伯狼の帰郷
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2025年02月18日 07時55分08秒
「……そう、わかったわ、ありがとう」
まるで濁流の如き人の流れに流されてたどり着いた巨大な空洞には、一日の仕事を終え、その労を自ら労うドワーフたちの喧騒が響き渡っている。
壁面には土を削って造った店とも呼べない露店が、次々とドワーフたちを飲み込んでいく。そんな中をハーフビーストの女性――クォンは歩いていた。
「一体どこに……」
一度は見つけた仇の残滓。
仇の本体ではなかったものの、確かにその存在に繋がっているものをようやく見つけたのに、色々な……本当に色々な偶然が重なった結果、ほとんど成果を得る事が出来なかった。
「だけど、わかった事もある……」
長年掴めなかった存在の尻尾を、あの遺跡でようやく掴んだ。
あの囚われの少女を従妹が解放したことで、何かが変わった。
残念ながら少女からは情報を得る事は出来なかったけど、仇はきっと何かしらの動きを見せるはずだ。そして、動きがあれば見つけられる。
今度こそ、仇の本体を――。
「――こういう感じの遺跡なんだけど」
建築道具を扱う露店の店主にチップを添えてメモを見せる。
それはあの少女が囚われていた遺跡の特徴を記した図。建築にも造詣の深いドワーフならば、その図を見て何か気付くかもしれない。そう期待していたのだが――。
「んー……俺にはわからねぇなぁ。そもそもこの辺りの遺跡なのか?」
「いえ、それもわからないの。ただ、実物は見たわ」
「ふーむ、それならもっと詳しい奴に聞くべきだろうがなぁ」
ドワーフは自慢の髭を撫でつつ、ちらりと商品棚に視線をやる。そこは酒の並ぶ棚だった。なんで建築の道具を扱う店にこんなものがと思わないでもないが、ここはドワーフの国。どんな店だろうと、当然のように酒は扱っているという訳か。
「”差し入れ”という事ね。それで、それはおいくらなのかしら?」
「はっはっ、話が早くて助かるぜ!」
ドワーフ店主は豪快に笑い声をあげ、棚から降ろした小樽をカウンターへ置いた。
「こっから3丁先の坑道の奥に、昔の建物を研究してる変わり者がいる。これはそいつの好物だ」
「この匂い、蜂蜜酒ね」
「へぇ、流石ハーフビースト、鼻がいいな」
「別に種族は関係ないわ」
クォンは情報料込みだと少し多めのコインを置くと小樽を受け取った。
●
そこは家というより、ただの洞穴だった。
ドアと呼べるかも怪しい木戸をくぐり奥に進むと、その人物はいた。
分厚いメガネをかけたドワーフの女性。ぶつぶつと独り言を言いながら、羊皮紙に線を引いている。
「精が出るわね」
そう声をかけるも反応はない。よほど集中しているのだろうか。
クォンは脅かさないようにゆっくりと歩み寄り、持参した”手土産”を静かに置いた。
「これ差し入れよ」
声には反応しないのに、机に置いた小樽にはすぐに反応を見せるドワーフ。
ちらりとだけ私に視線を向けたと思ったら、すぐに小樽を手に取り栓を開けた。
辺りに漂う甘い香りと共に、ドワーフは小樽を一気に煽る。
「――ふはぁ! うまい! でも、あの店味落ちた?」
「さぁ、どうかしらね」
ドワーフは満足げに唇を舐めずると、今度は不満げに首を傾げた。
まさか一気に飲み干したのか。机に置かれた小樽が、随分と軽くなった音を立てた。
「で、お土産の人。私に何か用?」
「ええ。これを見て欲しいの」
ドワーフの不躾な態度にも嫌な顔一つせず、クォンは図が書かれたメモを差し出した。
「へぇ紙だ。どれどれ――……って、えええっ!? こ、これ何処で手に入れたの!?」
メモを見た瞬間、ドワーフの大声で狭い洞穴が震え、土埃がパラパラと舞い落ちる。ドワーフは今まで描いていた図面を勢いよく放り投げると、渡されたメモを机に叩き付けた。
「……この様式の建築物は、大陸歴が始まるよりもずっと前の時代の遺跡と考えられているわ。大陸の各所でいくつか見つかってるんだけど、そのほとんどが朽ちているか破壊されているの。だから詳しいことが全然わからないのよね。……だけど、あなたが持ってきたこの図、これが本当に存在するなら大発見よ。一体どこにあるの?」
「フィルエス大森林よ。それより、他にも同じような遺跡があるのね」
「あるわ。でも、ほとんど残ってない。あるものといえば――――」
そう言ってドワーフは、使い込まれた大陸の地図を机に広げた。
「この三角の印がそうなんだけど、今も形を残しているのは、こことここ、かな」
「……『シラー砂漠の沿岸部』と『同盟領とサウゼル大樹海の境』。そして……私が見つけたのがここ」
「フィルエス大森林の南端ね……! こうしちゃいられないわ!」
「よっしゃー!」と狂喜しながら奥の部屋へ飛んでいったドワーフとは対照的に、クォンは机に広げられた地図をじっと見つめる。
3つの遺跡。なぜこんなにあちこちに散らばっているのか。もしかして、遺跡の文明が大陸を統一していた時期があった?
「そんな話聞いたこともない」
紀元前の歴史は未解明なことも多い。だけど、大陸を統一していたような大きな文明が存在していたのなら、名前など何かしら記録は残るはずだ。
でもドワーフの話ぶりから見るに、そう言ったものも残っていないか見つかっていないのだろう。
少女が囚われていた遺跡。そして同じ文明と思われる遺跡が2つ。これは何か繋がりがある可能性のだろうか。そして、仇に繋がる可能性も――――。
「……興味深いわね」
「……うん、興味、ぶきぃ……いけない、嚙んじゃっ、た」
「……」
一瞬びくりと身を震わせたクォンは肩を落とすと、声のした方へゆっくりと振り返った。
「ティト……」
「ん?」
「ん? じゃないわよ。なぜ貴女がここにいるの。郷に帰ったはずよね」
「おかいもの、かも……?」
「こんなドワーフ王国の僻地に?」
「えっと……おつかい、だった、かも?」
「……はぁ、ほんと貴女のその神出鬼没っプリは誰に似たのかしらね」
「祖父?」
「……グェンって、そんなキャラだっけ」
「最近の、彼は……くくく」
「似合わないから、そういう笑い方はやめなさい」
精一杯の邪悪な笑みを作って見せる従妹に、クォンはため息をついた。
「この間も言ったけど、私を連れ戻そうとしても無駄よ。私は仇を討つまで郷には戻らない」
「仇を、討ったら……郷に、戻ってくる、の?」
「……そんな先の事、わからないわ」
「ふーん、そっか……ま、いいや」
ティトがあっさり引き下がったことに、クォンは少し驚いた。
「わかったのなら貴女はさっさと郷に――――」
「あの、ね……ぼく、結婚、したよ」
「…………は?」
「んと、結婚、したよ?」
「け、結婚って、貴女が……?」
よほど驚いたのか、クォンが言葉を詰まらせると、そんな従姉の姿が可笑しかったのか、ティトは満面の笑みでうなずいた。
「時代は、進んで、るんだよ? クォンも、うかうか、してたら……いきおくれ? なっちゃう」
「わ、私の事なんてどうでもいいのよ。でも、あのティトが、結婚……」
「む。あのって、失礼、だよ」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、驚いて……そう、貴女が。でも、よかった。貴女は幸せになれたのね」
そう言った従姉が再会してから初めて笑顔を見せる――自嘲にも似た歪な笑顔を。
「あまあま、ラブラブな、新婚生活……見せてあげ、るから……一緒、帰ろ?」
「ありがたい申し出だけど遠慮しておくわ。貴女は貴女の生活を大切にしなさい。私のことは放っておいて」
「また、そう、言う。はぁ……、これは、あんまり言いたくな、かったんだ、けど」
かたくなに拒む従妹の態度に、ティトは大きくため息をつくと、表情を引き締めた。
「馬鹿じゃない、の? いつまで、自己陶酔、してる、つもり? 復讐なんて、誰も望んでないし……仇を討っ、たって、誰も、喜ば、ない。勝手な……正義感を、他人に、押し付ける、な。この自己満足、の●●やろー」
「んなっ」
「はぁ……言った、言った。言ってやったよ、グェン」
一息に言い切ったティトは肺一杯に新鮮な空気を取り込むと、顔を引きつらせるクォンに清々しい笑顔を向ける。
「クォンが憧れ……恋した人は、もういない、よ。仇を討っても、誰も、ありがとう、なんて……言わない。娘のぼく、が……保障、する」
「……それでも、私はもう止まれない。あの人の仇を討つ事こそが、私の生きる意味……だから」
「そか、それじゃ、ぼくも、いく」
「……は? 何を言ってるの。貴女は新婚なんでしょ。さっさと帰りなさい。新郎が心配するわよ」
「大丈夫、あの人は、一人でも、生きて、いける、し」
「生きていけるとしても、それは離れ離れになる理由にはならないでしょう!」
「……クォン、乙女、だね?」
「んなっ! 私の事は……じゃなくて! もし、その……浮気とかされたらどうするの!」
「浮気……? あの人に、そんな甲斐性……ない……ない……よね?」
「私に聞かないでくれる!?」
ふーふーと声を荒げるクォンをに満足したティトは、ふと机に広げられた地図に気付いた。
使い込まれた地図には沢山の走り書きや印がある。その中でも特に三角印と、新しく記された二重丸が――――なんだかむずむずする。
「ティ、ティト! 何をしているの!」
「え……? あ、れ……、ぼく、なにを……」
「あーもう、勝手に落書きして……どうするのよこれ」
それは完全に無意識の所業。ティトは”むずむず”に誘われるままに、地図に落書きしてしまった。
クォンがどうしたものかと困っている。そんな従姉を見て、ティトもなんでこんなことをしたのかと、落ち込むが――――。
「……あれ。これ、って」
「ちょ! 何をしてるの! 更に落書きして! あー、もうどうするのよ!」
「ねぇ、クォン……これって、『星』だよ、ね」
「星? 一体何を言って……」
従妹の戯言に怪訝な顔を見せたクォンの表情が、みるみる真剣なものへと変わっていく。
「星……なんでこんなに綺麗に……えっ、ちょっと待って。それなら、私たちが今いる場所って」
そう言いつつクォンが指差したのは、頂点の一つ。まさに今自分たちがいるドワーフ王国だった――――。
●
ドワーフの『着いていく!』攻撃を何とか退け、クォンたちは古い坑道を進んでいた。
ティトが無意識に示した”星”。そこに意味があるのだとしたら、この廃坑道の先に遺跡があるはずだ。
そして、歩き続けて半日。本当にそれはあった。あの遺跡と酷似した荘厳な建造物が。
「あった、ね」
「……でも、ここは違うわ。あの声……仇に繋がるようなものは、何もなさそう」
クォンの言う様にこの場所に人の気配はない。居た痕跡すらない。とても長い時間、その場所は静かに時間を刻んでいたようだった。
「それ、じゃ、別の、とこにいるの、かも……?」
「別の所といえば……最後の『頂点』」
ティトは頷くと、懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
それは無理を言ってドワーフに譲ってもらった地図だ。そして、そこにはでかでかと『星』が描かれていた。
二人はティトの灯した魔法の明かりの下、地図を見つめる。
確かにティトの予想通りドワーフ王国に遺跡はあった。これで同じ時代の酷似した遺跡が4つ存在することになる。ならば、残り一つの頂点にも遺跡が眠っている可能性は高いだろう。
だが、場所が悪い。最後の頂点は極北にある。仮に遺跡が眠っていたとして、到達することは可能なのか。
以前、あの少女がいた遺跡を見つけられたのは、沢山の幸運が重なったからだ。古い遺跡の存在を知るエルフの氏族と出会得た事。そして、彼らが遺跡に白銀ベールの姿を見た事だ。
それは仇に繋がる唯一の手掛かり。
仇と繋がったあの少女が纏っていたのも、それ。
そして、忘れもしないあの嵐の夜、血と断末魔の間から垣間見た『白銀のベール』と同じなのだから――――。
「クォン?」
「……ごめんなさい、何でもないわ。そういえば、あの女の子は元気にしているの」
「アン、の事? うん、元気、だよ。今は、いっぱい食べて、いっぱい、”お勉強”して、る」
「そう、良かったわね」
「うん、誰かに、殺され、無くてほんと、よかった、よ?」
「……悪かったわね」
じーっと見上げてくるティトから視線を逸らし、クォンは改めて地図に記された星の頂点を見つめる。
この遺跡には何もないし、ドワーフが示した発見済みの遺跡に仇が潜んでいるとは思えない。となれば、残るのは極北にある点だ。
「例え極北だとしても、私は行くわ」
「諦める、つもり、は、やっぱり……ないの?」
「ない。別についてこなくてもいいわよ。貴女はさっさと郷に帰って新婚生活を――――」
――――カサっ……。
それは無音の世界に鳴った、蟲の声程の小さな異音。
二人は同時に振り返り、忍ばせていた獲物に手をかけた。
「白銀のベール……!」
遺跡の入り口に、まるで幽鬼の如く佇んでいる人影は、確かにそれを纏っている。
クォンは音が鳴りそうなほど奥歯を噛みしめると同時に、入口へ向け走り出した。
「クォン……!」
背後から聞こえる従妹の声も無視して、クォンは白銀目がけて白刃を振り下ろす。
――――キンッ!
だが、白刃は白銀が取り出した黒刃に防がれた。それでもクォンは力任せに白刃を押し付ける。
クォンの白刃と白銀の黒刃が火花を散らし鎬を削る。力は互角。一瞬でも力を緩めれば、こちらが押される。
クォンは白刃を持つ手にさらに力を込めた。のしかかる勢いで白刃を押し付け、白銀の『奥』を睨みつけた。
「吐け……! あいつは……あいつはどこにいる!!」
『……ミツケタ』
怒号を浴びせる。だが、白銀の視線は自分に向いていない。後ろ――ティトをじっと見つめていた。
「何処を見ているの!」
後ろでは「ぼく?」と、ティトが首をかしげている。
クォンはこっちを視ろと、白刃に更に体重を乗せるが……。
『チガウ……あれ ホド ひんそう――』
――ザシュっ!
「え?」
白銀がそう呟いた瞬間、眉間から短刀が生えた。
「あっ……つい」
「ついじゃないわよっ!?」
『ツタエ なく テハ……』
クォンの気が僅かに逸れた瞬間、白銀は眉間にティトの短剣を突き刺したままそう呟くと、中身を霧散させた――――。
●
そこには白銀のベールだけが残された。
ティトはベールの中身が忽然と消えたことに驚き、正体はアンデット的な何かではないかと思案している。
しかし、クォンは白銀が最初に放った言葉が気になっていた。
「何を『ミツケタ』というの……そして何が『チガウ』の」
白銀の吐いた言葉の意味を考える。
白銀が仇に繋がっている可能性は極めて高い。そんな存在が何かを探している。そして、白銀はティトを見て『ミツケタ』といった。直後、再びティトを見て『チガウ』といった。
一体、白銀は何を見つけて、何が違ったのか。
「わからない……」
ちらりとティトに視線を向けると、彼女は白銀のベールをまじまじと見つめ、クンクンと匂いを嗅いで、おえってなってたりする。
仇にとって必要なのは、まだあの少女なのだろうか。魂の繋がりがどうとか”依り代”がどうとか言っていたから、かなり重要な人間なのだろうけど、ティトの取った予想外の行動でその繋がりは断たれたはずだ。
繋がりが切れた以上、仇にとってあの少女の価値は無くなったのではなかったのか。
「おねえちゃん、大丈夫……?」
「……ええ、大丈夫よ」
よほど苦い顔をしていたのだろう。ティトが心配そうにのぞき込んでくる。
クォンはティトを安心させようと、笑顔をつくろうとして――――固まった。
「え……」
「うん?」
不意にティトと少女の顔が重なったのだ。
「んぶっ! グォン、いだい……!」
突然両手で顔を挟まれ、不満げに口を尖らすティト。
その顔は……似ている。あの少女と、とても。
もし、ティトが呪いを受けず、順当に年を重ねていたら、二人はきっと瓜二つだ。
「そんな……」
バラバラだったパズルのピースが嵌っていく感覚。
あの嵐の夜。生まれたのは郷で忌み子とされる双子だった。
そして、謎の襲撃を受け、その場にいた者は皆死んだ。生き残ったのは私とティトだけ――――のはずだった。でも、双子の片割れの死体は結局見つからなかったじゃないか。
そもそも双子が郷で忌み子とされる理由を郷の者は誰も知らない。ただ昔からの慣習だからそう呼んで忌み嫌ってきた。不吉の証だとして。
もし、それが仕組まれた伝承だったら? 襲撃の目的が”依り代”を手に入れる為のものだったら?
「ティト……」
「うん?」
改めて見るティトの顔。
ティトは本来であれば10歳を迎えるよりも早く、呪いにより命を落とすはずだった。だけど、何の因果か授恵者に覚醒し、姿が成長しないという一点を除いて呪いを克服した。
そう、授恵者は呪いを克服できる。
そして、あの少女もまた授恵者だ。ただし、ティトと違うのは呪いを完璧に克服したという事だ。
もう間違いないだろう。ティトとあの少女。二人はあの夜生き別れた双子の姉妹。そして、忌み子の伝承は何者かにより意図的に作られたものだ。
そう、『何者か』は明白だ。そして、『何者か』は諦めていない。
「ティト、郷に戻るわよ」
「え……本気……?」
驚くティトの腕を取り、急いで遺跡を後にする。
――――間に合え……。
心の中でそう呟いて――――。
まるで濁流の如き人の流れに流されてたどり着いた巨大な空洞には、一日の仕事を終え、その労を自ら労うドワーフたちの喧騒が響き渡っている。
壁面には土を削って造った店とも呼べない露店が、次々とドワーフたちを飲み込んでいく。そんな中をハーフビーストの女性――クォンは歩いていた。
「一体どこに……」
一度は見つけた仇の残滓。
仇の本体ではなかったものの、確かにその存在に繋がっているものをようやく見つけたのに、色々な……本当に色々な偶然が重なった結果、ほとんど成果を得る事が出来なかった。
「だけど、わかった事もある……」
長年掴めなかった存在の尻尾を、あの遺跡でようやく掴んだ。
あの囚われの少女を従妹が解放したことで、何かが変わった。
残念ながら少女からは情報を得る事は出来なかったけど、仇はきっと何かしらの動きを見せるはずだ。そして、動きがあれば見つけられる。
今度こそ、仇の本体を――。
「――こういう感じの遺跡なんだけど」
建築道具を扱う露店の店主にチップを添えてメモを見せる。
それはあの少女が囚われていた遺跡の特徴を記した図。建築にも造詣の深いドワーフならば、その図を見て何か気付くかもしれない。そう期待していたのだが――。
「んー……俺にはわからねぇなぁ。そもそもこの辺りの遺跡なのか?」
「いえ、それもわからないの。ただ、実物は見たわ」
「ふーむ、それならもっと詳しい奴に聞くべきだろうがなぁ」
ドワーフは自慢の髭を撫でつつ、ちらりと商品棚に視線をやる。そこは酒の並ぶ棚だった。なんで建築の道具を扱う店にこんなものがと思わないでもないが、ここはドワーフの国。どんな店だろうと、当然のように酒は扱っているという訳か。
「”差し入れ”という事ね。それで、それはおいくらなのかしら?」
「はっはっ、話が早くて助かるぜ!」
ドワーフ店主は豪快に笑い声をあげ、棚から降ろした小樽をカウンターへ置いた。
「こっから3丁先の坑道の奥に、昔の建物を研究してる変わり者がいる。これはそいつの好物だ」
「この匂い、蜂蜜酒ね」
「へぇ、流石ハーフビースト、鼻がいいな」
「別に種族は関係ないわ」
クォンは情報料込みだと少し多めのコインを置くと小樽を受け取った。
●
そこは家というより、ただの洞穴だった。
ドアと呼べるかも怪しい木戸をくぐり奥に進むと、その人物はいた。
分厚いメガネをかけたドワーフの女性。ぶつぶつと独り言を言いながら、羊皮紙に線を引いている。
「精が出るわね」
そう声をかけるも反応はない。よほど集中しているのだろうか。
クォンは脅かさないようにゆっくりと歩み寄り、持参した”手土産”を静かに置いた。
「これ差し入れよ」
声には反応しないのに、机に置いた小樽にはすぐに反応を見せるドワーフ。
ちらりとだけ私に視線を向けたと思ったら、すぐに小樽を手に取り栓を開けた。
辺りに漂う甘い香りと共に、ドワーフは小樽を一気に煽る。
「――ふはぁ! うまい! でも、あの店味落ちた?」
「さぁ、どうかしらね」
ドワーフは満足げに唇を舐めずると、今度は不満げに首を傾げた。
まさか一気に飲み干したのか。机に置かれた小樽が、随分と軽くなった音を立てた。
「で、お土産の人。私に何か用?」
「ええ。これを見て欲しいの」
ドワーフの不躾な態度にも嫌な顔一つせず、クォンは図が書かれたメモを差し出した。
「へぇ紙だ。どれどれ――……って、えええっ!? こ、これ何処で手に入れたの!?」
メモを見た瞬間、ドワーフの大声で狭い洞穴が震え、土埃がパラパラと舞い落ちる。ドワーフは今まで描いていた図面を勢いよく放り投げると、渡されたメモを机に叩き付けた。
「……この様式の建築物は、大陸歴が始まるよりもずっと前の時代の遺跡と考えられているわ。大陸の各所でいくつか見つかってるんだけど、そのほとんどが朽ちているか破壊されているの。だから詳しいことが全然わからないのよね。……だけど、あなたが持ってきたこの図、これが本当に存在するなら大発見よ。一体どこにあるの?」
「フィルエス大森林よ。それより、他にも同じような遺跡があるのね」
「あるわ。でも、ほとんど残ってない。あるものといえば――――」
そう言ってドワーフは、使い込まれた大陸の地図を机に広げた。
「この三角の印がそうなんだけど、今も形を残しているのは、こことここ、かな」
「……『シラー砂漠の沿岸部』と『同盟領とサウゼル大樹海の境』。そして……私が見つけたのがここ」
「フィルエス大森林の南端ね……! こうしちゃいられないわ!」
「よっしゃー!」と狂喜しながら奥の部屋へ飛んでいったドワーフとは対照的に、クォンは机に広げられた地図をじっと見つめる。
3つの遺跡。なぜこんなにあちこちに散らばっているのか。もしかして、遺跡の文明が大陸を統一していた時期があった?
「そんな話聞いたこともない」
紀元前の歴史は未解明なことも多い。だけど、大陸を統一していたような大きな文明が存在していたのなら、名前など何かしら記録は残るはずだ。
でもドワーフの話ぶりから見るに、そう言ったものも残っていないか見つかっていないのだろう。
少女が囚われていた遺跡。そして同じ文明と思われる遺跡が2つ。これは何か繋がりがある可能性のだろうか。そして、仇に繋がる可能性も――――。
「……興味深いわね」
「……うん、興味、ぶきぃ……いけない、嚙んじゃっ、た」
「……」
一瞬びくりと身を震わせたクォンは肩を落とすと、声のした方へゆっくりと振り返った。
「ティト……」
「ん?」
「ん? じゃないわよ。なぜ貴女がここにいるの。郷に帰ったはずよね」
「おかいもの、かも……?」
「こんなドワーフ王国の僻地に?」
「えっと……おつかい、だった、かも?」
「……はぁ、ほんと貴女のその神出鬼没っプリは誰に似たのかしらね」
「祖父?」
「……グェンって、そんなキャラだっけ」
「最近の、彼は……くくく」
「似合わないから、そういう笑い方はやめなさい」
精一杯の邪悪な笑みを作って見せる従妹に、クォンはため息をついた。
「この間も言ったけど、私を連れ戻そうとしても無駄よ。私は仇を討つまで郷には戻らない」
「仇を、討ったら……郷に、戻ってくる、の?」
「……そんな先の事、わからないわ」
「ふーん、そっか……ま、いいや」
ティトがあっさり引き下がったことに、クォンは少し驚いた。
「わかったのなら貴女はさっさと郷に――――」
「あの、ね……ぼく、結婚、したよ」
「…………は?」
「んと、結婚、したよ?」
「け、結婚って、貴女が……?」
よほど驚いたのか、クォンが言葉を詰まらせると、そんな従姉の姿が可笑しかったのか、ティトは満面の笑みでうなずいた。
「時代は、進んで、るんだよ? クォンも、うかうか、してたら……いきおくれ? なっちゃう」
「わ、私の事なんてどうでもいいのよ。でも、あのティトが、結婚……」
「む。あのって、失礼、だよ」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、驚いて……そう、貴女が。でも、よかった。貴女は幸せになれたのね」
そう言った従姉が再会してから初めて笑顔を見せる――自嘲にも似た歪な笑顔を。
「あまあま、ラブラブな、新婚生活……見せてあげ、るから……一緒、帰ろ?」
「ありがたい申し出だけど遠慮しておくわ。貴女は貴女の生活を大切にしなさい。私のことは放っておいて」
「また、そう、言う。はぁ……、これは、あんまり言いたくな、かったんだ、けど」
かたくなに拒む従妹の態度に、ティトは大きくため息をつくと、表情を引き締めた。
「馬鹿じゃない、の? いつまで、自己陶酔、してる、つもり? 復讐なんて、誰も望んでないし……仇を討っ、たって、誰も、喜ば、ない。勝手な……正義感を、他人に、押し付ける、な。この自己満足、の●●やろー」
「んなっ」
「はぁ……言った、言った。言ってやったよ、グェン」
一息に言い切ったティトは肺一杯に新鮮な空気を取り込むと、顔を引きつらせるクォンに清々しい笑顔を向ける。
「クォンが憧れ……恋した人は、もういない、よ。仇を討っても、誰も、ありがとう、なんて……言わない。娘のぼく、が……保障、する」
「……それでも、私はもう止まれない。あの人の仇を討つ事こそが、私の生きる意味……だから」
「そか、それじゃ、ぼくも、いく」
「……は? 何を言ってるの。貴女は新婚なんでしょ。さっさと帰りなさい。新郎が心配するわよ」
「大丈夫、あの人は、一人でも、生きて、いける、し」
「生きていけるとしても、それは離れ離れになる理由にはならないでしょう!」
「……クォン、乙女、だね?」
「んなっ! 私の事は……じゃなくて! もし、その……浮気とかされたらどうするの!」
「浮気……? あの人に、そんな甲斐性……ない……ない……よね?」
「私に聞かないでくれる!?」
ふーふーと声を荒げるクォンをに満足したティトは、ふと机に広げられた地図に気付いた。
使い込まれた地図には沢山の走り書きや印がある。その中でも特に三角印と、新しく記された二重丸が――――なんだかむずむずする。
「ティ、ティト! 何をしているの!」
「え……? あ、れ……、ぼく、なにを……」
「あーもう、勝手に落書きして……どうするのよこれ」
それは完全に無意識の所業。ティトは”むずむず”に誘われるままに、地図に落書きしてしまった。
クォンがどうしたものかと困っている。そんな従姉を見て、ティトもなんでこんなことをしたのかと、落ち込むが――――。
「……あれ。これ、って」
「ちょ! 何をしてるの! 更に落書きして! あー、もうどうするのよ!」
「ねぇ、クォン……これって、『星』だよ、ね」
「星? 一体何を言って……」
従妹の戯言に怪訝な顔を見せたクォンの表情が、みるみる真剣なものへと変わっていく。
「星……なんでこんなに綺麗に……えっ、ちょっと待って。それなら、私たちが今いる場所って」
そう言いつつクォンが指差したのは、頂点の一つ。まさに今自分たちがいるドワーフ王国だった――――。
●
ドワーフの『着いていく!』攻撃を何とか退け、クォンたちは古い坑道を進んでいた。
ティトが無意識に示した”星”。そこに意味があるのだとしたら、この廃坑道の先に遺跡があるはずだ。
そして、歩き続けて半日。本当にそれはあった。あの遺跡と酷似した荘厳な建造物が。
「あった、ね」
「……でも、ここは違うわ。あの声……仇に繋がるようなものは、何もなさそう」
クォンの言う様にこの場所に人の気配はない。居た痕跡すらない。とても長い時間、その場所は静かに時間を刻んでいたようだった。
「それ、じゃ、別の、とこにいるの、かも……?」
「別の所といえば……最後の『頂点』」
ティトは頷くと、懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
それは無理を言ってドワーフに譲ってもらった地図だ。そして、そこにはでかでかと『星』が描かれていた。
二人はティトの灯した魔法の明かりの下、地図を見つめる。
確かにティトの予想通りドワーフ王国に遺跡はあった。これで同じ時代の酷似した遺跡が4つ存在することになる。ならば、残り一つの頂点にも遺跡が眠っている可能性は高いだろう。
だが、場所が悪い。最後の頂点は極北にある。仮に遺跡が眠っていたとして、到達することは可能なのか。
以前、あの少女がいた遺跡を見つけられたのは、沢山の幸運が重なったからだ。古い遺跡の存在を知るエルフの氏族と出会得た事。そして、彼らが遺跡に白銀ベールの姿を見た事だ。
それは仇に繋がる唯一の手掛かり。
仇と繋がったあの少女が纏っていたのも、それ。
そして、忘れもしないあの嵐の夜、血と断末魔の間から垣間見た『白銀のベール』と同じなのだから――――。
「クォン?」
「……ごめんなさい、何でもないわ。そういえば、あの女の子は元気にしているの」
「アン、の事? うん、元気、だよ。今は、いっぱい食べて、いっぱい、”お勉強”して、る」
「そう、良かったわね」
「うん、誰かに、殺され、無くてほんと、よかった、よ?」
「……悪かったわね」
じーっと見上げてくるティトから視線を逸らし、クォンは改めて地図に記された星の頂点を見つめる。
この遺跡には何もないし、ドワーフが示した発見済みの遺跡に仇が潜んでいるとは思えない。となれば、残るのは極北にある点だ。
「例え極北だとしても、私は行くわ」
「諦める、つもり、は、やっぱり……ないの?」
「ない。別についてこなくてもいいわよ。貴女はさっさと郷に帰って新婚生活を――――」
――――カサっ……。
それは無音の世界に鳴った、蟲の声程の小さな異音。
二人は同時に振り返り、忍ばせていた獲物に手をかけた。
「白銀のベール……!」
遺跡の入り口に、まるで幽鬼の如く佇んでいる人影は、確かにそれを纏っている。
クォンは音が鳴りそうなほど奥歯を噛みしめると同時に、入口へ向け走り出した。
「クォン……!」
背後から聞こえる従妹の声も無視して、クォンは白銀目がけて白刃を振り下ろす。
――――キンッ!
だが、白刃は白銀が取り出した黒刃に防がれた。それでもクォンは力任せに白刃を押し付ける。
クォンの白刃と白銀の黒刃が火花を散らし鎬を削る。力は互角。一瞬でも力を緩めれば、こちらが押される。
クォンは白刃を持つ手にさらに力を込めた。のしかかる勢いで白刃を押し付け、白銀の『奥』を睨みつけた。
「吐け……! あいつは……あいつはどこにいる!!」
『……ミツケタ』
怒号を浴びせる。だが、白銀の視線は自分に向いていない。後ろ――ティトをじっと見つめていた。
「何処を見ているの!」
後ろでは「ぼく?」と、ティトが首をかしげている。
クォンはこっちを視ろと、白刃に更に体重を乗せるが……。
『チガウ……あれ ホド ひんそう――』
――ザシュっ!
「え?」
白銀がそう呟いた瞬間、眉間から短刀が生えた。
「あっ……つい」
「ついじゃないわよっ!?」
『ツタエ なく テハ……』
クォンの気が僅かに逸れた瞬間、白銀は眉間にティトの短剣を突き刺したままそう呟くと、中身を霧散させた――――。
●
そこには白銀のベールだけが残された。
ティトはベールの中身が忽然と消えたことに驚き、正体はアンデット的な何かではないかと思案している。
しかし、クォンは白銀が最初に放った言葉が気になっていた。
「何を『ミツケタ』というの……そして何が『チガウ』の」
白銀の吐いた言葉の意味を考える。
白銀が仇に繋がっている可能性は極めて高い。そんな存在が何かを探している。そして、白銀はティトを見て『ミツケタ』といった。直後、再びティトを見て『チガウ』といった。
一体、白銀は何を見つけて、何が違ったのか。
「わからない……」
ちらりとティトに視線を向けると、彼女は白銀のベールをまじまじと見つめ、クンクンと匂いを嗅いで、おえってなってたりする。
仇にとって必要なのは、まだあの少女なのだろうか。魂の繋がりがどうとか”依り代”がどうとか言っていたから、かなり重要な人間なのだろうけど、ティトの取った予想外の行動でその繋がりは断たれたはずだ。
繋がりが切れた以上、仇にとってあの少女の価値は無くなったのではなかったのか。
「おねえちゃん、大丈夫……?」
「……ええ、大丈夫よ」
よほど苦い顔をしていたのだろう。ティトが心配そうにのぞき込んでくる。
クォンはティトを安心させようと、笑顔をつくろうとして――――固まった。
「え……」
「うん?」
不意にティトと少女の顔が重なったのだ。
「んぶっ! グォン、いだい……!」
突然両手で顔を挟まれ、不満げに口を尖らすティト。
その顔は……似ている。あの少女と、とても。
もし、ティトが呪いを受けず、順当に年を重ねていたら、二人はきっと瓜二つだ。
「そんな……」
バラバラだったパズルのピースが嵌っていく感覚。
あの嵐の夜。生まれたのは郷で忌み子とされる双子だった。
そして、謎の襲撃を受け、その場にいた者は皆死んだ。生き残ったのは私とティトだけ――――のはずだった。でも、双子の片割れの死体は結局見つからなかったじゃないか。
そもそも双子が郷で忌み子とされる理由を郷の者は誰も知らない。ただ昔からの慣習だからそう呼んで忌み嫌ってきた。不吉の証だとして。
もし、それが仕組まれた伝承だったら? 襲撃の目的が”依り代”を手に入れる為のものだったら?
「ティト……」
「うん?」
改めて見るティトの顔。
ティトは本来であれば10歳を迎えるよりも早く、呪いにより命を落とすはずだった。だけど、何の因果か授恵者に覚醒し、姿が成長しないという一点を除いて呪いを克服した。
そう、授恵者は呪いを克服できる。
そして、あの少女もまた授恵者だ。ただし、ティトと違うのは呪いを完璧に克服したという事だ。
もう間違いないだろう。ティトとあの少女。二人はあの夜生き別れた双子の姉妹。そして、忌み子の伝承は何者かにより意図的に作られたものだ。
そう、『何者か』は明白だ。そして、『何者か』は諦めていない。
「ティト、郷に戻るわよ」
「え……本気……?」
驚くティトの腕を取り、急いで遺跡を後にする。
――――間に合え……。
心の中でそう呟いて――――。