黒、白、契り

四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)牡丹の氏族制作 蔭沢 菫納品 2025年05月18日 13時10分23秒

 白の中の黒。唯一の黒猫。それがネヴィル(アルフィー・リッパー)。彼は、ある吸血鬼に飼われている。
「ほら、お食べ」
 黒真珠母貝で飾られた皿には、血の滴るようなステーキ。中央の籠には果物がふんだんと並び、良い香りのパンもまた、並べられている。
 黒の中の白。白のガウンを身につけた雪蘭(ネーヴェ・グラヌローザ)は、黒を基調とした城の中で、食事をとるネヴィルをじっと見ている。

 退屈の中で、戯れに一人の男を飼った。不幸の印と呼ばれていた『黒猫』であった。石を投げられ、痣や傷で満身創痍であったネヴィルという名のその男は、
「俺を見つけてくれてありがとう!」
 と屈託の無い笑顔で、雪蘭に告げ――その日から、雪蘭の灰色の日々に、光が加わった。
 雪蘭は吸血鬼である。陽光は忌まわしいものであり、二度と見られぬはずのものだった。しかし、その黒猫は、ネヴィルは雪蘭の住む暗がりに、鮮やかな色を、光のスペクトラムを連れてきたのであった。

「可愛い子。今日は従僕に命じて、桜の下に貴方の寝床を作らせようかしら。月の光をすかした桜は、陽の下ではどんな色をするのかしらね――もう、忘れてしまったのよ」
 血を吸う。雪蘭に身を預けるネヴィルの姿は甘えるようで、思わず女は彼の顎下をくすぐる。
「白よりも鮮やかで、薄紅よりもやわらかな色だ、大好きな雪蘭。春の喜びを全て集めたような色で――でも、散ってしまう」
 喜びと共に桜の美しさを語るネヴィルは、ふいに、哀しい表情をする。
「全ては儚いこと」
「人と、同じだ……俺は先に老いる。その時雪蘭が俺を捨てるか、捨てないかはさておき」
 そして、ネヴィルは懇願する。焦がれるような瞳で。切実に。
「……一緒になりたいよ、雪蘭」
「おやめ。私達の時は灰色。輝くような貴方には相応しく無いわ」
 ネヴィルは雪蘭に顔を寄せる。吐息が近くなる。
「いや、俺は雪蘭を……愛しているんだ。永遠の時をくれ。お願いだ」
 雪蘭は溜息を一つ。冷たい光を放つ窓の外を、月を見る。
「貴方は私に色鮮やかな世界を見せてくれたわ。私は貴方の、その無邪気さが大好き。二度と見られないと思った光景を、光に溢れた世界を……」
 ネヴィルは雪蘭の手を取り、そこに口づける。まるで、恋人がやるような仕草だと思う。いや、この男は雪蘭を愛しているのだ。それ自体は何度も繰り返された仕草。雪蘭の餌達が最期にしてきた仕草であった。
 しかし――雪蘭もまた、この男を嫌いでは無かった。人のことなど餌としてしか見ていなかったはずの己が、どうして、と。愛玩動物にかける大好きとは違う、胸の奥が裂けるような感覚。
「君の世界にこれからも色を添えると誓う。一緒に色鮮やかな世界を見ていこう。血は、おいしく無くなるかもしれないけど、君のそばにいさせてくれないか?」
 誓う言葉はどこまでも真摯で、それ故に雪蘭は迷う。
「――本当に、いいの?」
 それは、雪蘭が初めて『人』に見せた弱さであった。
「ねぇヴィル、約束して。……決して私と、同じにはならないで頂戴」
 悠久の中で、枯れ果てるような存在に。
 ネヴィルは答えの言葉の代わりに、己の唇で、雪蘭の唇を塞いだ。

「さぁいらっしゃい、私の愛しい人。永遠に消えない傷跡を、貴方に刻んであげるわ」
 再びの吸血は、静かに、契るかのように。飲まされた雪蘭の血が、ネヴィルの肉体の中で炎となる。ネヴィルは太陽に未練など無かった。ここに最も美しい星がいるのだから。ある学者の話では、星は遠くにある太陽だという。ならば、同じようなものでは無いか――。
 体が歪む。全身の毛が逆立つ。
(肉体が張り裂けそうだ)
 急に生まれた活力に、思わず声をあげる。苦しいというのに、不思議な心地よさが感覚を満たしていく。大丈夫、大丈夫、と雪蘭が痙攣するネヴィルの肉体を撫でる。ひんやりとした、雪のような指先で。
 牙が生まれる。猫族のそれとは似ているようで違う、鋭いものが。
 そして、飢えが訪れる。空腹などとは違う、純粋な渇望。渇きは脳を焼き、正気を滅茶苦茶にしていく――。
 と、雪蘭の優しい唇が、ネヴィルの唇を塞ぐ。温かな感触が伝う。そして、神経が全て目覚めるかのような、味わいが。
(血だ)
 雪蘭は、苦しむネヴィルに血を飲ませたのだ。勿論、雪蘭のものでは無い。側に置かれた硝子の盃から、口移しで、与えたのだ。
「初めは、誰もが苦しむのよ――気分はいかが?」
 真っ赤に染まった意識が、急に明瞭になる。感覚が鋭敏になり、そして、
「……雪蘭が、いつもよりも、綺麗に見える」
 ネヴィルは、得たばかりの新しい感覚で見えた愛おしい人を、目にしっかりと焼き付けるのであった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0