桜花の頃、友のもとへ

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2025年03月07日 14時24分07秒

 春の気配は着実に近づいているのに、吹きつける風はまだ冬の気配を纏っている。

「見えてきたよ」

 御者台の横で毛布にくるまる”同行者”に声をかけると、うとうとしていたのか、驚いたようにはっと体を起こした。

「起こしてごめんね」
「ううん、ありがと」

 彼女の吐きだす息が白く、後ろへと流れていく。

 彼女と旅を始めてもう随分経つ。商会で用意した馬車を駆り、大陸の色々な場所を巡ってきた。
 最近は傭兵団の皆と別行動することも多くなった。元々隊員の自由を重んじるのが傭兵団の掟だってのもあるけど、彼女の我儘を笑って許してくれる団長さんの度量の広さにはいつもながら頭が下がる。
 今回も傭兵団とは別行動。二人で沢山の景色を楽しみ、沢山の美味に舌鼓を打って、沢山の人々と交流した。そして、たまにハプニングにも巻き込まれたけど、そこはまあ”昔取った杵柄”。僕も彼女も”荒事”には慣れっこだったこともあって、今まで大きなトラブルもなく旅を続けられている。

「――ィ。おーい、ハーヴィ?」
「……あ、ごめん、なに?」

 グッと顔を寄せて覗き込んでくるイーラ(ヒルルク)。
 息もかからんばかりの至近距離なのに、彼女は気にしている様子もない。
 僕なんていつもドキッとしてしまうのに、なんだか不公平だ。

「綺麗な朱い門ね。なんだか別世界へ続く扉みたい」
「ああ、確かに。でも、その想像はあながち間違ってないかも」

 不思議そうにこちらを見たイーラに悪戯に微笑んで、馬の手綱を打った。
 馬が不満を示すように小さく唸りながらも、馬車は朱の門をくぐった。

「凄い……ロスガリア大陸にもこんな場所があったのね」
「うんうん、大陸のどの文化圏とも違う不思議な街づくりだよね。なんでもルーツはロスガリアの遥か東方の大陸にあるって話だけど」
「えっ、ロスガリア以外にも大陸があるの?」
「あれ、知らなかった? ある……らしいよ」
「らしい? なにそれ、ハーヴィも知らないじゃない」
「ごめん、僕も文献でしか見たことがないから正確なことは言えないんだ。確か200年くらい前だったかな、東方の大陸から渡ってきた人達が自分達の文化を再現したのがこのシャルガネ居住区。そして、この街だって話だよ」
「へぇ、そうなんだ。東の大陸ってビッグオウムで飛べば行けるのかしら?」
「え? うーん、どうかな。もし飛んで行けるならもっと交流があってもいいと思うけど」
「ぜんぜんないの?」
「うん、今はね。でも、イーラみたいに考える人はいると思うから、もしかしたら頭のいいゴブリンの誰かが探しに出てる可能性はあるかも」
「でも情報はないんでしょ?」
「公にされてる情報はね」
「内緒で行ってる人がいるかもしれないってこと?」
「その可能性は0ではないかな。とはいえ、東の大陸がどれくらい離れているかもわからないし、正確な方角も分かってない。もし旅に出るなら相当な博打になるだろうね。あの賢いゴブリンたちが、貴重なビッグオウムをそんな無謀な冒険に出すかと言われたら……うーん」
「ふーん。でも、そもそもこっちに来た東の人達はどうやってきたの?」
「船らしいよ。なんでも難破して漂流して、流れ着いた先がこのロスガリア大陸ったって話」
「来ようと思って来たわけじゃないのね」
「うん。本当に偶然だったみたい。って、なに? イーラは東の大陸に行ってみたいの?」
「え? うーん……そういうつもりはなかったんだけど、なんだかあの街の景色を見てたら興味出てきた感じ?」

 そう言いつつイーラはちらりと種の門へ視線を向けた。

「なるほどね。なら新しい航路とか探してみる?」
「探してみるってそんな簡単に……。交流がないってことは航路自体、誰も見つけてないんでしょ?」
「だからこそだよ。未知の航路を見つけるための大冒険! 数々の苦難を乗り越えて、目指す先は『日出ずる国』!! ――どう、心躍らない?」
「あなたはもう”冒険者”じゃないでしょ?」
「うっ、それを言っちゃうんだ。せっかく盛り上がってきたのに……」

 そう言ってわざとらしく胸を押さえると、彼女はくすくすと笑った。

「でも、いつかそういう所へ行ってみたいかも。誰もわたしの事を知らないそんな場所に」
「イーラ……」

 そう言って遥か東方の空を見上げた彼女の言葉には、単純な好奇心以上の複雑な願望が含まれている。

 今の彼女は『ヒルルク』だった頃の記憶がない。いや、正確にはヒルルクが関わってきた人々との記憶がない。僕や冒険者の仲間たち、ヴィルジニアさんやレイウェスト陛下、なによりも征竜様との記憶すら無くしてしまった。
 彼女――『征竜の巫女』の事を知っている人間はこの大陸に沢山いる。なのに、彼女を『イーラ』と認識している人は恐ろしく少ない。
 『征竜の巫女』は有名だった。だが”善”ではなかった。
 だから、旅の中で彼女には色々な感情が向けられた。良いものもあれば悪いものも。本当に様々な感情を向けられてきた。本人――イーラにはまったく覚えがないのに……。 

「……よしっ、行こう!」
「え……ええっ!? 行こうって、東の大陸にってこと!?」
「うん、そうだよ」
「そうだよって……だって誰も行ったことがないんでしょ!? そんな場所に行けるわけないじゃない!」
「なんでそう決めつけるのさ。極北だって前人未到だって言われてたんだよ? でも人類は極北に到達した」
「そ、それはそうだけど……あの場所は、その……征竜さまがいたからでしょ?」
「人の往来に征竜様は関係ないよ? 人類は”やる気”で極北まで到達したんだよ」
「や、やる気……?」

 ぽかんと口を開けるイーラの唇を指で閉じてあげて、僕は話を続ける。

「いつか行ってみたいって言ったのは君じゃないか」
「そ、それは確かに言ったけど……それは叶わない夢って言うか、そういう類の妄言というか……」
「行きたくないの?」
「そ、そうは言ってないけど……」
「それじゃ、行く?」

 そう問いかけるも、イーラは言葉に詰まって俯いていしまう。

「……ねぇ、ハーヴィ」
「うん?」
「東の大陸に行きたいのは、わたしのため?」
「半分は、そうかな」
「半分? じゃ、残りの半分は?」
「心の底に燻ぶっていた冒険心に火が付いたから」
「嘘」
「嘘はひどいな。僕だって元冒険者だよ? それに、そもそも僕の冒険心に火をつけたのは君じゃないか」

 顔を上げた彼女に、からかうような笑みを向けた。

「もちろんすぐってわけじゃないよ。でも、目標はあった方がいいと思わない?」
「目標……そうか。うん、そうかも。何事も目標は必要よね」
「そういう事。だけど、それはまだ夢物語。今は精一杯この街を楽しまなきゃ」

 二人が馬車の上で子供みたいなじゃれ合いを続けている間に、忠義に篤い馬は街の大通りへと差し掛かった。

「ここがこの街のメインストリート。ようこそ、四季の里『倭桜ノ街』へ!」
「『倭桜ノ街』……ほんと、名前通りの素敵な並木道ね」
「街も君を歓迎しているよ。それに――」
「それに?」
「この街で、君はアッと驚くような出会いをする」
「驚くような出会い……? それって、お得意の占い?」
「ううん、占いじゃない。これは”確定的な未来”だよ」

 そう言って街の奥を指さす僕の指先を追って視線を向けたイーラの瞳には、ぶんぶんと手を振る人影とそこに寄り添う一匹の獣の姿が映っていた――――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0