バンビと波紋師匠
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年03月10日 20時29分15秒
波紋学派に名を連ねるキャスターとして知られる「暗黒頭巾」ことバンビには師匠筋にあたる人物がいる。
この師匠筋というのは諸説あるのだが、いずれのエピソードも共通して示すのは彼が奇矯な人物であるという事だ。
「三日師匠」「波紋学派」「変人」……etc
枚挙に暇がない。
そんな一風変わった師の名をツェペ某という。
彼とバンビとが関わる事になった因果を紐解くと、始まりは某街にある古書店の特売に結び付けられる――
●
「いらっしゃいましーですわー」
その頃、バンビはさる古書店にて売り子としてバイトに入っていた。
ロスガリアにおいて活版印刷は技術的には発見されているが、用法的には発展しておらず、一般的には一枚刷りの木版印刷が主流である。
この時代の書籍というのは、しっかりと製本されたものは基本的には貴重であり高価だ。
だが、一部の都市などでは本が沢山出回っており、一部地域では高価だが、一部地域ではそこまででも無い、という現象が起こっていて、さらに粗雑な製本となるとお値段のお求めやすさは加速していた。
バンビがバイトに入っているこの古書店が建つ都市も学術が盛ん故に製本もまた盛んで、お安めの木板印刷で刷ったものをまとめたものが主流であったから、高価地域と比較するとかなりリーズナブルに本が手に入る地域だった。
しかしである。
「1gって、これ値付けあってますの?」
その本の値札には『1g』と記されていた。いくら安く手に入る地域の安い装丁の本とはいえ、本は本である。
これは破格過ぎる。
タダ同然。
まさに捨て値だ。
1gではたいまつ一本だって買えやしない。
故に何かの手違いかと思いバンビは本を手に伺いを立てた。
すると眼鏡をかけた初老の店主は、火の入っていないシャルガネ風のキセルをプラプラと口元で動かしつつ手を左右へ振り、
「あぁその本か、良いの良いの、店にあるだけでスペース喰うから、さっさと売っちまいたいんだよ」
「はぁ、そうなんですの……」
これが在庫整理、という奴かしらん、などと思いつつ本をワゴンに戻し、
「それにしても豪快な値付けですわね」
「売れないからね。なんならタダで持ってって貰っても良いくらいなんだけど……一応、作者の手前、最低限でも値段はつけてやろうと思ってさ」
1gはせめてもの情けらしい。
己の著書が1gでワゴンの海にたゆたっているのを目撃した著者はその情けをどう思うか……
いっそ処分してくれと思うかもしれなかったが、バンビはその著者本人ではなかったので、実際のところはわからない。
まぁ世の中にはそういう扱いをされる本もあるのだろう、とバンビは判断しその時は特に気にせず店員業務を続けたのだった。
●
古書店には様々な人がやって来て、それなりに本は売れた。ワゴンの中身も例外を除いて全部売れた。
夕陽が差す頃、バンビはバイト上がりとなったのだが、
「あら、これ売れ残ってしまいましたわ」
件の本はワゴンの中でぽつねんと一冊取り残されていた。
「1gでも売れなんだか……」
店主は天を仰いで深々と嘆いた。
「良かったらバンビちゃん、読んでみるかい? タダであげるよ」
「あら、良いんですの?」
「頑張って売り子してくれたからね」
「それじゃ遠慮なく頂いていきますわ。有難うございます」
書籍を譲り受けたバンビはダンボ=ルのハウスに帰宅すると早速1gでも売れなかったというこの本を開いてみた。
読み進めるにどうやらエーテルに関する理論書のようだ。
本には書かれていた。
『エーテルはすべて波で説明できる』
これがバンビと波紋学派の最初の出会いであった。
●
バンビは書籍を読んだ。
貪るように読んだ。
どうしてなかなか、1gの捨て値で売られていたのが信じられない程に、感じ入る物がある理論だった。
陽が没し夜が更けてもバンビはランプに火を灯して本を読み続けた。
月が夜空の高い所へと登り、通り過ぎても熱心に読み続けた。
東の果てより陽が顔を出し、すっかり朝になった所でバンビはようやく本を閉ざした。
「これは天命ですわ……」
バンビは古書店へと向かうとバイトを辞める事を告げた。
「えぇっ?! そんな、急にどうして?」
ゴブリナ少女は本を両手で持ち、緑色の瞳で戸惑う初老の店主を見上げ宣言した。
「この本の著者に弟子入りする為です」
●
バンビは賢人より教えを乞うべく旅に出た。
野を越え、山を越え、人の噂を頼りに探し回る事数日、割と近所だった泉の畔にあばら屋を構えていたツェペ某にバンビは邂逅する。
「ふむ、何者だお前は……?」
ツェペ某は鍔が広く高さのある帽子を被った中年の男だった。
彫りが深い顔立ちで鼻の下にダンディなヒゲを蓄えている。
術師にしては妙に鍛えられたがっしりとした体躯をしていた。
「俺の名はバンビと申しますわ。野蛮の蛮に美しき者の美と書いてバンビと名乗っておりますの」
バンビはローブの裾を両手で少し持ち上げて淑女らしく一礼すると先日古書店から譲り受けた本を両手で持ち示した。
「む、その本は……!」
「ツェペ先生の著作、拝読いたしました。とても感銘を受けましたわ……!」
「感銘……儂の著作で……? ふっ、ふふふっ! そうかそうかッ!! お前は見る目があるなッ!!」
ツェペ某はバンビが著書に感銘を受けそれを手にわざわざ尋ねて来た事を知ると、いたく上機嫌となり、
「弟子入り志願ですの」
とバンビが申し入れれば、
「良いぞ、良いぞ!」
と快諾してくれた。
そして、
「ふふふ、門派を増やして学会に復讐してくれる……」
ぶつぶつと何事かを呟いた。
噂に聞く所によれば、ツェペ某はどうやらエーテル学会では異端児の変人で通っていて冷や飯を喰わされているらしい。
故にか、バンビが弟子入りしたのは三日のみであったが、その短い期間にも某人が「それにしてもカ〇タゴは滅ぶべきである」と話の締め括りに述べるが如く何事かにつけ「学会に復讐してくれる」と述べていた。
後にバンビがその言動を思い返してこのツェペ某「もしかしてメドゥの指先だったんじゃ……?」と疑念を抱く程度にはちょっとアレな人物であった。
だが結局、バンビが弟子入りしたのは先述の通り、三日だけである。
ツェペ師は弟子入り初日は上機嫌だったが、二日目にはやや勢いを衰えさせ、三日目にはいたく気落ちした様子だった。
何があり、どういう心境の変化に至ったかはわからない。
しかし、それは唐突に来た。
ツェペ某は今日も湖の畔にある岩に腰かけていた。
彼は手にしていた小石を放り投げた。
石は放物線を描いて飛び、湖面へと落ちて、ぽちゃんと音を鳴らして小さな水柱を立てた。
透明な水面に幾重にも円形の波紋が広がってゆく。
ツェペ師はしばし湖面の波を見つめていたが、肩越しに振り向くとバンビを見据え、
「……バンビ、お前に必要なのは敵だ」
そんな事を語り始めた。
曰く、
「師匠ってのは界隈で高みに達した奴がなるものだが、師匠になった時点でそいつの成長は止まる。で、弟子が受け継ぐころには時代遅れになっちまうんだよ」
それは一理ある言葉だった。
なるほど、師となっても己を磨き続ける者も中にはいるが、人の世を見渡すと多くは違う。
そして大抵、師という位置におさまったら、一術師として己を磨く事はやめてしまうものである。
そうなったら過去にどれだけ優れた術師であっても術師としてはもうオシマイだ。
時代遅れの中身の無いポンコツを肩書と過去の栄光で飾り立て、物の解らない連中へと勿体つけて振り回すだけの二流以下に成り下がる。錆びた伝説。化石の吼え声。
「お前が最強最速を目指すんなら必要なのは師匠じゃねえ。敵だ。それは強大なら強大である方がいい」
師はヒゲを指先で摘み撫でるように伸ばすと、濃ゆい顔に真剣さを映して述べた。
「そいつならお前に最強の魔法を見せてくれる。
よしんばそいつがケチのくずでもメ〇ゾーマのような〇ラを見せてくれるはずだ。
だからお前はその術が紡ぐ波を見て覚えて実践すればいいだけさ」
つまりだな、と述べつつ師は岩から腰を浮かし立ち上がると、
「わしは……わしはー! まだ枯れたくないんじゃぁあああああああっ!!」
唐突に叫び猛然と駆け出した。
「……ツェペ師っ?!」
バンビは慌てて後を追いかけたが、妙に体格の良い師は妙に姿勢の良いフォームで駆け、その脚力は当時のバンビとは比較にならないものだった。
土煙を巻き上げながらあっという間にバンビを引き離してゆく。
そうして地平の彼方へと消えていってしまったのである――
簡単に師匠になってくれた男は、簡単にその座を放り出して、バンビを置き去りにして何処かへと消えてしまった。
だから、バンビが師たるツェペ某から教えられた事はたった三つのみであり、上記はそのうちの最後の一つなのだそうだ。
ある日、行きつけの屋台の店主から過去を尋ねられたバンビは昔日を振り返るように遠い目をしつつそのように語り、そして、
「残り二つの教えはなんだったか……今度また考えますわ」
「考えるのかよ」
そんな事を言っていたから、ツェペ師なるものはあるいは実はバンビのイマジナリー師匠な可能性も微レ存であった。
晩冬の満月が出ている夜、バンビは街の側にある河に小石を放った。
放物線を描いて飛んだ石は、水面にぽちゃりと落ちて月光に煌く波を起こした。波紋だ。あの日ツェペ師が池に起こしていた波のように。
彼の著書は散逸してしまったが内容はバンビの頭の中にすべて叩き込まれていて今でも記憶に刻まれている。
思う。
彼はメドゥくさかった。
だからこの間の依頼でメドゥの薬指に会った時は思わずワクワクしてしまった。
「また会えたら、面白そうですわね」
それは師か指先か。
自身にも良くはわからなかった。
この師匠筋というのは諸説あるのだが、いずれのエピソードも共通して示すのは彼が奇矯な人物であるという事だ。
「三日師匠」「波紋学派」「変人」……etc
枚挙に暇がない。
そんな一風変わった師の名をツェペ某という。
彼とバンビとが関わる事になった因果を紐解くと、始まりは某街にある古書店の特売に結び付けられる――
●
「いらっしゃいましーですわー」
その頃、バンビはさる古書店にて売り子としてバイトに入っていた。
ロスガリアにおいて活版印刷は技術的には発見されているが、用法的には発展しておらず、一般的には一枚刷りの木版印刷が主流である。
この時代の書籍というのは、しっかりと製本されたものは基本的には貴重であり高価だ。
だが、一部の都市などでは本が沢山出回っており、一部地域では高価だが、一部地域ではそこまででも無い、という現象が起こっていて、さらに粗雑な製本となるとお値段のお求めやすさは加速していた。
バンビがバイトに入っているこの古書店が建つ都市も学術が盛ん故に製本もまた盛んで、お安めの木板印刷で刷ったものをまとめたものが主流であったから、高価地域と比較するとかなりリーズナブルに本が手に入る地域だった。
しかしである。
「1gって、これ値付けあってますの?」
その本の値札には『1g』と記されていた。いくら安く手に入る地域の安い装丁の本とはいえ、本は本である。
これは破格過ぎる。
タダ同然。
まさに捨て値だ。
1gではたいまつ一本だって買えやしない。
故に何かの手違いかと思いバンビは本を手に伺いを立てた。
すると眼鏡をかけた初老の店主は、火の入っていないシャルガネ風のキセルをプラプラと口元で動かしつつ手を左右へ振り、
「あぁその本か、良いの良いの、店にあるだけでスペース喰うから、さっさと売っちまいたいんだよ」
「はぁ、そうなんですの……」
これが在庫整理、という奴かしらん、などと思いつつ本をワゴンに戻し、
「それにしても豪快な値付けですわね」
「売れないからね。なんならタダで持ってって貰っても良いくらいなんだけど……一応、作者の手前、最低限でも値段はつけてやろうと思ってさ」
1gはせめてもの情けらしい。
己の著書が1gでワゴンの海にたゆたっているのを目撃した著者はその情けをどう思うか……
いっそ処分してくれと思うかもしれなかったが、バンビはその著者本人ではなかったので、実際のところはわからない。
まぁ世の中にはそういう扱いをされる本もあるのだろう、とバンビは判断しその時は特に気にせず店員業務を続けたのだった。
●
古書店には様々な人がやって来て、それなりに本は売れた。ワゴンの中身も例外を除いて全部売れた。
夕陽が差す頃、バンビはバイト上がりとなったのだが、
「あら、これ売れ残ってしまいましたわ」
件の本はワゴンの中でぽつねんと一冊取り残されていた。
「1gでも売れなんだか……」
店主は天を仰いで深々と嘆いた。
「良かったらバンビちゃん、読んでみるかい? タダであげるよ」
「あら、良いんですの?」
「頑張って売り子してくれたからね」
「それじゃ遠慮なく頂いていきますわ。有難うございます」
書籍を譲り受けたバンビはダンボ=ルのハウスに帰宅すると早速1gでも売れなかったというこの本を開いてみた。
読み進めるにどうやらエーテルに関する理論書のようだ。
本には書かれていた。
『エーテルはすべて波で説明できる』
これがバンビと波紋学派の最初の出会いであった。
●
バンビは書籍を読んだ。
貪るように読んだ。
どうしてなかなか、1gの捨て値で売られていたのが信じられない程に、感じ入る物がある理論だった。
陽が没し夜が更けてもバンビはランプに火を灯して本を読み続けた。
月が夜空の高い所へと登り、通り過ぎても熱心に読み続けた。
東の果てより陽が顔を出し、すっかり朝になった所でバンビはようやく本を閉ざした。
「これは天命ですわ……」
バンビは古書店へと向かうとバイトを辞める事を告げた。
「えぇっ?! そんな、急にどうして?」
ゴブリナ少女は本を両手で持ち、緑色の瞳で戸惑う初老の店主を見上げ宣言した。
「この本の著者に弟子入りする為です」
●
バンビは賢人より教えを乞うべく旅に出た。
野を越え、山を越え、人の噂を頼りに探し回る事数日、割と近所だった泉の畔にあばら屋を構えていたツェペ某にバンビは邂逅する。
「ふむ、何者だお前は……?」
ツェペ某は鍔が広く高さのある帽子を被った中年の男だった。
彫りが深い顔立ちで鼻の下にダンディなヒゲを蓄えている。
術師にしては妙に鍛えられたがっしりとした体躯をしていた。
「俺の名はバンビと申しますわ。野蛮の蛮に美しき者の美と書いてバンビと名乗っておりますの」
バンビはローブの裾を両手で少し持ち上げて淑女らしく一礼すると先日古書店から譲り受けた本を両手で持ち示した。
「む、その本は……!」
「ツェペ先生の著作、拝読いたしました。とても感銘を受けましたわ……!」
「感銘……儂の著作で……? ふっ、ふふふっ! そうかそうかッ!! お前は見る目があるなッ!!」
ツェペ某はバンビが著書に感銘を受けそれを手にわざわざ尋ねて来た事を知ると、いたく上機嫌となり、
「弟子入り志願ですの」
とバンビが申し入れれば、
「良いぞ、良いぞ!」
と快諾してくれた。
そして、
「ふふふ、門派を増やして学会に復讐してくれる……」
ぶつぶつと何事かを呟いた。
噂に聞く所によれば、ツェペ某はどうやらエーテル学会では異端児の変人で通っていて冷や飯を喰わされているらしい。
故にか、バンビが弟子入りしたのは三日のみであったが、その短い期間にも某人が「それにしてもカ〇タゴは滅ぶべきである」と話の締め括りに述べるが如く何事かにつけ「学会に復讐してくれる」と述べていた。
後にバンビがその言動を思い返してこのツェペ某「もしかしてメドゥの指先だったんじゃ……?」と疑念を抱く程度にはちょっとアレな人物であった。
だが結局、バンビが弟子入りしたのは先述の通り、三日だけである。
ツェペ師は弟子入り初日は上機嫌だったが、二日目にはやや勢いを衰えさせ、三日目にはいたく気落ちした様子だった。
何があり、どういう心境の変化に至ったかはわからない。
しかし、それは唐突に来た。
ツェペ某は今日も湖の畔にある岩に腰かけていた。
彼は手にしていた小石を放り投げた。
石は放物線を描いて飛び、湖面へと落ちて、ぽちゃんと音を鳴らして小さな水柱を立てた。
透明な水面に幾重にも円形の波紋が広がってゆく。
ツェペ師はしばし湖面の波を見つめていたが、肩越しに振り向くとバンビを見据え、
「……バンビ、お前に必要なのは敵だ」
そんな事を語り始めた。
曰く、
「師匠ってのは界隈で高みに達した奴がなるものだが、師匠になった時点でそいつの成長は止まる。で、弟子が受け継ぐころには時代遅れになっちまうんだよ」
それは一理ある言葉だった。
なるほど、師となっても己を磨き続ける者も中にはいるが、人の世を見渡すと多くは違う。
そして大抵、師という位置におさまったら、一術師として己を磨く事はやめてしまうものである。
そうなったら過去にどれだけ優れた術師であっても術師としてはもうオシマイだ。
時代遅れの中身の無いポンコツを肩書と過去の栄光で飾り立て、物の解らない連中へと勿体つけて振り回すだけの二流以下に成り下がる。錆びた伝説。化石の吼え声。
「お前が最強最速を目指すんなら必要なのは師匠じゃねえ。敵だ。それは強大なら強大である方がいい」
師はヒゲを指先で摘み撫でるように伸ばすと、濃ゆい顔に真剣さを映して述べた。
「そいつならお前に最強の魔法を見せてくれる。
よしんばそいつがケチのくずでもメ〇ゾーマのような〇ラを見せてくれるはずだ。
だからお前はその術が紡ぐ波を見て覚えて実践すればいいだけさ」
つまりだな、と述べつつ師は岩から腰を浮かし立ち上がると、
「わしは……わしはー! まだ枯れたくないんじゃぁあああああああっ!!」
唐突に叫び猛然と駆け出した。
「……ツェペ師っ?!」
バンビは慌てて後を追いかけたが、妙に体格の良い師は妙に姿勢の良いフォームで駆け、その脚力は当時のバンビとは比較にならないものだった。
土煙を巻き上げながらあっという間にバンビを引き離してゆく。
そうして地平の彼方へと消えていってしまったのである――
簡単に師匠になってくれた男は、簡単にその座を放り出して、バンビを置き去りにして何処かへと消えてしまった。
だから、バンビが師たるツェペ某から教えられた事はたった三つのみであり、上記はそのうちの最後の一つなのだそうだ。
ある日、行きつけの屋台の店主から過去を尋ねられたバンビは昔日を振り返るように遠い目をしつつそのように語り、そして、
「残り二つの教えはなんだったか……今度また考えますわ」
「考えるのかよ」
そんな事を言っていたから、ツェペ師なるものはあるいは実はバンビのイマジナリー師匠な可能性も微レ存であった。
晩冬の満月が出ている夜、バンビは街の側にある河に小石を放った。
放物線を描いて飛んだ石は、水面にぽちゃりと落ちて月光に煌く波を起こした。波紋だ。あの日ツェペ師が池に起こしていた波のように。
彼の著書は散逸してしまったが内容はバンビの頭の中にすべて叩き込まれていて今でも記憶に刻まれている。
思う。
彼はメドゥくさかった。
だからこの間の依頼でメドゥの薬指に会った時は思わずワクワクしてしまった。
「また会えたら、面白そうですわね」
それは師か指先か。
自身にも良くはわからなかった。