社畜の労働風景
キャラクターノベル制作 伊治納品 2021年02月20日 21時47分28秒
朝というのは、早く起きるもの。
鵜鬱鷹 浩之の認識はそのようなものであり、既に変えようのない意識だ。
ベッドから身を起こすと、空が白み始めた頃合いで、今日は天候を憂う必要がない空模様と確認する。
身支度を整え、共有スペースであるラウンジへ向かうが、誰もいない。
冒険者向けのシェアハウスを拠点にしている浩之は、ここを拠点にする冒険者の大半の休日の朝はほぼ昼と言って差し支えない刻限であることは知っている。そうではない者は確か依頼でシェアハウスを数日空けており、ここにはいない。
「朝には朝の仕事がありますからね」
浩之は仕事の前にとシェアハウスを出て、裏手に回った。
井戸で汲んだ水で顔を洗ってから、今日の仕事を思い浮かべる。
浩之は現在、数日の依頼を請けている。
と言ってもリブラネスタの職人通りにある大衆食堂でのもので、冒険者としての能力はそこまで必要ではない。
食堂に泊まり込むのではなく、通いである為、他の仕事に夢中でこの仕事に遅刻などしないように注意だ。
今日が最終日になるので、ギルドへ寄って依頼終了を報告し、新しい依頼を探さないと。
できたら、残業もあり、暇になる時間がない依頼がいい。
(働く為に赴くのに暇を持て余すなど、申し訳ないですからね)
働ける場所がある。
それはどんなに素晴らしいことか――浩之はそう信じて疑っていない。
玄関周りを綺麗に清掃した浩之は自分で焼いたたほうれん草とベーコンのキッシュを食べてから、シェアハウスを出た。
今日休みの冒険者の分の朝食はいつも通りテーブルの上に布をかけて置いておいたので、起きてきた彼らが食べるだろう。
職人通りは、朝から活気がある。
行き交う人々の装いはまちまちだが、誰も彼も時間を持て余しているようには見えない。
工房からは納期で戦う怒声が聞こえることもあれば、急ぎの用事を頼まれたらしい見習いに見える少年が浩之を追い抜いて走っていく。
自身も怠けていられないと、気を引き締めた。
(皆忙しいからこそ、ワタシがこれから赴く戦場は重要なのです)
浩之はその建物の裏手に回ると、ちょうど女将が外に出てきたところだ。
「おはようございます」
「おはよう、今日もよろしく頼むよ」
浩之の本日のお仕事が始まる。
職人通りにあるこの大衆食堂の利用者は、職人が多い。
早く食べて早く席を立ち早く仕事に戻りたい職人の為、この食堂は注文を受けてから料理を出すのに時間をかけられない。
この為、料理の準備を万全にし、食事の時間帯限定で店を開けているが、店を開けていない時間も仕込みの為この食堂は戦場である。
そんな中、職人同士の喧嘩に巻き込まれて店の主が怪我をしてしまったそうだ。
働けないような状態ではないが無理はできないらしく、怪我が治る数日の間、昼食に店を開ける準備から夕食の時間を終えて店を閉めるまで手伝いが欲しい。更に、臨時で手伝ってくれる可愛い娘へちょっかいを出す輩がいるかもしれないので、睨みを利かせてもらいたい。
そうして、冒険者ギルドに依頼が出されたらしい。
命の危険はなく、通いの仕事であるのでダブルブッキングさえしなければ他の依頼と並行しても問題ないというのは、ここがリブラネスタであることを差し引いても良心的な意向だ。この依頼単独の報酬はそうでもないが、まかないの保障も考えれば、中々旨い。
(……とワタシは思うのですが)
食材の荷運びと皿洗いがメイン2人と接客担当が1人、そして調理補助担当の浩之の4人での依頼だが、他の3人はあまり冒険者らしくない依頼を請けざるを得ない駆け出しの自分の未熟さを嘆いていた。
装備を整えるのにも先立つものがあるし、浩之のようにブッキングに気を付けて仕事後に別の単発依頼を請ければいいのにと思うが、中々難しいようだ。
人には人の仕事に対する考えがあることは知っているので、言わないでいるが。
嵐のような昼食の時間が終わると、皿洗い担当が厨房で終わらない戦いを続け、疲れた目をした接客担当が休憩スペースに腰を下ろした。
テーブルの上には浩之が作った賄いが置いてあり、無言で食べ始める。
「おいしい……冷めても美味しい……」
怒涛の時間だったのか、やっと喋った接客担当の語彙が消失している。
「皆さんいつ食べられるか判りませんでしたから」
「そうだよね……」
ちなみに浩之は一緒に休んでいる訳ではなく、マッシュポテトを作っている最中だ。
マッシュポテトは後で揚げるらしく、夕食の時間帯の人気メニューのひとつだとか。
「今日は最終日だし、泣き言言わないで頑張る!」
賄いを食べ終わった接客担当は仮眠用のスペースで持参の毛布に包まって丸くなった。
(最終日……)
残業もある素晴らしい依頼なのに、とても寂しい。
何かあった時は指名で依頼してもらえるよう頼んでみよう。
心に決めた浩之はマッシュしたポテトを楕円型に成型するのも手伝い、労働に勤しんだ。
最終日である今日は、浩之にとっては喜ばしいことに残業だった。
調理補助だけだったはずなのが、最終的に皿洗いも手伝うことになったのは浩之のお人よしの性質によるものだろう。
ギルドへ依頼終了の報告を行うと、他の3人は帰路に着いたが、浩之は依頼を物色し始める。
「今日はもう早く帰って明日探された方が」
「そうすると、明日の午前は確実に仕事がないでしょう」
「えっ」
浩之がギルド職員の勧めを断ると、職員の顔が引きつった。
(何かおかしなことを言ったのでしょうか)
明日の仕事も決めずに帰ったら、当然明日の午前は仕事がない。最短でも午後から、下手すると丸一日の休みになってしまう。
「あの、何かお悩みでしたら、遠慮なくお話しくださいね? ギルドは冒険者のサポートもしていますから」
「???」
何を言われているかますます判らない。
浩之にとっては、生きることは働くこと。働くことで己がここにいていいと思えるし、存在の証明にもなる。良き労働は日々のストレスを緩和させる。冒険者ギルドの依頼もまた仕事であり、この心を癒してくれると浩之は信じて疑ってない。
このギルド職員は、浩之が社畜を甘く見ていた。浩之にとっての常識とはそういうものなのだ。生活に困窮しているとかはない。
ギルド職員の困惑を他所に、商人の護衛依頼を請けた浩之はギルドを出て行った。
今日の仕事も決まれば後は帰るだけ。
寄り道せずにシェアハウスに戻れば共有スペースには居住する冒険者達が談笑していた。
数日空けていた冒険者が浩之より早く帰ってきていたらしく、夕食は既に作られていて、依頼の話が主な話題のようだった。
(仕事の情報を共有し、次の仕事の糧にするのも素晴らしいことです)
浩之も腰を下ろし、ここ数日の依頼の内容と明日の依頼の概要について話し始めた。
今日には今日の仕事があり、明日には明日の仕事がある。
立っても仕事、座っても仕事、歩いても走っても仕事はしないといけない。
――人はそれを社畜と呼ぶ。
やがて夜も更け、朝が来る。
浩之の目は、いつも通り覚めた。
今日という1日が始まる。
今日もまた、明日の仕事に繋がるよう働きましょう。
鵜鬱鷹 浩之の認識はそのようなものであり、既に変えようのない意識だ。
ベッドから身を起こすと、空が白み始めた頃合いで、今日は天候を憂う必要がない空模様と確認する。
身支度を整え、共有スペースであるラウンジへ向かうが、誰もいない。
冒険者向けのシェアハウスを拠点にしている浩之は、ここを拠点にする冒険者の大半の休日の朝はほぼ昼と言って差し支えない刻限であることは知っている。そうではない者は確か依頼でシェアハウスを数日空けており、ここにはいない。
「朝には朝の仕事がありますからね」
浩之は仕事の前にとシェアハウスを出て、裏手に回った。
井戸で汲んだ水で顔を洗ってから、今日の仕事を思い浮かべる。
浩之は現在、数日の依頼を請けている。
と言ってもリブラネスタの職人通りにある大衆食堂でのもので、冒険者としての能力はそこまで必要ではない。
食堂に泊まり込むのではなく、通いである為、他の仕事に夢中でこの仕事に遅刻などしないように注意だ。
今日が最終日になるので、ギルドへ寄って依頼終了を報告し、新しい依頼を探さないと。
できたら、残業もあり、暇になる時間がない依頼がいい。
(働く為に赴くのに暇を持て余すなど、申し訳ないですからね)
働ける場所がある。
それはどんなに素晴らしいことか――浩之はそう信じて疑っていない。
玄関周りを綺麗に清掃した浩之は自分で焼いたたほうれん草とベーコンのキッシュを食べてから、シェアハウスを出た。
今日休みの冒険者の分の朝食はいつも通りテーブルの上に布をかけて置いておいたので、起きてきた彼らが食べるだろう。
職人通りは、朝から活気がある。
行き交う人々の装いはまちまちだが、誰も彼も時間を持て余しているようには見えない。
工房からは納期で戦う怒声が聞こえることもあれば、急ぎの用事を頼まれたらしい見習いに見える少年が浩之を追い抜いて走っていく。
自身も怠けていられないと、気を引き締めた。
(皆忙しいからこそ、ワタシがこれから赴く戦場は重要なのです)
浩之はその建物の裏手に回ると、ちょうど女将が外に出てきたところだ。
「おはようございます」
「おはよう、今日もよろしく頼むよ」
浩之の本日のお仕事が始まる。
職人通りにあるこの大衆食堂の利用者は、職人が多い。
早く食べて早く席を立ち早く仕事に戻りたい職人の為、この食堂は注文を受けてから料理を出すのに時間をかけられない。
この為、料理の準備を万全にし、食事の時間帯限定で店を開けているが、店を開けていない時間も仕込みの為この食堂は戦場である。
そんな中、職人同士の喧嘩に巻き込まれて店の主が怪我をしてしまったそうだ。
働けないような状態ではないが無理はできないらしく、怪我が治る数日の間、昼食に店を開ける準備から夕食の時間を終えて店を閉めるまで手伝いが欲しい。更に、臨時で手伝ってくれる可愛い娘へちょっかいを出す輩がいるかもしれないので、睨みを利かせてもらいたい。
そうして、冒険者ギルドに依頼が出されたらしい。
命の危険はなく、通いの仕事であるのでダブルブッキングさえしなければ他の依頼と並行しても問題ないというのは、ここがリブラネスタであることを差し引いても良心的な意向だ。この依頼単独の報酬はそうでもないが、まかないの保障も考えれば、中々旨い。
(……とワタシは思うのですが)
食材の荷運びと皿洗いがメイン2人と接客担当が1人、そして調理補助担当の浩之の4人での依頼だが、他の3人はあまり冒険者らしくない依頼を請けざるを得ない駆け出しの自分の未熟さを嘆いていた。
装備を整えるのにも先立つものがあるし、浩之のようにブッキングに気を付けて仕事後に別の単発依頼を請ければいいのにと思うが、中々難しいようだ。
人には人の仕事に対する考えがあることは知っているので、言わないでいるが。
嵐のような昼食の時間が終わると、皿洗い担当が厨房で終わらない戦いを続け、疲れた目をした接客担当が休憩スペースに腰を下ろした。
テーブルの上には浩之が作った賄いが置いてあり、無言で食べ始める。
「おいしい……冷めても美味しい……」
怒涛の時間だったのか、やっと喋った接客担当の語彙が消失している。
「皆さんいつ食べられるか判りませんでしたから」
「そうだよね……」
ちなみに浩之は一緒に休んでいる訳ではなく、マッシュポテトを作っている最中だ。
マッシュポテトは後で揚げるらしく、夕食の時間帯の人気メニューのひとつだとか。
「今日は最終日だし、泣き言言わないで頑張る!」
賄いを食べ終わった接客担当は仮眠用のスペースで持参の毛布に包まって丸くなった。
(最終日……)
残業もある素晴らしい依頼なのに、とても寂しい。
何かあった時は指名で依頼してもらえるよう頼んでみよう。
心に決めた浩之はマッシュしたポテトを楕円型に成型するのも手伝い、労働に勤しんだ。
最終日である今日は、浩之にとっては喜ばしいことに残業だった。
調理補助だけだったはずなのが、最終的に皿洗いも手伝うことになったのは浩之のお人よしの性質によるものだろう。
ギルドへ依頼終了の報告を行うと、他の3人は帰路に着いたが、浩之は依頼を物色し始める。
「今日はもう早く帰って明日探された方が」
「そうすると、明日の午前は確実に仕事がないでしょう」
「えっ」
浩之がギルド職員の勧めを断ると、職員の顔が引きつった。
(何かおかしなことを言ったのでしょうか)
明日の仕事も決めずに帰ったら、当然明日の午前は仕事がない。最短でも午後から、下手すると丸一日の休みになってしまう。
「あの、何かお悩みでしたら、遠慮なくお話しくださいね? ギルドは冒険者のサポートもしていますから」
「???」
何を言われているかますます判らない。
浩之にとっては、生きることは働くこと。働くことで己がここにいていいと思えるし、存在の証明にもなる。良き労働は日々のストレスを緩和させる。冒険者ギルドの依頼もまた仕事であり、この心を癒してくれると浩之は信じて疑ってない。
このギルド職員は、浩之が社畜を甘く見ていた。浩之にとっての常識とはそういうものなのだ。生活に困窮しているとかはない。
ギルド職員の困惑を他所に、商人の護衛依頼を請けた浩之はギルドを出て行った。
今日の仕事も決まれば後は帰るだけ。
寄り道せずにシェアハウスに戻れば共有スペースには居住する冒険者達が談笑していた。
数日空けていた冒険者が浩之より早く帰ってきていたらしく、夕食は既に作られていて、依頼の話が主な話題のようだった。
(仕事の情報を共有し、次の仕事の糧にするのも素晴らしいことです)
浩之も腰を下ろし、ここ数日の依頼の内容と明日の依頼の概要について話し始めた。
今日には今日の仕事があり、明日には明日の仕事がある。
立っても仕事、座っても仕事、歩いても走っても仕事はしないといけない。
――人はそれを社畜と呼ぶ。
やがて夜も更け、朝が来る。
浩之の目は、いつも通り覚めた。
今日という1日が始まる。
今日もまた、明日の仕事に繋がるよう働きましょう。