ゆきずりの縁
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年02月08日 20時53分00秒
乾いた風に幌を揺らしながら馬車は旧街道を進んでいた。
「日没までには次の街に入れそうですね」
御者台に座る男に話しかけ、クローリカは空を見上げた。
澄み切った空には雲一つなく、天にある太陽が心地よい温もりを大地に注いでいる。
「晴れてよかったですね」
クローリカは護衛対象である行商人へと視線を向けた。
「ええ、これだけの太陽を味方につけられるのです。きっとこの商売もうまくいくはず」
商人らしい回りくどい言い方も、声が若いからかどこかコミカルに聞こえてしまう。
馬車に他の客はいない。行商人とクローリカ。後は大きな荷物が一つ。これは行商人の大切な商品だった。
「もう商売を始めて長いのですか?」
クローリカは行商人に話しかける。
「見習いから合わせてもまだ10年ほどさ」
「10年も。随分と長くやっておられるのですね」
「はは、商人の世界じゃまだまだ新米さ。まだ自分の馬車も持てないからね」
「10年でも新米ですか……どこか剣の道に通じる所がありますね」
「ああ、そうかもしれない。どちらも求道者という意味では、似ているのかもしれないね。剣道と商道は」
「商道ですか」
初めて聞く言葉にクローリカは関心を示す。商売の道という意味だろうが、そこにもまた極めるべき高みが存在するのだろう。
「商売の世界にも海千山千の兵どもがうじゃうじゃいるのさ。剣の道も同じなんだろう?」
「そうですね。上を見ればきりがない程に――うん?」
行商人と他愛のない会話をしていると、ふとあたりが暗くなった。
「御者様、森へ入られたのですか?」
クローリカは御者に問いかける。
「はい、こちらが近道ですので」
問いかけられた御者は柔和な笑みを浮かべ答えた。
●
「着きました」
その後も馬車に揺られる事、数十分。御者は手綱を引いて馬を止めた。
「着きました……? 街ではないように見えますが」
クローリカは御者に問いかけるが返事は無い。
隣では行商人も何やらただならぬ雰囲気を感じてか、警戒の色を強めていた。
「ではお降りください」
「どういう事か説明はしていただけるのでしょうね」
クローリカは腰を浮かし、剣の柄に手を掛ける。
「おっと、余計な事はしない方が身の為ですよ」
冒険者が剣に手を添えているのに、御者はまるで焦る様子も見せない。
「……仲間ですか」
クローリカが小さく呟くと、御者はようやく人好きのする笑みを邪なものへと変えた。
「どどど、どうすればっ!?」
「落ち着いてください。ここで下手に騒げば命を危険にさらすことになります。一旦、相手の指示に従いましょう」
動揺を隠せない行商人を宥めるよう落ち着いた声で話しかける。
――まずは状況の把握ですね。
「それでは降りていただきましょうかね」
「わかりました」
立ち上がったクローリカは、降参を示す様に両手をあげながら馬車を降りる。行商人もびくびくと震えながら後に続いた。
――見た所、20名程ですか。なかなかな規模ですね。
馬車を取り囲む野盗達。
――首領はどうやら彼女ですか。
中でもとりわけ大柄で強い覇気を放つ女性。
――獲物は巨大な両手斧。典型的なパワーファイターですね。
「それじゃ、獲物を頂戴するとしようか。先にいってな」
首領は御者に馬車を動かすよう命じた。
「や、やめてくれ! それを取られたら俺は……!」
ゆっくりと発進する馬車に手を伸ばす行商人。
「仕方ありません。少々強引ですが、我慢してくださいね」
「へ?」
そう言うとクローリカは行商人の腕を掴み馬車の方へ体を向けさせると、尻に足を当て蹴り上げた。
「ひぃあぁ!?」
情けない悲鳴と共に行商人は再び荷台へ飛び上がる。
そのままの勢いでクローリカは馬車の前方へとチャージングで瞬時に移動する。
「お隣よろしいでしょうか?」
「なっ!?」
クローリカはニコリと微笑むと、御者を蹴り落し、剣の腹で馬の尻を思い切りひっぱたいた。
馬は嘶き立ち上がると、そのまま暴走する勢いで駆け出した。
「荷物が大事なのでしたら、死ぬ気で馬を走らせてください」
荷台で震える行商人へ向け、クローリカは手綱を差し出す。
「将来馬車を手に入れた時の為の練習です。森へは突っ込まぬよう注意を」
「えぇっ!?」
「決して止まらぬように。野党は私が何とかします」
そう言ってクローリカは行商人に微笑むと、暴走する馬車から飛び降りた。
「味な真似をしてくれるじゃないか」
暴走する馬車から逃げ惑う部下達を見て、首領は舌打ちしする。
「お蔭で依頼主に仕事をしてもらう羽目になってしまいました。情けない限りです」
一方のクローリカは溜息と共に肩を落とした。
「ふん! 随分と余裕だねぇ。あんなことでこの場から逃げれると思ってるのかい?」
「逃げる必要が?」
「あぁ?!」
安い挑発。それでもこの首領には十分だったようだ。一気に怒気を膨らませた首領は両手斧を肩に担ぐとゆっくりと距離を詰めてくる。
「その減らず口二度と叩けないようにしてやるよ!」
首領の攻撃はおそらく勢いに任せた斧の一撃。あの体躯に武器の質、威力だけ見れば熊も一刀両断に出来る程だろう。
だからこそ、クローリカは動かない。
「はっ! なんだい、打ち合う気もないのかい!」
だらりと剣先を下げているクローリカに、首領は更に距離を詰めた。
しかも迫る首領を前にクローリカはあろうことか瞳を閉じる。
「観念でもしたのかい? いいだろう、死にな!」
鋭敏な聴覚が捉える風の流れ。感じる。首領の足音、息遣い、筋肉の動きまで。
そして、巨大な鉄塊が切り裂く大気を空気の波として感じ取ったクローリカは、カッと目を見開くと、細剣を神速の速度を持って突き出した。
「なっ!?」
振りかぶった大斧の刃と細剣の切っ先が衝突。互いの頭上で火花を散らす。
「力だけが強さではありません」
刃と切っ先の一瞬の均衡は、クローリカの脱力により破られる。
「これが後の先。私の戦い方です」
不意に自由を得た大斧が重力に引かれる様に振り下ろされる横をすり抜け、クローリカは必殺の一撃を首領の喉元へと突き入れた。
●
「そこまで!!」
クローリカが叫んだ。
暴走する馬車を追いかけていた手下たちが、声を聴きクローリカを見た。そして、その足元に倒れ伏す自分達の首領の姿も。
「逃げる者は追いません。抵抗するのなら受けて立ちましょう」
そう言うとクローリカは見せつける様に、剣についた首領の血を払った。
野盗達は仲間同士互いに顔を見合わせると、我先にと森へと逃げていく。
最後に残っていた御者も、味方が一人もいなくなるや這いずる様に森の中へと消えた。
「もう大丈夫です! 馬を御してください!!」
クローリカは未だに暴走を続ける馬車に向け叫ぶ。必死の形相で馬車を操っていた行商人が声に合わせ思いっきり手綱を引いた。
「――痛い思いをさせましたね」
クローリカは鼻息荒く足踏みする馬に近づき、首を撫でてやる。
「素晴らしい手綱さばきでしたよ」
固まって手綱から手を離せない行商人に向け微笑むと、クローリカはひらりと御者台へと飛び上がった。
「不幸の先には幸運が待っている。この馬車は貰ってきましょうか」
「え……?」
「これで貴方もいっぱしの行商人ですね」
呆ける行商人の隣に腰かけ、クローリカは天使が囁くように話しかけたのだった――。
「日没までには次の街に入れそうですね」
御者台に座る男に話しかけ、クローリカは空を見上げた。
澄み切った空には雲一つなく、天にある太陽が心地よい温もりを大地に注いでいる。
「晴れてよかったですね」
クローリカは護衛対象である行商人へと視線を向けた。
「ええ、これだけの太陽を味方につけられるのです。きっとこの商売もうまくいくはず」
商人らしい回りくどい言い方も、声が若いからかどこかコミカルに聞こえてしまう。
馬車に他の客はいない。行商人とクローリカ。後は大きな荷物が一つ。これは行商人の大切な商品だった。
「もう商売を始めて長いのですか?」
クローリカは行商人に話しかける。
「見習いから合わせてもまだ10年ほどさ」
「10年も。随分と長くやっておられるのですね」
「はは、商人の世界じゃまだまだ新米さ。まだ自分の馬車も持てないからね」
「10年でも新米ですか……どこか剣の道に通じる所がありますね」
「ああ、そうかもしれない。どちらも求道者という意味では、似ているのかもしれないね。剣道と商道は」
「商道ですか」
初めて聞く言葉にクローリカは関心を示す。商売の道という意味だろうが、そこにもまた極めるべき高みが存在するのだろう。
「商売の世界にも海千山千の兵どもがうじゃうじゃいるのさ。剣の道も同じなんだろう?」
「そうですね。上を見ればきりがない程に――うん?」
行商人と他愛のない会話をしていると、ふとあたりが暗くなった。
「御者様、森へ入られたのですか?」
クローリカは御者に問いかける。
「はい、こちらが近道ですので」
問いかけられた御者は柔和な笑みを浮かべ答えた。
●
「着きました」
その後も馬車に揺られる事、数十分。御者は手綱を引いて馬を止めた。
「着きました……? 街ではないように見えますが」
クローリカは御者に問いかけるが返事は無い。
隣では行商人も何やらただならぬ雰囲気を感じてか、警戒の色を強めていた。
「ではお降りください」
「どういう事か説明はしていただけるのでしょうね」
クローリカは腰を浮かし、剣の柄に手を掛ける。
「おっと、余計な事はしない方が身の為ですよ」
冒険者が剣に手を添えているのに、御者はまるで焦る様子も見せない。
「……仲間ですか」
クローリカが小さく呟くと、御者はようやく人好きのする笑みを邪なものへと変えた。
「どどど、どうすればっ!?」
「落ち着いてください。ここで下手に騒げば命を危険にさらすことになります。一旦、相手の指示に従いましょう」
動揺を隠せない行商人を宥めるよう落ち着いた声で話しかける。
――まずは状況の把握ですね。
「それでは降りていただきましょうかね」
「わかりました」
立ち上がったクローリカは、降参を示す様に両手をあげながら馬車を降りる。行商人もびくびくと震えながら後に続いた。
――見た所、20名程ですか。なかなかな規模ですね。
馬車を取り囲む野盗達。
――首領はどうやら彼女ですか。
中でもとりわけ大柄で強い覇気を放つ女性。
――獲物は巨大な両手斧。典型的なパワーファイターですね。
「それじゃ、獲物を頂戴するとしようか。先にいってな」
首領は御者に馬車を動かすよう命じた。
「や、やめてくれ! それを取られたら俺は……!」
ゆっくりと発進する馬車に手を伸ばす行商人。
「仕方ありません。少々強引ですが、我慢してくださいね」
「へ?」
そう言うとクローリカは行商人の腕を掴み馬車の方へ体を向けさせると、尻に足を当て蹴り上げた。
「ひぃあぁ!?」
情けない悲鳴と共に行商人は再び荷台へ飛び上がる。
そのままの勢いでクローリカは馬車の前方へとチャージングで瞬時に移動する。
「お隣よろしいでしょうか?」
「なっ!?」
クローリカはニコリと微笑むと、御者を蹴り落し、剣の腹で馬の尻を思い切りひっぱたいた。
馬は嘶き立ち上がると、そのまま暴走する勢いで駆け出した。
「荷物が大事なのでしたら、死ぬ気で馬を走らせてください」
荷台で震える行商人へ向け、クローリカは手綱を差し出す。
「将来馬車を手に入れた時の為の練習です。森へは突っ込まぬよう注意を」
「えぇっ!?」
「決して止まらぬように。野党は私が何とかします」
そう言ってクローリカは行商人に微笑むと、暴走する馬車から飛び降りた。
「味な真似をしてくれるじゃないか」
暴走する馬車から逃げ惑う部下達を見て、首領は舌打ちしする。
「お蔭で依頼主に仕事をしてもらう羽目になってしまいました。情けない限りです」
一方のクローリカは溜息と共に肩を落とした。
「ふん! 随分と余裕だねぇ。あんなことでこの場から逃げれると思ってるのかい?」
「逃げる必要が?」
「あぁ?!」
安い挑発。それでもこの首領には十分だったようだ。一気に怒気を膨らませた首領は両手斧を肩に担ぐとゆっくりと距離を詰めてくる。
「その減らず口二度と叩けないようにしてやるよ!」
首領の攻撃はおそらく勢いに任せた斧の一撃。あの体躯に武器の質、威力だけ見れば熊も一刀両断に出来る程だろう。
だからこそ、クローリカは動かない。
「はっ! なんだい、打ち合う気もないのかい!」
だらりと剣先を下げているクローリカに、首領は更に距離を詰めた。
しかも迫る首領を前にクローリカはあろうことか瞳を閉じる。
「観念でもしたのかい? いいだろう、死にな!」
鋭敏な聴覚が捉える風の流れ。感じる。首領の足音、息遣い、筋肉の動きまで。
そして、巨大な鉄塊が切り裂く大気を空気の波として感じ取ったクローリカは、カッと目を見開くと、細剣を神速の速度を持って突き出した。
「なっ!?」
振りかぶった大斧の刃と細剣の切っ先が衝突。互いの頭上で火花を散らす。
「力だけが強さではありません」
刃と切っ先の一瞬の均衡は、クローリカの脱力により破られる。
「これが後の先。私の戦い方です」
不意に自由を得た大斧が重力に引かれる様に振り下ろされる横をすり抜け、クローリカは必殺の一撃を首領の喉元へと突き入れた。
●
「そこまで!!」
クローリカが叫んだ。
暴走する馬車を追いかけていた手下たちが、声を聴きクローリカを見た。そして、その足元に倒れ伏す自分達の首領の姿も。
「逃げる者は追いません。抵抗するのなら受けて立ちましょう」
そう言うとクローリカは見せつける様に、剣についた首領の血を払った。
野盗達は仲間同士互いに顔を見合わせると、我先にと森へと逃げていく。
最後に残っていた御者も、味方が一人もいなくなるや這いずる様に森の中へと消えた。
「もう大丈夫です! 馬を御してください!!」
クローリカは未だに暴走を続ける馬車に向け叫ぶ。必死の形相で馬車を操っていた行商人が声に合わせ思いっきり手綱を引いた。
「――痛い思いをさせましたね」
クローリカは鼻息荒く足踏みする馬に近づき、首を撫でてやる。
「素晴らしい手綱さばきでしたよ」
固まって手綱から手を離せない行商人に向け微笑むと、クローリカはひらりと御者台へと飛び上がった。
「不幸の先には幸運が待っている。この馬車は貰ってきましょうか」
「え……?」
「これで貴方もいっぱしの行商人ですね」
呆ける行商人の隣に腰かけ、クローリカは天使が囁くように話しかけたのだった――。