【初夢IF】あのもふもふを、もう一度
キャラクターノベル(グループ)制作 STANZA納品 2025年01月31日 08時01分45秒
カーテンの隙間から差し込む朝の光に、ルルト・アーキスは夢の底からふわりと浮き上がる。
「ん……今日も良い天気」
思い切り伸びをしながらそう声に出すと、どこかで猫の鳴き声がした。
「あれ、タマさんボクのとこにお泊まりだったっけ?」
首を傾げるとまた、にゃーん。しかもすぐ近くで。なのに姿は見えない。
「かくれんぼかな?」
にゃーん。
けれどそれは、タマさんの声とは微妙に違う。
(って言うかボクの声?)
耳には猫の声に聞こえ、頭ではヒトの言葉として理解している。この感覚には覚えがあった。
(あの時の不思議な夢と同じ……)
という事は、これも夢だろうか。
改めて部屋を見渡せば、天井がやたらと高く、家具も大きい。ベッドサイドにちょこんと座って自分を見つめるイイズナのシロも大きい。目の前にかざした両手は、はちみつ色のクリームパン。
「ボク、また猫になってるね」
「そのようだな」
シロの言葉もわかる。やっぱり魅惑の低音ボイスだ。
ルルトはベッドから身軽に飛び降りて鏡の前に立つ。そこにはシロよりは大きいけれど猫としては小柄な、はちみつ色の被毛に緑色のくりくりとした大きな瞳を持つ「もふなる者」の姿が映っていた。
「そっか、ボクこんな猫になるんだね」
以前の夢では自分の姿をじっくりと見る機会もなかったけれど、こうして見るとなかなかの美猫だし、若草色の首輪が我ながら良く似合う。
その時、戸口の猫用ドアからするりと黒い影が滑り込んで来た。
「ルルト、おはよう」
尻尾と手足の先だけが白い黒猫、可愛くて賢いタマさんだ。
その後ろから、豪華な金色の毛に包まれた青い瞳の猫になった、アルバス・ロウルが顔を出す――が、大きな体がつっかえて、それ以上は入れないようだ。
「おかしい、猫とは頭さえ入ればどんな狭い場所でも通り抜けられるのではなかったか!?」
前には進めず、かといって頭を引き抜く事も出来ず、文字通り抜き差しならない状況に陥ったアルバスに、タマさんがトコトコ近寄って鼻の頭をぺろりと舐める。
「アルバスはまだ猫の体に慣れてないんだね。でも大丈夫、タマさんが魔法の呪文を教えてあげるよ」
三つ指揃えて畏まったタマさんが厳かに言い放つ。
「猫は液体!」
途端にアルバスの体がふにゃりと脱力、にゅるりと猫ドアから滑り出て来た。
「おお、すごいな! ありがとうタマさん先輩!」
「ふふん、猫の事なら何でもタマさんに聞くといいよ」
キラキラの瞳で見つめられ、タマさんは得意げにヒゲをピンと伸ばし、長い尻尾をゆるりと振る。
その耳が、くるりと後ろを向いた。シロも何かを感じ取ったらしく、素早く窓辺の小テーブルに飛び乗る。カーテンの隙間から鼻先を突っ込んで窓枠を押すと、僅かに開いた隙間から風と共に聴き慣れた声が飛び込んで来た。
「ああ、いつもの変わった夢だな」
「うん、いつものだね」
ウォーゼルに起こされたパルドは、豹柄の黒猫になっていた。ウォーゼルは黒柴っぽい狼になっているが、驚きはない。年イチで不思議空間に飛ばされるのと同様、不思議な夢を見る事にもすっかり慣れっこになっていたのだ。
「おはよう、ウォーゼル」
パルドは盛大にゴロゴロ喉を鳴らしながら、ウォーゼルの首筋に頭をスリスリ擦り付けた。
「ん、おはようパルド」
お返しに頭でぐりぐりすると、パルドのゴロゴロ音は最高潮、スリスリも体ごとぶつかって来るような激しさに変わる。だがウォーゼルは狼、にゃんこの全身全霊体当たり的スリスリを受けても微動だにせず、綺麗なお座りの姿勢を保ったままでパルドの頭から背中までぺろりとひと舐め。するとパルドは「もっと!」とばかりに背中を突き出して来る。
ゴロゴロ、ゴロゴロ。爆音で響くその音は言葉よりも雄弁にパルドの心持ちを語る。自分でやる毛繕いは苦手だけれど、ウォーゼルにしてもらうブラッシングは気持ち良くて大好きだ。毛繕いはそれ以上に気持ち良くて、気持ち良すぎて、ついそのまま眠ってしまいそうになる。
だがどうにか踏ん張って、パルドはウォーゼルの首にがっしりと腕を回した。そのまま首筋をざりざりざりざり、猫舌で舐め返す。
「お返しだ、ウォーゼル」
その何とも仲睦まじい姿に、見守るギャラリーはさぞかしほっこり癒される事だろう。だが今この場で二匹を見守るのは、ウォーゼル大好きで独占欲強めな黒豹っぽい猫のショコラと、みんな大好きでいつもニコニコの黒柴みたいなミニコボのチョコ。
「パルド君、そこをどきたまえ」
言葉はクールにクレバーに、けれど感情は激しくライバル心を剥き出しに、ショコラはパルドとウォーゼルの間にぐいぐい体を入れて来る。
「もふもふ初心者の君がウォーゼル君の毛繕いなんて、百万年早いのだよ」
いつものブラッシングであれば譲りもしよう。だが毛繕いならば、その道のプロとしてこの場を譲るわけにはいかないのだ。
だが実力行使に出たショコラの頭は、パルドの肉球でぺしょんと押さえつけられてしまった。
「ショコラこそ喧嘩でオレに勝とうなんて百億万年早い」
それはまるで、やんちゃ盛りのワガママ子猫が親猫に悪戯を窘められているようで、何とも微笑ましい。
それを見たチョコが何を勘違いしたのか「チョコも! チョコもいれてー!」とすっ飛んで来る。
チョコはぺしょんとなったショコラをぽふぽふぎゅー、それから順番にパルドとウォーゼルももふーっ♪
そして唐突に始まるもふもふ大乱闘。絡み合い、じゃれ合う4つの毛玉、飛び散る抜け毛。とばっちりを受けて引き裂かれた枕の羽毛が舞い踊り、ウォーゼルのくしゃみが止まらなくなる。それを見てパルドのせいだと思い込んだショコラが再び飛びかかって秒でベッドに沈められ、傍らで跳ね回っていたチョコが何故かシーツでセルフ簀巻きになったところで騒ぎは一段落。
「腹減ったな」
「そういえば朝食がまだだったね」
チョコを救出しつつ、パルドとウォーゼルが顔を見合わせる。だがこの体では食事の用意など出来る筈もなく――
「タマさんなら良い感じの食堂とか知ってるんじゃないかと思って」
チョコを背に乗せたウォーゼルが窓の下で呼びかける。
「この手じゃ料理どころか戸棚を開ける事も出来ないからな」
ショコラと一緒に塀や庇の上を渡って来たパルドが窓から顔を出した。
「いらっしゃいパルド、ショコラ。ウォーゼルとチョコもおはよう!」
「やはり君達も猫になっていたのだな!」
ルルトとアルバスが窓を大きく押し開け、下で待つ二匹にも声をかける。
「言われてみれば確かに腹は空いたし食事は大問題だ。タマさん先輩、頼りにしているぞ!」
期待に応えて窓からひらりと飛び降りたタマさんは、一行の先頭に立って歩き出した。目印のように、長い尻尾をピンと立てて。
『あらタマさんにシロちゃん、今日はお友達がいっぱいだねぇ』
店先で一声鳴いたタマさんに、肉屋のおばさんは驚きながらも嬉しそうに全員分のご馳走を用意してくれる。
『ワンちゃん達も同じもので良いかい?』
そう言いながら差し出されたササミを、ウォーゼルは黙って口にした。
犬じゃなくて狼です、と伝えたくても今の彼には手段がないし、見た目はほぼ黒柴なのだから間違えられても無理はない。
(チョコも犬だと思われてるみたいだけど、まあいいか)
それにしても、猫や犬に食べさせるにしては、このササミは随分とモノが良い。そう思っていると、シロの渋い声が聞こえた。
「ここの人間は、我がきちんと躾けた。間違っても残飯など出さぬよう、肉食である我らに最適かつ健康的な食事を供するようにな」
具体的には、体に良くないものにはそっぽを向くという形で。ちなみに魚屋も同様に、煮干しや鰹節などは避けるように教育済みだった。
お腹がいっぱいになったら、次は運動の時間。もふもふ達は塀の上を歩いたり、柵の下を潜り抜けたり、よその庭を横切って時には犬に吠えられたり、集会を開いている猫達に挨拶したりと、リブラネスタの街を探検しながら郊外に広がる草原を目指す。
「うわぁ、ひろーい!」
ヒト目線でも広々とした草原は、猫目線で見ると果てしなく広かった。
「タマさん、行こ!」
ルルトはタマさんと一緒に枯れ草の中を駆けて行く。時折じゃれついて二匹で団子になったまま転げ回ったり、かと思えば突然ぱっと飛び離れて追いかけっこが始まったり。それをパルドが追いかけ、その後ろをチョコを背に乗せたウォーゼルが追いかけていた筈が、いつの間にかルルトに追いかけられていたり。
急ブレーキで反転し、ルルトに飛びかかろうとしたパルドの目の前に、草むらで待ち伏せていたタマさんが飛び出すと、驚いたパルドは背中の毛を逆立て両手両足を突っ張って後ろに飛んだ。そのままやんのかステップで可愛く脅すパルドの背後に、今度はウォーゼルの背中から飛び降りたチョコがもふっと抱きつく。
「パル大好きー! ショコも大好き! チョコ、みんな大好きー!」
だが、そこでふと気付いた。
「ウォゼ、たいへん! ショコいない!」
「そういえば、さっきから姿を見てないね」
「ショコ、まいご?」
チョコの両目にじわりと涙が浮かんだその瞬間、近くの草むらが音もなく動き、黒い塊が弾丸のように飛び出して来た。
「油断したねパルド君、今度こそ首は貰っ――」
「ショコいた! よかったぁー!!」
どすーん!
物騒な台詞と共にネコパンチを狙ったショコラは、チョコ渾身の体当たり@愛情表現によって吹っ飛ばされ、もふもふぎゅーされた。
「よかったねショコ、よかったよかったー」
この子がいる限り、きっとショコラの連敗記録は止まらない。でもそれで良いのだと、ウォーゼルはほわほわ思うのだった。
(ヤキモチもきっと、止まらないだろうけどね)
アルバスはその様子を、ぽかぽかの陽だまりでごろんと寝そべりながら、のんびりと見守っていた。そのお腹ではシロがもふもふの毛に埋まるようにして丸くなり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「シロ先輩は流石のマイペースだな」
視線の先では平和な鬼ごっこが再開していた。猫達が逃げ、チョコを乗せたウォーゼルが追いかける。
「ウォゼ、あっち! もっとはやく、はやく!」
首の毛皮を掴んで指示を出すチョコは、まるで馬の背に跨る騎手のようだ。
だがおかしい。楽しそうに逃げ回っているのはルルトとタマさん、パルドだけ。
「またショコラがいないな」
と思ったら、アルバスの尻尾にぺしぺしとネコパンチを叩き込む狼藉者がいる。奇襲失敗の照れ隠しか、それともただ遊んでほしいだけなのか。
アルバスは黙って尻尾を動かしてみる。まるで子猫を遊ばせる親猫のようにゆっくりと、時には激しく、シロの眠りを邪魔しない程度に。
暫くそうして遊んでいると――
「助けてぇー!」
ルルトの悲痛な声が、草原に響き渡った。
(すごいすごい、猫の体ってこんなに軽いんだ!)
猫状態にすっかり慣れたルルトは、タマさんにも負けない身軽さで草原を駆け回る。パルドと競争して廃墟の壁をぴょいぴょいっと駆け上がり、崩れかけた屋根の穴もぴょいっと飛び越え、着地だってお手のもの。
「あの木のてっぺんまで競争だよ!」
だが調子に乗りすぎた。
「うわぁ、良い眺め!」
なんて弾んでいた気分は、いざ降りようとした途端にぺっちゃんこ。登ったは良いが降りられない、猫あるあるだ。
「ルルト、どうした?」
先に降りたパルドが不思議そうに見上げて来る。
「パルド、怖くなかったの? だってこんなに高いんだよ?」
「ん? そういや夢中で気付かなかったけど、すごいとこまで登ったな!」
けれど気付いてしまえばもう無理だ、尻尾がきゅんと丸まって一歩も動けない。
だがその時、黄金に光る毛玉が颯爽と登場! 幹をがしがし登ってルルトの首根っこを咥えると、華麗に駆け降り救助完了!
「ルルト、大丈夫か?」
「ありがとアルバス、猫になってもやっぱり頼れる相棒だね」
感謝のすりすりが止まらない、けれど気が付けば、アルバスの輝く長毛が枯れ草や草の種だらけになっていた。
「もしかしてこれ、ボクがアルバスにくっつけちゃった!?」
気付けば皆が枯れ草オバケ、そして始まる毛繕い大会。
綺麗になったらお昼寝をして、目が覚めたら……元に戻っているのだろうか。
でも、もう少しだけ。
柔らかな日差しに微睡みながら、もふもふ達は願うのだった。
「ん……今日も良い天気」
思い切り伸びをしながらそう声に出すと、どこかで猫の鳴き声がした。
「あれ、タマさんボクのとこにお泊まりだったっけ?」
首を傾げるとまた、にゃーん。しかもすぐ近くで。なのに姿は見えない。
「かくれんぼかな?」
にゃーん。
けれどそれは、タマさんの声とは微妙に違う。
(って言うかボクの声?)
耳には猫の声に聞こえ、頭ではヒトの言葉として理解している。この感覚には覚えがあった。
(あの時の不思議な夢と同じ……)
という事は、これも夢だろうか。
改めて部屋を見渡せば、天井がやたらと高く、家具も大きい。ベッドサイドにちょこんと座って自分を見つめるイイズナのシロも大きい。目の前にかざした両手は、はちみつ色のクリームパン。
「ボク、また猫になってるね」
「そのようだな」
シロの言葉もわかる。やっぱり魅惑の低音ボイスだ。
ルルトはベッドから身軽に飛び降りて鏡の前に立つ。そこにはシロよりは大きいけれど猫としては小柄な、はちみつ色の被毛に緑色のくりくりとした大きな瞳を持つ「もふなる者」の姿が映っていた。
「そっか、ボクこんな猫になるんだね」
以前の夢では自分の姿をじっくりと見る機会もなかったけれど、こうして見るとなかなかの美猫だし、若草色の首輪が我ながら良く似合う。
その時、戸口の猫用ドアからするりと黒い影が滑り込んで来た。
「ルルト、おはよう」
尻尾と手足の先だけが白い黒猫、可愛くて賢いタマさんだ。
その後ろから、豪華な金色の毛に包まれた青い瞳の猫になった、アルバス・ロウルが顔を出す――が、大きな体がつっかえて、それ以上は入れないようだ。
「おかしい、猫とは頭さえ入ればどんな狭い場所でも通り抜けられるのではなかったか!?」
前には進めず、かといって頭を引き抜く事も出来ず、文字通り抜き差しならない状況に陥ったアルバスに、タマさんがトコトコ近寄って鼻の頭をぺろりと舐める。
「アルバスはまだ猫の体に慣れてないんだね。でも大丈夫、タマさんが魔法の呪文を教えてあげるよ」
三つ指揃えて畏まったタマさんが厳かに言い放つ。
「猫は液体!」
途端にアルバスの体がふにゃりと脱力、にゅるりと猫ドアから滑り出て来た。
「おお、すごいな! ありがとうタマさん先輩!」
「ふふん、猫の事なら何でもタマさんに聞くといいよ」
キラキラの瞳で見つめられ、タマさんは得意げにヒゲをピンと伸ばし、長い尻尾をゆるりと振る。
その耳が、くるりと後ろを向いた。シロも何かを感じ取ったらしく、素早く窓辺の小テーブルに飛び乗る。カーテンの隙間から鼻先を突っ込んで窓枠を押すと、僅かに開いた隙間から風と共に聴き慣れた声が飛び込んで来た。
「ああ、いつもの変わった夢だな」
「うん、いつものだね」
ウォーゼルに起こされたパルドは、豹柄の黒猫になっていた。ウォーゼルは黒柴っぽい狼になっているが、驚きはない。年イチで不思議空間に飛ばされるのと同様、不思議な夢を見る事にもすっかり慣れっこになっていたのだ。
「おはよう、ウォーゼル」
パルドは盛大にゴロゴロ喉を鳴らしながら、ウォーゼルの首筋に頭をスリスリ擦り付けた。
「ん、おはようパルド」
お返しに頭でぐりぐりすると、パルドのゴロゴロ音は最高潮、スリスリも体ごとぶつかって来るような激しさに変わる。だがウォーゼルは狼、にゃんこの全身全霊体当たり的スリスリを受けても微動だにせず、綺麗なお座りの姿勢を保ったままでパルドの頭から背中までぺろりとひと舐め。するとパルドは「もっと!」とばかりに背中を突き出して来る。
ゴロゴロ、ゴロゴロ。爆音で響くその音は言葉よりも雄弁にパルドの心持ちを語る。自分でやる毛繕いは苦手だけれど、ウォーゼルにしてもらうブラッシングは気持ち良くて大好きだ。毛繕いはそれ以上に気持ち良くて、気持ち良すぎて、ついそのまま眠ってしまいそうになる。
だがどうにか踏ん張って、パルドはウォーゼルの首にがっしりと腕を回した。そのまま首筋をざりざりざりざり、猫舌で舐め返す。
「お返しだ、ウォーゼル」
その何とも仲睦まじい姿に、見守るギャラリーはさぞかしほっこり癒される事だろう。だが今この場で二匹を見守るのは、ウォーゼル大好きで独占欲強めな黒豹っぽい猫のショコラと、みんな大好きでいつもニコニコの黒柴みたいなミニコボのチョコ。
「パルド君、そこをどきたまえ」
言葉はクールにクレバーに、けれど感情は激しくライバル心を剥き出しに、ショコラはパルドとウォーゼルの間にぐいぐい体を入れて来る。
「もふもふ初心者の君がウォーゼル君の毛繕いなんて、百万年早いのだよ」
いつものブラッシングであれば譲りもしよう。だが毛繕いならば、その道のプロとしてこの場を譲るわけにはいかないのだ。
だが実力行使に出たショコラの頭は、パルドの肉球でぺしょんと押さえつけられてしまった。
「ショコラこそ喧嘩でオレに勝とうなんて百億万年早い」
それはまるで、やんちゃ盛りのワガママ子猫が親猫に悪戯を窘められているようで、何とも微笑ましい。
それを見たチョコが何を勘違いしたのか「チョコも! チョコもいれてー!」とすっ飛んで来る。
チョコはぺしょんとなったショコラをぽふぽふぎゅー、それから順番にパルドとウォーゼルももふーっ♪
そして唐突に始まるもふもふ大乱闘。絡み合い、じゃれ合う4つの毛玉、飛び散る抜け毛。とばっちりを受けて引き裂かれた枕の羽毛が舞い踊り、ウォーゼルのくしゃみが止まらなくなる。それを見てパルドのせいだと思い込んだショコラが再び飛びかかって秒でベッドに沈められ、傍らで跳ね回っていたチョコが何故かシーツでセルフ簀巻きになったところで騒ぎは一段落。
「腹減ったな」
「そういえば朝食がまだだったね」
チョコを救出しつつ、パルドとウォーゼルが顔を見合わせる。だがこの体では食事の用意など出来る筈もなく――
「タマさんなら良い感じの食堂とか知ってるんじゃないかと思って」
チョコを背に乗せたウォーゼルが窓の下で呼びかける。
「この手じゃ料理どころか戸棚を開ける事も出来ないからな」
ショコラと一緒に塀や庇の上を渡って来たパルドが窓から顔を出した。
「いらっしゃいパルド、ショコラ。ウォーゼルとチョコもおはよう!」
「やはり君達も猫になっていたのだな!」
ルルトとアルバスが窓を大きく押し開け、下で待つ二匹にも声をかける。
「言われてみれば確かに腹は空いたし食事は大問題だ。タマさん先輩、頼りにしているぞ!」
期待に応えて窓からひらりと飛び降りたタマさんは、一行の先頭に立って歩き出した。目印のように、長い尻尾をピンと立てて。
『あらタマさんにシロちゃん、今日はお友達がいっぱいだねぇ』
店先で一声鳴いたタマさんに、肉屋のおばさんは驚きながらも嬉しそうに全員分のご馳走を用意してくれる。
『ワンちゃん達も同じもので良いかい?』
そう言いながら差し出されたササミを、ウォーゼルは黙って口にした。
犬じゃなくて狼です、と伝えたくても今の彼には手段がないし、見た目はほぼ黒柴なのだから間違えられても無理はない。
(チョコも犬だと思われてるみたいだけど、まあいいか)
それにしても、猫や犬に食べさせるにしては、このササミは随分とモノが良い。そう思っていると、シロの渋い声が聞こえた。
「ここの人間は、我がきちんと躾けた。間違っても残飯など出さぬよう、肉食である我らに最適かつ健康的な食事を供するようにな」
具体的には、体に良くないものにはそっぽを向くという形で。ちなみに魚屋も同様に、煮干しや鰹節などは避けるように教育済みだった。
お腹がいっぱいになったら、次は運動の時間。もふもふ達は塀の上を歩いたり、柵の下を潜り抜けたり、よその庭を横切って時には犬に吠えられたり、集会を開いている猫達に挨拶したりと、リブラネスタの街を探検しながら郊外に広がる草原を目指す。
「うわぁ、ひろーい!」
ヒト目線でも広々とした草原は、猫目線で見ると果てしなく広かった。
「タマさん、行こ!」
ルルトはタマさんと一緒に枯れ草の中を駆けて行く。時折じゃれついて二匹で団子になったまま転げ回ったり、かと思えば突然ぱっと飛び離れて追いかけっこが始まったり。それをパルドが追いかけ、その後ろをチョコを背に乗せたウォーゼルが追いかけていた筈が、いつの間にかルルトに追いかけられていたり。
急ブレーキで反転し、ルルトに飛びかかろうとしたパルドの目の前に、草むらで待ち伏せていたタマさんが飛び出すと、驚いたパルドは背中の毛を逆立て両手両足を突っ張って後ろに飛んだ。そのままやんのかステップで可愛く脅すパルドの背後に、今度はウォーゼルの背中から飛び降りたチョコがもふっと抱きつく。
「パル大好きー! ショコも大好き! チョコ、みんな大好きー!」
だが、そこでふと気付いた。
「ウォゼ、たいへん! ショコいない!」
「そういえば、さっきから姿を見てないね」
「ショコ、まいご?」
チョコの両目にじわりと涙が浮かんだその瞬間、近くの草むらが音もなく動き、黒い塊が弾丸のように飛び出して来た。
「油断したねパルド君、今度こそ首は貰っ――」
「ショコいた! よかったぁー!!」
どすーん!
物騒な台詞と共にネコパンチを狙ったショコラは、チョコ渾身の体当たり@愛情表現によって吹っ飛ばされ、もふもふぎゅーされた。
「よかったねショコ、よかったよかったー」
この子がいる限り、きっとショコラの連敗記録は止まらない。でもそれで良いのだと、ウォーゼルはほわほわ思うのだった。
(ヤキモチもきっと、止まらないだろうけどね)
アルバスはその様子を、ぽかぽかの陽だまりでごろんと寝そべりながら、のんびりと見守っていた。そのお腹ではシロがもふもふの毛に埋まるようにして丸くなり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「シロ先輩は流石のマイペースだな」
視線の先では平和な鬼ごっこが再開していた。猫達が逃げ、チョコを乗せたウォーゼルが追いかける。
「ウォゼ、あっち! もっとはやく、はやく!」
首の毛皮を掴んで指示を出すチョコは、まるで馬の背に跨る騎手のようだ。
だがおかしい。楽しそうに逃げ回っているのはルルトとタマさん、パルドだけ。
「またショコラがいないな」
と思ったら、アルバスの尻尾にぺしぺしとネコパンチを叩き込む狼藉者がいる。奇襲失敗の照れ隠しか、それともただ遊んでほしいだけなのか。
アルバスは黙って尻尾を動かしてみる。まるで子猫を遊ばせる親猫のようにゆっくりと、時には激しく、シロの眠りを邪魔しない程度に。
暫くそうして遊んでいると――
「助けてぇー!」
ルルトの悲痛な声が、草原に響き渡った。
(すごいすごい、猫の体ってこんなに軽いんだ!)
猫状態にすっかり慣れたルルトは、タマさんにも負けない身軽さで草原を駆け回る。パルドと競争して廃墟の壁をぴょいぴょいっと駆け上がり、崩れかけた屋根の穴もぴょいっと飛び越え、着地だってお手のもの。
「あの木のてっぺんまで競争だよ!」
だが調子に乗りすぎた。
「うわぁ、良い眺め!」
なんて弾んでいた気分は、いざ降りようとした途端にぺっちゃんこ。登ったは良いが降りられない、猫あるあるだ。
「ルルト、どうした?」
先に降りたパルドが不思議そうに見上げて来る。
「パルド、怖くなかったの? だってこんなに高いんだよ?」
「ん? そういや夢中で気付かなかったけど、すごいとこまで登ったな!」
けれど気付いてしまえばもう無理だ、尻尾がきゅんと丸まって一歩も動けない。
だがその時、黄金に光る毛玉が颯爽と登場! 幹をがしがし登ってルルトの首根っこを咥えると、華麗に駆け降り救助完了!
「ルルト、大丈夫か?」
「ありがとアルバス、猫になってもやっぱり頼れる相棒だね」
感謝のすりすりが止まらない、けれど気が付けば、アルバスの輝く長毛が枯れ草や草の種だらけになっていた。
「もしかしてこれ、ボクがアルバスにくっつけちゃった!?」
気付けば皆が枯れ草オバケ、そして始まる毛繕い大会。
綺麗になったらお昼寝をして、目が覚めたら……元に戻っているのだろうか。
でも、もう少しだけ。
柔らかな日差しに微睡みながら、もふもふ達は願うのだった。