神仙の高みへ ~第三幕:1~

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年04月03日 21時40分25秒

「もっとゆっくり触ってみるといい」
 赤い鱗を持つリザードマンに言われ、海神・江流はそっと手を伸ばす。
「……温かいな」
「ああ、その通りだ。これが何の温もりかわかるか?」
「土……じゃないな。草の熱なのか?」
「そうだ。これは刈られた草が発する熱。発酵熱という奴だな」
「発酵熱」
 江流は茶色く変色した腐葉土を一握り持ち上げると、まじまじと見つめた。
 確かに手に握る腐葉土は温かく、元あった場所からは湯気すら湧き立っている。
「ここまでの熱を帯びて、作物は育つものなのか?」
「育つとも。熱は土に混ぜれば消えてる。シャルガネ居住区の方では、こんな肥料を使ったりはしないのか?」
 リザードマンは興味深そうに江流に問いかけた。
「シャルガネ居住区の農業は主に堆肥だな。牛の糞を使う」
「なるほど、生物産の有機肥料か。いい肥料になりそうだな」
「うん? ディズルでは、そう言った肥料はないのか?」
「あるにはあるが……この地は大量の家畜を養える土地が無いのでな。残念ながら大量の堆肥を出してくれる牛や豚なんかがそもそも少ないんだよ」
 江流の問いにリザードマンは残念そうに答える。
「なるほどな。確かに大規模耕作に必要な堆肥の量は膨大だ」
「田畑の面積にもよるが――」
 と、リザードマンは立ち上がり両手を広げて見せた。
「これを全部となると、気が遠くなるだろ?」
「ああ、これを家畜の手をほとんど借りずヒトの手でやっているかと思うと、頭が下がるよ」
「だろう?」
 自慢げにそう言うリザードマンの姿がおかしくて、江流はくすくすと笑った。
「おっと、そろそろ来たみたいだ」
「へぇ、あの人がそうなのか」
「ああ、リザードマンの事を聞きたいなら、一番適任な人だ。美人だしな」
「美人……すまん、リザードマンの美醜はよくわからない」
「なんだ、勿体ない。あんな美人と話せる機会なんて、そうそうないぞ」
「そうなのか……」
 本当に羨ましそうに語るリザードマンに、江流は答えに困窮した。

「一体何の話ですか?」

 そんな二人の元へやって来た白い鱗をもったリザードマンの女性――名を、エングリオ・テケテスというらしい。かの大部族ギシュム族の族長アシムベートの従姉妹にあたる血筋だと聞いた。
「こちらの話ですよ、エングリオ様。それじゃ、あっしはこれで」
「ええ、取次ありがとうございました」
 赤いリザードマンは一礼するとその場を去っていった。
「お客人、大変お待たせしました。私はエングリオ・テケテスと申します」
「海神・江流だ」
「海神・江流様、ですね。ようこそ、ディズル大湿地帯へ。それで、こちらに来られた目的は何でしょうか? 農業を習いに来たようには見えませんが」
 江流の姿を足先から頭のてっぺんまで眺めたエングリオが問いかける。
「ああ、すまない。だけど、農業に興味がないわけじゃないよ」
「ええ、それは、先ほどの者との会話を聞いてわかっておりますよ」
「なに、聞こえていたのか?」
「地獄耳で有名ですの、私」
 驚く江流に、エングリオは「嘘ですよ」と楽しそうに笑った。
「脱線はこのくらいにして、本来の目的を教えていただけますか?」
 わざわざ大部族の長に連なる者を訪ねたのだ。何が目的だとエングリオは聞いている。
「竜へと至る道について聞きたい」
 対して江流は直球で質問をぶつけた。
「なるほど。しかし、それはリザードマンにとっての至上命題であり、ヒューマンの貴方には関係があるとは思いませんが?」
 江流の言葉に、エングリオは訝し気に問い返す。
「関係はないかもしれない。ただ、そこに至る道が交わる可能性も0じゃない」
「交わる可能性……?」
 リザードマンとヒューマンが思想的な交わりを持つ可能性とでも言いたいのだろうか。エングリオは表情をしかめ江流の顔を見つめた。
「おっと、勘違いしないでくれよ。別にあんたを口説いているわけじゃない」
「……ふふ、面白い人ですね、貴方は」
 おどけた風にそう言った江流に毒気を抜かれたのか、エングリオは一瞬驚いた表情を見せた後、大きく息を吐いた。
「よく言われるよ」
 見事、融和策が成功したことにほっとた江流は、苦笑を口元に浮かべる。
「お話を詳しく聞いてもいいですか?」
「もちろんだ。――俺はとある理由で神仙へと至る道を探しているんだ。それは――」
 と、江流はエングリオに向け、自らの存在理由と目的を丁寧に語っていった。

「――なるほど、それが神仙へと至る道という訳ですね」
 江流の話を反芻し、エングリオが深く頷く。
「ああ、噂で聞いたあんた達リザードマンの竜へと至る道とどこか似ていると思ってね」
 長い話を文句ひとつ言わずに聞いてくれたエングリオに好感を抱きながら、江流はそう締めくくった。
「確かに似ている部分はあります。しかし、貴方の目指す道と我々が至るべき道には決定的な違いがあります」
「決定的な違い?」
 顔を上げたエングリオの瞳に、どこか幻想的な色が浮かぶ。
「はい、我々は一代で竜へと至るつもりはありません」
「なに? 竜を目指しているのではないのか?」
「目指していますとも。しかし、それは今ではない」
「今ではない……」
 幻想的だったエングリオの視線は、いつしか江流を試すような色に変わっている。
「貴方は輪廻転生という言葉をご存知ですか?」
「いや、初耳だ」
「そうですか。輪廻転生。これはリザードマンが信じる死生観とでもいうのでしょうか。我々には肉体と魂があり、例え肉体が滅びても、魂は死した肉体から抜け出る。そして、魂は時を経て再び新しい肉体に宿る。それを繰り返すことで、魂は磨かれ、いずれ竜へと至る、とされています」
「魂という存在が肉体を渡り歩くと?」
「簡単に言えばそうですね。その渡り歩く過程で魂は磨かれ昇華していきます。そして、いずれは征竜様の真の眷属へと至る、それが竜へと至る道です」
 エングリオはそう言って一旦口を閉じるとじっと江流を見つめる。
「貴方の目指すものは、力と言われるもの。我々の目指すものは未来なのです」
 そして、そう締めくくった。
「……難しいな」
「ええ、難しいです」
「リザードマン達は本当に竜へと至れると思っているのか?」
「信じない者も中にはおりますが、それがリザードマンという種の根源であると私は考えています」
「根源……」
 淀みなく語ったエングリオに、江流は再び考え込む。
「貴方の求める力がどういう物かはわかりませんが、我々の死生観が役に立つのであれば、どうぞ参考になさってください」
 そう言うと、エングリオはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。リザードマンという種のあり様は大体わかったよ。それをふまえた上で質問なんだけど、リザードマンにとっての『力』っていうのはなんなんだい?」
 得た情報の消化は一旦脇に避け、江流はエングリオに別の質問をぶつける。
「リザードマンの力はやはり肉体でしょうね」
「肉体、か」
「健全な肉体には崇高な精神が宿ると言われます。竜へと至る為に魂の研鑽を行う為にもその器である肉体を鍛錬し、高める事でより質の高い研鑽を行えると信じています」
 そう言うと、エングリオは細い腕にぐっと力こぶを作って見せ、「私はキャスターですから物理的な力はあまりありませんけど」と、はにかみながら話した。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0