夜天のセリーヌと銀髪赤瞳の弓使い
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年03月30日 20時31分44秒
空気を裂く鋭い音が響いた。
先端が鉄灰色に燃える黒い稲妻が空間を突き抜けてゆく。
半瞬と置かず、高速で鋼が木を穿つ音が鳴り響く。
(……こんな場所も学園内にあったのね)
昼休み時、セリーヌが教員からの遣いで『魔法使いの塔』へと赴いた帰り道、近道をする為にいつもとは違うルートを通ると、今までに見た事がない風景が視界内に現れていた。
パンクリアース学園はリーンエス王国の王都グランスパーダに在り、広大な敷地を誇っている。
セリーヌはこの学園に入学して既に三年になるが、まだまだ彼女が知らない領域は残されているようだった。
今、目の前に広がっている空間は、どうやら簡単な射撃訓練場になっている様子だ。
風を擦過する鋭い射出音が響くと共に、ビシバシと敷地内に設置されているカカシに矢が突き刺さってゆく。
――この人、すごく上手なのよ。
カカシは複数体並んでいて、頭部と胴体に円型の的がそれぞれ描かれていたのだが、先程から頭と胴の的のど真ん中にいずれも矢が一本づつ突き刺さっていっていた。
射手はとても優れた使い手のようだ。
どんな熟達した人物なのだろう? と思い、視線を向ければまだうら若き少女だった。
セリーヌより年上だろうか? ただ、それほど離れてはいまい。十五かせいぜい十六か。とても小柄な体格で、銀色の長い髪を頭の後ろで結い上げていた。
銀髪ポニーテールの少女は、淀みなく流れるように弓に矢を番え引き絞ると、赤い瞳を鋭く吊り上げ前方を睨んだ。
とても美しい姿に見えた。
セリーヌが見つめる中、弓を構える少女は鋭く矢を撃ち放った。
快音が場に鳴り響く。
おそらく的にあたったのだろう。
銀髪の少女は息をつき、首を巡らせて、そしてセリーヌと目が合った。
セリーヌは会釈して笑いかけた。
銀髪少女はびっくりしたような表情をしてから、眉を顰めた。しかし会釈を返してくれた。
セリーヌは道から逸れて敷地内へと入り声をかけた。
「こんにちは、弓、とてもお上手なんですね。思わず見惚れてしまいました」
「……別に、このくらいは普通です。たいした事ないですよ。私程度の腕の人間なら、居る場所にはごまんといます。それ以上も」
ポニーテールの少女は眉間に皺を刻んで赤瞳を細めつつ不機嫌そうに答えた。
謙遜している、というよりも、ありのままを述べている、そんな調子だった。
だからセリーヌは少し驚いた。それが事実であるなら、このレベルやそれ以上がゴロゴロしている場所とは、それは一体、どんな場所なのだろう?
学園の弓を使う部は勿論、街を守っているプロの衛兵達ですら、このレベルが普通という事は無いだろう。
「そうなのですか。神業のように見えたのですが、これで普通というのは、それは私には想像もつかない世界ですね」
「……貴方、この学園の生徒?」
じっと見つめていると、赤い瞳が胡乱気にセリーヌを見つめ返して来た。
「はい、私はセリーヌと言います。三年生です」
「ふぅん、じゃあ私の方が学年的には上なのか。まぁ私はこないだ留学してきた編入生だし、実年齢も上かは解らないけど」
「私は十四歳です。留学生なのですか? えぇと……」
「フィーネ・メローヴイング。歳は十五、生まれはシルトラース帝国、学園では狩猟部に所属させて貰ってるよ」
まるで他人のプロフィールを読み上げるように少女は言った。
シルトラース帝国、軍事大国として名高い北の雄。
厳しい大地に生きる帝国人達は皆精強だと聞くが、だから彼女も弓の技に秀でていて、彼女がいうような達人達がゴロゴロしているような場所も、帝国にならありふれているのだろうか?
「メローヴィング殿は狩猟部の……練習熱心なんですね」
狩猟部はその名の通り狩猟する部の為、弓を使う。
だからこうして彼女は昼休み時にも弓技を磨いているのだろう、セリーヌはそう思った。
「……別に練習熱心って訳じゃないよ。弓撃ってるとさ、多少は気晴らしになるから」
「気晴らし、ですか?」
「そう」
フィーネは頷き、弓に矢を番え再び撃ち放った。鋭く矢が飛び、快音を響かせながら的に突き立つ。
セリーヌは考えた。
フィーネは北の帝国からやってきた留学生なのだという。つまり、生活環境に大幅な変化があった。やはり慣れない土地へ移るというのは大変なのだろう。セリーヌもフィルエス大森林での生活から、リーンエス王国の伯父の屋敷へ移った当初は大変だった。今でも本当の意味では慣れていないのかもしれない。
「故郷から遠く離れて違う国で暮らすのって大変ですよね。私も元々は王国とは別の場所で暮らしていたので解ります」
「あ、いやまぁ、一番のストレスの原因はそれじゃないんだけど……うん、でも、慣れない事は慣れないかな。セリーヌも故郷は外国なの?」
「はい――」
フィルエス大森林の、と言いかけて、母との約束を思い出す。決して素性を明かしてはいけない。
「ちょっと、色々あって、こっちに来たんです。随分前ですけど帝国も旅した事がありますよ。とっても寒くて厳しい所ですよね、大平原で野宿するのは大変でした。でも町にはとても多くの人で賑わっていて活気があった記憶ですよ」
「皇家の法令と威徳が行き届いているからだね。流通が王国よりもぐっとやりやすいんだ。貴方、大平原で野宿したの? 貴方のトシで随分前って大分子供の頃じゃない?」
「はい、六歳くらいの時だったかな……母と二人で」
「六歳で! お母さんと二人で? それは……無茶するなぁ! よく無事だったね」
「母が立派だったので」
セリーヌが微笑むとフィーネは眉間に皺を刻みながらも口端をあげて笑った。
「なるほど、確かに立派なお母さんだったらしいね。うちとは大違いだ」
「えっと、そうなのですか?」
「うちの母親は大分ロクデナシだよー、その子供もだけどね」
「そんな事を言ったらご家族が悲しまれますよ。メローヴィング殿をこんな素晴らしい弓の技を持つ立派な人に育てたのではないですか」
「貴方はイイコだなぁ」
フィーネが笑った。今度はカラッとした笑顔だった。
「ま、進んで身内の恥を晒す事もないだろうし、確かに黙っておこうかな。セリーヌは王国に来てから長いの?」
「八年くらいになりますかね。それなりには馴染みました」
「ふぅん、なるほど、大平原を旅したっていうのは王国に来る為にか」
「えぇと、まぁそんな感じですね」
フィーネは最初は不機嫌そうで気難しい様子だったが、話していると段々と気を許してくれたようで、会話はあれこれと弾んだ。
「――セリーヌは弓に興味があるの?」
「はい、さっき見てて弓を構えるメローヴィング殿はとても綺麗で格好いいって思いました」
「ふ、照れるね。それじゃセリーヌもちょっとやってみる?」
「……良いんですか?」
「うん、ここは狩猟部の領域だから、ちょうど、練習用の弓も置いてあるしね。それならセリーヌにも引けると思う――私のこれは、ちょっと力が無いと無理だから。セリーヌ、実は授恵者とか、そういう事は無いよね?」
「え? はい」
当時、授恵者というのはとても珍しいもので、セリーヌが授恵者として目覚めるのは帝国が崩壊してからだったから、この時はまだ一般人の少女だった。
「だよね。実は素で片手で大男を持ち上げられます、とかなら話は別なんだけど」
「無理です」
即答した。
セリーヌはとっても細腕であり、見た目の通りの筋力しかなかった。
「じゃ、普通の弓だね。ちょっと待ってて」
フィーネは近くに建っている小屋へと入り弓を一つ持ってきた。
「はい、どうぞ。これでも慣れないと引くのは結構大変だよ。引けるかな?」
セリーヌはおずおずと受け取り、左手に弓を、右手に矢を持った。
「立ち位置はここだね」
促され、茶髪緑瞳の少女は射撃位置へと進み出る。
先のフィーネの姿を思い出しつつ弓に矢を番え、引き絞ろうとした。
が――引けなかった。
強烈な力が腕にかかって全開に引き絞る前に押し戻されてしまう。
「うぅっ……重い……!」
「うん、普通はいきなりは撃てないよね。貸して」
弓矢を渡すとフィーネは弓に矢を番えあっさりと撃ち放った。
中心からはすこし外れたが、的内には中った。
「むぅ、やっぱ慣れてない弓だと狙いがずれるなぁ……」
フィーネはそんな事をぼやきつつ、
「弓はね、フォームが大切なんだ。慣れればどんな態勢からでも撃てるようになるけど、初めのうちは基本通りにやった方が良いよ。基本はこう」
銀髪少女は矢は持たず弓だけを持って、両足を肩幅まで均等に開いた。背筋を一枚の板のようにまっすぐに伸ばす。偏りが無い立ち方だった。
弓身を左手で持ち、右手の人差し指、中指、薬指の第一間接と第二間接だけを曲げ、第三間接は一本の棒のように真っ直ぐに伸ばし、曲げた三本指を弦にひっかける。右肘を手首よりも高い位置にあげつつ弓を引き起こし、左腕を斜め上、目線の高さまで上げ引き絞る。
弓を引き切った時、両腕は肩の高さとほぼ水平にあった。左腕を真っ直ぐに伸ばし、右腕も肘を折り畳みながら真っ直ぐに、弦にひっかけてある右手は顎の下に来た。
顔は斜め四十五度を向いている。
瞳を左端に寄せて的を睨んでいた。
「右腕はちょっと上がるくらいなら良いけど、矢より下がったり、あまりにも上がり過ぎるのは駄目ね。後は呼吸かな。弓をセットアップする時に肺の中にある息を吐き出す。苦しくならない程度に吐いたら息を止めてドロー。絞り切ってアンカーにつけて、狙う、撃つ」
フィーネが右手を真後ろに引いて弦から離すと、大きく撓んでいた弓が勢いよく元へと戻り、弦が動いた。
「初めのうちは矢を番えずに、弓を引く動作だけを練習した方が効率良いよ。つまんないけどね。それでもやる?」
「はい!」
セリーヌはもう一度弓を受け取り、今度は矢を番えずに引いてみる事にした。
「それじゃあまず引かずにただ立ってみて」
「はい」
「そう、身体を開かないで……真横に、水平に、傾けないで……真っ直ぐ伸ばして――」
フィーネがセリーヌの背後に回って手で掴んで押したり引いたりして肩の向きや背中の向き、頭の位置を微補正してくれた。どうも真っ直ぐ立っているつもりで微妙に曲がっていたらしい。
「それじゃあ、引いてみて」
そうして弓身を左手で持ち、右指で弦をひっかけ引いてみると、さっきは重くて引けなかったのに、しかし今は確かに引く事が出来た。
「はい戻してー」
弓を戻してからセリーヌは感嘆の声をあげた。
「凄いの! 引けるようになりました!」
「うん、なかなか筋が良い。変なフォームだと力も入りにくいし、力入れても逃げちゃってとても大変なんだけど、きちんと正しいフォームでやれば、引けるよ」
「有難うございます!」
セリーヌはそんな調子で手解きを受けてゆき、昼休みの終了間際には、一人で矢を番え撃てるようになっていた。的の中央にはあたらなかったが。
「真ん中あてるの難しいのよ……」
「……いやぁ~、こんな短時間でしっかり前に飛ばして的に中てられるようになったんだから凄いと思うよ。セリーヌ、ホントに今まで弓矢撃った事なかったの?」
「はい、今日が初めてです」
「へー……いや、それならほんと、筋が良いよ。才能あるんじゃない?」
「ホントですか? 有難うございます。先生が教え方上手いからですよ」
「そう? そうだと良いんだけどねー。ま、有難う――」
笑っていたフィーネだったが不意に表情を変えた。
「――何やってるの?」
セリーヌへ、というよりその頭越しに背後へと赤色の瞳が向けられていた。
振り向くと、小屋の陰から薄紫色の髪の少女がセリーヌ達の方を見ていた。
薄紫色の髪の少女は誤魔化すような笑顔を浮かべつつ進み出てきて、
「いえ、楽しそうにやってるから、出て行ったらお邪魔かなーと迷ってしまい」
「さっさと声かければ良いのに」
フィーネが嘆息した。
セリーヌが戸惑っていると、
「セリーヌ、こちらカ、キャロライン、私の同郷の友人なの。こちらセリーヌ、三年生なんだって」
フィーネが互いを紹介し、セリーヌとカキャロラインは互いに自己紹介をした。
(……ってあれ、カキャロでなくキャロ?)
キャロラインはフィーネを呼びに来たらしく、昼休みも終了間際という事もあって、セリーヌはそれで練習を終え、フィーネへ礼を言って別れたのだった。
先端が鉄灰色に燃える黒い稲妻が空間を突き抜けてゆく。
半瞬と置かず、高速で鋼が木を穿つ音が鳴り響く。
(……こんな場所も学園内にあったのね)
昼休み時、セリーヌが教員からの遣いで『魔法使いの塔』へと赴いた帰り道、近道をする為にいつもとは違うルートを通ると、今までに見た事がない風景が視界内に現れていた。
パンクリアース学園はリーンエス王国の王都グランスパーダに在り、広大な敷地を誇っている。
セリーヌはこの学園に入学して既に三年になるが、まだまだ彼女が知らない領域は残されているようだった。
今、目の前に広がっている空間は、どうやら簡単な射撃訓練場になっている様子だ。
風を擦過する鋭い射出音が響くと共に、ビシバシと敷地内に設置されているカカシに矢が突き刺さってゆく。
――この人、すごく上手なのよ。
カカシは複数体並んでいて、頭部と胴体に円型の的がそれぞれ描かれていたのだが、先程から頭と胴の的のど真ん中にいずれも矢が一本づつ突き刺さっていっていた。
射手はとても優れた使い手のようだ。
どんな熟達した人物なのだろう? と思い、視線を向ければまだうら若き少女だった。
セリーヌより年上だろうか? ただ、それほど離れてはいまい。十五かせいぜい十六か。とても小柄な体格で、銀色の長い髪を頭の後ろで結い上げていた。
銀髪ポニーテールの少女は、淀みなく流れるように弓に矢を番え引き絞ると、赤い瞳を鋭く吊り上げ前方を睨んだ。
とても美しい姿に見えた。
セリーヌが見つめる中、弓を構える少女は鋭く矢を撃ち放った。
快音が場に鳴り響く。
おそらく的にあたったのだろう。
銀髪の少女は息をつき、首を巡らせて、そしてセリーヌと目が合った。
セリーヌは会釈して笑いかけた。
銀髪少女はびっくりしたような表情をしてから、眉を顰めた。しかし会釈を返してくれた。
セリーヌは道から逸れて敷地内へと入り声をかけた。
「こんにちは、弓、とてもお上手なんですね。思わず見惚れてしまいました」
「……別に、このくらいは普通です。たいした事ないですよ。私程度の腕の人間なら、居る場所にはごまんといます。それ以上も」
ポニーテールの少女は眉間に皺を刻んで赤瞳を細めつつ不機嫌そうに答えた。
謙遜している、というよりも、ありのままを述べている、そんな調子だった。
だからセリーヌは少し驚いた。それが事実であるなら、このレベルやそれ以上がゴロゴロしている場所とは、それは一体、どんな場所なのだろう?
学園の弓を使う部は勿論、街を守っているプロの衛兵達ですら、このレベルが普通という事は無いだろう。
「そうなのですか。神業のように見えたのですが、これで普通というのは、それは私には想像もつかない世界ですね」
「……貴方、この学園の生徒?」
じっと見つめていると、赤い瞳が胡乱気にセリーヌを見つめ返して来た。
「はい、私はセリーヌと言います。三年生です」
「ふぅん、じゃあ私の方が学年的には上なのか。まぁ私はこないだ留学してきた編入生だし、実年齢も上かは解らないけど」
「私は十四歳です。留学生なのですか? えぇと……」
「フィーネ・メローヴイング。歳は十五、生まれはシルトラース帝国、学園では狩猟部に所属させて貰ってるよ」
まるで他人のプロフィールを読み上げるように少女は言った。
シルトラース帝国、軍事大国として名高い北の雄。
厳しい大地に生きる帝国人達は皆精強だと聞くが、だから彼女も弓の技に秀でていて、彼女がいうような達人達がゴロゴロしているような場所も、帝国にならありふれているのだろうか?
「メローヴィング殿は狩猟部の……練習熱心なんですね」
狩猟部はその名の通り狩猟する部の為、弓を使う。
だからこうして彼女は昼休み時にも弓技を磨いているのだろう、セリーヌはそう思った。
「……別に練習熱心って訳じゃないよ。弓撃ってるとさ、多少は気晴らしになるから」
「気晴らし、ですか?」
「そう」
フィーネは頷き、弓に矢を番え再び撃ち放った。鋭く矢が飛び、快音を響かせながら的に突き立つ。
セリーヌは考えた。
フィーネは北の帝国からやってきた留学生なのだという。つまり、生活環境に大幅な変化があった。やはり慣れない土地へ移るというのは大変なのだろう。セリーヌもフィルエス大森林での生活から、リーンエス王国の伯父の屋敷へ移った当初は大変だった。今でも本当の意味では慣れていないのかもしれない。
「故郷から遠く離れて違う国で暮らすのって大変ですよね。私も元々は王国とは別の場所で暮らしていたので解ります」
「あ、いやまぁ、一番のストレスの原因はそれじゃないんだけど……うん、でも、慣れない事は慣れないかな。セリーヌも故郷は外国なの?」
「はい――」
フィルエス大森林の、と言いかけて、母との約束を思い出す。決して素性を明かしてはいけない。
「ちょっと、色々あって、こっちに来たんです。随分前ですけど帝国も旅した事がありますよ。とっても寒くて厳しい所ですよね、大平原で野宿するのは大変でした。でも町にはとても多くの人で賑わっていて活気があった記憶ですよ」
「皇家の法令と威徳が行き届いているからだね。流通が王国よりもぐっとやりやすいんだ。貴方、大平原で野宿したの? 貴方のトシで随分前って大分子供の頃じゃない?」
「はい、六歳くらいの時だったかな……母と二人で」
「六歳で! お母さんと二人で? それは……無茶するなぁ! よく無事だったね」
「母が立派だったので」
セリーヌが微笑むとフィーネは眉間に皺を刻みながらも口端をあげて笑った。
「なるほど、確かに立派なお母さんだったらしいね。うちとは大違いだ」
「えっと、そうなのですか?」
「うちの母親は大分ロクデナシだよー、その子供もだけどね」
「そんな事を言ったらご家族が悲しまれますよ。メローヴィング殿をこんな素晴らしい弓の技を持つ立派な人に育てたのではないですか」
「貴方はイイコだなぁ」
フィーネが笑った。今度はカラッとした笑顔だった。
「ま、進んで身内の恥を晒す事もないだろうし、確かに黙っておこうかな。セリーヌは王国に来てから長いの?」
「八年くらいになりますかね。それなりには馴染みました」
「ふぅん、なるほど、大平原を旅したっていうのは王国に来る為にか」
「えぇと、まぁそんな感じですね」
フィーネは最初は不機嫌そうで気難しい様子だったが、話していると段々と気を許してくれたようで、会話はあれこれと弾んだ。
「――セリーヌは弓に興味があるの?」
「はい、さっき見てて弓を構えるメローヴィング殿はとても綺麗で格好いいって思いました」
「ふ、照れるね。それじゃセリーヌもちょっとやってみる?」
「……良いんですか?」
「うん、ここは狩猟部の領域だから、ちょうど、練習用の弓も置いてあるしね。それならセリーヌにも引けると思う――私のこれは、ちょっと力が無いと無理だから。セリーヌ、実は授恵者とか、そういう事は無いよね?」
「え? はい」
当時、授恵者というのはとても珍しいもので、セリーヌが授恵者として目覚めるのは帝国が崩壊してからだったから、この時はまだ一般人の少女だった。
「だよね。実は素で片手で大男を持ち上げられます、とかなら話は別なんだけど」
「無理です」
即答した。
セリーヌはとっても細腕であり、見た目の通りの筋力しかなかった。
「じゃ、普通の弓だね。ちょっと待ってて」
フィーネは近くに建っている小屋へと入り弓を一つ持ってきた。
「はい、どうぞ。これでも慣れないと引くのは結構大変だよ。引けるかな?」
セリーヌはおずおずと受け取り、左手に弓を、右手に矢を持った。
「立ち位置はここだね」
促され、茶髪緑瞳の少女は射撃位置へと進み出る。
先のフィーネの姿を思い出しつつ弓に矢を番え、引き絞ろうとした。
が――引けなかった。
強烈な力が腕にかかって全開に引き絞る前に押し戻されてしまう。
「うぅっ……重い……!」
「うん、普通はいきなりは撃てないよね。貸して」
弓矢を渡すとフィーネは弓に矢を番えあっさりと撃ち放った。
中心からはすこし外れたが、的内には中った。
「むぅ、やっぱ慣れてない弓だと狙いがずれるなぁ……」
フィーネはそんな事をぼやきつつ、
「弓はね、フォームが大切なんだ。慣れればどんな態勢からでも撃てるようになるけど、初めのうちは基本通りにやった方が良いよ。基本はこう」
銀髪少女は矢は持たず弓だけを持って、両足を肩幅まで均等に開いた。背筋を一枚の板のようにまっすぐに伸ばす。偏りが無い立ち方だった。
弓身を左手で持ち、右手の人差し指、中指、薬指の第一間接と第二間接だけを曲げ、第三間接は一本の棒のように真っ直ぐに伸ばし、曲げた三本指を弦にひっかける。右肘を手首よりも高い位置にあげつつ弓を引き起こし、左腕を斜め上、目線の高さまで上げ引き絞る。
弓を引き切った時、両腕は肩の高さとほぼ水平にあった。左腕を真っ直ぐに伸ばし、右腕も肘を折り畳みながら真っ直ぐに、弦にひっかけてある右手は顎の下に来た。
顔は斜め四十五度を向いている。
瞳を左端に寄せて的を睨んでいた。
「右腕はちょっと上がるくらいなら良いけど、矢より下がったり、あまりにも上がり過ぎるのは駄目ね。後は呼吸かな。弓をセットアップする時に肺の中にある息を吐き出す。苦しくならない程度に吐いたら息を止めてドロー。絞り切ってアンカーにつけて、狙う、撃つ」
フィーネが右手を真後ろに引いて弦から離すと、大きく撓んでいた弓が勢いよく元へと戻り、弦が動いた。
「初めのうちは矢を番えずに、弓を引く動作だけを練習した方が効率良いよ。つまんないけどね。それでもやる?」
「はい!」
セリーヌはもう一度弓を受け取り、今度は矢を番えずに引いてみる事にした。
「それじゃあまず引かずにただ立ってみて」
「はい」
「そう、身体を開かないで……真横に、水平に、傾けないで……真っ直ぐ伸ばして――」
フィーネがセリーヌの背後に回って手で掴んで押したり引いたりして肩の向きや背中の向き、頭の位置を微補正してくれた。どうも真っ直ぐ立っているつもりで微妙に曲がっていたらしい。
「それじゃあ、引いてみて」
そうして弓身を左手で持ち、右指で弦をひっかけ引いてみると、さっきは重くて引けなかったのに、しかし今は確かに引く事が出来た。
「はい戻してー」
弓を戻してからセリーヌは感嘆の声をあげた。
「凄いの! 引けるようになりました!」
「うん、なかなか筋が良い。変なフォームだと力も入りにくいし、力入れても逃げちゃってとても大変なんだけど、きちんと正しいフォームでやれば、引けるよ」
「有難うございます!」
セリーヌはそんな調子で手解きを受けてゆき、昼休みの終了間際には、一人で矢を番え撃てるようになっていた。的の中央にはあたらなかったが。
「真ん中あてるの難しいのよ……」
「……いやぁ~、こんな短時間でしっかり前に飛ばして的に中てられるようになったんだから凄いと思うよ。セリーヌ、ホントに今まで弓矢撃った事なかったの?」
「はい、今日が初めてです」
「へー……いや、それならほんと、筋が良いよ。才能あるんじゃない?」
「ホントですか? 有難うございます。先生が教え方上手いからですよ」
「そう? そうだと良いんだけどねー。ま、有難う――」
笑っていたフィーネだったが不意に表情を変えた。
「――何やってるの?」
セリーヌへ、というよりその頭越しに背後へと赤色の瞳が向けられていた。
振り向くと、小屋の陰から薄紫色の髪の少女がセリーヌ達の方を見ていた。
薄紫色の髪の少女は誤魔化すような笑顔を浮かべつつ進み出てきて、
「いえ、楽しそうにやってるから、出て行ったらお邪魔かなーと迷ってしまい」
「さっさと声かければ良いのに」
フィーネが嘆息した。
セリーヌが戸惑っていると、
「セリーヌ、こちらカ、キャロライン、私の同郷の友人なの。こちらセリーヌ、三年生なんだって」
フィーネが互いを紹介し、セリーヌとカキャロラインは互いに自己紹介をした。
(……ってあれ、カキャロでなくキャロ?)
キャロラインはフィーネを呼びに来たらしく、昼休みも終了間際という事もあって、セリーヌはそれで練習を終え、フィーネへ礼を言って別れたのだった。