合同授業は茉莉花の香りに包まれて
王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 日方架音納品 2021年05月11日 10時58分24秒
キンコンカンとベルが鳴る。
中庭に面した広い教室が瞬間的に騒がしくなり、やがて静かになった。
午後一番、サーペント寮出身の教師による二コマぶっ続けの授業の始まり始まり――
●
何は無くともまずは座学から。カラリと開いたドアから、草臥れたローブを羽織った教師が入ってくる。
「おや、ヨシダ先生が担当なんだ」
指をパチリ、面倒臭そうにプリントを飛ばすオッサン顔を見て、今年は当たりだね、と漆原・香墨(サーペント寮四年)は微笑んだ。その予想の通り、不機嫌そうな顔に反して説明は合理的でわかりやすい。一番前を陣取った東方よりの海外生、タクマ(一年)は胸を撫で下ろし。
「わ、これってこういう事だったんだ」
黒曜石の瞳をきらきらさせ、丁寧にノートへ書き写していく。夢中になりすぎて縦書きになったのはご愛敬。
「なるほど。ここはこうじゃなくて、ああすれば麻痺効果が上がるのか」
同じく非情なる熱意で以て真面目に授業に励む宮野 明紀(三年)。効果増幅の辺りへ、特に重点的に赤インクでぐりぐり丸している。
「えーと……トリカブトにドクウツギ……うーん……」
少し離れた場所では、白いフワフワの髪の毛に埋もれるように狼耳がぺたりと伏せる。やる気はある、ただちょっと不得手なだけで。黒板の文字がくるくる踊り始めた気がするアステル(六年)の隣、ペンが退屈そうにくるくる回る。
「実験タイムまだデスカネー」
中性的な相貌に憂いを乗せて。アリステア・A・ハリスン(三年)は机に片肘ついて窓の外に視線を投げる。勿論、ノートはちゃんと埋めてある――文字はちょろっと、残りは擬人化させた毒草達のダンスでびっちりと。
「――はい、ここテストに出ますからねぇ」
教師の合図に合わせ、巨大な黒板の上の方、羽を生やした赤いチョークがぐるぐると二重丸を書く。座学の最後に小テストがあり、それをクリアしないと実技に入れないのだとか。ブーイングの嵐が飛び交う中。
「テストなんてよゆーですよ!」
真面目な授業態度を保ちつつ、ギド・フェルミ(一年)は影でニヤリと笑う。『期待の新星』の二つ名は伊達ではない――くくっ、と隠し切れない愉悦が漏れるのに、隣のひよこはクエッと呆れていた。
配られたテスト用紙を前に。授業を聞いていれば解ける、という教師の言葉を信じた勢から怨嗟の声が上がる。
「心外ですねぇ」
授業内容からしか出してません、と肩を竦める教師は本日初めての笑みを浮かべている。それでもちらほらと合格者の出始める中、香墨はゆったりと、教室の最後部より教卓へ歩み寄る。
「ふふ、先生のご活躍はかねがね」
暫し交わされる無言のやり取り。やがて面倒臭そうに溜息を吐くと、教師は解答用紙を鳥に変えて合格の籠へ飛ばす。
「……ギリギリを見越してくる辺り、流石サーペントといったところですねぇ」
「お褒めに預かり光栄です、ね」
愉しそうに一礼し、実技ゾーンへと身を翻す香墨のローブから茉莉花がふわりと香った。漂う残り香に、タクマは集中していた顔をふと上げる。図鑑を眺めるのが趣味なだけはあり、用紙はそれなりに埋まっていて。このまま最後まで解いてしまおう、と気合を入れた視界の端に――ふと、隣の席がピントを結ぶ。彼女は、あの時の。
(……ダメダメ、集中しないと)
そう言い聞かせる程に意識は隣へ引っ張られる。余程煮詰まっているのか、長めのショートヘアの茶髪が鳥の巣のようにぐしゃぐしゃとかき混ぜられていて。時折、湯気を吹いているのへハラハラしながらも、何とか教卓へテスト用紙を提出した。が。
「ここからズレてますねぇ」
「えっ!? うわー、ほんとだ」
まさかの解答欄ズレ。がっくりと項垂れる首元で、首飾りが所在無げに揺れていた。隣の席の茶髪はまだ湯気を吹いていた。
「終わったならさっさとどいてほしいんだけど」
「わっ、すみません」
イライラした心境の儘に、明紀は用紙を教卓へ叩き付ける。その視線は何故か中庭の方――誰もいない場所へ向けられていて。
「……麻痺だけじゃ足りないな、実際に使う時は毒も足そう」
――説明しよう! スワン寮のとある先輩に運命を拗らせてる明紀には先輩センサーが搭載されており、あらゆる超感覚でその存在を感知できるのだ! 説明終わり!
「……結衣先輩に手を出すんだから報いは受けてもらわないと、イテッ」
「その前にテストに合格してくださいねぇ、蛇足だらけですよぉ」
無駄な肉付けがびっちり書き込まれた用紙をマントにして。10km先の運動場を濁った瞳で見据える明紀の額に、チョークが音速でぶっ刺さった。
何度目か、不合格を突き付けられて。
「ここトリカブトじゃないのか……?」
「くっ、このぼくのみりょくがつうじないなんて」
アステルとギドは机でぐったりと唸っていた。
「ウーン、黒板見てないのバレましたカー……ン?」
『サーペント寮生なら――ね』
「……ナルホド」
掌でペンを躍らせるアリステアに、茉莉花の香を纏った囁きが落ちる。振り返らずに去っていく背をニヤリと見送ると。
「ねぇねぇセンパイ。ちょっとお腹空きませんカ?」
どこからか手製のクッキーを取り出し、近くの眼鏡男子に人差し指を立てながら差し出す。でれりとした男子が一口齧った、瞬間。
「ワーッ大変! ネズミが出たヨ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化す教室をちょろちょろと逃げ回るネズミ。騒ぎのどさくさに紛れ、アリステアはささっと答案を写す。その流れるような手際を見て。
「ティンときましたよ!」
教室の片隅、ネズミ騒ぎに動じない女子へギドはススっと近寄ると。
「おねえさ~ん! ここわかんない! おしえてください……」
必殺:美少年の儚げなしょんぼり顔! 女子の心臓にクリーンヒット! 解答を写させてもらったマセガキはホクホク顔で教卓に提出し。
「これはすごいですねぇ……合ってる所が一つもないです」
「がーん!?」
絶望に崩れ落ちた。遠くで女子も崩れ落ちた。ちなみに。
『きゃっ!』
「あっぶねーなー、大丈夫か?」
ネズミ騒ぎに巻き込まれて転びかけた女子を華麗に助けたアステルは。
「お、あっちもあぶねーじゃん! 悪い、これちょっと持ってて」
あちこち飛び回ってる内に、気付いたら合格していたとか。
●
無事にテストを通過して、嬉し楽しみ実技タイム。何かしらの成果を出すこと、という課題が出され。
「そう、思い切りが大事だよ……ふふ」
早々に終えた香墨は、茉莉花をふわりと振り撒きながら優しく教え歩く。何故か例年以上に煙や騒音が響き渡り、肉体言語も飛び交い始める教室。
「ここはこうすれば……クソ、結衣先輩にベタベタ触りやがってウジ虫が」
相変わらず運動場の方を睨みながら一心不乱に調合する肩を、無遠慮な指が突いた。
「こーいうのは色んなものをほいほいっと入れればすごいやつができるんだよなー! なあそれとって」
「駄目だ毒性が強すぎる……もっと苦しませないと。てかそれさっき入れただろ? え、入れてない? はぁ、ちゃんと聞いててくださいよクソが」
イライラしながらも何だかんだ丁寧に教えてあげる明紀に、アステルは悪びれない笑顔を向ける。その手元でぐるぐる混ぜている錬金釜に、横から朗らかに始祖蛇の羽が投入された。
「これも入れるとイイデスヨー!!」
「へー面白そーだな!」
「そっちは何してるデスカ?」
「あーもー煩いな、飛距離計算だよ! 元を強力にすれば多少減衰しても……」
怪しく明滅する釜。自身の実験に集中してる明紀は気付かないまま、興味津々に覗き込んでくるアリステアを邪険に振り払おうとする。だが。
「あそこに飛ばしたいノ? こういうのどうデスカ??」
「はぁ? ……なるほど、悪くない」
有益な視点に掌くるり。明紀にアリステアが混入され、実験の余波で周囲一帯は死屍累々。ちなみに隣では。
「なあなあ、次これでいいんだよなー?」
「あっアステルおにいさん! ぼくもおとなりいいですか?」
アステルにギドが加わり、釜は順調に光を増していた――
分厚い図鑑をお供に教室の端を歩く。
「これもあれもそれも……はーすごいや、全部ある!」
図鑑に記載されてる魔道具達を前に、タクマのテンションは鰻登り。どれを使おうか、迷う背に柔らかな声がかかる。
「魔道具、好きなんだね」
「えへへ、仕組みとか見るの好きなんです。……あ、あの! これってわかりますか!?」
「どれどれ……ああ、これはヘリオールの最新モデルだね」
ふわり香る茉莉花の中。丁寧な説明にタクマのテンションは留まるところを知らない――普段からは、想像もつかない程に。下級生の様子に、香墨は笑みを深め。
「自分では、使ってみないの?」
「その、制御が苦手で……壊したら、って」
「なるほどね。それなら――おや」
何かを選ぶように彷徨う視線が、姦しく近付いてくる人影を捉える。
「だからこれだと飛距離が足りないだろ!」
「ええー、デモほら散布量はぶっちぎりデスシ」
見覚えのある顔を手招いて詳しく聞けば、どうやら遠距離に毒を散布する魔道具を探しているらしい。途端、図鑑が忙しなくめくられて。
「じゃあこれお勧めです! ヴィルゴの特化タイプで――」
「説明長いよクソが! わかりやすくて聞いちゃうだろ!!」
授業時間は有限だ、さっさとあの憎きグリフォンを滅さなければならない。絶対にだ。逸る明紀の眼前に手が挙がる。
「はい! 僕起動してもいいですか!?」
「いいね、手伝うよ」
苦手だと引けていた及び腰はどこへ行ったのか。爛々と輝くタクマの背を、クスクスと香る茉莉花が押していた。
一方その頃残された机では。
「うーん、釜ってこんな光るんだっけかー?」
もはや太陽かと言わんばかりに輝きを増した釜を前に、アステルは首を捻る。だがギドは無邪気な笑みを浮かべると。
「きっとだいせいこうのあかしなのです、いけいけごーごーですよ!」
「クエッ!?」
さらに手当り次第にぶっこみ始める。やがて近くに素材が無くなり、釜もひよこも震えがいよいよ止まらなくなる中。
「あっこれもまぜちゃいましょう!」
持ち主不在の瓶が流れるように持ち上げられる。うんしょ、と釜の上で傾けられた所で。
「ちょ、何やってるんだよ! そんなことして僕どうなっても知らな――」
「えいっ!」
作成主の切羽詰まった声は間に合わず――そして混沌が産声をあげた。釜から溢れ出たソレは、全てを飲み込まんとじわじわ這い寄ってくる。
「アハハ! 実験タノシイネ!」
「なあなあこれって大成功なのか?」
「んな訳ないだろクソが! これどうすんだよ!?」
「そんな…ぼくつよいのをまぜたらすごいことになるとおもっただけなんです」
テンパる一同の前に、一本の指が立つ。
「ふふ、悪戯は引き際と退路を確り確保しなきゃ……バレないよう慎重にするか、怒られないギリギリのラインを攻めるか……はたまた怒るに怒れない状況を作り出すか……とかね」
つまり。
「僕の出番ですね!!」
魔道具を組み立て始める下級生に、香墨の口の端はゆるりと弧を描いた。
●
空から突如襲来したナニカにより、そこは一瞬にして魔境と化した。
「大丈夫ですか結衣先輩! この僕が来たからには安心ですからね」
見境なく取り込まんと伸ばされた混沌の触手を弾き、スワン寮の愛しの君に渾身のキメ顔を向ける明紀。冒険活劇ばりの名シーンの周囲を、遅れて飛んできた試薬がカラフルに彩る。ついでにグリフォン寮生もパワフルに吹っ飛ばす。
「アハハ、ボク知ってるよ! マッチポンプって言うんダヨネ!」
「煩いあっちでも爆破してろ!!」
「リョウカーイ! 爆破タノシイネ!! アハハハ!!」
五本の指の間に試験管を挟み、アリステアは高らかに笑いながら援護の名の下に試薬をぶん投げていく。耳をピクピクと戦場の情報を集め、アステルは首を傾げた。
「火力は足りてそうだなー、ちょうど弱体化魔法習ったとこだしやってみるか?」
「あっアステル先輩、アレは大きいのでこの広域化魔道具使ってください!」
「ありがとなー! よっし、発動呪文は……」
一生懸命板書したノートを開き、タクマがキラキラした瞳で照準をつける魔道具にゆっくりと弱体化魔法を込めていく。何よりも正確さを第一に、と指差しながら声に魔力を乗せ。
「顕現せよ絡め蛇の……翼だっけかー? 足? あっ」
「照準よし――発射!」
魔道具によって広域化された強化魔法が、大津波の如く伸びあがった混沌を輝かせ――雪崩れるようにグリフォン寮生を襲う! とはいえ流石に近接戦闘特化の寮、即座に回避行動に移――
「うわぁんたすけてくださぁい!」
移れなかった。突撃してきた金色の弾丸がイイ感じに一人にぶち当たり。ドミノのごとく連鎖して倒れていくグリフォ略を、頭上からゆっくりと混沌の波が押し潰す。その一瞬の間隙をついて。
「さいきょうのどくげっとなのです、ぐへへ」
サクリ。隠していたナイフを混沌の毒で染め、にやりと顔を歪ませる美少年。もはやニヒルな笑いを隠しもせず、試し斬りの獲物を求めて暗躍を始める。
「こよいのナイフも、ちにうえています(ペロッ)……あっ、グエー!」
「クエーッ!?」
始められなかった。ピクピク動く美少年だったモノを、混沌は分け隔てなく優しく飲み込んでいく。お供のひよこはさっと避けていた。
「アハハ、ボク知ってるよ! オヤクソクって言うんダヨネ!」
「皆、楽しそうで何よりだね。――大丈夫? 後ろで休んだ方が良いんじゃないかな。まだ行ける? ふふ、頑張って」
やっぱり試薬を撒き散らしながらアリステアは楽しそうに踊り。茉莉花の指先が助け起こしたグリ略は何故か、血塗れのまま突撃していく。だが混沌は倒れず、むしろどんどん膨れ上がり校舎を飲み込み始め。
「僕知らないからな! あっ違う何でもないですよ結衣先輩」
「ヨーシ、ボクが爆破させるのが先かキミがスベテ飲み込むのが先か……勝負ダネ!!」
「魔道具ってやっぱり楽しいなぁ。次はこれにしよう……うーんでもこっちもいいかな?」
「もーちょいでコツ掴めそうなんだけどなー? なぁなぁ、もう一回かけていいか?」
「ぼくはこんとんのあるじとなったのです……いまこそひじょうしょくをたべるとき……」
「クエックエ!?」
最終的に全校の授業が停止し総出で退治に当たった結果――校舎半壊かつ怪我人多数で休学となったのは、また後日のお話。
●
魔法により修復されていく校舎を眺める背に気配を感じ、香墨は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「サーペント寮生の勤勉さ、変わってないでしょう?」
「……優秀な後輩がいて鼻が高いですねぇ」
一定の距離で足を止めると、教師は面倒臭そうに目の前の生徒へ薬をぶっかける。
「ふふ――課題は合格ですか?」
「私の授業時には止めて欲しい程度には、ねぇ」
多くの学生を惑わせた茉莉花の香りは、ようやっと中和され風に溶けていった――
中庭に面した広い教室が瞬間的に騒がしくなり、やがて静かになった。
午後一番、サーペント寮出身の教師による二コマぶっ続けの授業の始まり始まり――
●
何は無くともまずは座学から。カラリと開いたドアから、草臥れたローブを羽織った教師が入ってくる。
「おや、ヨシダ先生が担当なんだ」
指をパチリ、面倒臭そうにプリントを飛ばすオッサン顔を見て、今年は当たりだね、と漆原・香墨(サーペント寮四年)は微笑んだ。その予想の通り、不機嫌そうな顔に反して説明は合理的でわかりやすい。一番前を陣取った東方よりの海外生、タクマ(一年)は胸を撫で下ろし。
「わ、これってこういう事だったんだ」
黒曜石の瞳をきらきらさせ、丁寧にノートへ書き写していく。夢中になりすぎて縦書きになったのはご愛敬。
「なるほど。ここはこうじゃなくて、ああすれば麻痺効果が上がるのか」
同じく非情なる熱意で以て真面目に授業に励む宮野 明紀(三年)。効果増幅の辺りへ、特に重点的に赤インクでぐりぐり丸している。
「えーと……トリカブトにドクウツギ……うーん……」
少し離れた場所では、白いフワフワの髪の毛に埋もれるように狼耳がぺたりと伏せる。やる気はある、ただちょっと不得手なだけで。黒板の文字がくるくる踊り始めた気がするアステル(六年)の隣、ペンが退屈そうにくるくる回る。
「実験タイムまだデスカネー」
中性的な相貌に憂いを乗せて。アリステア・A・ハリスン(三年)は机に片肘ついて窓の外に視線を投げる。勿論、ノートはちゃんと埋めてある――文字はちょろっと、残りは擬人化させた毒草達のダンスでびっちりと。
「――はい、ここテストに出ますからねぇ」
教師の合図に合わせ、巨大な黒板の上の方、羽を生やした赤いチョークがぐるぐると二重丸を書く。座学の最後に小テストがあり、それをクリアしないと実技に入れないのだとか。ブーイングの嵐が飛び交う中。
「テストなんてよゆーですよ!」
真面目な授業態度を保ちつつ、ギド・フェルミ(一年)は影でニヤリと笑う。『期待の新星』の二つ名は伊達ではない――くくっ、と隠し切れない愉悦が漏れるのに、隣のひよこはクエッと呆れていた。
配られたテスト用紙を前に。授業を聞いていれば解ける、という教師の言葉を信じた勢から怨嗟の声が上がる。
「心外ですねぇ」
授業内容からしか出してません、と肩を竦める教師は本日初めての笑みを浮かべている。それでもちらほらと合格者の出始める中、香墨はゆったりと、教室の最後部より教卓へ歩み寄る。
「ふふ、先生のご活躍はかねがね」
暫し交わされる無言のやり取り。やがて面倒臭そうに溜息を吐くと、教師は解答用紙を鳥に変えて合格の籠へ飛ばす。
「……ギリギリを見越してくる辺り、流石サーペントといったところですねぇ」
「お褒めに預かり光栄です、ね」
愉しそうに一礼し、実技ゾーンへと身を翻す香墨のローブから茉莉花がふわりと香った。漂う残り香に、タクマは集中していた顔をふと上げる。図鑑を眺めるのが趣味なだけはあり、用紙はそれなりに埋まっていて。このまま最後まで解いてしまおう、と気合を入れた視界の端に――ふと、隣の席がピントを結ぶ。彼女は、あの時の。
(……ダメダメ、集中しないと)
そう言い聞かせる程に意識は隣へ引っ張られる。余程煮詰まっているのか、長めのショートヘアの茶髪が鳥の巣のようにぐしゃぐしゃとかき混ぜられていて。時折、湯気を吹いているのへハラハラしながらも、何とか教卓へテスト用紙を提出した。が。
「ここからズレてますねぇ」
「えっ!? うわー、ほんとだ」
まさかの解答欄ズレ。がっくりと項垂れる首元で、首飾りが所在無げに揺れていた。隣の席の茶髪はまだ湯気を吹いていた。
「終わったならさっさとどいてほしいんだけど」
「わっ、すみません」
イライラした心境の儘に、明紀は用紙を教卓へ叩き付ける。その視線は何故か中庭の方――誰もいない場所へ向けられていて。
「……麻痺だけじゃ足りないな、実際に使う時は毒も足そう」
――説明しよう! スワン寮のとある先輩に運命を拗らせてる明紀には先輩センサーが搭載されており、あらゆる超感覚でその存在を感知できるのだ! 説明終わり!
「……結衣先輩に手を出すんだから報いは受けてもらわないと、イテッ」
「その前にテストに合格してくださいねぇ、蛇足だらけですよぉ」
無駄な肉付けがびっちり書き込まれた用紙をマントにして。10km先の運動場を濁った瞳で見据える明紀の額に、チョークが音速でぶっ刺さった。
何度目か、不合格を突き付けられて。
「ここトリカブトじゃないのか……?」
「くっ、このぼくのみりょくがつうじないなんて」
アステルとギドは机でぐったりと唸っていた。
「ウーン、黒板見てないのバレましたカー……ン?」
『サーペント寮生なら――ね』
「……ナルホド」
掌でペンを躍らせるアリステアに、茉莉花の香を纏った囁きが落ちる。振り返らずに去っていく背をニヤリと見送ると。
「ねぇねぇセンパイ。ちょっとお腹空きませんカ?」
どこからか手製のクッキーを取り出し、近くの眼鏡男子に人差し指を立てながら差し出す。でれりとした男子が一口齧った、瞬間。
「ワーッ大変! ネズミが出たヨ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化す教室をちょろちょろと逃げ回るネズミ。騒ぎのどさくさに紛れ、アリステアはささっと答案を写す。その流れるような手際を見て。
「ティンときましたよ!」
教室の片隅、ネズミ騒ぎに動じない女子へギドはススっと近寄ると。
「おねえさ~ん! ここわかんない! おしえてください……」
必殺:美少年の儚げなしょんぼり顔! 女子の心臓にクリーンヒット! 解答を写させてもらったマセガキはホクホク顔で教卓に提出し。
「これはすごいですねぇ……合ってる所が一つもないです」
「がーん!?」
絶望に崩れ落ちた。遠くで女子も崩れ落ちた。ちなみに。
『きゃっ!』
「あっぶねーなー、大丈夫か?」
ネズミ騒ぎに巻き込まれて転びかけた女子を華麗に助けたアステルは。
「お、あっちもあぶねーじゃん! 悪い、これちょっと持ってて」
あちこち飛び回ってる内に、気付いたら合格していたとか。
●
無事にテストを通過して、嬉し楽しみ実技タイム。何かしらの成果を出すこと、という課題が出され。
「そう、思い切りが大事だよ……ふふ」
早々に終えた香墨は、茉莉花をふわりと振り撒きながら優しく教え歩く。何故か例年以上に煙や騒音が響き渡り、肉体言語も飛び交い始める教室。
「ここはこうすれば……クソ、結衣先輩にベタベタ触りやがってウジ虫が」
相変わらず運動場の方を睨みながら一心不乱に調合する肩を、無遠慮な指が突いた。
「こーいうのは色んなものをほいほいっと入れればすごいやつができるんだよなー! なあそれとって」
「駄目だ毒性が強すぎる……もっと苦しませないと。てかそれさっき入れただろ? え、入れてない? はぁ、ちゃんと聞いててくださいよクソが」
イライラしながらも何だかんだ丁寧に教えてあげる明紀に、アステルは悪びれない笑顔を向ける。その手元でぐるぐる混ぜている錬金釜に、横から朗らかに始祖蛇の羽が投入された。
「これも入れるとイイデスヨー!!」
「へー面白そーだな!」
「そっちは何してるデスカ?」
「あーもー煩いな、飛距離計算だよ! 元を強力にすれば多少減衰しても……」
怪しく明滅する釜。自身の実験に集中してる明紀は気付かないまま、興味津々に覗き込んでくるアリステアを邪険に振り払おうとする。だが。
「あそこに飛ばしたいノ? こういうのどうデスカ??」
「はぁ? ……なるほど、悪くない」
有益な視点に掌くるり。明紀にアリステアが混入され、実験の余波で周囲一帯は死屍累々。ちなみに隣では。
「なあなあ、次これでいいんだよなー?」
「あっアステルおにいさん! ぼくもおとなりいいですか?」
アステルにギドが加わり、釜は順調に光を増していた――
分厚い図鑑をお供に教室の端を歩く。
「これもあれもそれも……はーすごいや、全部ある!」
図鑑に記載されてる魔道具達を前に、タクマのテンションは鰻登り。どれを使おうか、迷う背に柔らかな声がかかる。
「魔道具、好きなんだね」
「えへへ、仕組みとか見るの好きなんです。……あ、あの! これってわかりますか!?」
「どれどれ……ああ、これはヘリオールの最新モデルだね」
ふわり香る茉莉花の中。丁寧な説明にタクマのテンションは留まるところを知らない――普段からは、想像もつかない程に。下級生の様子に、香墨は笑みを深め。
「自分では、使ってみないの?」
「その、制御が苦手で……壊したら、って」
「なるほどね。それなら――おや」
何かを選ぶように彷徨う視線が、姦しく近付いてくる人影を捉える。
「だからこれだと飛距離が足りないだろ!」
「ええー、デモほら散布量はぶっちぎりデスシ」
見覚えのある顔を手招いて詳しく聞けば、どうやら遠距離に毒を散布する魔道具を探しているらしい。途端、図鑑が忙しなくめくられて。
「じゃあこれお勧めです! ヴィルゴの特化タイプで――」
「説明長いよクソが! わかりやすくて聞いちゃうだろ!!」
授業時間は有限だ、さっさとあの憎きグリフォンを滅さなければならない。絶対にだ。逸る明紀の眼前に手が挙がる。
「はい! 僕起動してもいいですか!?」
「いいね、手伝うよ」
苦手だと引けていた及び腰はどこへ行ったのか。爛々と輝くタクマの背を、クスクスと香る茉莉花が押していた。
一方その頃残された机では。
「うーん、釜ってこんな光るんだっけかー?」
もはや太陽かと言わんばかりに輝きを増した釜を前に、アステルは首を捻る。だがギドは無邪気な笑みを浮かべると。
「きっとだいせいこうのあかしなのです、いけいけごーごーですよ!」
「クエッ!?」
さらに手当り次第にぶっこみ始める。やがて近くに素材が無くなり、釜もひよこも震えがいよいよ止まらなくなる中。
「あっこれもまぜちゃいましょう!」
持ち主不在の瓶が流れるように持ち上げられる。うんしょ、と釜の上で傾けられた所で。
「ちょ、何やってるんだよ! そんなことして僕どうなっても知らな――」
「えいっ!」
作成主の切羽詰まった声は間に合わず――そして混沌が産声をあげた。釜から溢れ出たソレは、全てを飲み込まんとじわじわ這い寄ってくる。
「アハハ! 実験タノシイネ!」
「なあなあこれって大成功なのか?」
「んな訳ないだろクソが! これどうすんだよ!?」
「そんな…ぼくつよいのをまぜたらすごいことになるとおもっただけなんです」
テンパる一同の前に、一本の指が立つ。
「ふふ、悪戯は引き際と退路を確り確保しなきゃ……バレないよう慎重にするか、怒られないギリギリのラインを攻めるか……はたまた怒るに怒れない状況を作り出すか……とかね」
つまり。
「僕の出番ですね!!」
魔道具を組み立て始める下級生に、香墨の口の端はゆるりと弧を描いた。
●
空から突如襲来したナニカにより、そこは一瞬にして魔境と化した。
「大丈夫ですか結衣先輩! この僕が来たからには安心ですからね」
見境なく取り込まんと伸ばされた混沌の触手を弾き、スワン寮の愛しの君に渾身のキメ顔を向ける明紀。冒険活劇ばりの名シーンの周囲を、遅れて飛んできた試薬がカラフルに彩る。ついでにグリフォン寮生もパワフルに吹っ飛ばす。
「アハハ、ボク知ってるよ! マッチポンプって言うんダヨネ!」
「煩いあっちでも爆破してろ!!」
「リョウカーイ! 爆破タノシイネ!! アハハハ!!」
五本の指の間に試験管を挟み、アリステアは高らかに笑いながら援護の名の下に試薬をぶん投げていく。耳をピクピクと戦場の情報を集め、アステルは首を傾げた。
「火力は足りてそうだなー、ちょうど弱体化魔法習ったとこだしやってみるか?」
「あっアステル先輩、アレは大きいのでこの広域化魔道具使ってください!」
「ありがとなー! よっし、発動呪文は……」
一生懸命板書したノートを開き、タクマがキラキラした瞳で照準をつける魔道具にゆっくりと弱体化魔法を込めていく。何よりも正確さを第一に、と指差しながら声に魔力を乗せ。
「顕現せよ絡め蛇の……翼だっけかー? 足? あっ」
「照準よし――発射!」
魔道具によって広域化された強化魔法が、大津波の如く伸びあがった混沌を輝かせ――雪崩れるようにグリフォン寮生を襲う! とはいえ流石に近接戦闘特化の寮、即座に回避行動に移――
「うわぁんたすけてくださぁい!」
移れなかった。突撃してきた金色の弾丸がイイ感じに一人にぶち当たり。ドミノのごとく連鎖して倒れていくグリフォ略を、頭上からゆっくりと混沌の波が押し潰す。その一瞬の間隙をついて。
「さいきょうのどくげっとなのです、ぐへへ」
サクリ。隠していたナイフを混沌の毒で染め、にやりと顔を歪ませる美少年。もはやニヒルな笑いを隠しもせず、試し斬りの獲物を求めて暗躍を始める。
「こよいのナイフも、ちにうえています(ペロッ)……あっ、グエー!」
「クエーッ!?」
始められなかった。ピクピク動く美少年だったモノを、混沌は分け隔てなく優しく飲み込んでいく。お供のひよこはさっと避けていた。
「アハハ、ボク知ってるよ! オヤクソクって言うんダヨネ!」
「皆、楽しそうで何よりだね。――大丈夫? 後ろで休んだ方が良いんじゃないかな。まだ行ける? ふふ、頑張って」
やっぱり試薬を撒き散らしながらアリステアは楽しそうに踊り。茉莉花の指先が助け起こしたグリ略は何故か、血塗れのまま突撃していく。だが混沌は倒れず、むしろどんどん膨れ上がり校舎を飲み込み始め。
「僕知らないからな! あっ違う何でもないですよ結衣先輩」
「ヨーシ、ボクが爆破させるのが先かキミがスベテ飲み込むのが先か……勝負ダネ!!」
「魔道具ってやっぱり楽しいなぁ。次はこれにしよう……うーんでもこっちもいいかな?」
「もーちょいでコツ掴めそうなんだけどなー? なぁなぁ、もう一回かけていいか?」
「ぼくはこんとんのあるじとなったのです……いまこそひじょうしょくをたべるとき……」
「クエックエ!?」
最終的に全校の授業が停止し総出で退治に当たった結果――校舎半壊かつ怪我人多数で休学となったのは、また後日のお話。
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魔法により修復されていく校舎を眺める背に気配を感じ、香墨は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「サーペント寮生の勤勉さ、変わってないでしょう?」
「……優秀な後輩がいて鼻が高いですねぇ」
一定の距離で足を止めると、教師は面倒臭そうに目の前の生徒へ薬をぶっかける。
「ふふ――課題は合格ですか?」
「私の授業時には止めて欲しい程度には、ねぇ」
多くの学生を惑わせた茉莉花の香りは、ようやっと中和され風に溶けていった――