渓流のエルフ
キャラクターノベル制作 小湊拓也納品 2021年02月09日 15時32分40秒
こうして岩に腰掛け、釣り糸を垂らしていると、つくづく思う。
馴染む、と。
釣竿が、手に馴染む。たおやかに見えても歴戦の冒険者である。大物が針に掛かっても、釣り上げる力はある。
いささか育ち過ぎの白桃を思わせる尻も、岩肌に馴染む。
のんびりとした渓谷の風景に自分は今、馴染んでいる。溶け込んでいる、とネーヴェ・グラヌローザは実感していた。
自分は、釣りをするために生まれて来たのではないか。そんなふうにすら思えてしまう。
魚を漁る。その行為が、自分に馴染む。実は漁師だったのではないか、などと仲間に言われる事もある。
過去の記憶が、ネーヴェには無かった。
癒しの技を持つ、女エルフ。自分に関して把握しているのは、その程度である。年齢を申告しなければならない時は、24歳と答えるようにしている。自身の外見から判断しての事だ。
「20歳、でも良かったかしら。ねえ? アーテル」
傍らで丸くなっている黒猫が、にゃーと鳴いた。肯定か、否定か。
「……18歳。いかが?」
アーテルが、にゃーんと鳴いた。はっきりと駄目を出された、とネーヴェは感じた。
晴れた空、涼しく清浄な山の大気。小鳥のさえずり、川のせせらぎ。
実に、平和なものである。
釣り竿が、震えた。微かな、だが確かな手応えを、ネーヴェは握り締めた。
立ち上がり、釣り上げる。
水中から現れたのは、奇怪な魚であった。牙を剥き、触手を暴れさせている。
魚ではない。クリーパー、である。釣り針に引っかかったまま、奇声を発してネーヴェに襲いかかる。
左手で釣り竿を保持したまま、ネーヴェは右手で杖を振るった。聖なる光を帯びたる一撃。
クリーパーは、砕け散った。
「こんな……一見のどかな場所にも、クリーパーが」
小壺の中から、ネーヴェは新しい生き餌を取り出した。
うねうねと蠢く虫を、綺麗な指先で摘まんで針に引っかける。
そして、釣り竿を振るう。
釣り針の刺さった虫が、流水の中に没した。
すぐに、凄まじい震えが来た。
もぎ取られそうになった釣り竿を、ネーヴェは両腕と言うより全身の力で引き寄せ振り上げた。
川面が砕け散ったかの如く、大量の水飛沫が噴出した。
巨大なものが、釣り上げられていた。おぞましく力強く、うねり暴れる怪物。
先程のものよりも遥かに大型の、クリーパーである。
牙か鉤爪か判然としないものを無数、生やし伸ばしながら、それがネーヴェを強襲する。
両手で杖を構え、魔力を燃やしつつ、ネーヴェは身を翻した。凹凸の見事なボディラインが高速捻転し、光まとう杖が幾重にも弧を描いてクリーパーを連打・乱打する。
醜悪な巨体が破裂し、ネーヴェの周囲にぶちまけられた。
「私……釣りに来たのであって、クリーパー退治に来たわけではありませんのに……こら、駄目ですわよアーテル」
散乱するクリーパーの残骸に、黒猫がとてとてと近付いて行く。ネーヴェは、首根っこを掴んで引きずり戻した。
「そんなもの食べたら、お腹を壊します。ちゃんとしたお魚を釣ってあげますから、大人しくなさい……と、言いたいところですけれど」
溜め息をつきながらネーヴェは竿を振るい、新たな釣り餌を投下した。
この川には、魚がいるのか。そんな事を思ってしまう。
「…………クリーパーしか、泳いでいない川……」
平和は、見せかけのものに過ぎないのか。この美しくのどかな自然も、今やクリーパーに侵蝕されつつあるのか。
「アストラル界よりいらした方々は……私に、のんびり釣りをさせても下さいませんの?」
語りかけても、応えなど返って来るはずがなかった。
その代わり、竿に震えが来た。
クリーパーの手応えとは違う、とネーヴェは直感した。
「来た……来ましたわよ、アーテル!」
立ち上がり、全身で釣り上げる。
形の良い川鱒が、宙を舞い、岩肌に落下してピチピチと暴れた。
ネーヴェは拾い上げ、抱き締めた。
「ああ……よくぞ、クリーパーに捕食される事もなく……生き延びて……」
元気良く暴れる魚体に、頬擦りをする。
クリーパーによる侵蝕にも負けぬ、自然の生命力を今、ネーヴェは抱擁している。
「……美味しく……食べて、差し上げますわね……」
猫は、立派な肉食獣である。
猫科の猛獣は、獲物を仕留めた際、腐りやすい臓物を真っ先に平らげてしまうという。
魚の内臓は、アーテルの大好物であった。
「至福のひととき……でしたわねえ、アーテル」
口の中に残る塩焼きの味を、ネーヴェは酒で洗い流した。
川鱒の臓物を食らい終えたアーテルが、満足げに身を丸めて尻尾を動かす。
川鱒の肉は、ネーヴェが開いて焼いて酒と合わせた。骨は、後で焚き火と一緒に埋める。
「この至福……あなたたちから、守り抜いて見せますわよ」
クリーパーが大量に泳いでいるであろう川に向かって、ネーヴェは酒盃を掲げた。
馴染む、と。
釣竿が、手に馴染む。たおやかに見えても歴戦の冒険者である。大物が針に掛かっても、釣り上げる力はある。
いささか育ち過ぎの白桃を思わせる尻も、岩肌に馴染む。
のんびりとした渓谷の風景に自分は今、馴染んでいる。溶け込んでいる、とネーヴェ・グラヌローザは実感していた。
自分は、釣りをするために生まれて来たのではないか。そんなふうにすら思えてしまう。
魚を漁る。その行為が、自分に馴染む。実は漁師だったのではないか、などと仲間に言われる事もある。
過去の記憶が、ネーヴェには無かった。
癒しの技を持つ、女エルフ。自分に関して把握しているのは、その程度である。年齢を申告しなければならない時は、24歳と答えるようにしている。自身の外見から判断しての事だ。
「20歳、でも良かったかしら。ねえ? アーテル」
傍らで丸くなっている黒猫が、にゃーと鳴いた。肯定か、否定か。
「……18歳。いかが?」
アーテルが、にゃーんと鳴いた。はっきりと駄目を出された、とネーヴェは感じた。
晴れた空、涼しく清浄な山の大気。小鳥のさえずり、川のせせらぎ。
実に、平和なものである。
釣り竿が、震えた。微かな、だが確かな手応えを、ネーヴェは握り締めた。
立ち上がり、釣り上げる。
水中から現れたのは、奇怪な魚であった。牙を剥き、触手を暴れさせている。
魚ではない。クリーパー、である。釣り針に引っかかったまま、奇声を発してネーヴェに襲いかかる。
左手で釣り竿を保持したまま、ネーヴェは右手で杖を振るった。聖なる光を帯びたる一撃。
クリーパーは、砕け散った。
「こんな……一見のどかな場所にも、クリーパーが」
小壺の中から、ネーヴェは新しい生き餌を取り出した。
うねうねと蠢く虫を、綺麗な指先で摘まんで針に引っかける。
そして、釣り竿を振るう。
釣り針の刺さった虫が、流水の中に没した。
すぐに、凄まじい震えが来た。
もぎ取られそうになった釣り竿を、ネーヴェは両腕と言うより全身の力で引き寄せ振り上げた。
川面が砕け散ったかの如く、大量の水飛沫が噴出した。
巨大なものが、釣り上げられていた。おぞましく力強く、うねり暴れる怪物。
先程のものよりも遥かに大型の、クリーパーである。
牙か鉤爪か判然としないものを無数、生やし伸ばしながら、それがネーヴェを強襲する。
両手で杖を構え、魔力を燃やしつつ、ネーヴェは身を翻した。凹凸の見事なボディラインが高速捻転し、光まとう杖が幾重にも弧を描いてクリーパーを連打・乱打する。
醜悪な巨体が破裂し、ネーヴェの周囲にぶちまけられた。
「私……釣りに来たのであって、クリーパー退治に来たわけではありませんのに……こら、駄目ですわよアーテル」
散乱するクリーパーの残骸に、黒猫がとてとてと近付いて行く。ネーヴェは、首根っこを掴んで引きずり戻した。
「そんなもの食べたら、お腹を壊します。ちゃんとしたお魚を釣ってあげますから、大人しくなさい……と、言いたいところですけれど」
溜め息をつきながらネーヴェは竿を振るい、新たな釣り餌を投下した。
この川には、魚がいるのか。そんな事を思ってしまう。
「…………クリーパーしか、泳いでいない川……」
平和は、見せかけのものに過ぎないのか。この美しくのどかな自然も、今やクリーパーに侵蝕されつつあるのか。
「アストラル界よりいらした方々は……私に、のんびり釣りをさせても下さいませんの?」
語りかけても、応えなど返って来るはずがなかった。
その代わり、竿に震えが来た。
クリーパーの手応えとは違う、とネーヴェは直感した。
「来た……来ましたわよ、アーテル!」
立ち上がり、全身で釣り上げる。
形の良い川鱒が、宙を舞い、岩肌に落下してピチピチと暴れた。
ネーヴェは拾い上げ、抱き締めた。
「ああ……よくぞ、クリーパーに捕食される事もなく……生き延びて……」
元気良く暴れる魚体に、頬擦りをする。
クリーパーによる侵蝕にも負けぬ、自然の生命力を今、ネーヴェは抱擁している。
「……美味しく……食べて、差し上げますわね……」
猫は、立派な肉食獣である。
猫科の猛獣は、獲物を仕留めた際、腐りやすい臓物を真っ先に平らげてしまうという。
魚の内臓は、アーテルの大好物であった。
「至福のひととき……でしたわねえ、アーテル」
口の中に残る塩焼きの味を、ネーヴェは酒で洗い流した。
川鱒の臓物を食らい終えたアーテルが、満足げに身を丸めて尻尾を動かす。
川鱒の肉は、ネーヴェが開いて焼いて酒と合わせた。骨は、後で焚き火と一緒に埋める。
「この至福……あなたたちから、守り抜いて見せますわよ」
クリーパーが大量に泳いでいるであろう川に向かって、ネーヴェは酒盃を掲げた。