日常的な非日常
キャラクターノベル制作 STANZA納品 2021年03月22日 20時15分10秒
冒険者街の外れに一軒の鍛冶屋がある。
それが鍛冶屋である事を示すものは戸口に置かれた看板のみ、しかも大抵はその上に「closed」の札がかけられている。
ただ戸口は常に開け放してある為、店内を覗き込む事は出来る。まあ見たところで空っぽのカウンターと水切れ寸前で枯れかかった観葉植物の他には何もないのだが。
店の主、サイラスの姿もない。
だが留守にしているわけでもない。
彼の姿はほぼ常に、地下の仕事場にあった。
仕事場と言っても鍛冶屋らしい絵面なのは隅の一角のみ。
他の大部分は錬金術師の工房とでも呼ぶのが相応しいだろうか。壁の棚には瓶詰めの何か――薬漬けの目玉や内臓、干からびた肉片、甲羅や鱗、正体不明のドロドロした何かや、毒々しい色の液体などが所狭しと並んでいる。
別の棚には鉱物が置かれ、天井からは束ねた薬草や毒草、動物の死体などがぶら下がり、床には本や巻物が積み上げられ、或いは書崩を起こしている。
他にも折れた刃物や書き損じて丸めた紙、ページがごっそり破り取られて投げ出された本などで、足の踏み場もなかった。
それらは全て、彼が転生を経る事なく彼のままで竜となる為の手がかりとして集められた貴重な品だ。
その日、地下室からは槌を打つ規則的な音が響いていた。
熱く溶けた金属を叩いて伸ばし、水に浸けて冷やしてはまた火に投じ、再び叩く。
その姿は鍛冶屋としての本来の仕事に勤しむ真面目な親方の姿……に、見えるかもしれない。
だが彼が今その手で作り出そうとしているのは、ある特別な儀式に使う為の呪具だった。
たまたま仕事で立ち寄った街で見付けた、怪しい店の怪しい魔導書。そこに書かれていた肉体改造の秘術。
「これで貴方もドラゴンになれますってか」
鼻で笑いながらも、サイラスの手は止まる事なく動き続ける。
ドラゴンと竜は似て非なるもの、リザードマンが転生を望むのはドラゴンではなく竜だ。
だがもしも肉体改造でドラゴンになれるなら、竜になる事も可能である筈だ――理屈の上では。
「ガワだけ真似てもどうにもならんが、まずは形からってのもまあ悪くない」
今はそのガワさえも、変化の兆が全くないのだから。
「さて、こんなもんかね」
鈍く光るナイフをランタンの光にかざし、サイラスは特に嬉しさも達成感も感じさせない口調で呟いた。
材料は溶かした数種類の金属にドラゴンの爪と鱗、その他呪物的な効果がありそうな諸々。
その切っ先で己の身に特定の術印を刻めばエーテルが変質し、肉体が本質的な変貌を遂げる――と、書物には書かれていた。
床に散らばるゴミをどけようともせずに座り込み、目の前に魔法陣の様な図案が書かれた本を広げる。
「エーテルの流れを制御する術式だな」
一見するとまともに組まれている様に見えるが、さて。
サイラスは徐に上半身の衣服を脱ぎ捨てた。
現れた肌には無数の傷や紋様が刻まれている。
「古傷の上に刻んでも効果は変わらんもんかね」
駄目だと言われても、このキャンバスにはもう空きがない。
それでも比較的跡が薄い部分を選んで、サイラスはナイフを突き立てた。
元の図柄に征竜の徴と呼ばれるものを組み込み、自分なりに改良を加え――
ペインキルのお陰で痛みは感じない。ここに籠もってからずっと飲まず食わずで研究と実践に没頭していたが、空腹も喉の乾きも感じない。
感じていないだけで、実際は危機的状況にある事を頭では理解している。
つい先日も地下での作業効率を上げるべく「暗視」のレベルアップを図り、眼球に術印を刻んで危うく失明しかけたところだ。
目論見は失敗に終わった上に、今も片目が半分塞がったまま視力の回復が遅れている。
だがそれでも実験を中断する気はなかった。
今のこの自分のまま、この生で竜になる。その為なら手段を選ばず、出来る事は何でもやる――お祈りと、魂の研鑽とやら以外は。
術印を刻み終え、暫く待ってみる。
何も起こらない。
ただ傷跡からじわりと滲み出た血が床に滴り落ちるのみ。
わかっていた、そんな事は。
「くく……ははははは……っ!」
可笑しくもないのに笑えてくる。
もう認めてしまえ、竜になどなれないのだと――
「いや、違う」
サイラスは本のページを破り取り、部屋の隅に置かれた小さなテーブルに飛び付いた。
「この術印が間違ってるんだ、ここはこう……待てよ、確か似たものがどこかに……」
本の山を崩し、ページを捲っては「あれでもないこれでもない」と投げ出し、破り捨て、頭を掻き毟る。
「これだ!」
見付けた事例を参考に、新たな術印を組み直す。
それをまた身に刻んでは抉り取り、書物を漁り、自らを被験者に気が済むまで試行錯誤を繰り返す。
それを狂気と見るか執念と見るか、或いはただのドMと見るか。
「べつに、見たい様に見れば?」
いつもの適当ニーサンに戻った彼なら、軽くそう言い放つのかもしれない。
それが鍛冶屋である事を示すものは戸口に置かれた看板のみ、しかも大抵はその上に「closed」の札がかけられている。
ただ戸口は常に開け放してある為、店内を覗き込む事は出来る。まあ見たところで空っぽのカウンターと水切れ寸前で枯れかかった観葉植物の他には何もないのだが。
店の主、サイラスの姿もない。
だが留守にしているわけでもない。
彼の姿はほぼ常に、地下の仕事場にあった。
仕事場と言っても鍛冶屋らしい絵面なのは隅の一角のみ。
他の大部分は錬金術師の工房とでも呼ぶのが相応しいだろうか。壁の棚には瓶詰めの何か――薬漬けの目玉や内臓、干からびた肉片、甲羅や鱗、正体不明のドロドロした何かや、毒々しい色の液体などが所狭しと並んでいる。
別の棚には鉱物が置かれ、天井からは束ねた薬草や毒草、動物の死体などがぶら下がり、床には本や巻物が積み上げられ、或いは書崩を起こしている。
他にも折れた刃物や書き損じて丸めた紙、ページがごっそり破り取られて投げ出された本などで、足の踏み場もなかった。
それらは全て、彼が転生を経る事なく彼のままで竜となる為の手がかりとして集められた貴重な品だ。
その日、地下室からは槌を打つ規則的な音が響いていた。
熱く溶けた金属を叩いて伸ばし、水に浸けて冷やしてはまた火に投じ、再び叩く。
その姿は鍛冶屋としての本来の仕事に勤しむ真面目な親方の姿……に、見えるかもしれない。
だが彼が今その手で作り出そうとしているのは、ある特別な儀式に使う為の呪具だった。
たまたま仕事で立ち寄った街で見付けた、怪しい店の怪しい魔導書。そこに書かれていた肉体改造の秘術。
「これで貴方もドラゴンになれますってか」
鼻で笑いながらも、サイラスの手は止まる事なく動き続ける。
ドラゴンと竜は似て非なるもの、リザードマンが転生を望むのはドラゴンではなく竜だ。
だがもしも肉体改造でドラゴンになれるなら、竜になる事も可能である筈だ――理屈の上では。
「ガワだけ真似てもどうにもならんが、まずは形からってのもまあ悪くない」
今はそのガワさえも、変化の兆が全くないのだから。
「さて、こんなもんかね」
鈍く光るナイフをランタンの光にかざし、サイラスは特に嬉しさも達成感も感じさせない口調で呟いた。
材料は溶かした数種類の金属にドラゴンの爪と鱗、その他呪物的な効果がありそうな諸々。
その切っ先で己の身に特定の術印を刻めばエーテルが変質し、肉体が本質的な変貌を遂げる――と、書物には書かれていた。
床に散らばるゴミをどけようともせずに座り込み、目の前に魔法陣の様な図案が書かれた本を広げる。
「エーテルの流れを制御する術式だな」
一見するとまともに組まれている様に見えるが、さて。
サイラスは徐に上半身の衣服を脱ぎ捨てた。
現れた肌には無数の傷や紋様が刻まれている。
「古傷の上に刻んでも効果は変わらんもんかね」
駄目だと言われても、このキャンバスにはもう空きがない。
それでも比較的跡が薄い部分を選んで、サイラスはナイフを突き立てた。
元の図柄に征竜の徴と呼ばれるものを組み込み、自分なりに改良を加え――
ペインキルのお陰で痛みは感じない。ここに籠もってからずっと飲まず食わずで研究と実践に没頭していたが、空腹も喉の乾きも感じない。
感じていないだけで、実際は危機的状況にある事を頭では理解している。
つい先日も地下での作業効率を上げるべく「暗視」のレベルアップを図り、眼球に術印を刻んで危うく失明しかけたところだ。
目論見は失敗に終わった上に、今も片目が半分塞がったまま視力の回復が遅れている。
だがそれでも実験を中断する気はなかった。
今のこの自分のまま、この生で竜になる。その為なら手段を選ばず、出来る事は何でもやる――お祈りと、魂の研鑽とやら以外は。
術印を刻み終え、暫く待ってみる。
何も起こらない。
ただ傷跡からじわりと滲み出た血が床に滴り落ちるのみ。
わかっていた、そんな事は。
「くく……ははははは……っ!」
可笑しくもないのに笑えてくる。
もう認めてしまえ、竜になどなれないのだと――
「いや、違う」
サイラスは本のページを破り取り、部屋の隅に置かれた小さなテーブルに飛び付いた。
「この術印が間違ってるんだ、ここはこう……待てよ、確か似たものがどこかに……」
本の山を崩し、ページを捲っては「あれでもないこれでもない」と投げ出し、破り捨て、頭を掻き毟る。
「これだ!」
見付けた事例を参考に、新たな術印を組み直す。
それをまた身に刻んでは抉り取り、書物を漁り、自らを被験者に気が済むまで試行錯誤を繰り返す。
それを狂気と見るか執念と見るか、或いはただのドMと見るか。
「べつに、見たい様に見れば?」
いつもの適当ニーサンに戻った彼なら、軽くそう言い放つのかもしれない。
登場キャラクター
サイラス