雲の向こう側

王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 斎藤晃納品 2021年04月20日 11時11分24秒


 ニール・ロブラリアもさすがに薄々感じてはいた。魔法学院に入学し、召喚魔法に長けた生徒が集うペガサス寮に入寮して早4年。自分みたいな者がかの寮に集っていていいものか。
 とはいえ多少はその才あって集っている筈だ。いつかその才が花開くと誰が信じずとも自分くらいは信じてやってもいいではないか。
 かくてニールは両手に握り拳を作って成功の未来を強く睨みつけた。その足下ではいつも一緒にいる白猫のステムが青と金の瞳で不安げに見上げている。
「……ステム。邪魔しないで」
 ニールは白猫をそっと手で後ろへ押しやった。召喚には常に危険がつきまとうのだ。愛猫を危険に晒すわけにはいかない。何故だろう、ちゃんと手順通りやってるし、召喚も出来てはいる、のだが何故か毎回『思ってたのと違う』モノばかり来てしまうのは。
 だが。
「たぶん今日こそは、こう、ガーッとなって、バーンって感じの、スペシャルな召喚獣が来ちゃう予感、あるから……」


 ネーヴェ・グラヌローザは内心不安を禁じ得ない。魔法学院1年生の彼女が入寮したのは攻撃魔法を得意とする生徒が集うドラゴン寮。明らか治癒魔法が得意な自分がそこに混じっていても大丈夫なのだろうか。
 とはいえ入ったからには魔法戦士団だって目指す覚悟を持たなければならない。ちょっぴり苦手だからと臆していては始まらないのだ。
 かくてネーヴェは握り拳も勇ましく、訓練場の片隅に置かれた的を睨み据えた。そんな彼女の元へ鈴の音を涼やかに鳴らしながら黒猫が駆けてくる。
「あれ、アーテル、来てくれたの? ふふ、ありがとう、あなたが一緒なら心強いです」
 ネーヴェはしゃがむとアーテルの頭をそっと撫でた。金色の目を閉じて気持ちよさそうに首を傾げるアーテルの姿にネーヴェの頬も自然と緩む。
 それからハッとしたように立ち上がった。アーテルを愛でている場合ではなかった事を思い出したのだ。攻撃魔法を頑張ってばんばん覚えて苦手を克服しなくては。
「見ててくださいね」


 栂名残は小間使いをしていた。毒や麻痺といった弱体魔法に長けた生徒の集うサーペント寮に入寮してかれこれ4年、かの寮のボス、蓮見恒成はその外見通りに優しさの欠片もな、もとい寮長が名残の小遣い稼ぎに尽力してくれるおかげで4年も小間使いを続けられていた。尚、便利に使われているわけでは断じてない。
 とはいえ報酬のためなら今日も今日とて使われる。
 かくて名残は窓辺に頬杖を付きながら空を見上げていたのだった。
「安請け合いするんじゃなかった」
 何故ってそれはもう、無理じゃね、って事に気づいたからだ。明日までにアンケートを全回収なんて頑張ってどうにかなるレベルの話ではなかったのだ。1週間で1割しか集まらないのに、明日までに残りの9割とかどう甘く見積もっても不可能だ。
 あのスカした寮長は最早鬼畜以外の何者でもなく、これは抵抗の証、現実逃避というやつである。
 名残は遠い目をして空を見上げた。絵に描いたように晴れた空、綿雲が2つぷかぷかと浮いている。
 窓の下の訓練場では生徒等が自主練に励んでいた。1人は見知った顔だ。日々雑用に身を投じているおかげで大体の生徒は見た事がある。ショートパンツにスリムな胸をした性別不明の同級生。名前は知らない。もう1人はあまり見かけないので1年だろう。翻るスカートから覗く絶対領域が初々しい。時々聞こえてくる声が擬音語ばかりなのは愛嬌か。
 などと呑気に眺めている場合ではなかった。
 突如土煙が訓練場を覆い巨大な影がその中に見える。召喚獣。そこまではいい。だが。
「やべぇ」
 名残は慌てて窓を飛び越えた。
 アンケート回収と併せて頼まれ事があったのだ。とある薬品の運搬。誰か他にも声を掛けろと言われたが、厳重に封印もしてあったし大丈夫だろうと高を括って、アンケート回収を優先し草むらに隠しておいたのである。
「そっちはダメだぁ!」


 ニールが土煙の中にかろうじて見て取れたのは白い翼だった。
「もしかして成功したのかな? これペガサスじゃない?」
 喜びに振り返る。だがそこにいる筈の愛猫の姿が見あたらない。
「あれ? ステム?」
 ニールは辺りを見渡した。


「巨大な……猫、に翼?」
 自ら放った攻撃魔法が砂塵を巻き上げるまではともかくとして、ネーヴェが不思議そうに呟くと、いつの間に現れたのか少年が困惑げにこちらを振り返った。
「あー、えーっと……」
 初対面の殿方の先輩に慌ててネーヴェはスカートの裾を持ち上げ片足を下げる。
「ドラゴン寮、所属、1年生、ネーヴェ・グラヌローザ、です」
 緊張気味の声音でそれでもネーヴェは優雅に一礼してみせた。
「この子は、アーテル、です」
 と、黒猫を抱き上げてみせる。
「こりゃどうも、ご丁寧に。4年の栂名残です」
 釣られたように彼が頭を下げた。
「それで、これは」
 ネーヴェが指差す方。
「召喚獣だな」
 翼を生やした白い猫。
「わたくし、召喚なんてしてません」
 自分が放ったのは間違いなく攻撃魔法だ。
「ああ、これはもう1人の……」
 名残はそうして視線を馳せた。それを追うようにネーヴェも振り返るとそこには叢に四つん這いで上半身を突っ込み何かを探している生徒の姿があった。ニールである。
「あ、この声。たぶんステムだ……ステム、だよね?」
 と呟く声に、草をかき分けるようにして名残とネーヴェもそちらを覗いてみた。
 白いもふっとした塊が左右に揺れている。まるで尻尾のように。いや、尻尾だろう。あの白い猫の。
「なんか大きくなってるね? もふもふだね?」
 ニールが白い塊の先にある巨体を見上げた。名残とネーヴェもそれを見上げた。
 次の瞬間、それのサイズは半分に分裂した。
「ステムが2匹?」
「それはたぶんステムじゃない。召喚獣だ」
 それが分裂。そういう類の召喚獣だったのか。否。
「どういう事?」
「たぶん、これ、だな」
 名残は割れた瓶を指差しながら言った。
「なんですか?」
「さあ?」
 名残は肩を竦めてみせる。彼も中身はよく知らない。ただ召喚獣が瓶を踏み潰すのを見ただけだ。
 分裂と同時にステータスが等分され、結果、弱体化していく試験薬。分裂の数が多すぎて封印処分が決まった残念な薬、とは後で知ることになる。とにもかくにも。
「召喚獣ならHPが0になれば還るだろ。ドラゴン寮、攻撃魔法だ!」
「はいっ!」
 名前ではなく寮名で呼ばれた事はさておき、頑張って練習した攻撃魔法を今こそ実践する時。ネーヴェはやる気満々で構えた。が。
「って、数が多すぎます」
 気づけば4体は8体に、8体は16体にとどんどん増えている。その上サイズは小さくなっていくので魔法を当てづらい。
「だよなー……」
 名残は天を仰ぐ。
「でも危険はなさそうだよ」
 ニールが召喚獣に埋もれたステムを見つけ自らも埋もれながら救出しつつ言った。
 それを見てアーテルを抱いたままネーヴェも溢れる召喚獣の群にダイブしてみる。
「もふもふ気持ちいいですね」
「うん」
 そんな2人に何となく収拾をつけることを諦めて名残は背中からダイブした。もふもふの絨毯の上に仰向けで。
「雲みたいだな」
 空はどこまでも青く澄み渡っていた。


 その後、召喚獣は訓練場を覆うほどに分裂したが、ピンポン球のサイズになる頃にはHPが尽きたのか勝手に消えていった。そしてそれまで3人はもふもふに戯れていた。


 そしてみんなで叱られました。



大団円

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0