レピド・ビギニング

四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)赤の吸血鬼狩り制作 おおくまねこ納品 2025年05月05日 13時13分22秒

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「なるほど、これが匂いの元か」
 甘い香りに誘われ、呪術に使う薬草探しを中断してここにやってきたペデラ(ペデラ・ウォーカー)は、ぽつりと呟いた。煌々(こうこう)と輝く満月が照らしているのは、死体の山。むせ返るような強烈な血の匂いは、ナイトウォーカーであるペデラにとっては焼きたての牛肉のような魅惑の香りだった。

 ここは森の中にひっそりと建てられた人間の村だ。否、村だった、が正しい。なぜなら、今この村に生きている人間は一人も見当たらないからだ。村のあちこちには、略奪者に対して抵抗したのであろう、人間たちの骸だけが横たわっている。
 下手人(げしゅにん)は野盗か、あるいはペデラの同類(きゅうけつき)だろう。男や老人の死体はそこら中に転がっているが、若い女の死体や子供の死体は一切見当たらないからだ。鶏(ニワトリ)や豚は無事なところを見る限り、有力なのは後者だろうか。

「……」
 ペデラはとりあえず、村の入り口に転がっていた首無し死体に近づき、その近くにかがんだ。そして、血溜まりに指に突っ込み、ペロリと舐める。

「うえ、まず」
 ペデラは顔をしかめた。
 血液にも鮮度というものがある。死後数時間が経過した血液は酸化が進んでいて、ペデラの口には合わなかった。腐敗まではしていないので、腹を壊すようなことはないだろうが。

「こりゃ、中年のオッサンの死体だな。せめて若い男はいねえかな?」
 ペデラは嘆息し、少しでも若い死体を探そうと、村の中を探検し始めた。
 そんな残飯漁りみたいな真似をせずとも、怪物らしく若く瑞々しいヤツを自分で襲えばいいじゃないか、と言われれば、それはまさにその通りである。
 けれど、なんというかペデラはとても半人前の吸血鬼だった。まず、吸血鬼としての能力が下級(霧になる、空を飛ぶ、蝙蝠や狼に化ける、不死身に近い再生力など、力ある吸血鬼は多彩な能力を持つ)である。とある吸血鬼のおかげで生まれたての頃よりは多少マシになったのだが、それでも使い魔を使役できたり、多少力がヒトよりは強い程度である。
 だが、何よりも彼を弱小吸血鬼たらしめているのは、その精神性である。人間だった頃の倫理観をまだ捨て切れないペデラは、『ヒトを襲えない吸血鬼』だったのだ。そんなわけでペデラの主食は新鮮な生き血ではなく、自然死した人間の死体や、獣や同類に襲われて死んだ人間の血となっているのであった。

「まあ不味い血とはいえ、このまま渇くに任せるのも勿体ない話だし、オレは廃品回収を――ん?」
 ペデラは死体の前でかがみこんだ時だ。ニワトリ小屋の中から、明らかにトリの鳴き声ではない小さな音が聞こえてくることに気付いた。気になったペデラはニワトリ小屋を力任せにこじ開け、中に入った(自由の身になったニワトリ達はどこかに逃げていった)。

「ここか」
 ペデラはニワトリ小屋の隅にあった木箱の中を覗いてみた。すると、そこには……。
「オギャア、オギャア」
「――マジかよ」
 木箱の中で泣いていたのは、赤い髪の人間の赤ん坊だった。まだ自力でハイハイもできないような小さな躰(からだ)なので、恐らくは両親が襲撃を受ける前にここに隠したのだろう。

「……」
 ペデラは思わず、赤子を抱き上げた。すると、久しく触れていない人肌の温かさと、柔らかさが腕に伝わってきた。
ペデラは思わず赤子の白い首筋に目をやる。

 ――ああ、なんて柔らかそうな首。牙を突き立てれば、さぞかし美味な血が詰まっているに違いない。

「いや、けど」
 他に生き残りはいない。このまま放っておけばこの赤子は一晩と待たずに死ぬだろう。ならば、今自分に殺されようと大した違いはないのでは?
 ペデラがゴクリと喉を鳴らした時、赤子の目がうっすらと開いた。その赤い瞳には怪物であるペデラへの恐れはなく、ただ、初めて見る人間(実際は吸血鬼だが)への好奇心だけが宿っていた。
「……」
 ペデラと赤子の目が合う。いつの間にか赤子は泣き止み、ペデラにその身を委ねている。
(オレはこいつを、どうする)
 ペデラは赤子を凝視した。ここで喰ってしまうべきか、それとも――。

『ペデラ。君の生き方は苦しいだけだぞ。我らは人間の上位種だよ。さあ、本能に身を委ねるのだ』
 その時、誰かが頭の中で囁いた。それは抗(あらが)い難(がた)い響きを秘めた、甘美なる悪魔の誘惑だ。
「――黙れよ、ペテン師」
 だが、ペデラは驚異的な反骨心と自制心で幻影を振り払う。そしてニワトリ小屋を出ると、足早に村を離れ、住処(すみか)へと戻った。拾った赤子をしっかりとその手に抱いたまま。

「……もう少し大きくしないとろくに吸うとこないしな、うん」
 ペデラはしばらくその赤子を育ててから、どうするか考えることにした。
 後にその赤子はペデラによって『レピド(レピド・クロサイト)』と名付けられることになる。数奇な運命により、赤子はまた別の名前も得ることになるが――。それはまた、別の話である。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0