CHASE!

キャラクターノベル制作 STANZA納品 2021年02月16日 12時25分17秒

「どろぼーーーっ!!!」
 買い物客で賑わう街の通りに、ベアトリーチェ・カロッサの声が響く。
 その切羽詰まった声の響きに心が動いたのか、それとも障害物を軽々飛び超えながら犯人を追いかける、鬼気迫る姿に恐れをなしたのか――道行く人々は海を割る様に左右に分かれた。
 雑踏の中に突如として現れた真っ直ぐな道、その向こうにただ一人、背中を向けて走り去ろうとする小さな影が見える。
「待ちなさい!」
 待てと言われて待つ泥棒はいないと、わかっていてもつい口に出る。
 その声が届いたのか、泥棒はくるりと振り向くと「あっかんべー」をして、ついでに突き出した尻をポンポン叩いて挑発のポーズ。
「余裕じゃないの」
 ベアトリーチェの心に火がついた。
「アタシをシーフと知っての狼藉か! よろしい、ならば受けて立つ!」
 目標補足、疾風足オン!
 銀色の髪をなびかせ、ベアトリーチェは香ばしい風になった。


「せっかく知らない街に来たんだから、何も見ないで帰るなんて有り得ないでしょ!」
 その日、ベアトリーチェは依頼の帰りに寄り道を楽しんでいた。
 初めての景色に初めての匂い、初めての音、初めて出会う人々――初めてだらけの街は刺激に溢れている。
 どれもこれも、故郷の森に閉じ籠もったままでは想像することも叶わなかったものばかりだ。
 たまに危険な目に遭うこともあるけれど、それさえも刺激として楽しんでしまえる、ベアトリーチェはそんなお年頃だった。

 この街は大きな街道がいくつも交差する場所にあり、昔から交通の要衝として繁栄を誇っていた。
 中心部にある石畳の通りには、遠い異国から運ばれて来た珍しい雑貨や織物、食べ物やスパイスなどを扱う店がひしめき合い、いつも大勢の人で賑わっている。
 どの店の商品も、店の中に大人しく収まってはいない。通りにはみ出すのは当たり前、通行の邪魔になっても気にする人は誰もいないし、隣り合った店の境界さえ曖昧だ。
 道行く人々も買い物客ばかりではない。道幅いっぱいに出された縁台で何かのゲームに興じるオジサン達や、井戸端会議のオバサン達、通りを遊び場にしている子供達や、道の真ん中で堂々と寝そべっている猫――もう、そこは道と言うより細長い広場と言った方が良いかもしれない。
 そんな人々にぶつからないように、不意に現れる昼寝猫を踏まないように気を付けながら、ベアトリーチェは店を冷やかして歩いていた。
 ギルドの支所で報酬を受け取ったばかりだから、懐は温かい。
 けれど見るもの聞くもの全てが珍しく、欲しいものがありすぎて、油断するとあっという間に一文無しになってしまいそうだった。
(耐えるのよアタシ、この商店街を一周するまでは財布の紐はしっかり結んだままにしておくんだからね)
 ひとつだけ。一通り見て回って、どうしても心惹かれるものがあれば、ひとつだけ買うことを許す。
 そう心に誓って、財布の入ったバッグをぎゅっと抱きしめる。
 と、その鼻を何やら香ばしい匂いがくすぐった。
「何だろう、この匂い……すごく美味しそう!」
 匂いの元は、この街の名物「うニャ焼」の屋台だった。

「お嬢ちゃん旅行者かい?」
 鼻をヒクヒクさせていると、通りすがりのオバチャンが声をかけてきた。
「だったら解説してあげようかね!」
「あ、はい、お願いします」
 このオバチャン、手慣れている。きっと旅行者を捕まえて頼まれもしないガイドを買って出るのが生き甲斐なんだ――そう感じたベアトリーチェは素直に耳を傾けた。
「うニャ焼っていうのはね、ここで穫れる蛇みたいに細長い魚――うニャぎを捌いて串に刺して、炭火で香ばしく焼いたソウルフードさ」
 一口大に切ったうニャぎを一本の長い串に刺した様子は、一部の旅行者には「焼き鳥に似たもの」と言った方が理解が早いかもしれない。
「食べ方は塩とタレがあるけど、どっちもオススメだね」
 なお、うニャぎの語源は諸説あるが、猫の好物で「ウニャウニャ」言いながら喜んで食べる説と、「ウニャーッ」と飛びかかって強奪するほど好きだという説が有力だ。
「だからね、食べる時には猫に気を付けるんだよ」
「わかりました、ありがとうございます!」
 オバチャンに礼を言い、ベアトリーチェは屋台にまっしぐら。
 
「すみません、うニャ焼2本くださーい! 塩とタレで!」
 屋台の脇に置かれたベンチに座り、うニャ焼を両手に一本ずつ持って――
「ウニャーッ」
「来ましたね泥棒猫達!」
 うニャ焼の匂いに誘われ、どこからともなく集まって来る猫達。
 ちなみにこの猫達、屋台から直接奪っていくことも地元民を襲うこともない。狙われるのは決まって旅行者か、土地に不慣れな新参者だ。
「いやぁ、こいつらにもカモはわかるんだよねぇ」
 屋台の主人は笑いながら、団扇でうニャ焼をパタパタ扇いでいる。
「頑張れよ、お嬢ちゃん」
「大丈夫です、心の準備は出来ていますから!」
 ベアトリーチェは片手の塩焼きを高く掲げて猫達から遠ざけつつ、タレ焼にかぶりつく。
「美味しい……!」
 最初の歯触りはさっくりと、しかし中はほろほろと溶け崩れるような柔らかさ。
 噛むと甘辛いタレがじゅわっと滲み出て、香ばしい香りが鼻に抜けて行く。
 塩焼きの方は味付けがシンプルな分だけ素材の良さが遺憾なく発揮され、どちらも甲乙つけ難い美味さだ。
「これはキミ達が夢中になるのもわかるね」
 ウニャーウニャーと纏わり付く猫達にも少しだけお裾分けしながら、ベアトリーチェは2本のうニャ焼をあっという間に平らげる。
「これはお代わり待ったなし! すみませーん、もう1本……いえ、3本ずつ追加でお願いしまーす!」
「そう来ると思って焼いといたよ、ほい焼き立て」
「さっすが商売上手ですね!」
 ベアトリーチェがバッグから財布を出そうとした、その瞬間――

 財布が消えた。バッグごと。
「……え?」
 ベアトリーチェはうニャ焼を夢中で頬張る間にも、バッグのガードを忘れることはなかった。
 だが相手は、うニャ焼お代わりを切望する余りに訪れた、一瞬の気の緩みを見逃さなかったのだ。
「これは……プロの犯行!」
 などと感心している場合ではない。
「お嬢ちゃん、あいつだ!」
 屋台のオジサンが指さした方を見れば、走り去る人影の手には確かにベアトリーチェのバッグが!
「お代は後で払います!」
 ベアトリーチェはオジサンの手から焼きたてのうニャ焼を引ったくると、泥棒を追いかけ始めた。
 香ばしいうニャ焼の匂いを振りまきながら――


「げっ、早っ!?」
 泥棒の少年は、ベアトリーチェの急加速を見て思わず声を上げた。
 引ったくりの常習犯として、彼もそれなりに足に自信はある方だが、こんなに速い相手は初めてだった。
「面白いじゃん、ちょっと本気出そ……いてっ!?」
 再び走り始めた少年の背に何かが突き刺さる。
「何だ!?」
 立ち止まって確かめたいが、その余裕はない。
 構わず走り続ける背中にもう一発。少しチクッとするだけで本気で痛くはないが……
「何だよこれ!? あいつが投げてんのか!?」
 その声に応えて、ベアトリーチェが一言。

「うニャ焼ダーツです」

 解説しよう! それはうニャ焼の串を投げて服に突き刺すという、厚着する時期に便利な人畜無害のマーキングアイテムである!
 ただしコメディ時空でしか通用しないので過信は禁物だぞ!

 香ばしい匂いでマーキングは完璧!
 さあ、覚悟しなさい!

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0