【聖血戦】もはや威光なき聖所にて【会戦2】

四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)白の司祭制作 ほふる、納品 2025年04月16日 09時00分44秒

 此処は――昔はそれなりの威光があった教会なのだろう。
 だが今はもはや守る聖職者もおらず、打ち捨てられ寂れきったうらぶれた廃墟に過ぎない。
 もはや誰のものでもない建物は、招かれざる吸血鬼を拒まない。
 朽ち果てて扉も失せた門をくぐり、床の隙間から生える雑草を踏みしめたワイズマン(ワイズマン)は、周囲を見回す。
 もはやイコンもなく、壁の宗教画のテンペラもカビてところどころ剥げ落ち、天井すら崩れそうな聖堂。
 かつては色とりどりのステンドグラスが信者の目を楽しませていたのであろう窓はことごとく割れ、夜風の冷たさを内部にまで伝える。
 以前は整然と並び、信者の拠り所となっていただろう木製のチャーチベンチもホコリが積もっている上に腐っている。
「在りし日は、きっと荘厳だったのでしょうね」
 と色褪せた壁画を見上げてウットリと呟く桔梗(五百蔵・桔梗)に、ドラクロワ(臥龍岡 京)はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「あら、こっちのほうが風情があっていいかもしれないわよ。退廃的美というやつかしらね」
 ラヴァールム(ハスロ・弥生)がくつくつ笑うと、シーニュ(シーニュ)も頷く。
「廃教会……まるで神の敗北を暗示しているかのよう」
 その言葉に物言いが入る。
「その発言は聞き流せないわ」
 振り向く吸血鬼たち。いつの間にか聖職者たちが、壊れたパイプオルガンの横――朽ちかけた二階席に立っていた。
「神聖な教会に来たこと、後悔してもらいます!」
 先ほど声をかけた鮮やかな色の羽根を持つ白の司祭リューン(ピナリューン)の隣で、白いローブに身を包むエステル(エミリー・ベリー)が怨敵を指差し宣言する。
「いち、にぃ……うん、情報通り五人。全員顔も名前も知ってるよ」
 ポニーテールの赤の吸血鬼狩りが吸血鬼たちを見回して頷く。
「うん、実にミンディ(品川 未織)の情報は正確だったね。五人も吸血鬼が教会に何の用だ。久々にお祈りでもしたくなったか? 今更許しを請いたいとでも?」
 顔の半分を髑髏の仮面で隠した青の聖騎士ジャンゴ (日日日 夕)の軽口に、ドラクロワがあからさまに怒りの表情を浮かべる。
「……戦わないのであれば、今のうちですよ。忠告です」
 鳥籠を持った女司祭が言うも、
「私に挑もうなど、身の程もわきまえずに愚かな……」
 ワイズマンは一笑に付す。
 吸血鬼に一向に逃げる様子がないのでルナ(コルネリウス・アーラ)はため息を吐いた。
「では仕方ありませんね」
 せっかくの忠告を聞き入れないのであれば、本気で倒すしかあるまい。
 戦意立ち上るルナを見上げたラヴァールムは、吸血鬼たちに宣言した。
「私から見るとあの聖職者の娘が厄介な予感がするわね。そうね、彼女は私が引き受けるわ」
「では戦争行為を始めよう」
 ジャンゴの声をきっかけに、聖職者たちが一斉に地上階に飛び降りてくる。
「聖職者の方々が揃っておいでだなんて歓迎されてますわね」
 シーニュは笑顔で浮かび上がると、手にした符を聖職者たちにいきなり投げつけた。
 符は氷のつぶてと化し、リューンとエステルを冷たく打つ。
 ドラクロワが真っ先に巨大な西洋剣を手に、先手必勝とばかりに聖職者に切りかかった。
 それを牽制するミンディの苦無。カンと高い音を立てて西洋剣とぶつかり、床に突き刺さる。
「薔薇の氏族、ドラクロワ! 得物はその剣と……黒兎だね」
 剣の陽動の影で闇を駆けてきていた赤い目光る黒兎の使い魔を、吸血鬼狩りにして情報屋のミンディは看破していた。
 兎へむけて、暗器のひとつであるダーツを次々に投擲するミンディ。
「役に立たねぇなら鍋にして食っちまうぞ」
 主ドラクロワの叱咤に、黒い兎もジグザグと進路を細かく変えて走ることでダーツの直撃を避け、ミンディへ噛みつこうとする。
 それを光の刃が切り裂いた。
 ぎゅうと胸のネックレスを握りしめているエステルの法術だ。
 真っ二つになった兎が掻き消え、ドラクロワは舌を打った。
「役立たずが」
 ミンディへとドラクロワは再び西洋剣で斬りかかる。
 暗器使いならば、懐に飛び込めば暗器を投げるより斬る方が早くなるはずだと踏んだのだ。
「あたし情報屋だよ? 本来は直接戦うタイプじゃないんだってば! でも、これだけ猶予があれば!」
 ミンディは迫る薔薇の氏族の吸血鬼めがけて手を前に突き出した。ミンディの手から放たれる極細のレーザーがドラクロワの脇腹を貫く。
 発動まで時間がかかるのが難点の強力法術だが、兎に全員が気を取られている間に練ることができた。
 しかしレーザーで肉が焼ける痛みをものともせず、ドラクロワは猛突進を止めない。裂帛の気合とともに大上段に構えた西洋剣を思い切り振り下ろす。
「うわっ!」
 ドガアッという轟音をたて、剣はミンディの足元に突き刺さり、木っ端を跳ね上げながら床に大穴を開けた。
「今のは凄かったね。でも残念、その攻撃も知ってる!」
「そうか。だが知ってるから必ず避けられると思っていたら大間違いだぜ」
 ドラクロワは不敵に笑った。
「……大体あんたのこともわかった。次はねじ伏せる」
 刺すような吸血鬼の視線を受け、ミンディは眉を寄せる。……嫌な予感がする。
 正々堂々と巨大な西洋剣を振りかざし、ドラクロワは再びミンディを真っ二つに切り捨てようとした。
「だから、知ってるって……痛!?」
 と暗器で翻弄しつつ法術を練り、回避を試みたミンディは、不意に足に激痛を覚えて思わず視線を下げた。
 ヴーッと唸りながら、ミンディの足に噛みついて離れない犬がいる。ワイズマンの使い魔だ。
「余計なことしやがって」
 支援に悪態をつくドラクロワだが、いかに不服な状況だからといって容赦するような甘ったれではない。
 攻撃できる機会は逃さない……。
 犬に足を捕まえられているミンディに、ドラクロワの西洋剣による痛烈な斬撃がまともに入った。
「そん、な……」
 もともと戦闘経験が豊富な訳では無いミンディはたまらず倒れ伏した。
 標的が動かなくなったのを確認し、ワイズマンの犬がようやく口を離す。
 いい猟犬だ……とドラクロワが苦笑すると、再召喚されていた黒兎は不満げに後ろ足を床にダンダンと叩きつけるのだった。

 そのころ、ラヴァールムは宣言通りに鳥籠の白い司祭ことルナへと時計の針を模した剣を構えて突進していた。
 ルナは鳥籠を盾のように構えて、ラヴァールムを迎え撃つ。
「鳥籠なんて、隙間だらけじゃない!」
 針でその隙間を貫こうと刺突するラヴァールムだが、切っ先は確かに空いているはずの籠の隙間を通らない。
「!? 私の剣が効かない!?」
 物理的におかしい、とラヴァールムは目を見開く。
 防御の法術を施された鳥籠は、邪を祓う。故に、吸血鬼の刃を通さないのだ。
 薔薇の花弁を散らしながら、いったん剣を引いたラヴァールムは笑った。
「貴女、戦い甲斐のある面白い娘ね!」
 だが鳥籠は鳥籠だ。大盾ではない。ならば鳥籠では覆えない箇所を狙えばいい。
 簡単ね! とばかりに低い体勢で足元を薙ごうとするラヴァールムの頭に、ルナは鳥籠を振りかぶってぶち当てた。
 ガインッといい音が響く。
 つんのめるラヴァールムを滅多打ちにしようとルナは鳥籠を更に振りかぶる。
 二撃目がラヴァールムの肩をガァンと痛烈に打つ。
 痛打にラヴァールムがたまらず転がる。
 動かなくなるまで殴打せんと、ルナはまだまだ鳥籠を振り上げる。こんなに強く叩きつけても、鳥籠がひしゃげないのは神のご加護があるからであろう。
 これ以上ラヴァールムをやらせまいと、ワイズマンの犬が駆け寄ってくる。では、まずはそちらだとルナの鳥籠は容赦なくフルスイングで、使い魔を叩き潰した。
 ギャンと悲鳴を上げて消える犬を認め、ルナは今度こそラヴァールムの脳天を陥没させんと鳥籠を振り上げる。
 バサバサッ!
 羽音が響き、チャーチベンチから飛び出した鳥がルナにまとわりついて狙いを定めさせまいと暴れる。
 ルナが振り払おうとした鳥は、あろうことかルナの眼前で大爆発した。
 爆破の衝撃でルナの顔が傷だらけになる。
「こっちよ!」
 顔が爆ぜた痛みと衝撃にルナが堪らず顔を押さえてうずくまった隙に、ラヴァールムは呼ばれるままにチャーチベンチの陰へと這々の体で退避した。
「危ないところだったわね」
 チャーチベンチの陰には、鳥の符を差し向けラヴァールムを救った桔梗が待っていた。
 桔梗は、打撲痕だらけのラヴァールムを迎えると、調合薬を取り出す。
「まったく、聖職者というのはどうしてこうも攻撃的なのかしらね」
 菊と薔薇……氏族は違えど同じ吸血鬼仲間に、痛み止めの治療を施してやりながら桔梗は愚痴った。
 桔梗は戦闘を好む類ではないが、自分を殺そうとしてくる者は当然別だ。
「……牙を抜いてやれば可愛いものなのにねぇ」
 ふふふ、と小さく笑って肩を揺らす桔梗に、
「人間なんて大っ嫌いだわ。カワイイだなんて到底思えない」
 うちの使い魔のほうがよっぽどかわいいわ、とラヴァールムは賛同できない様子で顔をしかめる。
「あら、使い魔?」
「そう。コーギー。かわいいの。だからメロンパンはおうちでお留守番よ」
 チャーチベンチでのおしゃべりをいつまでも聖職者は許してくれない。
 エステルの光の刃がチャーチベンチを切り裂き、リューンの光弾が雨あられと降り注ぐ。
 たまらず出てきたラヴァールムと桔梗に、ルナが祝福された鳥籠で殴りかかる。
 ルナは先程の鳥による爆破で顔が爆ぜたはずだが、跡形もない。リューンの法術が傷跡一つなく癒やしてくれたのだ。
「リューンがいてくれると心強いですね」
 エステルは友人の援護に微笑んだ。リューンは真剣な顔で頷く。
「相手がどれだけ強い吸血鬼であろうと、私達は神の導きのもと、力を尽くすのみ」
 真面目な友人の横顔を見つめるエステルの背に、突然身体が思わずこわばるほどの極寒の吹雪が吹き付けた。
「よそ見していると、氷漬けになりますわよ!」
「いつのまに!?」
 エステルが目を見開く。
 自分の背後は、壊れかけた説教台以外何も存在しなかったはずだ。
「さあ? こちらも黙って狩られるわけに参りませんので、精一杯お相手させていただきますわ!」
 シーニュは目を細め、もう一度符術でエステルに激しい風雪を吹き付けた後にフッと消え、今度はリューンのそばに浮かんだかと思うと、リューンの翼を氷漬けにして、また消えた。
「……転移だわ」
 自身とエステルの凍傷を法術で回復させながら、リューンは看破する。
 近距離転移で、シーニュは予想外のところから符を投げてくるのだ。
 ルナの鳥籠の護りを頼りに、後ろからエステルが攻撃し、リューンが援護するという前衛後衛の戦法――それは互いに後ろを取られない前提での考え方。
「まずは護りを破らないとね」
 チャーチベンチの陰に身を潜めつつ桔梗は、符鳥を廃教会の高い天井に舞わせる。鳥の急降下爆撃は、ルナの鳥籠の護りを超えることはできずとも、爆風での嫌がらせは仲間の援護になろう。
 シーニュも側面、背面、そして空中と目まぐるしく転移しては符術で司祭たちを攻撃する。
 ルナが、リューンたちを守ろうとそちらへ向かおうとするのを、
「貴女は私が相手よ! よそ見しないでくれる!」
 薔薇の剣でラヴァールムが斬りつけ、縫い留める。
 つまり盾役を超えて、後方を攻撃する術があれば、司祭の連携は難なく崩せるということだ。

 三人の吸血鬼が白の女司祭たちを翻弄している間、青の聖騎士ジャンゴはワイズマンと相対していた。
『鬼相手に単身は不利、わかってるんだけどね……』
 ミンディはドラクロワの巨大な暴力に叩き潰されそうになっているし、白の司祭の三人娘は符術使いの吸血鬼と薔薇の氏族の女吸血鬼の対応で精一杯だ。これ以上の連携は難しい状況に陥ってしまっている。
 そしてジャンゴ自身も仲間の援護に行く暇を与えぬよう、ワイズマンの剣で圧倒されかけていた。ジャンゴとて長短の杭を使い分けて剣を往(い)なし、回避しつづけているが、いつまで無傷でいられるやら。
 こちらは必死だというのに、ワイズマンは天井高く飛ばしている自らの使い魔の鷹と視界を共有しつつ、ジャンゴと切り結び、しかも先程まで良いタイミングでドラクロワやラヴァールムを支援すべく犬の使い魔すら操っていた。相当な余裕だ。
 事前に情報屋たるミンディからワイズマンの情報を得た上でジャンゴは戦っている。
 ――不遜な闇の貴族、ワイズマン。彼の武器は剣、使い魔は鷹と犬。
 しかし相手の手の内を知っているから勝てるというものでもないと、ジャンゴは思い知らされている最中である。
 今回の吸血鬼の中でもっとも手練れなのがワイズマンなのだろう。
 強者との戦争行為自体はジャンゴも心踊るが、かなり不利を強いられているのはわかった。
 ここで諦めて引き下がる……のは、もはや吸血鬼が許してくれないだろう。まだ夜は深く、夜間の対吸血鬼撤退戦ほど難しいものはない。
 ならできる限り食らいつくしかない。全力で、執念深く!
「いやあ強いね!」
 と飄々とした口ぶりで言いながら、ジャンゴはワイズマンに背を向けた。
 逃げるかのように駆け出すジャンゴを、ワイズマンが無言で追う。
『よかった、これで追ってくれなきゃただの間抜けだったからね』
 走りながらジャンゴは床に杭を撒いた。グレゴリウス(聖歌隊)の名を冠した法儀用の杭は、もともと法術媒介用に使われる。それを本来の目的で使ってやるまでのこと。
 ワイズマンが杭の撒かれた床に足を踏み入れた。――かかった。
 瞬間床の杭が各々まばゆく光る。
「ま、極力使いたくなかったけど……」
 聖なる神の御力が闇の住人を縛った。
 動かぬ身体にワイズマンが眉をわずかに寄せる。その眉間へジャンゴが叩き込む杭。
 だが上空にいた鷹が高速で飛来し、ジャンゴの手から杭をもぎ取って飛び去った。
 主の危機を救った使い魔を、リューンが遂に撃ち落とす。そのリューンへ間髪を入れず、報復とばかりに爆ぜる鳥と氷塊の符術が襲いかかる。
「ふむ、落ちたか。しかし」
 使い魔を失うも闇の貴族は拘束の法術を無理やり踏み越えた。
 束縛法術が行かせまいと彼の足を傷つけるが、構う様子もなくワイズマンはジャンゴへと一太刀浴びせる。
「お見事! 小手先じゃ駄目だったね」
 到底避けられずに無惨に切り裂かれたジャンゴだが、追い詰められた状況にも尚笑って……。
「なら、特技の方でお相手しよう!」
 ジャンゴが不意に壁に投げつけたいくつもの杭が、石と石の間に挟まる。
 そしてジャンゴはおもむろに壁へと駆け寄り、ダンと強く足を壁に叩きつけると、刺した杭を足がかりに壁を駆け上った。
 自力でワイズマンの上をとったジャンゴは、壁を蹴ってひらりと円弧を描いて宙を舞う。
 今なら主の頭上を守る鷹もいない。ジャンゴはがら空きのワイズマンの頭上めがけて杭を叩き込む。
 ガキィンと硬い音がして、ワイズマンの角がへし折れた。ゴトリと重い音をたてて角が床に落ち、ぱらぱらと破片も散る。
 しかし闇の貴族はそれでも昏倒せず、着地しようとするジャンゴの胴に横薙ぎに剣を食らわせる。
「ごほっ。うわあ……すごいね」
 胸を押さえながらジャンゴは苦笑する。あれだけの衝撃を受ければ、いかな吸血鬼とてただでは済まないはずなのだが。
 ワイズマンは片方の角が折れてバランスの取れぬ頭を手で支えながら、わずかに息だけで笑って見せる。
「まさか上を取られるとは。俺の準備不足だな」
 そう言うと、ワイズマンは静かに踵を返すと廃教会をあとにした。
 背を向けられてジャンゴは自問する。――追い討ちするか?
 しかしジャンゴは首を横にゆるゆると振って、自分に否を返した。深追いは危険すぎる。
 はは、と乾いた笑いをあげながら、ジャンゴはチャーチベンチに寄りかかって息を浅く吐いた。先程のワイズマンの剣戟で肋骨がイカれたらしい。
 げほげほと咳をすれば、口を押さえた手に血の飛沫がつく。この様子では、もしかすると折れた肋骨が肺臓に刺さっているかもしれない。
「最悪にいい経験だ……次に活かすぞ、来てよかったなあ」
 へらっと笑うも、ジャンゴの体力は限界を迎えていた。
 リューンが駆け寄ってくるのが見えるが、ボロボロの聖騎士の目ではその姿もぼやけてよくわからない。
 ずるずるとベンチにもたれこむように沈んでいくジャンゴを回復すべく走るリューンの前に、幾本もの鋭利な氷柱が突き刺さる。シーニュの妨害だ。
「どいて!」
 リューンは氷柱を光弾で砕き、ジャンゴの元へと走った。
「ジャンゴさん、しっかり!」
 回復の法術を必死に施すリューンの背後に、シーニュが転移し符を投げようとするも。
「きゃあっ!?」
 その符を握る手に数本の杭が突き刺さった。
「……いじわるなことをしてやるんじゃないよ……、うぐ」
 ぜいぜいと肩で息をしながらジャンゴはへらりと笑う。
 しかし彼にも限界がきていたらしく、杭を投げるために上げていた腕をパタリと落として、とうとうジャンゴは気絶した。
「ジャンゴさん、がんばって!」
 リューンが励ますが、ジャンゴは目を開けない。法術の回復でも追いつかぬダメージらしい。ならば命を落とさぬ程度の回復を施して、あとは休ませるしかないだろう。
「うぅ……痛いですわ……」
 シーニュは自分の指を縫い留めるように突き刺さった杭を見つめて涙目になる。これではもう符を投げられない。
 泣きそうな声で呻いて、シーニュは掻き消えた。教会の外へと長距離転移したらしい。

 一方、ルナはラヴァールムの剣を鳥籠でいなしながら、ドラクロワの剣も避けるという苦しい防戦を強いられていた。
 エステルが物陰から光刃で援護してくれるが、ドラクロワもラヴァールムも切り傷だらけの血まみれになっても戦意を失わずに剣を振るうのをやめない。
 特にラヴァールムは剣術だけでなく薔薇の花弁による目くらましも試みてきて、ますますルナの防戦があやうくなる。
 近接二対一は苦しい。鳥籠だけでは防ぎきれず、ルナの身体が傷ついていく。
 エステルがどちらかだけでも倒そうと、巨大な光刃を投げつける。それを複数の鳥が受け止め爆発した。
 桔梗の符だ。
「私のことも忘れないでくれるかしら」
 と言いつつ桔梗はチャーチベンチに身を隠したまま、薔薇の氏族に血止めの薬を投げるも、放物線を描く薬瓶をエステルは器用に法術で破壊する。
 互いの互いを阻止して、桔梗とエステルは睨み合う。
 それならば、とルナを助けるべくリューンが放った光弾がドラクロワめがけて飛んでいくも、黒い兎が高く跳び上がって代わりに受けた。
 お役に立ちます、という使い魔の赤い視線を受け、ドラクロワはニヤと笑う。
「鍋にするのは勘弁してやる」
 次の瞬間、ドラクロワの西洋剣がルナの鳥籠を叩き落とした。
 ガラアアン……と廃教会に大きな音が響き渡る。
「とった!」
 がら空きになったルナの胸へと、薔薇を伴いながらラヴァールムが肉薄し、時計の針のように鋭利な剣をありったけの力で突き刺す。
 ルナの顔と自らの顔がくっつきそうなほど、ラヴァールムが柄をぐうっとルナの胸に押し込めば、ルナは思わずゴボリと血を吐いた。
 この様子では肺を貫いただろう。
「私、司祭ってのが大っ嫌いなのよ」
 そうルナの瞳を見つめながら囁き、ラヴァールムは剣を抜く。
 胸を押さえながらルナはよろめき、横倒しに倒れ伏した。
 リューンが駆け寄り、ルナに取り付いて応急処置の法術を施す。
 だがリューンの力だけでルナを本調子に戻すのは不可能だろうことは明白な深手だった。

「……どうするの? まだやるつもり?」
 血止めの薬を仲間に塗ってやりながら、桔梗はリューンとエステルに尋ねる。
 ドラクロワは西洋剣を床に突き刺し、年若い少女司祭たちを睥睨した。
「俺は構わねえぜ。最後までねじ伏せてやるだけのことだ」
 血気盛んな彼を横目にラヴァールムは上品に微笑む。
「私がこの鳥籠の子を倒せて満足している間に、尻尾を巻いて逃げたほうがいいかもね?」
 戦闘狂ふたりの一歩後ろで苦い顔をしている桔梗は、符を構えながら言う。
「私は戦闘が好きなわけじゃないわ。でも、まだそちらが害をなそうっていうんなら、容赦はできない」
 リューンの視線を受け、エステルは胸のネックレスをきつくきつく握りしめる。
 周囲を見る――ミンディもジャンゴもルナも再起不能だ。
 遠距離系のエステルとリューンでは、回復法術はあれど、近距離物理系のドラクロワやラヴァールムと戦うのは相性が悪すぎる。くわえて中距離型かつ回復役の桔梗も健在では数でも優位はとれない。
 悔しげにエステルは一歩後ろに下がって、俯くと腕を水平に上げて教会の門を指差した。
「神聖な教会から出ていってください……なら、もう追いません」
 エステルの言葉を聞き、桔梗はホッとした様子で符を持つ手を下げる。
「じゃあ、そうしましょう」
「あ? あと少しだってのにか!?」
 ドラクロワは不服げに吠えたが、桔梗が無言で割れた窓を示すのを見て、舌打ちしつつも剣を収める。
 窓の外は白んでいた。吸血鬼の時間が終わり、朝が来る予兆だ。あと数分で朝日の眩い光がこの教会にも容赦なくさしこみ、吸血鬼の身体を問答無用で焼くだろう。
 ドラクロワは不満を表明するように、ズカズカとことさら足音高く歩き去る。
 朝が近づいていなければ、きっとドラクロワだけでも残って殺戮を続けようとしただろう――。
「そうね、頃合いね。もちろん、私だってまだやってもいいんだけど……私もそろそろ帰ってメロンパンに会いたくなったから」
 同じく暁の空を認めたラヴァールムも、悠々とリューンやエステルの前を横切って廃教会から出ていった。
 桔梗も彼らの後を追おうとし、しかし立ち止まってリューンへと振り返った。
「早めにお医者様に見せたほうがいいわよ」
 医療に精通する桔梗だからこそ、聖職者たちの負傷状況の深刻さを理解できていた。
 他の吸血鬼なら、そのまま聖職者が命を落としてしまえばいいと考えるかもしれない。
 しかし本来は聖職者相手にも友好的な態度をとっている桔梗だ。彼らの容態を見過ごせなかった。
「よかったら、私の調合薬も使って。血止めによく効くわ」
 コトリ。
 ルナの横の床に、桔梗は薬瓶を置くなり廃教会から姿を消した。
「……ありがとう」
 リューンは小さい声でさきほどまで桔梗がいた場所に礼を言い、薬瓶を翼で引き寄せる。
 少し内容量が減っているこの瓶は、先程まで桔梗がドラクロワやラヴァールムの血止めに使っていた瓶そのものだ。
 毒ではないだろう。効き目もいいはずだ。
「…………ッ」
 それでもリューンは唇を噛み締め、薬をもう一度翼で押し返す。吸血鬼の施しは受けない……自分の法術だけで応急処置をしてみせる。
「助けを呼んできます!」
 薄明るくなってきた朝もやのなか、エステルは近くの村へと人手を求めて駆け出していった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0