黒い雪豹と白い鴉

キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2021年03月25日 17時56分14秒

●死線上の二重奏

 ――――閉鎖空間に轟音が鳴り響く。
 駆けている両名共に余裕など有る訳がない。授恵者が幾ら常人より頑丈だとは言え。

「ちょっとちょっと状況分かってる!?」

「言われ無くとも分かっている! 俺は右、お前は左だ――――恨み言は生きていたら後で聞く!」

「だからなんで別行動しようとするかなもう――――っ!」

 背後より転がって来ている大岩は、両者をまとめて磨り潰してあまり有る。
 古代の遺跡にはままある事では有るが、未知の謎素材により攻撃が弾かれるのは確認済。

 つまり、捕まれば死。転んでも死。そして運無く行き止まりにぶつかっても死だ。
 通路の横幅は岩が転がれるギリギリしかない。そして、眼前には三叉路。

 俗に言う"ダンジョン"のお約束に則るなら、どちらかはアタリでどちらかはハズレ(デッドオアアライブ)。
 駆け出し冒険者であるスヴァン=ウォルフ=ユーウェンの直感は左が正解と告げているが。

 自分が右の通路に跳び込んだ瞬間、大岩が突然左へ舵を切ったことが分かった。
 不味い。未だ戦士である自分ならば、例え壁と岩に挟まれようと命を繋げる芽が有ったものの。

 あんな子供が転がる大岩という圧倒的質量を前に出来ることなど何も――――と。
 そんな事をスヴァンが脳裏に思い描いたその時だ。衝突、破砕音、通路全体に振動。そして。

「……っと、と。危なかったぁ……あれ、スヴァンなら死んでたね」

 声は上から。見上げれば、壁を足場に天井に張り付く白い髪の子供(エルフ)の姿。
 知識としては知っている。盗賊(シーフ)クラスのスキル。"壁歩き"と言う奴だろう。

 確かに、通路の横幅は岩が通れるギリギリしか無かった。
 だが、縦幅には幾許かの余裕が有る。道先が行き止まりと見てその空間に身を滑り込ませたか。

 しかし、そんな判断をあの窮状で。即断して行動に移れる物だろうか。

(――――こいつ、危機を避ける事に慣れている……?)

 思い掛けない確かな判断力に瞠目すると、白いエルフ――――クロハ=ヴェローナは。
 如何にも身軽な仕草でひらりと壁から壁を渡り、危うげなく地に足を着く。

「……お互い、無事だったようだな」

「ブジダッタヨウダナ、じゃないよ。運が良かったから2人共無傷だけど。
 ボクの冒険者初依頼で同行者がお亡くなり、とか冗談じゃないんだからね?」

 そう。てっきり定職もない難民か何かの子供だと思っていたクロハもまた、駆け出し冒険者だった。
 何故か審査に随分時間が掛かったようで、スヴァンより冒険者になったのは後の筈だが。

 実際は、ほぼ同期と言って良い、らしい。奇怪な縁だとつくづく頭が痛くなるが。

「お前が調査済区画だからと油断しなければ、そもそも罠になど掛からなかったんだが」

「あ。あー……あはは、過ぎたことは気にしない気にしない。お互い無事で良かったね!」

 今回受けた依頼は、遺跡の調査団が遺跡内に置き去りにしてしまった貴重な発掘品の回収だ。
 何故そんな事に冒険者が……と言えば。どうもこの遺跡は対授恵者を想定した罠の巣窟らしい。 

 一般人で構成された調査団は、その罠の殺意の高さにすっかり怯えてしまい撤収。
 けれど重荷になる為泣く泣く持ち帰ることを断念した発掘品を、どうしても諦めきれず……

「こんな物に命と釣り合う価値が有るとは思えんが」

 バックパックに詰められるだけ詰めた謎の陶器群と緩衝材の綿。
 ずっしりとした重さを肩に感じてスヴァンが呟くと、数度瞬いたクロハが首を傾げる。

「じゃあ何でわざわざこの依頼を受けたのさ?」

「遺跡(ダンジョン)からは……チョコレートの素材が採れることがある。と聞いてな」

 その情報にはやや語弊があり。おまけにカカオの実自体そう簡単にはお目に掛かれないのだが。
 表情は殆ど変わらずとも忙しなく揺れる黒いふさふさ尻尾に。思わずクロハが吹き出した。

「っく、ふふ。チョコレートの素材なら命と釣り合うんだ? あははははは、ごめん駄目だ。
 笑っちゃう。それ多分迷宮都市(エドゥノーグ)潜らないと駄目じゃないかなあ、あはははは」

「な――――!?」

 思いがけず爆笑されたスヴァンが残酷な真実に戦慄する中。
 クロハは変にツボに入ってしまったのか。目尻に涙を浮かべつつお腹を抱え息を切らす。

「えっ、ふ、ふ、ふー……あぶ、あぶない。仲間に笑い殺されるとこだった」

「何処でなりと好きに野垂れ死ね」

 憮然とした体でさっさと依頼人の元へ戻ろうと、踵を返すスヴァン。
 それを慌てて追いかけるクロハは――――けれど。そのスヴァンの踏み出した一歩が。

 明らかに過剰に沈んだことに今度ばかりはすぐに気付いた。
 直後遺跡の何処かから聞こえる「カチリ」と言う音。それは、間違いなく既に一度聞いた音で。

「……あのさあ、スヴァン」

「――――ああ、何だ白いの。今なら多少の恨み言は広い心で聞いてやれそうだが」

 がっこん。と言う壁だか天井だかが開いた音と共に―――――――閉鎖空間に轟音が鳴り響く。

「こういうのはね! 恨み言じゃなくて正当な抗議って言うんだよっ!!」

「調査済区画というのは一体何だったんだあの適当依頼人め……!」

「言ってる場合じゃないでしょ! 良いから走る走る!!」

 転がってくる大岩に追われるように、黒い雪豹と白い鴉。両名の徒競走が再開される。
 いずれも相手に負けぬように。けれどいずれも、互いを置き去りにしないように。

 遺跡から無事脱出するには、まだまだ多くの試練が待ち構えている様だった。

●初仕事の報酬は

 結局、発掘品の回収には成功するもチョコレ―トの素材には出会えなかった。
 
「……行くか、迷宮都市(エドゥノーグ)」

「待って待ってフットワーク軽過ぎる。何その判断の速さ、千切れて飛んでいく雲か何か?」

 港湾都市『リブラネスタ』内――――酒場「踊る子熊亭」。
 テーブルで報酬を数えていたクロハが、黒い雪豹の呟きに目を丸くする。

「まあ、そうだな。辺境都市群まで行こうと思えば最低限の準備は必要か」

「前から思ってたけど。スヴァンって時々頭おかしいよね?」

 そんな失礼な発言も、高価なあまりなかなか口に入らないチョコレートへと続く道である。
 全く気にならない、とは言えないが然程気にすることもない。的な反応が返ってきた。

「……まあ、良いよ。行くなら行くで付き合うけどさあ」

「別に来なくて構わんのだが」

「何で!? 酷くない!?」

 何気なく置いていかれそうになっていた事に真面目に驚くクロハであるが。
 スヴァンからすれば何故『リブラネスタ』を出てまで自分に付いてくるのかの方が分からない。

 まあ、確かに盗賊(シーフ)は前衛でも安定感に欠ける。持久戦に持ち込めば戦士(ウォーリア)が押し負ける事はまず無い。
 そういう意味で一人旅に幾らか不安があることは理解出来なくもない、が――――

「冒険者になったなら、荷物持ちで賃金は出さないぞ」

 ぷくーと膨れたクロハに。これも有る種の責任か。と、スヴァンの深い嘆息が重なる。
 ともなれば前者にとっては如何にも面白くはない訳で。

「折角これまでのお礼に、初報酬でホットチョコレートでも頼んであげようと思ってたのに」

「すまん。俺が間違っていた」

「プライド無いの?」

 真顔で首を傾げたクロハを余所に、全く躊躇なくスヴァンが給仕を呼ぶ為手を挙げる。
 そんな仕草に。ほんと仕方ないなあ、とクロハが淡く笑ってみせる。

 どうもここでお別れにはならなさそうだと、そんなことに。
 ほんのささやかな、安心感など憶えながら。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0