【再会】薔薇色のアプレ・ミディ
四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)白の司祭制作 篁みゆ納品 2025年04月30日 13時50分44秒
陽光が優しく降り注ぐ、穏やかな昼下がり。孤児院の併設された教会の庭には、子どもたちの無邪気な声が響き渡っている。
神父の管理するこの教会で自身もまた聖職者として働いているルナは、敷地へと近づく気配に、裏庭の花壇に水をやっていた顔を上げた。
視線の先に佇むのは、日傘をさした女性。一見奉仕活動の一環として孤児院を訪れた貴族の夫人のように見受けられるが、それにしては様子がおかしい。供も連れず、道の端――木陰や建物の影を選んで歩いてきたようなのだ。
「こんにちは、司祭さん。先日はお世話になったわね」
「――!!」
女性が発した言葉と傘の下から覗いた容貌に、ルナは息を呑んだ。彼女との出会いは、まだ記憶に新しい。
あの時と違って今は太陽の下ではあるが、間違いない、彼女は吸血鬼だ。
「驚かせてごめんなさいね。先日のお礼をしたくて……」
そう告げて腕に下げたバスケットを掲げてみせる彼女には、悪意はないように見える。お礼という言葉の裏の意味を穿ってみるが、それもないように感じた。
「あなたを見逃したことに対する礼ということでしょうか」
「ええ。あなたみたいな聖職者はなかなかいないから。返礼ができればと思ったの」
戦闘を好まぬルナは、遭遇した吸血鬼を一度は見逃すことが多い。先だっての夜、この女性と出くわした時も警告をして見逃した。
――今回だけは見逃しましょう、早くこの場を立ち去りなさい。
それがあちらから訪ねてくるなんて、想像できようか。
陽の光が致命的となる吸血鬼が、こんな晴れた日の昼間に、わざわざ。
(随分と奇特な……)
自身の常識から外れた存在へ対する対処を、思案するルナ。最終的に自身の直感を信じることにして、彼女へと声をかけた。
「どうぞ、中へ。私はルナと申します」
「ありがとう。私は『影縫いの魔女』と呼ばれているわ。本名は……ごめんなさいね? 口にすると火種になるの」
●
影縫いの魔女が通されたのは、ルナの私室だった。招き入れはしたが万が一を考えてのことだろう、子どもたちと無闇に接触させたくない、その気持もわかる。
「うちの従業員から知恵を借りて、パンを焼いてみたの。口に合うといいのだけれど。蜂蜜もあるのだけれど、大丈夫かしら」
「ありがとうございます。私を含め、周囲に蜂蜜が苦手な人はいません」
バスケットから、デニッシュの包みと蜂蜜の瓶を取り出す。その間にルナは、紅茶を淹れて厨房から運んできてくれた。
「どちらも自家製品なのよ」
「あなたご自身が焼かれたのですか?」
「ええ。蜂蜜の採取は、従業員に任せているけれど、このデニッシュは教えてもらいながら、ね」
場に、沈黙が降りる。招き入れはしてくれたものの、完全に警戒を解いたわけではないのだろう、当然だ。
デニッシュから立ち上るバターの香りが、窓から入ってくる風によって室内へと広がっていく。
返礼品に手を付けるか迷っているのだろう。敵対存在である吸血鬼から差し出された品を、何の惑いもなく摂取できるような者は稀だ。それを十分理解している影縫いの魔女は、そっと視線を窓の外へと向けた。
「綺麗な色よね。陽の光はみんなを活かしてくれる……とっても素敵」
「あなたのような吸血鬼には、初めて会いました」
「ふふ……私も、私のような生活をしている同胞は殆ど知らないわね」
楽しそうに遊ぶ子どもたちの声が響く。影縫いの魔女はふた色の瞳を細め、愛おしそうに窓の外を見つめている。
「同じ種でも、育ち方ひとつで異なる彩りを以て魅せてくれる……不思議よね」
人の中でも様々な考え方、様々な生き方が存在する。全く違う環境で育っても、妙に考え方や波長が合う相手もいる。共に育ったのに、袂を分かつこともある。孤児院の子ども達をたくさん見てきたルナは、それを実感していた。
きっと吸血鬼にも、そのような差異があるのだろう。人と同じくとは言えないが、思考する生物である以上似た面はあるのかもしれない。
「……こちらの蜂蜜、紅茶に入れても?」
「ええ、もちろん」
あちらから歩み寄ってきたのだ。わざわざ律儀に、礼をしに。この女性に害意がない以上、ルナが攻撃的な態度を取る理由はなく。
歩み寄りを受け止める意味で、贈られた蜂蜜を一匙、紅茶へと落とす。
「……! おいしい」
口に含むと、茶葉の風味を邪魔しない上品な甘さが口内に広がっていく。ほんのり花の香りが後味として残り、自然と言葉が漏れ出ていた。
その様子を見た影縫いの魔女は穏やかに微笑み、自身もカップへと口をつける。
ルナの緊張が和らいだのがわかるから、こちらから問いかけた。
「甘いものはお好き?」
取るに足らない内容で談笑をする時間。それがとても貴重なものだと、互いに感じている――。
穏やかな時間を過ごして帰路につく影縫いの魔女のバスケットは、土産に持たされた花で満たされていた。
神父の管理するこの教会で自身もまた聖職者として働いているルナは、敷地へと近づく気配に、裏庭の花壇に水をやっていた顔を上げた。
視線の先に佇むのは、日傘をさした女性。一見奉仕活動の一環として孤児院を訪れた貴族の夫人のように見受けられるが、それにしては様子がおかしい。供も連れず、道の端――木陰や建物の影を選んで歩いてきたようなのだ。
「こんにちは、司祭さん。先日はお世話になったわね」
「――!!」
女性が発した言葉と傘の下から覗いた容貌に、ルナは息を呑んだ。彼女との出会いは、まだ記憶に新しい。
あの時と違って今は太陽の下ではあるが、間違いない、彼女は吸血鬼だ。
「驚かせてごめんなさいね。先日のお礼をしたくて……」
そう告げて腕に下げたバスケットを掲げてみせる彼女には、悪意はないように見える。お礼という言葉の裏の意味を穿ってみるが、それもないように感じた。
「あなたを見逃したことに対する礼ということでしょうか」
「ええ。あなたみたいな聖職者はなかなかいないから。返礼ができればと思ったの」
戦闘を好まぬルナは、遭遇した吸血鬼を一度は見逃すことが多い。先だっての夜、この女性と出くわした時も警告をして見逃した。
――今回だけは見逃しましょう、早くこの場を立ち去りなさい。
それがあちらから訪ねてくるなんて、想像できようか。
陽の光が致命的となる吸血鬼が、こんな晴れた日の昼間に、わざわざ。
(随分と奇特な……)
自身の常識から外れた存在へ対する対処を、思案するルナ。最終的に自身の直感を信じることにして、彼女へと声をかけた。
「どうぞ、中へ。私はルナと申します」
「ありがとう。私は『影縫いの魔女』と呼ばれているわ。本名は……ごめんなさいね? 口にすると火種になるの」
●
影縫いの魔女が通されたのは、ルナの私室だった。招き入れはしたが万が一を考えてのことだろう、子どもたちと無闇に接触させたくない、その気持もわかる。
「うちの従業員から知恵を借りて、パンを焼いてみたの。口に合うといいのだけれど。蜂蜜もあるのだけれど、大丈夫かしら」
「ありがとうございます。私を含め、周囲に蜂蜜が苦手な人はいません」
バスケットから、デニッシュの包みと蜂蜜の瓶を取り出す。その間にルナは、紅茶を淹れて厨房から運んできてくれた。
「どちらも自家製品なのよ」
「あなたご自身が焼かれたのですか?」
「ええ。蜂蜜の採取は、従業員に任せているけれど、このデニッシュは教えてもらいながら、ね」
場に、沈黙が降りる。招き入れはしてくれたものの、完全に警戒を解いたわけではないのだろう、当然だ。
デニッシュから立ち上るバターの香りが、窓から入ってくる風によって室内へと広がっていく。
返礼品に手を付けるか迷っているのだろう。敵対存在である吸血鬼から差し出された品を、何の惑いもなく摂取できるような者は稀だ。それを十分理解している影縫いの魔女は、そっと視線を窓の外へと向けた。
「綺麗な色よね。陽の光はみんなを活かしてくれる……とっても素敵」
「あなたのような吸血鬼には、初めて会いました」
「ふふ……私も、私のような生活をしている同胞は殆ど知らないわね」
楽しそうに遊ぶ子どもたちの声が響く。影縫いの魔女はふた色の瞳を細め、愛おしそうに窓の外を見つめている。
「同じ種でも、育ち方ひとつで異なる彩りを以て魅せてくれる……不思議よね」
人の中でも様々な考え方、様々な生き方が存在する。全く違う環境で育っても、妙に考え方や波長が合う相手もいる。共に育ったのに、袂を分かつこともある。孤児院の子ども達をたくさん見てきたルナは、それを実感していた。
きっと吸血鬼にも、そのような差異があるのだろう。人と同じくとは言えないが、思考する生物である以上似た面はあるのかもしれない。
「……こちらの蜂蜜、紅茶に入れても?」
「ええ、もちろん」
あちらから歩み寄ってきたのだ。わざわざ律儀に、礼をしに。この女性に害意がない以上、ルナが攻撃的な態度を取る理由はなく。
歩み寄りを受け止める意味で、贈られた蜂蜜を一匙、紅茶へと落とす。
「……! おいしい」
口に含むと、茶葉の風味を邪魔しない上品な甘さが口内に広がっていく。ほんのり花の香りが後味として残り、自然と言葉が漏れ出ていた。
その様子を見た影縫いの魔女は穏やかに微笑み、自身もカップへと口をつける。
ルナの緊張が和らいだのがわかるから、こちらから問いかけた。
「甘いものはお好き?」
取るに足らない内容で談笑をする時間。それがとても貴重なものだと、互いに感じている――。
穏やかな時間を過ごして帰路につく影縫いの魔女のバスケットは、土産に持たされた花で満たされていた。