これから何度もキスを、今日のように

キャラクターノベル(グループ)制作 蔭沢 菫納品 2025年02月09日 11時04分54秒

 二年前より、広い部屋。アルフィー・リッパーはたどり着いた宿で湯を浴びていた。内装は白く上品で、寝台は柔らかく、暖炉はパチパチと燃えている。丁度よく冷えた葡萄酒が窓際の席に二つ。彼女はそれを口にしているだろう。
 そう、彼女。雪白の髪をしたネーヴェ・グラヌローザ、アルフィーの愛しいネネは、一足先に湯を浴びて、白い肌を薄紅色に染めているのだろう。
(今日は彼女をぎゅっと抱きしめて、寝よう)
 アルフィーの胸が、喜びで少し痛くなる。不幸では無いその痛みすら嬉しくて、鼻歌を歌いながら、髪をとかした。
 
 窓際の席からは月光がよく差し込む。ネーヴェは少し湿った髪をひとまとめにして、月を楽しんでいた。左手薬指には、アルフィーから貰った指輪。なみなみと注がれた葡萄酒は、幸せの薄紅色。レースを基調とした白い部屋には、白い鳥の絵が飾られていた。
 ネーヴェは小鳥になった気分であった。月の光の中を飛ぶ小鳥。幸せな思いは翼となって、ふわりふわりと想像の中をさまよわせる。愛しい人が永遠を誓ってくれたのだ、幸せでなければ何だというのだろう。そして、二人優しい夜を過ごしているのだ……。
 大きな寝台がひとつ、部屋の中央にある。二人で寝ても、狭くないであろうその寝台は、暖かく、心地よさそうだ――。
 かたん、と扉が開く音がする。
(アル……?)
 ネーヴェは風呂上がりのアルフィーを迎えようとする。振り向いた先に、金と紫の瞳が見える。寝間着というにはラフな格好の彼は、何度も見ていた姿なのに、いつもよりも色っぽい。
「やあ、ネネ」
 まるで初めてネーヴェを見たという人のように、その様子は少しぎこちない。
 頬を赤らめ、片胸を押さえるアルフィーに、ネーヴェは駆け寄る。
「大丈夫だ、ネネ。……その、いつもよりも、可愛いから」
 愛しい人は、そうしてネーヴェを軽く抱きしめる。ネーヴェの薄い寝間着におっかなびっくりという風に。それは、薄い布一枚がもどかしい、といった風でもあった。
「ネネ、今日はありがとう」
 彼が絡めてくる手が、指が温かい。ネーヴェの心はとろけ、微笑みは喜びの笑みに変わる。
「私こそ――」
 返事の代わりに、絡める指を強く握る。アルフィーの顔が近くなり、金と紫しか見えなくなる。ネーヴェは目を閉じて。その次を待つ。
 優しい唇が、そっと重なる。ぱさ、ぱさ、とアルフィーの尾が動くのが聞こえる。永遠に唇を重ねていられそうであった。柔らかく、温かく、今まで一番甘い口付け。深く、長く。何時までも続けていたい。ネーヴェは口付けを終えたくなかった。
 呼吸のために少し唇を離せば、彼の吐息があまりにも近く、ネーヴェは嬉しくて泣きそうになる。あまりにも熱い。それは己も同じだろう。鼓動が、嬉しさで速まる。

「もっとネネに触れたい」
 抑えが効かない。アルフィーがやっとのこと口にしたのは、そんな言葉であった。
(最後まで――お願い)
 そんな言葉は、野暮だと分かっていた。だから、アルフィーは心のまま甘える。きっと、大好きなネーヴェも同じ気持ちだと思って。
 ネーヴェはひらりとアルフィーから身体を離して、寝台に腰掛ける。
「……ええ、来て」
 その様子は、悪戯っぽい白い小鳥を思わせる。
 アルフィーはネーヴェの腕を優しく掴み、寝台に押しつける。
 白いリネンの上で、しどけなくネーヴェは寝転がり、二人は横になる。アルフィーがボタンを外そうとするのを、ネーヴェは手伝う。
「焦っていますわよ、アル」
 囁く言葉に、アルフィーの耳は熱くなる。
 二人を妨げるものは、やがて消えた。

 アルフィーはネーヴェの温かさを感じながら、そっと口づけた。やっとここまで来られたのだ、という思いが胸を満たす。 
「私の全てを、アルで満たして下さいませんか」
 言葉で答える、等という野暮なことはしなかった。行いで、アルフィーは答えた。
「私はあなたのものだと、思わせて」
 ネーヴェはアルフィーを抱きしめる。それはやっと薄布一枚の距離を越えられた人の喜びであった。
「そして、あなたは私のものだと、どうか、そう、思わせて」
 ネーヴェのあらわにした所有欲すら愛おしい。
「ああ」
 呼吸に合わせて、アルフィーは僅かに声を出す。それは普段よりうわずっていて、己のものだろうか、と疑いそうになるほど。
「嫌だったらいって――」
 ネーヴェから返るのは、荒い吐息。首元にかかるそれからは、僅かな酒精の香りがする。
 故に、アルフィーはネーヴェに心を、全てを開いた。愛はそこにあった。
 ネーヴェは目を細める。そのふれ合いは、永遠に感覚として残りそうであった。
 二人の間で時が何度も巡る。一瞬であるはずなのに、何度も、何度も繰り返されたような感覚に陥る。魔法のような時間だ、とアルフィーは思う。太古の神聖な魔法だ。そうして愛は交わされ、全ては続く。
「二人は、末永く、幸せに暮らしました――」
 かすれた声でネーヴェが呟く。お伽噺のお約束。〆の一文。
「幸せに暮らそうな、ネネ。何度も愛を確かめあって、何度も幸せを知って」
「ええ、ええ! 私のアル! アルフィー・リッパー! 大切な黒薔薇!」
 普段は見せぬネーヴェの激しい様子であった。何度もネーヴェはアルフィーに喜びの口付けを与える。優しい感触が、アルフィーに春の風のように触れる。アルフィーもそれに応える。ネーヴェを抱きしめて、何度も、何度も『魔法』を繰り返す。

 キラキラと光が差し込む中でも、ネーヴェは消えずにそこにいた。ずっと抱きしめあったまま寝ていたのだろう。アルフィーは少し腕が痺れていた。
「腕が、おねんねしていますわね……」
 くすり、ネーヴェが笑む。時計を見れば、もうだいぶ良い時間であった。
「大丈夫、まだ、この宿にはいられるんだ」
 だから、依頼の時のように早く出立しなくても良いのだ、とネーヴェの髪を、アルフィーは指でとかす。
「続きを?」
 愛らしく、悪戯っぽく囁いたネーヴェの髪を、アルフィーは指に絡める。
「それも良い、それも良いんだが……のんびり二人で湯浴みする、っていうのはどうだろう?」
 ネーヴェはアルフィーの胸に、己の頭を預ける。
「二人で入っても、まだ広いお風呂に?」
「そうだ、ぬるいお湯で、ずっと、昼になるまで入っていような」
「私、やってみたいことがありましたの――」
 うっとり、まだ目覚めきれていない人の口調で、ネーヴェは続ける。
「お風呂に、葡萄酒を持ち込んで、楽しむんですわ」
「風雅だな?」
「アルと一緒なら、きっと、とても楽しいことでしょう」
 アルフィーは名残惜しそうに立ち上がり、葡萄酒を取ってくる。生ぬるくなっているが、まだ香りは悪くなっていない。
「その時は、口移しに、飲ませても良いか? ネネにするならば――とても、幸せだろうから」
 ネーヴェが立ち上がる。そして、葡萄酒の瓶を持つアルフィーに、手を重ねた。
「良ければ、私にもさせて下さいな?」
 全くこの愛おしい人は! アルフィーはネーヴェに、まずは約束の口付けをした。
 これから何度も繰り返すであろう、口付けを。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0