞こえませんでした、アウル先輩。もう一度、一字一句間違わずに仰ってもらってもいいですか?」
「ははっ! 何度でも言ってやる。あんな小娘より、僕の方がよっぽど優秀だ。今すぐ寮長のポジションを辞して、ボクに譲るべきだな!」
「……おかしいですね。僕の耳がどうにかなってしまったんでしょうか。まさか、あの素晴らしきヒルルク寮長にとって代わろうとする不届きな輩が、このスワン寮に在籍しているなんて……いやいや、やはり聞き間違いでしょう」
「あぁっ? その頭の横の穴は空洞か? ああ、そうだ。ここにちょうどいい薬があるんだ。その使い道が○○(ピー)しかなくなった穴に使ってやるよ。これは良いぜ、さいっこうにトベる!」
「……どうやらこの演習には裁縫セットが必要だったようですね。早々に醜い汚物を吐き出す穴を塞がなくては。愛しのヒルルク寮長のお耳にそのクソ○○(ピー)なものが入ってしまっては事です」

「はい、ストォォォップ!!」

 何処までもエスカレートするにらみ合いに、エルゼリオが割って入った。
「もぉ! 顔を合わせればいっつもそれなんだから、二人は!」
 スワン寮名物でもある二人の言い争いではあるが、放っておけば本当に何処まででも過激になっていくので、どこかのタイミングで止める必要がある。そして、その役目はなぜかエルゼリオが務める事が多い。
「もうちょっとスワン寮の寮生としての自覚を持って行動してよ! ボク達は学院を守る天使でなければいけないんだから!」
 と、言いつつ自分の発言に照れるエルゼリオ。確かに、この三人。見た目だけを言えば可憐な少女達に見えなくもないが――。
「自分で言っておいて恥ずかしがっていてはいけませんね、エルゼリオさん。もっと自分の美しさに自信を持ち、堂々としなくては。でないと、ヒルルク寮長は振り向いてくれませんよ?」
「え、ヒルルクさん、振り向いてくれるのかな……」
「前言撤回です。貴方は小汚くいてください。その可憐な笑顔も禁止です。封印してください。無理なら、僕がやります」
「やりますって何をさ!?」
 同級生のあまりにもなセリフに憤慨するエルゼリオに、ギーゼラは悪びれる様子もなくふんと顔を背けた。
「片やヤンデレ、片や天使様。ヒルルクの奴も厄介な奴らに目を付けられたもんだな」
 そんな二人のやり取りをアウルはにやにやと見つめている。
「アウル先輩も、どうしてそうやって煽りに煽りまくるんですか! ほんと、どこかの誰かを見ているようですよ!」
「うん? なんだ、どこかの誰かって。僕みたいな天才治癒術師が他にいるっていうのか?」
「自分で天才とか言ってるし、ほんとよく似てる……」
「おい、一体誰だ、何年だ。その僕と似てるとかって、気持ち悪い野郎は……!」
 エルゼリオの溜息に触発されたのか、アウルはずいっと顔を寄せてくる
「学生じゃないですって。ボクの父親ですよ。傲岸不遜を地で行くところとか、ほんと、よく似てます」
「……はぁ?! 僕に父親重ねるとかやめろよマジ無理……」
「してませんよっ!?」
 身体を両手で抱え一歩引くアウルに、エルゼリオはぶんぶんと頭を振った。

「こら、そこ! 真面目に聞きなさい!!」

 と、そんな賑やかな三人は当然目を付けられるわけで。
 ヒルルクから注意された三人。エルゼリオは素直にごめんなさいし、ギーゼラは恍惚の表情で何度も頷き、アウルは「けっ」とそっぽを向いた。

 その後も、最上級生(+ヒルルク)による治癒実技講習は進み、いよいよ実践に移ろうかと、皆が班分けを始めた、その時。

『至急、スワン寮の出動を求む!』

 との報がサーペント寮から舞い込んだ。
「なに、コーセーが何かやらかしたの……?」
 伝書梟の脚に結ばれていた紙を取り外し、開いたヒルルク。
「……っ! サーペント寮で腐敗ガス漏洩事件発生! 負傷者数名! 実験室に取り残された生徒多数?! 至急、救護班を編成するわ! リサ、人選!」
 読んだ紙を投げ捨てたヒルルクは、すぐさまリサに声をかけた。
「『魔薬(ポイズン・ドラッグ・ポイズン)』の出番です。アウルさん、すぐに準備を!」
「おう、薬の事なら任せろ。サーペント寮のド素人どもの薬など、即中和してやる」
 ヒルルクに答えたリサが、魔法薬のエキスパート、アウルを指名する。
「サポートにエルゼリオさん、『天創(エンジェル・ラダー)』の力、期待しています! がんばって押さえて!」
「はいっ! アウル先輩を暴走させないように頑張るよ!」
 エルゼリオも即自分の役割を把握し頷いた。
「オトメ先輩も二人に続いてお願いします! 取り残された生徒はきっと不安がっている……『聖女(ザ・マインド)』の働き、頼りにさせてください!」
「承りましたわ。取り残された生徒達を無事救出して見せます」
 そして最上級生であるオトメが二人に続き、即席の救護班が編成される。
「演習中だったのが幸いしましたね。おかげで必要なものがほとんど揃ってます」
 準備を進める仲間達を手伝いながらトーラが呟く。
「ただ、現場の被害規模によっては追加で人員派遣がいるかもしれないわね」
 答えるフィルカ。薬品の詰められた鞄をエルゼリオに渡しながら、残りのメンバーを見渡した。
「その時はその時です。いざとなればヒルルクも出るでしょう」
「そうね。なんなら私達もいるし――」
 と、6年の二人が話していると。

『急報! スワン寮へ救援要請!』

「なによ!? 今度はどこ!」
 伝書烏の脚から乱暴に紙を解き、ヒルルクが開く。
「……! オウル寮にて試作中の『精霊式人工太陽(パーガトリー)』が制御不能!? 猛烈な炎気による熱傷患者が出ている! って、もう! リサ!」
 再び声を上げたヒルルク。そして、答えるリサ。
「トーラ先輩! 『四解(カウンター・エレメント)』の出番です、お願いします!」
「悪戯な精霊さんが相手なら仕方ありませんね」
 つけられた二つ名を呼ぶリサに、トーラが頷く。
「ギーゼラさん、あなたも一緒に――」
「嫌です。なんで僕がヒルルク寮長と一緒に過ごせる貴重な時間を犠牲にしてまで、他のバカアホマヌケの面倒を見ないといけなんですか」
 しかし、二人目として挙げたギーゼラは、リサの要請を即座に拒否した。
「ギーゼラさん! 今はそんなこと言っている時じゃなくてですね!」
「関係ありません。僕とヒルルク寮長の貴重な時間を邪魔する輩はすべからく滅べばいいんです」
「なっ、ギーゼラさん! あなたはそれでもスワン寮の――」
「いいわ、リサ。あなたが行って!」
 ツンと顔を背けるギーゼラを問い詰めようとしたリサを止めたヒルルク。
「でも!」
「怪我人がいる以上、トーラ一人じゃきついと思うしね。あなたなら安心して任せられるわ」
 食い下がるリサに、ヒルルクは右手の親指を立てて答えた。
「あら、それはどういう事でしょう、ヒルルク。試作品程度、わたし一人でもなんとかしてみますよ」
 そんなヒルルクの言い分に少々ご不満なトーラは、半眼でヒルルクを見る。
「もぉ……さっき決めたでしょ、ワンオペ禁止!」
 しかし、ヒルルクは先ほどの演習で決めた規則を持ち出しトーラを諭した。
「む……そうでしたね。わかりました、リサさん、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、トーラ先輩」
 リサとトーラ。二人は互いに頭を下げ救援の準備を始める。

「リサ先輩! 僕も一緒に行かせて!」

 と、下級生の中から立ち上がる人影があった。
「ロビンさん、声を上げてくれたのは素直に嬉しく思います。ですが、この件はまだ1年生のあなたには少し……」
「荷が重いですね」
 言いにくそうに言葉をしぼませたリサに代わり、トーラがきっぱりと言い放つ。
「そのやる気と勇気には敬意を表します。でも、この件は下手をすればあなたが要救護者になりかねません」
「構わないよ! もし、そうなったら放っておいてくれていいから! 足手まといになるくらいなら、そのまま野垂れ死んでもいい! それくらいの覚悟は持ってこの寮に来たんだもん!」
 しかし、ロビンは引き下がらなかった。スワン寮の一員である自負、そして未熟ながら治癒者としての矜持がロビンの背を押す。
「リサ、トーラ、ロビンを連れて行って。責任は私が持つから!」
「ヒルルク。しかしですね……」
「トーラ!」
「もう、わかりましたよ。これも治癒演習の一環ですね。荒行にも程がありますけど」
 ヒルルクの一喝にトーラは諦めのため息をつく。
「という訳です、ロビンさん。手伝ってもらえますか?」
「う、うんっ! ありがとう! 精一杯頑張るね!」
 トーラが差し伸べた手を取ったロビンは固く固く握った。

「これだけ人数が減ったら、流石に演習どころじゃないわね」
 部屋を見渡しフィルカが呟く。
 トーラ達が抜けた部屋には、当初集まっていた寮生の半数も居ない。
「しょうがないわ。今日は一旦切り上げて、明日以降でまた改めて――」

『緊急! スワン寮出動せよ!』

「……ねぇ、今日って厄日?」
 窓に泊った伝書鷲の脚から紙を解きながら、ヒルルクが溜息をついた。
「さぁ? で、次はどこの寮がやらかしたの?」
 ヒルルクの手元を覗き込むフィルカも半ば呆れ気味。
「……ドラゴン寮みたいね。多人数合成絶対零度魔法(コキュートス)が暴発、近隣の村が氷漬けって、なんで村の近くでやるのよ!?」
 紙の内容に憤慨するヒルルクは、振り向くと。
「フィルカ!」
「はいはい、私の出番ね」
「ちょっと規模が規模だから大変だけど、お願いできる?」
「ええ、『均す者(フルフラット)』の二つ名は伊達じゃないわ」
 解呪のスペシャリストであるフィルカが応えてくれたことに安堵したヒルルクは話を続ける。
「何人付ければいい? とは言っても下級生ばかりだけど」
「一人。他はいらないわ」
「一人って、フィルカ一人でやるって事?」
「いいえ」
 と、フィルカは下級生が集まる一角に視線を向けた。
「ソフィリア様を連れていくわ」
「……遊びじゃないのよ?」
「もちろん、遊びじゃないわ。これは立派な『しごき』よ」
 怪訝な表情を向けるヒルルクに、フィルカは柔らかな笑顔で返す。
 そして、下級生達の元へ向かいソフィリアの前で立ち止まった。
「ソフィリア様、修行の時間よ」
「しゅ、修行……?」
 手を差し出してくるフィルカを見上げ、ソフィリアは目を丸くする。
「あなたもこの学院で治癒術師としてやっていくのなら、現場をもっと沢山見る必要があるわ」
 差し出された手を取っていいものか迷うソフィリアに、フィルカは優し気な笑みを浮かべた。
「あなたの力は疑っていないけど、それをどう使うのかどこで使うのか、それを学ぶのはとても大切な事よ」
 それはこの学院で一番――いや、二番目にソフィリアの事を理解している者として、伝えなくてはならない事だと確信し、フィルカはソフィリアの返事を待つ。
「……わかりました。私で力になれる事があるのなら、お手伝いさせてください、ルカ様!」
「ええ、ありがとうソフィリア様。あなたが手を取ってくれたこと頼もしく思うわ」
 ずっと差し出していた手が温もりに包まれる。
 フィルカは座っていたソフィリアを引っ張り起こすと、すぐに救護の準備に入った。

「ふぅ、これで何とかなったわね」
「フフフフフ……流石の采配ですヒルルク寮長」
 出動した寮生を見送ったヒルルク。そんな彼女に、ギーゼラがつつーっと寄り添ってくる。
「もぉ、ギーゼラ! あなたはもうちょっと真面目にスワン寮の役目を――」
 そんなギーゼラに、ヒルルクが一言物申そうとした、その時。

『警急! スワン寮、人員をまわせ!』

「えー……」
 窓に泊った伝書鳩の脚から今日四度目の紙を取り、ヒルルクが開いた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0