或る日の雪解け

キャラクターノベル制作 柚烏納品 2021年03月04日 20時16分14秒

 ふわぁ――と欠伸混じりの吐息を漏らせば、窓越しに射す光の中で、きらきらと虹色の粒が舞っていた。
(そろそろ、お掃除しないとなぁ)
 最近はずっと、ギルドの依頼をこなす日々を送っていたから、身の回りのことを片付ける余裕も、もしかしたら無くなっていたかも知れないなぁ。
「うぅん、もうちょっと……」
 だから――ふかふかのお布団に包まって、このまま二度寝をしちゃいそうな、贅沢な時間を味わうのも捨てがたいんだけど。
「いや、駄目駄目! こんなに良い天気なんだから、今日はお出掛けしようっと!」
 自分に言い聞かせるように、びしっと元気な声を出してベッドから跳ね起きると、部屋の埃を追い出すついでに勢いよく窓を開けた。
「わぁ……!」
 ――だいぶ暖かくなってきたけれど、ここリブラネスタでも、今の時期はそれなりに寒いんだ。それでも、あたしの育った国とは、寒さの質が違うのかなって思う。
 肌を刺す空気に、冷たい風が運んでくる冬のかけら。ふわふわした柔らかな雪は、地元であんまり目にすることは無くて――故郷の寒地では、潤いを散らした細かい氷の粒が、激しい風とともに打ち付けられるのを『雪』と呼んだ。
(まるで、硝子の破片に身を晒しているかのよう……なんて、これはお母さんの受け売りだけど)
 あ、自己紹介が遅くなっちゃったね。あたしはリノ・キャロル。リノ、って気軽に読んでくれると嬉しいな。色々あって、今は家族と離れて暮らしながら、冒険者として活動をしているんだ。
 ひとりで都市同盟の方へ出てくることになって、そりゃあ不安がない訳じゃなかったけど、仕送りをする為にも、あたしに出来ることをしたいなって。
「おはようございまーす!」
「おう、リノちゃんおはよう、今日も元気だね」
 手早く上着を羽織って部屋から出ると、お世話になってる宿のおじさんに、いつものようにご挨拶。リノちゃんの笑顔を見ると、今日一日の元気が貰えるよ――そんな風に言って貰えるのは嬉しいけど、最初はあたしのこと、男の子だって思ってたんだよね。
(まぁ、髪短くしてるし……色気も……ま、まだまだだけど!)
 ――もうちょっと成長すれば、あたしもお母さんみたいな美人になれるかな。春の気配が訪れつつある冒険者街を駆けながら、ふとそんなことを思う。
「――……♪」
 厚手のコートから覗く手足を、のびのびと動かしながら、そっと口ずさむのは故郷の歌だ。漁師たちで賑わう港の酒場は、白く凍てついた世界のなかで、みんなに希望を与える篝火みたいだなって思ってた。
 薪が弾ける音に、カタカタ食器を合わせる音。鍋のスープがぐつぐつと良い音を立てていくのに、じゅうと魚の焼ける美味しそうな匂いが重なっていく。そうして、大きなテーブルへ料理が運ばれていくと――ジョッキを合わせる音と一緒に、気のいい漁師たちの「乾杯!」の音頭が店中に響いていくんだ。
(……懐かしいなぁ)
 そんな――お父さん達の切り盛りする酒場を、あたしも手伝っていくんだって、その頃は何の疑いもなく信じていた。だけど、世界は変わっていく。帝国の崩壊のあと、白を照らす篝火は掻き消えてしまって、あたしは遠い空の下、在りし日の光景を思い浮かべることしかできない――けど。
「ん、大丈夫! だって、ここは――」
「お、リノ、久しぶりー!」
 ギィィ、と『踊る小熊亭』の扉を開いていくと、顔馴染みの冒険者さんが手を振ってくれるのが見えた。向こうも依頼が無事に終わったとかで、朝から祝勝会をするんだってご馳走を囲んでいる。
「ねぇねぇ、リノちゃんの踊り、また見たいなぁ」
「……マジ? リノっち踊ってくれんの?」
 ――って、あれよあれよと言う間に、あたしは酒場のステージまで引っ張られていって。楽師さんが即興で音楽を奏でていくと、こっちも応えずにはいられないよね。
「じゃあ、折角だしみんなも一緒に、ね?」
 邪魔なコートを一気に脱いで、薄手の舞装束を翻しながら、あたしは踊る。幼い頃からずっと修行を続けてきて、身体に染み着いた所作はお母さん譲りのもの。
(それに、きっと)
 ――お母さんもどこかで、こんな風に踊って誰かに笑顔を届けていると思うから。軽やかなステップでテーブルの端に向かうと、あたしは所在なさげに佇んでいた女の子へ、にっこり笑いかけたんだ。
「こんにちは! あたし、リノだよ、どうかよろしくね!」
「……ぁ、よろしく、です」
 たぶん、冒険者になりたての――期待と不安がない交ぜになった表情で、その子はみんなの輪に入りたそうにしていたから。気づけば、あたしは手を伸ばしていて。
「わ、わわ……!」
「はい、ここで跳んで!」
「あ、私も混ぜて混ぜてっ」
 そうして――いつしか酒場のみんなも一緒になって、辺りは喝采に包まれたんだ。

(ねえ、お母さん。あたしは元気でやってるよ)
 お父さんみたいな、素敵な人との出会いは――まだまだ、先かも知れないけどね。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0