それは誰もが見たことないレシピ
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2025年02月10日 10時10分31秒
●それは誰もが見たことないレシピ
それはどこか人知れずひっそりと眠っている遺跡。
そこには古代の技術があるとか、知識が眠るとか噂がされているが真相は定かではない。
「準備はいいのだ? 少年」
振り返りながら【ストレガ・L・リベルガストラ】は背後にいる助手である青年【レゼル】に話しかけた。
レゼルは手製の杖に巻いた運搬用の布を外しながら彼女の問いかけに強い瞳で答える。
「はい、いつでも大丈夫ですよ」
二人はギルドからの依頼で新たに見つかった未踏破遺跡である【Pulchrum Polletis Fritum】を探査しに来たのだ。
小さなピラミッドのような台形の入り口。その階段を上がりながらストレガは言う。その表情は至って真面目だ。
「ここは事前調査に入った冒険者が尽く返り討ちにあっているという遺跡なのだ。未踏破ゆえに何があるかもわからない。油断は禁物、ということなのだ」
「そんなに危険な遺跡なのですか? ここから見る限りでは普通の古い遺跡にしか見えませんが……」
入口に到達した二人は石製の大きな扉を二人掛かりで押す。音を立ててゆっくりと扉が開いた。
だが次の瞬間、ストレガは即座に横に飛んだ。レゼルもほぼ同時にストレガとは逆方向に飛ぶ。直後、二人の立っていた位置が粉砕される。
もうもうとした煙の中から現れたのは……大型の熊型魔獣【ボアグザ】だった。赤い瞳をぎらりと向け、鋭い牙を剥き出しにして唸っている。
「ふう、結構な挨拶ですね!」
「どこかで見たような顔なのだ。ふむ、同種族の個体か……速攻で行くのだ、少年!」
ストレガはボアグザが動き出す前に教鞭を掲げるとボアグザの足元目がけて氷嵐を放った。光り輝くエーテルが足元に収束すると氷の嵐が巻き起こる。エーテルで生成された氷の礫がボアグザの身体を激しく打ち付けた。苦しそうにボアグザは呻き声をあげる。
「続きますっ! くらえっ!」
氷の嵐を受け、怯んでいるボアグザにレゼルはエーテルの矢を放った。鋭く飛んだ矢はボアグザの右腕に突き刺さる。
「グルゥウアアアア!」
咆哮をあげるとボアグザは地面ごと引き剥がすように迫る。後方に跳んだレゼルの眼前を鋭いボアグザの爪が掠めた。彼の頬から一筋血が流れる。
「くっ、意外に素早い!」
すると再び咆哮をあげたボアグザの頭上から光の球が降り注ぐ。光雨となったそれはボアグザの身体を打ち付け、地に沈める。それはストレガが放ったメテオライトだった。倒れたボアグザが動く様子はもうない。
「全く、油断しすぎなのだー。速攻と言ったら攻撃力の高い技を使うのが筋なのだ」
「す、すいません。まずは一撃入れて動きを阻害できればと思ったのですが……」
教鞭でレゼルの頭を軽くストレガはべしっと叩いた。
「そういうのは、もっと余裕がある時にやるのだ。急な接敵では判断能力も落ちる、まだまだなのだー」
戦闘経験の差を見せつけられたレゼルは申し訳なさそうに頭を下げた。彼は知識としては経験を積んではいるが実践経験に乏しい。急な判断ではまだ未熟と言えよう。歴戦を潜り抜けてきたストレガとは違うのだ。
「さあ、気を取り直して探査をするのだ。謎を解き明かし、最奥に何があるのか……それを見届けるのだ!」
「はいっ! ストレガ様っ!」
レゼルの背中をべしっと軽く叩き、ストレガは彼と共に次の部屋へと繋がる通路へと進んだ。
通路は細長く、壁には何やら紋様が描かれている。花や草、樹木をモチーフにしているようだ。ストレガはそれを注意深く見ながら歩いていた。
「ふむ、興味深いのだ。何やら草木をモチーフにしているようだが……?」
「変わった図柄ですね。それもこんな通路の壁面に描くなんて」
「何かしら意味があるのかもしれないのだ。少々覚えておく手も……」
そんな話をしていると二人は少し開けた広間へと出る。何やらいい香りが漂っているようだ。
広間には大きめの釜が三つほど用意されている。そこには何やらお湯が壁の穴から注ぎ込まれていた。
ストレガはその一つに近づくと注意深く匂いを嗅いでから一口すくい、飲んでみる。爽やかな香りが鼻に抜けた。
「これは……薬湯なのだ。ということは……?」
ふとストレガはお湯が流れる壁に描かれた文字を見る。そこには【薬湯は自然の源より作られる。扉に相応しき、薬湯を捧げよ】と書かれていた。
「扉に相応しき薬湯? あ、ストレガ様、扉に壁で見たような紋様が描かれてますよ!」
「ふむ……燃える山の紋様? 火山……そうなるならば――」
ストレガは三つ目の釜から傍にあった器に少々赤く濁った湯をすくうとそれを持って扉の前まで進んだ。
扉には湯を注ぎ込む穴があり、そこに器の湯を注ぎ込む。こぽこぽと何かが満たされるような音が響いた。
するとカチッと音がして鍵が開く。軽く扉を押してみると木製の扉が開いた。その先にはまだ長い通路が続いているようだ。
「これで先に進めるのだ。少年、行くのだー!」
レゼルを伴って、何かに気づいたストレガは通路を走る。長い通路を走りながらレゼルがストレガに声をかけた。
「あのっ、ストレガ様! なんで急に走ったりなんか!」
「それは! すぐにわかるのだー!」
ごごごっと地鳴りのような音が響いたかと思うと、背後から水の音がする。
振り返ってレゼルが背後を見るとなんと、選ばなかった方の薬湯二つが混ざり合いながら濁流となって迫ってきている。すぐに追いつかれる速度ではないが、そこまで余裕を見せているわけにはいかない速度だ。
「な、なんですかあれは!?」
「きっと侵入者撃退の仕掛けなのだー! さっきの窯の上から流れ込んでくるのが見えた、止まるとは思えないのだ! さあ、つべこべ言わずに走るのだー!」
二人は追いつかれないよう、いつ終わるとも知れない長い通路を走り抜けていく。
途中、障害物のように配置された木の棒を飛んで避け、せり出した天井をスライディングで華麗に避けながら速度を落とさないように走り抜ける。
「はあはあ、なんで、こんな仕掛けがぁあ!」
「意味は分からんのだ! だがちょっと楽しいのだ!」
疲れているレゼルとは違い、ストレガはちょっと楽しそうに障害物を避け、走り続けている。対するレゼルは少々疲れた表情をしているが、根性で何とか遅れずに走っているという状態だ。背後の濁流は数十メートルの所まで迫っている。徐々に濁流の速度が上がり、二人に迫っているのだ。
「ストレガ様! あれっ! 前に何かありますっ!」
レゼルの声で天井を見上げたストレガは突き出した棒のようなスイッチを発見する。衝撃を与えれば何かしらスイッチが入りそうだ。
「何が起きるかはわからないが……試してみる価値はあるのだ!」
教鞭を構えたストレガは天井の棒目がけてエーテル弾を放つ。がこっと音を立ててスイッチが切り替わった。すると二人の背後に大きな壁が現れ濁流を遮断する。
しばらくは壁に打ち付けられる濁流の音が響いていたがそれも数秒の後に収まった。どうやら難を逃れたようだ。
通路の先へ出るとそこは小さな部屋になっていた。特に仕掛けらしい仕掛けはなく、下へと続く階段が部屋の隅にある。危険な魔獣が潜んでいる様子もない。
「はあ、はあ……もう走れないです、ちょっと、申し訳、ないですが、きゅ、休憩をっ!」
「ちょうどこの小部屋は安全そうなのだ。小休止するのだ。少年、息を整えてまずは深呼吸を」
授恵者であるストレガとそうではないレゼルでは元々の体力に差がある。もうひとっ走りもできないというレゼルに対し、少々汗はかいているものの、まだストレガには余裕があった。まあ、経験の差という所もあるだろうが。
適当に座るとストレガは己の太ももをぽんぽんと叩き、レゼルを呼んだ。
「ほら、少年こっちへ来るのだ。ここは石畳故、膝枕の方が体を休められるはずなのだ」
「え、いやいや、いいですって! だ、大丈夫です、適当に転がりますので!」
頬を染めながら羞恥心故に拒否するレゼルをぐいっと引っ張ると、ストレガは自分の太ももに寝かせる。まるで母のように頭を撫で、彼女は彼を休ませる。
だが当のレゼルからすれば身体は休まるが、心は穏やかではない。なぜなら立派なストレガの双丘が間近にあり、走ったおかげで強く香る彼女の甘い香りが彼の心拍数を上げていた。
(いつも抱き枕にされる時とはまた違ったこの感覚! 心臓の鼓動、聞こえないでぇえ……!)
ドキドキしながらレゼルはそのまま“ゆっくりと休む”のだった。
小休止の後、食事にしようとのことでレゼルはバッグからピンク色の刺身を取り出す。これはサソリ型魔獣の肉を綺麗に切り分け醤油に漬けた物だ。今朝仕込んだ新鮮な物である。
それをつまみながら、果実ジュースを飲みながらストレガはかつて、初めてサソリ型魔獣の捌き方をレゼルに教えたことを思い出す。
「そう言えば……少年にサソリ型魔獣の捌き方を教えたことがあったのだ。あむ、むぐむぐ。懐かしいのだー」
「ああ、最初に見た時は驚きましたよ。なんせ、いきなり刺身にして食べようとしたんですから。そんな食べ方、図鑑には一言も書いてませんでしたからね」
「うむ、何事も実践、経験が重要なのだ。得た知識は全て力となる。この魔獣の甲殻も……」
試すようにストレガはそこで言葉を止めた。レゼルの返しを待っているようだ。
レゼルは一口、サソリ魔獣の醤油漬けを口に運ぶとよく噛んで飲み込んでからそれに応える。
「わかってます。魔法で倒すと、このサソリ型魔獣の甲殻の裏側は黄色く変色するんですよね? 確か、雷を帯びるようになるとか」
うんうん、と頷いてからストレガは果実酒で喉を潤す。フルーティーな香りと味が身体に染み渡った。
「よく覚えているのだ。これからもその調子で精進するのだー」
「はい、勿論ですよ」
二人は談笑しながらサソリ型魔獣の醤油漬けを食べ終えると再び探査に戻ることとする。
次の目的地はこの小部屋の階段から続く下層だ。
階段から下を覗いてみると僅かに風の音がする。どこかから隙間風でも入っているのかもしれない。
「注意深く進むのだ。罠がないとは言い切れない」
「そうですね、致命的な罠だった場合、一気に全滅もあり得ますから」
仕掛けられている罠は侵入者除けと考えれば多岐に渡るだろう。毒ガスに始まり、飛んでくる矢、魔獣の巣に落とされるというのもあるかもしれない。警戒するのは未踏破遺跡ならば特に大事だ。
二人は注意深く警戒しながら階段を下りていく。
下へと降りるにつれて、辺りはだんだんと暗くなってきた。レゼルは明かりをつけ、先の階段を照らす。階段の先は暗闇が支配しており、何があるかも見えない。
そのまま足元に注意しながら降りていくと……そこは開けた大広間となっていた。真ん中には彫像があり、器が二つ用意されている。そこにキノコのような物体が鎮座していた。
「これって……断酒茸じゃないですか!? それもかなり熟成された奴ですよ」
「ふむ、腰の器に注がれてくる酒も、ひと舐めしてみたが飲めないわけではないようなのだ。不思議だが」
遺跡の中だというのに酒は悪くなっていない。まさに二人がここに来たから注がれた、とでもいうかのような状態だった。
「彫像の中にどうやって保存されていたのだ? ふむ、むむむ……?」
「ストレガ様、この彫像何か書いてありますよ?」
ふと見れば彫像の腰辺りに何かが書いてある。そこには【二人の知識を見せよ】と記されていた。
ここより先に扉はなく、彫像が箱のようなものを持っているようだ。あの中に何かがきっとあるのだろう。
だがそれを開ける方法は二人がしばらく調査しても見当がつかなかった。
箱は石製であり、鍵穴のようなものはない。彫像と一体化しており、文字が記されているのとここまでの仕掛けを考えれば、文字に書いておることを達成すれば開く仕組みなのだろう。
「断酒茸。腰から注がれ続ける酒……少年、研究の成果を発揮せよ、ということなのだ! さあ、研究の成果を見せる時が来たのだ!」
「えっ、ここでですか!? いやいや、誰か来るかもしれないですし、ここでアレの研究成果を披露するのはリスクが……ああ!?」
止めるレゼルを気にせず、ストレガはがぶっと断酒茸をかじると、酒をグイっと飲み干す。実にいい飲みっぷりである。
酒を飲み終えたストレガは断酒茸の例の毒が回り、とろんっとして潤んだ瞳となっていた。上気した頬が実に艶めかしい。
「少年、早くぅ、するのだぁ……きっとぉ、ここが最奥ぅなのだぁ。謎の答えがぁ、待っているのならばぁー、ためらうことは何も、ないのだぁー!」
「ああもう、目のやり場に困る格好になって! す、ストレガ様、お気を確かに! 知識を見せよってことは、何も研究成果を見せなくともぉ!?」
吐息荒くゆっくりと近づいてくるストレガの目はまさに“飢えた肉食獣の瞳”だ。獲物を前にして我慢することなどできないだろう。これも例のキノコ、断酒茸の毒のせいである。
「何を言うのだぁ、少年だってぇ、この前の研究の時はぁ……【豪快なる霊山を上る修験者が朝日を前に涙する】というのに。今更なのだぁー!」
「そ、それはですねぇ、ふかーいわけがありましてぇ、だから目のやり場ァァ!」
こうして彫像の前で、二人は研究成果を披露することとなった。
それは【黄金の草原を駆け回る駿馬】が【銀の湖で踊り】、ストレガは【赤き地平線の先に王者】を見た。
レゼルはそんなストレガに【長鍋に浸された銀の匙を掲げ】、臆することなく【青空の先へ疾駆し、土色の器を描く】のだ。
それらは研究の成果であり【褐色と肌色の絵画が燃え盛る】【厳かな美術館の最奥】で【遠き王が宣言する王令】を聞いて【賢者のローブが舞い踊った】のである。
肩で息をしながら、研究成果を披露した末に疲れ果てた体をストレガは起こした。まだ断酒茸の毒は抜けていない。
「はあはあ、彫像の目が光っているのだぁ。少年、もう一息なのだぁ……【鳴動する大地の地上神が泣く】は平気なのだ?」
「ええ、なんとか。ストレガ様だって【女神が光の下でダンスする】は平気なんですか? 結構【絶えず泣き喚くペンダントが輝く】じゃないですか」
にやりと笑いながら汗をぬぐい、上半身を起こしたストレガは舌なめずりをする。それは肉食獣の動作そのものだった。
「問題ないのだぁ、今回はぁ、熟成されたぁ、断酒茸だからぁ、はあはあ、効果がぁ長いのかもぉー、知れないのだぁ」
そのままストレガは【打ち合う剣士が流す情熱】を注ぎ【探求心と羨望、飽くなき闘争心】を【小高き丘で叫ぶ獣】が【流転する天秤を傾ける】のだった。
ストレガとレゼル……二人は激しい研究成果の披露の結果、疲労困憊で床に転がっていた。傍らには箱から転げ落ちた書物が落ちている。
動けないレゼルに変わり、ストレガは汗を拭いながらその書物を手に取った。そこには【我らが唐揚げの全て】という文字が記されていた。
ぱらぱらとめくってみると、そこには彼女が知らない唐揚げのレシピの数々が記されている。
「な、なんということなのだ! こ、こんな方法があるとは……! ま、まさかそれまで……唐揚げに!?」
今までの常識を覆すかのようなレシピの数々にストレガは衝撃を受ける。それはまさに誰かの残した秘伝といっていいだろう。
「こうしてはいられないのだ、少年! 早速帰って遺跡の詳細を報告し、このレシピを試さねば!」
「うう、きゅ、休憩を……まだ、身体が……主に、腰がぁあ……っ」
まだ動けないレゼルをしょいこむとストレガは遺跡の出口へと向かうのだった。
「待って、ストレガ様ぁ! それだと出会った誰かが目のやり場に困りますってばァァ!」
そんな叫びが響き、二人の姿は出口へと向かう通路へと消えていくのだった。
後日、ストレガが解読、編纂した【我らが唐揚げの全て】は一部の食堂に新メニューとして採用されることになったんだとか。
それはどこか人知れずひっそりと眠っている遺跡。
そこには古代の技術があるとか、知識が眠るとか噂がされているが真相は定かではない。
「準備はいいのだ? 少年」
振り返りながら【ストレガ・L・リベルガストラ】は背後にいる助手である青年【レゼル】に話しかけた。
レゼルは手製の杖に巻いた運搬用の布を外しながら彼女の問いかけに強い瞳で答える。
「はい、いつでも大丈夫ですよ」
二人はギルドからの依頼で新たに見つかった未踏破遺跡である【Pulchrum Polletis Fritum】を探査しに来たのだ。
小さなピラミッドのような台形の入り口。その階段を上がりながらストレガは言う。その表情は至って真面目だ。
「ここは事前調査に入った冒険者が尽く返り討ちにあっているという遺跡なのだ。未踏破ゆえに何があるかもわからない。油断は禁物、ということなのだ」
「そんなに危険な遺跡なのですか? ここから見る限りでは普通の古い遺跡にしか見えませんが……」
入口に到達した二人は石製の大きな扉を二人掛かりで押す。音を立ててゆっくりと扉が開いた。
だが次の瞬間、ストレガは即座に横に飛んだ。レゼルもほぼ同時にストレガとは逆方向に飛ぶ。直後、二人の立っていた位置が粉砕される。
もうもうとした煙の中から現れたのは……大型の熊型魔獣【ボアグザ】だった。赤い瞳をぎらりと向け、鋭い牙を剥き出しにして唸っている。
「ふう、結構な挨拶ですね!」
「どこかで見たような顔なのだ。ふむ、同種族の個体か……速攻で行くのだ、少年!」
ストレガはボアグザが動き出す前に教鞭を掲げるとボアグザの足元目がけて氷嵐を放った。光り輝くエーテルが足元に収束すると氷の嵐が巻き起こる。エーテルで生成された氷の礫がボアグザの身体を激しく打ち付けた。苦しそうにボアグザは呻き声をあげる。
「続きますっ! くらえっ!」
氷の嵐を受け、怯んでいるボアグザにレゼルはエーテルの矢を放った。鋭く飛んだ矢はボアグザの右腕に突き刺さる。
「グルゥウアアアア!」
咆哮をあげるとボアグザは地面ごと引き剥がすように迫る。後方に跳んだレゼルの眼前を鋭いボアグザの爪が掠めた。彼の頬から一筋血が流れる。
「くっ、意外に素早い!」
すると再び咆哮をあげたボアグザの頭上から光の球が降り注ぐ。光雨となったそれはボアグザの身体を打ち付け、地に沈める。それはストレガが放ったメテオライトだった。倒れたボアグザが動く様子はもうない。
「全く、油断しすぎなのだー。速攻と言ったら攻撃力の高い技を使うのが筋なのだ」
「す、すいません。まずは一撃入れて動きを阻害できればと思ったのですが……」
教鞭でレゼルの頭を軽くストレガはべしっと叩いた。
「そういうのは、もっと余裕がある時にやるのだ。急な接敵では判断能力も落ちる、まだまだなのだー」
戦闘経験の差を見せつけられたレゼルは申し訳なさそうに頭を下げた。彼は知識としては経験を積んではいるが実践経験に乏しい。急な判断ではまだ未熟と言えよう。歴戦を潜り抜けてきたストレガとは違うのだ。
「さあ、気を取り直して探査をするのだ。謎を解き明かし、最奥に何があるのか……それを見届けるのだ!」
「はいっ! ストレガ様っ!」
レゼルの背中をべしっと軽く叩き、ストレガは彼と共に次の部屋へと繋がる通路へと進んだ。
通路は細長く、壁には何やら紋様が描かれている。花や草、樹木をモチーフにしているようだ。ストレガはそれを注意深く見ながら歩いていた。
「ふむ、興味深いのだ。何やら草木をモチーフにしているようだが……?」
「変わった図柄ですね。それもこんな通路の壁面に描くなんて」
「何かしら意味があるのかもしれないのだ。少々覚えておく手も……」
そんな話をしていると二人は少し開けた広間へと出る。何やらいい香りが漂っているようだ。
広間には大きめの釜が三つほど用意されている。そこには何やらお湯が壁の穴から注ぎ込まれていた。
ストレガはその一つに近づくと注意深く匂いを嗅いでから一口すくい、飲んでみる。爽やかな香りが鼻に抜けた。
「これは……薬湯なのだ。ということは……?」
ふとストレガはお湯が流れる壁に描かれた文字を見る。そこには【薬湯は自然の源より作られる。扉に相応しき、薬湯を捧げよ】と書かれていた。
「扉に相応しき薬湯? あ、ストレガ様、扉に壁で見たような紋様が描かれてますよ!」
「ふむ……燃える山の紋様? 火山……そうなるならば――」
ストレガは三つ目の釜から傍にあった器に少々赤く濁った湯をすくうとそれを持って扉の前まで進んだ。
扉には湯を注ぎ込む穴があり、そこに器の湯を注ぎ込む。こぽこぽと何かが満たされるような音が響いた。
するとカチッと音がして鍵が開く。軽く扉を押してみると木製の扉が開いた。その先にはまだ長い通路が続いているようだ。
「これで先に進めるのだ。少年、行くのだー!」
レゼルを伴って、何かに気づいたストレガは通路を走る。長い通路を走りながらレゼルがストレガに声をかけた。
「あのっ、ストレガ様! なんで急に走ったりなんか!」
「それは! すぐにわかるのだー!」
ごごごっと地鳴りのような音が響いたかと思うと、背後から水の音がする。
振り返ってレゼルが背後を見るとなんと、選ばなかった方の薬湯二つが混ざり合いながら濁流となって迫ってきている。すぐに追いつかれる速度ではないが、そこまで余裕を見せているわけにはいかない速度だ。
「な、なんですかあれは!?」
「きっと侵入者撃退の仕掛けなのだー! さっきの窯の上から流れ込んでくるのが見えた、止まるとは思えないのだ! さあ、つべこべ言わずに走るのだー!」
二人は追いつかれないよう、いつ終わるとも知れない長い通路を走り抜けていく。
途中、障害物のように配置された木の棒を飛んで避け、せり出した天井をスライディングで華麗に避けながら速度を落とさないように走り抜ける。
「はあはあ、なんで、こんな仕掛けがぁあ!」
「意味は分からんのだ! だがちょっと楽しいのだ!」
疲れているレゼルとは違い、ストレガはちょっと楽しそうに障害物を避け、走り続けている。対するレゼルは少々疲れた表情をしているが、根性で何とか遅れずに走っているという状態だ。背後の濁流は数十メートルの所まで迫っている。徐々に濁流の速度が上がり、二人に迫っているのだ。
「ストレガ様! あれっ! 前に何かありますっ!」
レゼルの声で天井を見上げたストレガは突き出した棒のようなスイッチを発見する。衝撃を与えれば何かしらスイッチが入りそうだ。
「何が起きるかはわからないが……試してみる価値はあるのだ!」
教鞭を構えたストレガは天井の棒目がけてエーテル弾を放つ。がこっと音を立ててスイッチが切り替わった。すると二人の背後に大きな壁が現れ濁流を遮断する。
しばらくは壁に打ち付けられる濁流の音が響いていたがそれも数秒の後に収まった。どうやら難を逃れたようだ。
通路の先へ出るとそこは小さな部屋になっていた。特に仕掛けらしい仕掛けはなく、下へと続く階段が部屋の隅にある。危険な魔獣が潜んでいる様子もない。
「はあ、はあ……もう走れないです、ちょっと、申し訳、ないですが、きゅ、休憩をっ!」
「ちょうどこの小部屋は安全そうなのだ。小休止するのだ。少年、息を整えてまずは深呼吸を」
授恵者であるストレガとそうではないレゼルでは元々の体力に差がある。もうひとっ走りもできないというレゼルに対し、少々汗はかいているものの、まだストレガには余裕があった。まあ、経験の差という所もあるだろうが。
適当に座るとストレガは己の太ももをぽんぽんと叩き、レゼルを呼んだ。
「ほら、少年こっちへ来るのだ。ここは石畳故、膝枕の方が体を休められるはずなのだ」
「え、いやいや、いいですって! だ、大丈夫です、適当に転がりますので!」
頬を染めながら羞恥心故に拒否するレゼルをぐいっと引っ張ると、ストレガは自分の太ももに寝かせる。まるで母のように頭を撫で、彼女は彼を休ませる。
だが当のレゼルからすれば身体は休まるが、心は穏やかではない。なぜなら立派なストレガの双丘が間近にあり、走ったおかげで強く香る彼女の甘い香りが彼の心拍数を上げていた。
(いつも抱き枕にされる時とはまた違ったこの感覚! 心臓の鼓動、聞こえないでぇえ……!)
ドキドキしながらレゼルはそのまま“ゆっくりと休む”のだった。
小休止の後、食事にしようとのことでレゼルはバッグからピンク色の刺身を取り出す。これはサソリ型魔獣の肉を綺麗に切り分け醤油に漬けた物だ。今朝仕込んだ新鮮な物である。
それをつまみながら、果実ジュースを飲みながらストレガはかつて、初めてサソリ型魔獣の捌き方をレゼルに教えたことを思い出す。
「そう言えば……少年にサソリ型魔獣の捌き方を教えたことがあったのだ。あむ、むぐむぐ。懐かしいのだー」
「ああ、最初に見た時は驚きましたよ。なんせ、いきなり刺身にして食べようとしたんですから。そんな食べ方、図鑑には一言も書いてませんでしたからね」
「うむ、何事も実践、経験が重要なのだ。得た知識は全て力となる。この魔獣の甲殻も……」
試すようにストレガはそこで言葉を止めた。レゼルの返しを待っているようだ。
レゼルは一口、サソリ魔獣の醤油漬けを口に運ぶとよく噛んで飲み込んでからそれに応える。
「わかってます。魔法で倒すと、このサソリ型魔獣の甲殻の裏側は黄色く変色するんですよね? 確か、雷を帯びるようになるとか」
うんうん、と頷いてからストレガは果実酒で喉を潤す。フルーティーな香りと味が身体に染み渡った。
「よく覚えているのだ。これからもその調子で精進するのだー」
「はい、勿論ですよ」
二人は談笑しながらサソリ型魔獣の醤油漬けを食べ終えると再び探査に戻ることとする。
次の目的地はこの小部屋の階段から続く下層だ。
階段から下を覗いてみると僅かに風の音がする。どこかから隙間風でも入っているのかもしれない。
「注意深く進むのだ。罠がないとは言い切れない」
「そうですね、致命的な罠だった場合、一気に全滅もあり得ますから」
仕掛けられている罠は侵入者除けと考えれば多岐に渡るだろう。毒ガスに始まり、飛んでくる矢、魔獣の巣に落とされるというのもあるかもしれない。警戒するのは未踏破遺跡ならば特に大事だ。
二人は注意深く警戒しながら階段を下りていく。
下へと降りるにつれて、辺りはだんだんと暗くなってきた。レゼルは明かりをつけ、先の階段を照らす。階段の先は暗闇が支配しており、何があるかも見えない。
そのまま足元に注意しながら降りていくと……そこは開けた大広間となっていた。真ん中には彫像があり、器が二つ用意されている。そこにキノコのような物体が鎮座していた。
「これって……断酒茸じゃないですか!? それもかなり熟成された奴ですよ」
「ふむ、腰の器に注がれてくる酒も、ひと舐めしてみたが飲めないわけではないようなのだ。不思議だが」
遺跡の中だというのに酒は悪くなっていない。まさに二人がここに来たから注がれた、とでもいうかのような状態だった。
「彫像の中にどうやって保存されていたのだ? ふむ、むむむ……?」
「ストレガ様、この彫像何か書いてありますよ?」
ふと見れば彫像の腰辺りに何かが書いてある。そこには【二人の知識を見せよ】と記されていた。
ここより先に扉はなく、彫像が箱のようなものを持っているようだ。あの中に何かがきっとあるのだろう。
だがそれを開ける方法は二人がしばらく調査しても見当がつかなかった。
箱は石製であり、鍵穴のようなものはない。彫像と一体化しており、文字が記されているのとここまでの仕掛けを考えれば、文字に書いておることを達成すれば開く仕組みなのだろう。
「断酒茸。腰から注がれ続ける酒……少年、研究の成果を発揮せよ、ということなのだ! さあ、研究の成果を見せる時が来たのだ!」
「えっ、ここでですか!? いやいや、誰か来るかもしれないですし、ここでアレの研究成果を披露するのはリスクが……ああ!?」
止めるレゼルを気にせず、ストレガはがぶっと断酒茸をかじると、酒をグイっと飲み干す。実にいい飲みっぷりである。
酒を飲み終えたストレガは断酒茸の例の毒が回り、とろんっとして潤んだ瞳となっていた。上気した頬が実に艶めかしい。
「少年、早くぅ、するのだぁ……きっとぉ、ここが最奥ぅなのだぁ。謎の答えがぁ、待っているのならばぁー、ためらうことは何も、ないのだぁー!」
「ああもう、目のやり場に困る格好になって! す、ストレガ様、お気を確かに! 知識を見せよってことは、何も研究成果を見せなくともぉ!?」
吐息荒くゆっくりと近づいてくるストレガの目はまさに“飢えた肉食獣の瞳”だ。獲物を前にして我慢することなどできないだろう。これも例のキノコ、断酒茸の毒のせいである。
「何を言うのだぁ、少年だってぇ、この前の研究の時はぁ……【豪快なる霊山を上る修験者が朝日を前に涙する】というのに。今更なのだぁー!」
「そ、それはですねぇ、ふかーいわけがありましてぇ、だから目のやり場ァァ!」
こうして彫像の前で、二人は研究成果を披露することとなった。
それは【黄金の草原を駆け回る駿馬】が【銀の湖で踊り】、ストレガは【赤き地平線の先に王者】を見た。
レゼルはそんなストレガに【長鍋に浸された銀の匙を掲げ】、臆することなく【青空の先へ疾駆し、土色の器を描く】のだ。
それらは研究の成果であり【褐色と肌色の絵画が燃え盛る】【厳かな美術館の最奥】で【遠き王が宣言する王令】を聞いて【賢者のローブが舞い踊った】のである。
肩で息をしながら、研究成果を披露した末に疲れ果てた体をストレガは起こした。まだ断酒茸の毒は抜けていない。
「はあはあ、彫像の目が光っているのだぁ。少年、もう一息なのだぁ……【鳴動する大地の地上神が泣く】は平気なのだ?」
「ええ、なんとか。ストレガ様だって【女神が光の下でダンスする】は平気なんですか? 結構【絶えず泣き喚くペンダントが輝く】じゃないですか」
にやりと笑いながら汗をぬぐい、上半身を起こしたストレガは舌なめずりをする。それは肉食獣の動作そのものだった。
「問題ないのだぁ、今回はぁ、熟成されたぁ、断酒茸だからぁ、はあはあ、効果がぁ長いのかもぉー、知れないのだぁ」
そのままストレガは【打ち合う剣士が流す情熱】を注ぎ【探求心と羨望、飽くなき闘争心】を【小高き丘で叫ぶ獣】が【流転する天秤を傾ける】のだった。
ストレガとレゼル……二人は激しい研究成果の披露の結果、疲労困憊で床に転がっていた。傍らには箱から転げ落ちた書物が落ちている。
動けないレゼルに変わり、ストレガは汗を拭いながらその書物を手に取った。そこには【我らが唐揚げの全て】という文字が記されていた。
ぱらぱらとめくってみると、そこには彼女が知らない唐揚げのレシピの数々が記されている。
「な、なんということなのだ! こ、こんな方法があるとは……! ま、まさかそれまで……唐揚げに!?」
今までの常識を覆すかのようなレシピの数々にストレガは衝撃を受ける。それはまさに誰かの残した秘伝といっていいだろう。
「こうしてはいられないのだ、少年! 早速帰って遺跡の詳細を報告し、このレシピを試さねば!」
「うう、きゅ、休憩を……まだ、身体が……主に、腰がぁあ……っ」
まだ動けないレゼルをしょいこむとストレガは遺跡の出口へと向かうのだった。
「待って、ストレガ様ぁ! それだと出会った誰かが目のやり場に困りますってばァァ!」
そんな叫びが響き、二人の姿は出口へと向かう通路へと消えていくのだった。
後日、ストレガが解読、編纂した【我らが唐揚げの全て】は一部の食堂に新メニューとして採用されることになったんだとか。