エールに理性と理屈を解かし。

キャラクターノベル制作 蓮華・水無月納品 2025年03月16日 14時24分04秒

「……朝、目覚めたら殆どの記憶が無くなってて、けど罪を犯した記憶だけはうっすら覚えてる。もし自分がそうなったとしたら……お前はどうする?」

 酒席にはそぐわない、真剣な眼差しで問いかけたペデラ・ウォーカーに。――男は、きょと、と瞬いた。


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『保護されたホムンクルスの中には元罪人もいるらしい』

 それは、まだホムンクルスの存在がロスガリア大陸に定着しきらない時期に流れた噂の1つだ。言ってしまえば、ホムンクルスという未知の存在について人々が無責任に想像の翼をはばたかせ、好き勝手に話を膨らませた、根も葉もない与太話の1つに過ぎない。
 ――だが、ペデラはそれが中らずと雖も遠からずである事を、知っていた。否、遠からず、どころかそのものずばりの真実である事を、残念な事に知っていた。

「……ッあー、つっかれた……」

 その日もペデラは仕事を終えて冒険者ギルドを後にすると、リブラネスタの片隅にある、とある小さな酒場へと足を向ける。酒場ならすぐそこに『踊る子熊亭』があるだろう、とどこかから声が聞こえてきそうだが、あそこはギルド直営な上に顔見知りの冒険者も少なくない(実質職場のようなものの)ため、羽を伸ばすには不向きだ。
 ゆえにペデラが向かったその酒場『竜の塒(ねぐら)亭』は、そのご大層な名前とは裏腹に10人も客が入れば満席になるような、ごくごく小さな酒場であった。ついでに言えばその規模に比例して、知名度の方も大変ささやかなため、満席になったのをペデラは見た事がない。
 だが、そんなささやかな酒場であるがゆえに、集うのは顔馴染みが多く。からん、とドアベルを鳴らして足を踏み入れたペデラを見た、幾人かが「よぉ」と気さくに酒杯を掲げて挨拶してくる。
 それに適当に手を挙げて応じつつ、ペデラは空いていた席に滑り込んだ。愛想のない店主が無言で眉を上げたのに、エール、と告げれば炒った木の実の小皿(なおサービスではなく押し売り)と共にダン! と酒杯たっぷりのエールがお目見えする。
 それをペデラが手に取れば、自然と周囲(店主含む)も各々の酒杯を持ち。

「今日の糧に!」
「くそったれな労働に!」
「不味いエールと靴底みてぇな肉に!」
「文句しか言わねぇクソな客どもに!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」

 盛大なコールと共に全員が酒杯を高々掲げ、ガンガンとぶつけ合った。これが、このちっぽけな酒場の流儀だ――それでいて、1人静かに飲みたい時には放っておいてくれるのがありがたい。
 グイッ、と酒杯を呷って喉と胃がカッと熱くなる感覚に「クーッ!」と気持ちよく顔を顰め、口に放り込んだ木の実をガリリと噛み砕いて、今度は少し味わうようにエールを飲む。そこからは適当につまみを頼んだり、店主に「おらよ」と勝手に肉の煮込み(固くて不味くて旨い!)を出されたりしながら、思うままに酒杯を重ね。

「なぁ、アンタ知ってるか」

 不意にそう声を掛けられたのは、果たして何杯目のエールを干した時であったか。あン? とそちらを振り返れば名前も知らない顔馴染みが、一目で酔っ払っていると判る赤ら顔に上機嫌な笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
 ガリッ、木の実を齧る。ほい、とそいつにも幾つか放れば、代わりにチーズが何かけか放って寄こされた。

「何の話だ?」
「ホムンクルスの噂だよ」
「あー……」

 そうしてチーズを噛み締めながら尋ねれば、如何にも話したくて仕方の無さそうな酔いどれがそう言うものだから、ペデラはちょっと酔いが覚めたような心地を覚える。ホムンクルスね、と瞬時に脳裏に浮かんだのはまさにペデラが今四苦八苦をしている、人間教育中のホムンクルスの青年。
 文字通りの意味で人間として真っ白な彼を、普通の人間に教育するのはペデラにとって、試行錯誤の連続であった。上手くいけば嬉しいし、思い通りに行かなければ腹が立つし、おまけにそれを「……? 大丈夫か、ペデラ?」と当のホムンクルスに心配されればもう、苛立たしいを通り越して脱力するし。
 そんな、様々の事が一瞬で脳裏に浮かび、興ざめしてしまったのが表情に浮かんだのだろう。酔客は「いやいや、これはマジなんだって!」とペデラに畳みかけてくる――噂なのにマジってなんだよ、矛盾し過ぎだろ。
 思わずそんな突っ込みを入れつつも、こちらの事情(ホムンクルス育て)で場を白けさせるのも悪いしな、とペデラは気合を入れて笑みを浮かべ。景気づけにエールを飲み干し「親父、お代わり!」と注文して、酔客に「それで」と尋ねる。

「どんな噂なんだ? オレ、その手の噂にはちょっと詳しいぞ(主に職務上の必要に駆られて)」
「いやさ、ホムンクルスって奴ら、冒険者ギルドで保護されてんだろ? それが何でかってぇと……」

 そうして酔客が口にしたのが、件の『保護されたホムンクルスの中には元罪人もいるらしい』という噂だった。「そこらに居るホムンクルスは人殺しかもしれねぇって訳よ、おっかねぇよなぁ」と笑う酔客に――刹那、自身の胸に浮かんだ感情を言い表すのは、難しい。
 ペデラの胸に1番強く浮かんだ、お前に何が判るんだ、という感情。同時に浮かぶ、そこらの幼児でも解るようなことを覚えるたび、『どうだペデラ』とでも言わんばかりに誇らしげな目で振り返ってくる青年(ホムンクルス)。
 ペデラが現在人間教育をしている彼は、どうやら生前は犯罪者だった――らしい。らしい、というのは誰にも彼の生前を知る方法がないからで、実を言えばペデラもその話を最初に聞いた時には「なんでそんな厄介な仕事を放り投げて来るんだよ!?」と頭を抱えたくらいで――嗚呼、だからきっとこれは、かつての自分への嫌悪でもあるのだろう。
 そう、気付けば酔客に感じる怒りが、何とも言えないもどかしさに変った。アイツはそうじゃない、そう弁明してやりたくなった。
 だから――

「……朝、目覚めたら殆どの記憶が無くなってて、けど罪を犯した記憶だけはうっすら覚えてる。もし自分がそうなったとしたら……お前はどうする?」
「……へ?」

 互いに酔っぱらってる酒の席だ、「んなわけないだろーw」と笑い飛ばしてしまえば良かったはずの噂話に、つい真剣な目で言い返してしまったのもまた、酒精のなせる業だろう。ちっぽけな店内は、気付けば静まり返っている。
 その沈黙の中、カウンターの中の親父は2人の前に、ドン! とどでかい酒杯を置いた。

「飲め」
「……ウス」
「あぁ……悪ぃな、親父」

 これで手打ちにしちまえ、という言外の仲裁だと受け取って、ペデラと酔客はそれぞれ酒杯を手に取ると、ドガン! と互いにぶつけ合う。気付けばペデラの隣の席に居た客は別の席に移動していて、そこに酔客が自分のジョッキとつまみを手に移動してきた。
 黙々と、つまみを食べてエールを飲む。例によって親父が勝手に増やしたつまみに、文句を言いながらどでかい酒杯を半分ほど干し。
 ――悪かったよ、と言ったのはどちらが先だったか。

「アンタ、その筋(ギルド関係者)だろ。知らねぇのに適当なナシ(話)して悪かったな」
「いや、まあ、うーん……まっ、そういう(ホムンクルスの)知り合いが居てな。ついマジになって悪かったよ」

 そう、謝り合ってついでにつまみを1品互いに奢れば、それで和解は完了だ。酒のトラブルは、酒で流すに限る。
 ペデラ達の和解が成ったと見て、再び店内には喧騒が戻ってきた。その中で、ペデラも元通りに笑ってくだらない話をして騒ぎ。
 アイツに出来る限りの事をしてやらないとな、と酒に解けた頭で、思った。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0