君の為、星の箱

王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 畑下はるこ納品 2021年04月06日 11時44分13秒

 オウル寮、スィーリーンの部屋。
 こんこんとノックの音が響く。読んでいた本を閉じ、どうぞと簡潔に答えると、扉はすぐに開いた。
 現れたのは、見慣れた従弟の姿。
「はい、できていますよ」
 会う約束はしていなかったけれど、そろそろ来るだろうとは思っていた。作ってほしいと、頼まれていた品があったからだ。従弟から何か言われる前に、スィーリーンは外套の中へ手をやった。彼女の手指が黒い布地の隙間から取り出したのは、小さな箱。
「ふうん」
 従弟――鏑城 彰斗はそれを一瞥するなり掴み上げ、部屋の灯りに向けて無造作に翳す。黒い硝子のような素材は、光を失った夜空を思わせた。
「星の輝きを詰めた箱。普通には開けないので、使う際には砕いてください」
 お気に召すといいのですけれど……続いた言葉に、彰斗は反応しない。詰め込まれた魔力を計るように、箱をくるくる回して尚も確認を続けている。
 出来に自信はあった。けれど、彰斗の望む要件を満たしているかは別の話だ。心配げに見つめるスィーリーンの目の前で、彰斗はすっと瞳を細めた。
「いい触媒になりそうだ」
 彰斗は掲げていた手を胸の前に戻し、スィーリーンへ向けて頷く。
「僕が立てた理論が正しければ、付与魔法の効果をより広範囲に広げられる筈」
 サーペント寮の生徒らしく、彰斗も他者を弱体化させる魔法を得意としている。星の箱は、彰斗がもっと高みへ登るための品。魔法の効果を強化するものが欲しい、と頼んできたから作った道具だ。
(彰斗の役に立ててよかったです……けれど)
 スィーリーンの胸には、今度は別の心配が湧き出てきた。
「危険な真似はしないで下さいね?」
 ストイックに己を鍛えるのは素晴らしいことだ。だが、彰斗は時に己の探求心を過剰なほどに突き詰めてしまう。幼い頃から見守ってきた可愛い親族が、もしも魔法の取り扱いを間違え、道を踏み外してしまったら……。
「魔法は便利ですけれど、難しく危ういものでもあるのですから」
「分かってる、しないよ」
 心配げなスィーリーンの言葉は、むっとしたような言葉に流される。
「いつまでも子供扱いしないでほしいな」
「違います、ただ心配なだけ……わかるでしょう?」
「……それが子供扱いなんだって」
 ふてくされたような声。もう少し小さな頃だったら、きっと唇を尖らせていたことだろう――と、成長途中の少年に幼き日の面影を見てしまい、スィーリーンは返答に詰まった。
 それを話の終わりだと受け取ったのか、彰斗は後ろに一歩踏み出し、出て行くそぶりを見せる。
「じゃあ、貰っていくよ。ありが……」
 言葉は不自然に切れ、彰斗の視線は窓へと向いた。
 壮麗な飾り窓の向こう側が、何故かやたらと騒がしい。
「だめだ、逃げろ! 頭を低くするんだ!」
「またペガサス寮の奴らか!」
 ざわめきはどんどん近づいてくる。遅れてスィーリーンも窓へ目をやったところで、がしゃんと大きな音が響いた。
 激しく飛び散る硝子の破片。窓を割って飛び込んできたのは、小鳥を模した獣の群れだった。召喚を得意とするペガサス寮の誰かが戯れに呼び出したのだろう、数えきれないほどの空舞う異形。それが今まさに、スィーリーンの方へと迫り――。
「く……っ!」
 かしゃん。再度、硝子の割れる音。それが何の音なのか理解する前に、スィーリーンの目の前に光のカーテンが広がる。流星が折り重なり川を、星雲を成して。進路に突如現れた輝きの雲に、勢いづいた小鳥たちは成すすべなく突撃して……次の瞬間には、全ての個体が床に落ちていた。
(麻痺の魔法……でしたか。それに今の星は)
 思い至って、後ろを振り返る。丁度、彰斗が突き出した拳を引いているところだった。ゆっくりと開かれた掌からは、砕けた黒硝子がぱらぱらと零れる。
「……悪いんだけど、もう一回作ってくれる?」
 手を振って細かな破片を振り落とし、彰斗は改めてスィーリーンに背を向ける。
 出口へ向かって大股で歩く彰斗、その揺れる後ろ髪から覗く耳は……照れくさいのか、いつもより心なしか赤かった。
「まあ……」
 輝きを失った星箱の破片と、彰斗が出て行った扉を交互に見て、スィーリーンはひそやかに微笑む。
 少し骨が浮いてきた手は、あの小箱を片手で握りつぶしていた。もしかしたら彼の手はもうスィーリーンの手よりも大きく、力強いのかもしれない。そんな風に思ったら、なんだかどんどんくすぐったい気持ちになってきてしまう。
「ふふ」
 もう微笑みに留めることはできなかった。声を挙げてひとしきりころころと笑った後、スィーリーンはすっと指を上げる。赤紫色、夕暮れと夜闇が混じりあったような色の鱗に覆われたその指が右に左に揺れると、部屋の隅に立てかけていた箒が陽気に踊り、硝子の破片を纏め始めた。
(次はもっといいものを作ってあげましょうか)
 破片が小山になったのを見て、スィーリーンはちりとりを手に取ったのだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0