星と花の瞬く場所

キャラクターノベル制作 白葉うづき納品 2025年03月14日 10時07分04秒

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 幸せな夢の中にいるようだ、とフィオは思う。
 もしかしたらそれは、朝焼けを待ち望む時間のたびに感じるのかもしれない。
 とてもとても印象的な色。魔法をかけたような夜明け。
 愛しいと想う、時間。

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 フィオはふと目を覚ました。
 体を起こしながら瞳を開くと、不思議な光が差し込んでいた。淡い紅を空気に溶かし、光と混ぜ合わせたような色が、部屋中に広がっている。
 その光が差し込む方向を、背中の広い人影が見ていた。

「カインさん」
「……ああ、おはよう。起こしちまったか?」
「いいえ。あ、でも」
「ん?」
「カインさんが隣にいなかったから、起きてしまったのかもしれません」

 拗ねて見せたようなフィオに目を瞬かせ、「悪ぃ」と笑ってカインは手招く。フィオは上着を羽織り、ベッドの上を移動して隣に寄り添った。

「大丈夫か?」
「平気ですよ。……綺麗ですね」
「ああ。こんないいとこでいい景色見られるなんて、贅沢を覚えちまうな」
「また御礼をしないとですね」
「たまには俺たちから押し付けたっていいよな」

 この部屋――ローレラウラの中でも景観が良いと評判の宿に、二人は休暇で訪れていた。休暇と宿の送り主はいわずもがなあの商人だ。働き通しで休むことを知らない二人を見かねたのか、相当に良い宿を用意してくれていた。言葉に甘え、二人は休暇――恋人同士なのだから、デートとでもいうのかもしれない。実際、フィオはそう言って照れていた――を楽しんだ。
 二人でのんびりと過ごし、時間を共にして。目が覚めたのは、ちょうど夜が朝に変わる時刻だった。

「孤児院に身を寄せたばっかの頃な」

 ぽつりと。魔法みたいな朝の光を浴びながら、カインが呟く。

「この時間があまり好きじゃなかった」
「……どうしてか、お聞きしてもいいですか?」

 フィオの問いに頷き、カインは再び口を開く。

「朝が来た、目が覚めた、農作業の手伝いはない。俺は、今日も生きていると思う時間、だった」

 生きている。自分だけが生きている。その事実のみが突きつけられ、傍らに家族はいないのだと思い知らされる時間。何もすることがない合間だからこそ、考え込む隙が生まれてしまった。
 直後であるからこそ眠りが浅く、太陽が昇る前に幾度も目覚めた。カインの心の柔らかい箇所が、いまだに鈍く痛みを訴えている。
 時折つっかえながら、眉を寄せて話すカインに、フィオは寄り添って手を握る。
 以前は決して聞けなかったカインの弱音。それを話すことはとても辛くて、苦しいことだとフィオは知っている。

(でも、私が知りたいと願っているから)

 その気持ちにカインは応えてくれている。だからフィオも何も言わず、ただ傍にいることだけは伝えたいと、手を握っていた。

「村に偶然やってきた夫婦が、薬を持ってて。それで俺が助かったんだ」

 村はほぼ壊滅状態であったという。カインが助かったのは奇跡ともいえるだろう。
 ただ、生き残った少年が前を向いて生きていくには、あまりにも多くのものを失っていた。皆と同じ場所に行きたい。そう願った朝は何度あっただろう。その度に、カインの幸せを願う命の恩人、地神様の教え、死んでしまった村の人――カインの家族を思い出した。死にたかった、なんて、口に出すのも、思うことすら許されない気がした。

「大人にも心がある。俺が思うほど、大人は大人じゃないからさ」

 どこか遠くを見つめるカインに、フィオも頷く。

「大人だって、変わらないんですよね。辛いことがあっても平気な訳じゃなくて、傷付いたり苦しかったりして。それで、部屋でこっそり泣いたりしてるんです」
「実体験か」
「ふふ」

 フィオは楽しそうに体を揺らす。可愛らしい仕草に瞳を細め、カインは再び口を開いた。

「……いつの間にか、弱音ってもんを声に出せなくなったんだ。文章にするのも負担がかかったから、思うことすら自分に制限を掛けてたんだろうな」

 二人で窓の外の景色を眺めながら、静かに話を重ねた。
 太陽が昇っていく。夜が薄まり、色濃く染まった空が世界を照らしていく。

「今は」
「ん?」
「今は、どうですか」

 いつの間にか、フィオがカインの手を両手で包んでいた。琥珀色の瞳に真っ直ぐ見つめられながら、カインは朝焼けの世界を見る。
 喜びも悲しみも混ざったような不可思議な光景。鮮烈な赤が陽の光と共に空へと走り、淡くぼやけたグラデーションを境界で織りなす。一人だけで投げ出された世界を思い出させる色。
 ――けれどそれも、昔のことだ。

「俺も、もう子どもって年齢じゃねえな。……ああ、でも」

 窓から光が差し込んでいた。その光が照らす先に、カインは視線を向ける。

「朝焼けのフィオレラが綺麗だから、今、悪くないな」

 光の中にフィオがいた。大きな琥珀色に不思議な色が混ざっている。朝焼けの光を映した瞳は幾度か瞬いて見せた後、柔らかい色を乗せて細まった。

「私も、カインさんも、もう一人じゃありませんね」
「ああ。……そうだな」

 繋いでいた手を引き、そのままカインはフィオを抱き寄せる。互いの心音が伝わり、心地よさに瞳を閉じた。

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 それから間もなく。フィオはカインのプロポーズを受けることになった。孤児院の子どもたちにも、スタッフにも祝福され、花の咲く時期に結婚式は挙げられた。孤児院の皆はもちろん、グナーデ教会の皆、ドゥーベ伯爵家やカペル侯爵領の面々も参加者に名を連ねた。名のある人々が一堂に会すことになり、また式への協力の申し出が相次いだが、そこは式を準備したとある商人が上手く立ち回ってくれたらしい。
 色とりどりのフラワーシャワーが空に舞う。二人の結婚式は、慎ましやかながら賑やかで、笑顔溢れる式となった。式を手伝ってくれたとある神父は事あるごとに感動の涙を流し、フィオから感謝の言葉が贈られると、双方の孤児院の子どもたちに応援されながら嗚咽をこらえて祝いの言葉を告げた。

 これは余談ではあるけれど。プロポーズ直後に式の用意がとんとん拍子に進んだことに疑問を持ったカインが商人に尋ねれば、『カインの恋心に気付いた頃から準備を進めていた』と白状された。上手く隠せていると思っていたカインは(一応、『年下の母の恋』は他にはバレていないとフォローは入った)、バレていたことにショックを受けて膝から崩れ落ち、隣で事の顛末を知ったフィオは、そんなに前から想ってくれていたこと、応援されていたことに驚いて、思わず頬を赤らめた。

 朝がやってくる足音が聞こえる。大切な想い出になった朝焼けの中で、幸福な夢のような時間をフィオが思い起こしていると、不意に後ろから抱きしめられる。

「おはよう、フィオレラ……早いな」
「おはようございます。カインさんより早く目が覚めるなんて、なんだか珍しくて。カインさんの寝顔を眺めたり、最近の幸せを噛みしめたりしていました」
「寝顔……いいけどよ」

 微笑むフィオに、カインは照れくささと複雑さを交えて眉を寄せる。何が楽しいのだと聞かれたこともあったが、好きな人の色んな姿を見られることは楽しいものだ。そう返せば、納得したように頷いていた。続けてフィオの寝顔を見たかと問えば、「そりゃ見る」と返されて、何だか気恥ずかしくなって頬を染めた。

「結構、怒涛だったよな。ひとつひとつ思い出そうとすると、流れを全部思い出しちまうっていうか」
「はい。それも幸せです。何度も思い出して、あの時はこうだったな、ああだったな、って……細かいところまで覚えていられるようにしてるんです」

 そうしておけば、いつでも幸せな時間に包まれる。長い時を生きるフィオにとっては大切なことだ。そう話すフィオを抱きしめる力を、カインは強める。

「カインさん?」
「これからもさ。そういう……なんつーか、嬉しいとか、楽しいとか、そういう思い出増やしてく。だから覚悟っつか……心しておいてな」
「はい。私、欲張りだから全部、全部持って行っちゃいます。だから、遠慮とかしないで……二人で一緒に、色んなことをしましょう。やりたいことをやって、我慢もしないで……幸せになりましょう」

 フィオもカインの腕を抱きしめ返す。そうして、一緒に朝焼けを眺めた。
 今はもう、暁は星光を飲み込むものではなくなっていた。
 愛しい花と眺める、大切な時間だ。

「来年は、もっと幸せになっていると思います」
「どういう意味だ?」
「ふふ、内緒です」
「……どうしてもか?」
「どうしても、です。でも、カインさんは嬉しいって思ってくれます、きっと」

 フィオはカインの胸元に頭を寄せる。それを包み込むよう、カインは両腕で抱きしめた。

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 ローレラウラにある孤児院は、いつでも楽しい声があふれていた。それは、子どもたちが楽しく過ごせるように尽力する院長やスタッフの努力もあってこそ。孤児院運営や日々の雑事、子どもたちとの大切な時間、畑や庭の世話――忙しくしているに、いつの間にか季節がひと巡りしていた。時が流れる内に、孤児院の子どもたちも顔ぶれが変化していた。新しい家族の元へと旅立った子も、新しく家族に加わった子もいた。

「ま、まー」
「なあに?」
「なんだ?」

 黒髪と、尖った耳を持つ、ぷくぷくとした赤子が壁に掴まり立ちをしていた。その拙い言葉に二人が振り返る。振り返った後、顔を見合わせて笑い合った。

「悪ぃ、ついな」
「カインさんはパパですよ。呼ばれ慣れないとですね」

 手を伸ばす赤子を、フィオは抱き上げ優しく揺らす。どちらかに似ていると言われれば、皆は揃ってカイン似だと話していた。ただ瞳だけはフィオとよく似ていて、二人は同じ瞳の色で幸せそうに笑う。その光景を見ていたカインは――いつの間にか二人を抱きしめていた。

「わ、カインさん?」
「ぱー?」
「……こうしたくなった」

 くすぐったそうな、幸せをはらんだ笑い声が耳に心地良い。
 空に瞬く星のように優しく、凛と咲く花のように力強く、確かな幸福が二人の中を、穏やかな光で満たしていた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0