授恵者の本領
キャラクターノベル制作 辻村朝納品 2025年02月08日 11時40分30秒
空間一帯に光が爆ぜる。
次いで轟く、空気を劈く爆音。
光の収束とともに、その場の光景が露わになる。
そこは荒涼とした峡谷、だった。
否、今も形状そのものは保っている。
しかし谷の合間を縫って僅かに築かれただけだったはずの道は、左右の山肌を大きく削り取られて拡がっている。勿論峡谷全体で見れば局所的な影響に過ぎないが、何者かの手が加わったモノであることは誰の目から見ても明らかな不自然さだった。
そしてその拡がった部分には、無数の魔獣の死体が転がっている。
死体の多くはコボルト。だが中には背中に蝙蝠のような翼を生やした、魔獣と呼んだ方が正しい個体もいる。空を飛べるのに巻き込まれたことが、爆発の規模をまた1つ物語っていた。
死体はある一点を中心にした円の円周を描くように転がっている。
その中心に立っているのは、1人のエルフ――フェアロス・アーラ・アスプロスだった。
帝都での戦いが終わり、暫く時間が経った。
一時は賢者として動乱の解決に協力していたフェアロスも、龍脈などのエーテル研究を軸とした生活に戻っていた。
研究の為に家を空け、今回の旅に出てからおよそ1ヶ月後。
次の目的地と定めた場所への旅路の途中で、一度山岳部に入る必要があった。
麓の村で聞いた話では、山を越える為の道はロスガリア大陸を揺るがす諸々の事件の中でも殆ど冒険者や授恵者の手が入ることなかったという。
自給自足生活を送っていた静かな村に被害が及ぶなど、ギルドに依頼するようなことがなかったからだが、それ故に、いざ山岳部に足を踏み入れた時にどういった脅威が待ち構えているか分からない。被害状況から考えると人間の山賊が潜んでいることはないだろうが、魔獣や敵対性の亜人が牙を研いでいる可能性は否定できない。
(十分に気をつけなければいけませんね)
情報収集を終えて村を出立したフェアロスは、そう内心で気を引き締めたものだった。
そして実際に、山道には脅威は潜んでいた。
手つかずだった故に、敵の数がとにかく多い。
山岳に多く住むとされるコボルトが居るであろうことは予想の範疇だったが、オークが居たりもした。山道を村とは反対方向に下っていけば深い森がある為、戦闘の音を聞きつけてきたのかもしれない。
フェアロスは一人旅。賢者と言えど1人の授恵者である以上、魔法が無尽蔵に使えるわけでもない。
早々にコボルトの大群に囲まれたのを切り抜けてからは、避けられる戦闘は避けるべくより慎重に歩を進めることにした。
それでも、避けられない状況というのがある。
峡谷である。
そもそも道の情報自体多くはなかった。だから谷があることは知っていても、それが授恵者であってもそう簡単に登りきれるものではないことまでは実際目にするまで分からなかった。
更にあることに気付いて、フェアロスの表情は少し険しくなる。
谷の間を縫う道の至る所に、洞穴がある。
何らかの理由で自然に出来たものもあるだろうが、どちらかといえば削り掘られたようなものが多い。
(この中にいるのがコボルトだけなら良いのですが……)
悪い予感ほど、よく当たる。
慎重に進んでも、あちらから現れて偶発的に気付かれるときは気付かれる。
コボルトが何とも解読の出来ぬ声で叫び、あちこちの洞穴から仲間が出てくる。
洞穴からだけではなかった。
遥か頭上の山の上から滑空してくるのは、
(コボルト――ではなく、あれは最早、キマイラとも言うべき魔獣ですね)
おそらく普段は山上にある洞穴を住処にしているであろう、翼を生やしたコボルトの群れだった。
フェアロスの姿を見つけた敵の群れは、一斉にフェアロスに襲いかかる。地上のコボルトは粗雑な石製の槍や斧を振りかざし、空から滑空する魔獣はその研ぎ澄ませた爪をぎらつかせた。
地上は兎も角、空の個体は強さがまだ読めない以上、ここは手を抜けない。
何度か魔法を放って、空の魔獣の強さも大体掴めてきた。
だが、多勢に無勢がすぎる。
コボルト如きの攻撃では大した傷は負わないが、そちらが邪魔で魔獣の攻撃を防ぎ切ることが出来ずにいた。魔獣の爪は思いの外鋭く、ヒーラーであるフェアロスでさえ徐々にリソースも含めて消耗していた。
また敵を一掃したが、まだ終わらない。
突っ込んできておらず被害を免れた個体も多く、今の魔法を見て多少尻込みはしたようだがまだ逃げる姿勢は見せていない。空の魔獣も同様で、空を舞いながら眼下の様子を窺っている。
ふともう1つ、悪い想定を思い浮かべた。
(これだけの数がいるなら、リーダーとなる個体が居るはず。空を飛ぶ個体をも束ねているなら……)
次の瞬間。
「!」
咄嗟に杖を持った腕を上げ頭上に構える。
それでも上から殴られたような衝撃を受け、フェアロスは吹っ飛ばされた。数m後ろで何とか着地して態勢を整える。
「チッ、気付イタカ」
つい先程までフェアロスが立っていた場所に居たのは、一際大きな身体を持った個体だった。やはり翼を生やしている。
斧を持ったソイツは空から垂直に、フェアロスに襲い掛かったのだ。
(言語を話すところからすると……)
特異個体。
翼を生やすなんて例は珍しいが、ありえなくはないだろう。
「ダガ、疲レテイルンジャナイカ?」
その指摘はある意味当たっている。
戦闘は不得意と自称しているフェアロスは、あまり長いこと戦っていたくないのが本音である。
「それでも、私には行きたい場所も、帰る家もありますから」
ここは通らせてもらう。
その意思を示すべく、フェアロスは杖を前に構えた。
特異個体の戦場での統率を得た群れの攻撃は、より激しさを増した。
地上のコボルトは最早ただの足止め。
フェアロスが身動きを取れなくなったところを、空の魔獣たちが連続で襲いかかる。一連の攻撃のラストは勿論特異個体である。
特異個体からの3度目の強烈な攻撃を受けた後、フェアロスは方針を切り替えた。
地上のコボルトは一切無視。
空からの攻撃を耐えるべく自らに回復を施し――そして、
「死ネ!」
肉薄した特異個体の懐に、杖の先端を叩き込んだ。
刹那、先端に収束させていたエーテルを開放し、衝撃を炸裂させる。
一瞬だけ宙に留まったかのように見えた特異個体の身体はその後、空に突き返されるように吹っ飛び、谷を形成する山の上へと消えた。
その後、特異個体が再び滑空してくる気配はなかった。
統率していた個体の死、または逃走を察した群れは、散り散りになって逃げ出した。まずは空の魔獣が山の上へと逃れ、それを見たコボルトも今度こそフェアロスに恐れを成して洞穴へと引っ込んでいく。
「ふう……」
特異個体の指摘に肯くのも何だが、流石に疲れた。
傷も決して浅くはない。空の魔獣の攻撃でも大分やられた上に、特異個体の攻撃は防いだとしても骨が砕けるような衝撃を受ける程だった。現に、今は杖を持たない右腕はうまく持ち上がらない。
(これは少し、予定を変更する必要がありますね)
授恵者である以上、数日休めば治る。
今は慎重かつ急いで山道を切り抜け、その後傷が癒えるのを待ってから目的地へ向かおう。
1つ大きく息を吐き出して呼吸を整えてから、フェアロスは再び歩き出した。
次いで轟く、空気を劈く爆音。
光の収束とともに、その場の光景が露わになる。
そこは荒涼とした峡谷、だった。
否、今も形状そのものは保っている。
しかし谷の合間を縫って僅かに築かれただけだったはずの道は、左右の山肌を大きく削り取られて拡がっている。勿論峡谷全体で見れば局所的な影響に過ぎないが、何者かの手が加わったモノであることは誰の目から見ても明らかな不自然さだった。
そしてその拡がった部分には、無数の魔獣の死体が転がっている。
死体の多くはコボルト。だが中には背中に蝙蝠のような翼を生やした、魔獣と呼んだ方が正しい個体もいる。空を飛べるのに巻き込まれたことが、爆発の規模をまた1つ物語っていた。
死体はある一点を中心にした円の円周を描くように転がっている。
その中心に立っているのは、1人のエルフ――フェアロス・アーラ・アスプロスだった。
帝都での戦いが終わり、暫く時間が経った。
一時は賢者として動乱の解決に協力していたフェアロスも、龍脈などのエーテル研究を軸とした生活に戻っていた。
研究の為に家を空け、今回の旅に出てからおよそ1ヶ月後。
次の目的地と定めた場所への旅路の途中で、一度山岳部に入る必要があった。
麓の村で聞いた話では、山を越える為の道はロスガリア大陸を揺るがす諸々の事件の中でも殆ど冒険者や授恵者の手が入ることなかったという。
自給自足生活を送っていた静かな村に被害が及ぶなど、ギルドに依頼するようなことがなかったからだが、それ故に、いざ山岳部に足を踏み入れた時にどういった脅威が待ち構えているか分からない。被害状況から考えると人間の山賊が潜んでいることはないだろうが、魔獣や敵対性の亜人が牙を研いでいる可能性は否定できない。
(十分に気をつけなければいけませんね)
情報収集を終えて村を出立したフェアロスは、そう内心で気を引き締めたものだった。
そして実際に、山道には脅威は潜んでいた。
手つかずだった故に、敵の数がとにかく多い。
山岳に多く住むとされるコボルトが居るであろうことは予想の範疇だったが、オークが居たりもした。山道を村とは反対方向に下っていけば深い森がある為、戦闘の音を聞きつけてきたのかもしれない。
フェアロスは一人旅。賢者と言えど1人の授恵者である以上、魔法が無尽蔵に使えるわけでもない。
早々にコボルトの大群に囲まれたのを切り抜けてからは、避けられる戦闘は避けるべくより慎重に歩を進めることにした。
それでも、避けられない状況というのがある。
峡谷である。
そもそも道の情報自体多くはなかった。だから谷があることは知っていても、それが授恵者であってもそう簡単に登りきれるものではないことまでは実際目にするまで分からなかった。
更にあることに気付いて、フェアロスの表情は少し険しくなる。
谷の間を縫う道の至る所に、洞穴がある。
何らかの理由で自然に出来たものもあるだろうが、どちらかといえば削り掘られたようなものが多い。
(この中にいるのがコボルトだけなら良いのですが……)
悪い予感ほど、よく当たる。
慎重に進んでも、あちらから現れて偶発的に気付かれるときは気付かれる。
コボルトが何とも解読の出来ぬ声で叫び、あちこちの洞穴から仲間が出てくる。
洞穴からだけではなかった。
遥か頭上の山の上から滑空してくるのは、
(コボルト――ではなく、あれは最早、キマイラとも言うべき魔獣ですね)
おそらく普段は山上にある洞穴を住処にしているであろう、翼を生やしたコボルトの群れだった。
フェアロスの姿を見つけた敵の群れは、一斉にフェアロスに襲いかかる。地上のコボルトは粗雑な石製の槍や斧を振りかざし、空から滑空する魔獣はその研ぎ澄ませた爪をぎらつかせた。
地上は兎も角、空の個体は強さがまだ読めない以上、ここは手を抜けない。
何度か魔法を放って、空の魔獣の強さも大体掴めてきた。
だが、多勢に無勢がすぎる。
コボルト如きの攻撃では大した傷は負わないが、そちらが邪魔で魔獣の攻撃を防ぎ切ることが出来ずにいた。魔獣の爪は思いの外鋭く、ヒーラーであるフェアロスでさえ徐々にリソースも含めて消耗していた。
また敵を一掃したが、まだ終わらない。
突っ込んできておらず被害を免れた個体も多く、今の魔法を見て多少尻込みはしたようだがまだ逃げる姿勢は見せていない。空の魔獣も同様で、空を舞いながら眼下の様子を窺っている。
ふともう1つ、悪い想定を思い浮かべた。
(これだけの数がいるなら、リーダーとなる個体が居るはず。空を飛ぶ個体をも束ねているなら……)
次の瞬間。
「!」
咄嗟に杖を持った腕を上げ頭上に構える。
それでも上から殴られたような衝撃を受け、フェアロスは吹っ飛ばされた。数m後ろで何とか着地して態勢を整える。
「チッ、気付イタカ」
つい先程までフェアロスが立っていた場所に居たのは、一際大きな身体を持った個体だった。やはり翼を生やしている。
斧を持ったソイツは空から垂直に、フェアロスに襲い掛かったのだ。
(言語を話すところからすると……)
特異個体。
翼を生やすなんて例は珍しいが、ありえなくはないだろう。
「ダガ、疲レテイルンジャナイカ?」
その指摘はある意味当たっている。
戦闘は不得意と自称しているフェアロスは、あまり長いこと戦っていたくないのが本音である。
「それでも、私には行きたい場所も、帰る家もありますから」
ここは通らせてもらう。
その意思を示すべく、フェアロスは杖を前に構えた。
特異個体の戦場での統率を得た群れの攻撃は、より激しさを増した。
地上のコボルトは最早ただの足止め。
フェアロスが身動きを取れなくなったところを、空の魔獣たちが連続で襲いかかる。一連の攻撃のラストは勿論特異個体である。
特異個体からの3度目の強烈な攻撃を受けた後、フェアロスは方針を切り替えた。
地上のコボルトは一切無視。
空からの攻撃を耐えるべく自らに回復を施し――そして、
「死ネ!」
肉薄した特異個体の懐に、杖の先端を叩き込んだ。
刹那、先端に収束させていたエーテルを開放し、衝撃を炸裂させる。
一瞬だけ宙に留まったかのように見えた特異個体の身体はその後、空に突き返されるように吹っ飛び、谷を形成する山の上へと消えた。
その後、特異個体が再び滑空してくる気配はなかった。
統率していた個体の死、または逃走を察した群れは、散り散りになって逃げ出した。まずは空の魔獣が山の上へと逃れ、それを見たコボルトも今度こそフェアロスに恐れを成して洞穴へと引っ込んでいく。
「ふう……」
特異個体の指摘に肯くのも何だが、流石に疲れた。
傷も決して浅くはない。空の魔獣の攻撃でも大分やられた上に、特異個体の攻撃は防いだとしても骨が砕けるような衝撃を受ける程だった。現に、今は杖を持たない右腕はうまく持ち上がらない。
(これは少し、予定を変更する必要がありますね)
授恵者である以上、数日休めば治る。
今は慎重かつ急いで山道を切り抜け、その後傷が癒えるのを待ってから目的地へ向かおう。
1つ大きく息を吐き出して呼吸を整えてから、フェアロスは再び歩き出した。