破滅への足跡
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2025年01月29日 13時42分47秒
これは、あるかもしれない歴史であり、あったかもしれない未来である――――。
剣戟と怒号。悲鳴と怨嗟。
天井が暗闇で見えないほど高く巨大なホールには、絶えず騒乱の音が響きわたっている。
「ヒルルクさん、ここはもう持たない! 急いで撤退するんだ!」
慣れない剣を取り背後で負傷者を癒している少女をかばうハーヴィは、最も濃い血の匂いがする方角を睨め付けながら声をかけた。
「馬鹿なこと言わないで! ここであいつらを止めないでどうするのっ!」
「……前線は崩壊してる。ここで”敵”を押さえるのは無理だよ。それは君だってわかってるはずだ」
「そ、そんなのやってみないと分からないでしょっ!」
「わかるよっ!」
怒りと焦燥を刻み込んだ少女――ヒルルクに、ハーヴィは声を荒げ、振り返る。
一瞬驚いたような表情を見せた彼女は、すぐに瞳に怒りを灯し、睨み返してきた。
あれだけ艶やかだった彼女の頬は血と砂塵でボロボロ。そこには数えきれないほど流した涙が、消えない跡となってこびりついている。
今すぐにでも拭ってあげたい。だけど、そんな暇もないほど僕たちは追い詰められ、疲弊している。
だからせめて僕くらいは笑ってあげよう。
ずっとそう思って彼女に接してきたのに、また僕は声を荒げてしまった……。
「ごめん……僕だってこの先の大地がヒルルクさんにとってどれだけ大切な場所なのかはわかってるつもりだよ。だけど僕はそれをわかった上で撤退を進言してるんだ」
「何もわかっていないじゃない! あなたはあんな奴らに極北を……征竜さまのいらした場所に土足で踏み入らせろっていってるのよっ……!」
「……うん、そうだね。その通りだよ」
「なっ!? み、見損なったわ! あなたは……あなただけはわたしの味方だと思ってたのに!」
「僕はいつでも君の味方だよ。それはずっと変わらない」
「嘘ばっかり!」
ハーヴィが伸ばした手を振り払い、激情のままに睨みつけるヒルルクの瞳には、深い怒りと悲しみが色濃く現れている。
征竜がこの世界から姿を消したあの時、置き土産だとでもいうのか、征竜は彼女の記憶を奪っていった。それは人の心を微塵も理解しなかった征竜が残した一握の優しさ……だったのかもしれないと、今では思う。だけど、彼女は……ヒルルクさんはそんな征竜の想いを受け入れようとはしなかったんだ。そのまま全てを忘れる事も出来たはずなのに、彼女は……”復讐”を選んだ。
「……僕の言葉が信じられないのなら、信じなくてもいい。でも、このままここに固執していれば、確実に全滅する。君はそれでいいの?」
「いいわけないっ! でも……この先は……!」
わかっているはずなのに決断できず、ただ拳を震わせる彼女の向こうでは、今も怒声と悲鳴が絶えず鳴り響く。
「ヒルルクさんは征竜様の意志を継ぐんでしょ? 征竜様の仇を討ち、征竜様が見守ってきた世界を護る。それがヒルルクさんの……『征竜の巫女』の役目なんじゃないの?」
爪が食い込み血が滲む彼女の手を、僕は優しく包み込んだ。
ああ、僕はなんて罪深いのだろう。
彼女の傍にいると、彼女の支えになると豪語しておいて、彼女が破滅へと向かうのを止められずにいる。あまつさえ地獄への水先案内人を務めようとさえしている。
彼女を護る為に、彼女を追い込む……矛盾塗れの存在が今の僕だ。
僕に彼女を止める事ができない。
僕は……彼女に耳障りの良い言葉を並べ立てるだけの、ただの”彼女の味方”でいる事しかできない。
「いいかいヒルルクさん。征竜様の仇を取るためにも、ここは退かないといけない。でも、ただ退くわけじゃないよ」
「え……?」
「僕たちは、極北の地に”敵”をおびき寄せるんだ」
「だから、それは――――って、おびき、寄せる……?」
「うん。”敵”の本当の狙いは征竜信徒の皆じゃない、君だ。だからこそ、君は囮になるんだよ」
「わたしが、囮に……?」
「そう。このままじゃ、信徒の皆は確実に全滅するだろう。でも、仇を取るためには彼らの力は絶対必要だ。今ここで、彼らを失うわけにはいかないんだよ。だからこそ、ヒルルクさんが囮になって”敵”を引き付けるんだ」
「それで極北に逃げろ……いえ、誘導するっていうのね。でも、おびき出したからって……勝てる、の?」
「僕たちが勝つ必要なんてないんだよ」
「え……?」
「ほら、極北には僕たちの強い味方がいるじゃないか」
「味方? そんなのいるわけ……」
そう呟きかけて、彼女は気付いた。
「極北の自然……あの生きとし生けるものにとって過酷過ぎる自然が味方だって、あなたは言いたいの……?」
「ご明察。あの大地は授恵者ですら容易に命を落とすくらい過酷な世界だ。一般人が主体の”敵”なんて、数がいたって脅威じゃない」
「確かにそれは……で、でも! 信徒の皆はどうするのよ。このまま放っておくなんてできないわ!」
「そこは安心して。巨人族に匿って貰えるようにお願いしたから」
「え……? な、なんで巨人族が今になって、わたしたちの味方をするのよ。わたしがあれだけ協力を求めても、絶対に首を縦に振らなかったのに!」
「うん、そうだね。でも彼らが少なからず征竜様に恩義があるのは確かだ。だから、ちょっと『お話』をしたんだよ。そうしたら、ね」
「い、いったいどんな話をしたの……?」
「それは企業秘密♪ ただ、戦闘の協力は得られなかった。あくまで信徒を匿うだけだって」
「そう……なんだ」
僕の言葉にホッと胸をなでおろす彼女。
そんな彼女の顔を見て、僕の胸はちくりと痛んだ。
巨人族は確かに征竜へ恩義がある。だけど、その恩義は一族の存亡をかけるほどのものではないんだ。だから、彼らは僕たちに手を貸さず静観を決めている。そんな彼らが、利敵行為を行うはずはないんだよ。
それでも、僕は耳障りの言い言葉を並べた。
彼女を危険から遠ざけるために……彼女を生かす為に――――。
「ああ、征竜さま、あなたの威光がこんな所にまで……」
僕の言葉を信じたのか、あれだけ険しかった彼女の表情が目に見えて緩んでいる。
彼女は今、目に涙をためている。それは哀しみや怒りの涙じゃなくて、嬉し涙だ。
――――まだ、そんな表情ができるんだね。
僕がいくら望んでも無理だったものが、こんなにも簡単に出来てしまう。
そうだ、僕は嫉妬しているんだ。彼女が心から敬愛する”征竜”に――――。
「巨人族が相手じゃ、”敵”も手を出せないと思う。だから、皆の事は彼らに任せて僕たちは先に進もう」
ようやく見つけたかすかな光に、ほんのわずかだけど彼女の顔に生気が蘇る。
これ以上、彼女の心が壊れてしまわない様に、僕は細心の注意を払って言葉をかけた。
「うん、わかった。わたしは極北に行くわ」
返ってきたのは彼女の決意に満ちた言葉。
そして、ほんの少しの笑顔。
僕はそんな彼女の感情に応えるように、笑顔でうなずいた。
「……ヒルルクさん。君は生きなきゃいけない」
「え? ハーヴィ、今何か言った?」
「うん? 何も言ってないけど……もしかして空耳でも聞こえた?」
「空耳……だったのかしら?」
「それとも、耄ろ……ごめん、なんでもないです。そんな事より行こう。勝つために!」
「うんっ!」
少し血色の戻った彼女の手を引き、僕は極寒の地へと続く巨大な扉を潜ったのだった――――。
剣戟と怒号。悲鳴と怨嗟。
天井が暗闇で見えないほど高く巨大なホールには、絶えず騒乱の音が響きわたっている。
「ヒルルクさん、ここはもう持たない! 急いで撤退するんだ!」
慣れない剣を取り背後で負傷者を癒している少女をかばうハーヴィは、最も濃い血の匂いがする方角を睨め付けながら声をかけた。
「馬鹿なこと言わないで! ここであいつらを止めないでどうするのっ!」
「……前線は崩壊してる。ここで”敵”を押さえるのは無理だよ。それは君だってわかってるはずだ」
「そ、そんなのやってみないと分からないでしょっ!」
「わかるよっ!」
怒りと焦燥を刻み込んだ少女――ヒルルクに、ハーヴィは声を荒げ、振り返る。
一瞬驚いたような表情を見せた彼女は、すぐに瞳に怒りを灯し、睨み返してきた。
あれだけ艶やかだった彼女の頬は血と砂塵でボロボロ。そこには数えきれないほど流した涙が、消えない跡となってこびりついている。
今すぐにでも拭ってあげたい。だけど、そんな暇もないほど僕たちは追い詰められ、疲弊している。
だからせめて僕くらいは笑ってあげよう。
ずっとそう思って彼女に接してきたのに、また僕は声を荒げてしまった……。
「ごめん……僕だってこの先の大地がヒルルクさんにとってどれだけ大切な場所なのかはわかってるつもりだよ。だけど僕はそれをわかった上で撤退を進言してるんだ」
「何もわかっていないじゃない! あなたはあんな奴らに極北を……征竜さまのいらした場所に土足で踏み入らせろっていってるのよっ……!」
「……うん、そうだね。その通りだよ」
「なっ!? み、見損なったわ! あなたは……あなただけはわたしの味方だと思ってたのに!」
「僕はいつでも君の味方だよ。それはずっと変わらない」
「嘘ばっかり!」
ハーヴィが伸ばした手を振り払い、激情のままに睨みつけるヒルルクの瞳には、深い怒りと悲しみが色濃く現れている。
征竜がこの世界から姿を消したあの時、置き土産だとでもいうのか、征竜は彼女の記憶を奪っていった。それは人の心を微塵も理解しなかった征竜が残した一握の優しさ……だったのかもしれないと、今では思う。だけど、彼女は……ヒルルクさんはそんな征竜の想いを受け入れようとはしなかったんだ。そのまま全てを忘れる事も出来たはずなのに、彼女は……”復讐”を選んだ。
「……僕の言葉が信じられないのなら、信じなくてもいい。でも、このままここに固執していれば、確実に全滅する。君はそれでいいの?」
「いいわけないっ! でも……この先は……!」
わかっているはずなのに決断できず、ただ拳を震わせる彼女の向こうでは、今も怒声と悲鳴が絶えず鳴り響く。
「ヒルルクさんは征竜様の意志を継ぐんでしょ? 征竜様の仇を討ち、征竜様が見守ってきた世界を護る。それがヒルルクさんの……『征竜の巫女』の役目なんじゃないの?」
爪が食い込み血が滲む彼女の手を、僕は優しく包み込んだ。
ああ、僕はなんて罪深いのだろう。
彼女の傍にいると、彼女の支えになると豪語しておいて、彼女が破滅へと向かうのを止められずにいる。あまつさえ地獄への水先案内人を務めようとさえしている。
彼女を護る為に、彼女を追い込む……矛盾塗れの存在が今の僕だ。
僕に彼女を止める事ができない。
僕は……彼女に耳障りの良い言葉を並べ立てるだけの、ただの”彼女の味方”でいる事しかできない。
「いいかいヒルルクさん。征竜様の仇を取るためにも、ここは退かないといけない。でも、ただ退くわけじゃないよ」
「え……?」
「僕たちは、極北の地に”敵”をおびき寄せるんだ」
「だから、それは――――って、おびき、寄せる……?」
「うん。”敵”の本当の狙いは征竜信徒の皆じゃない、君だ。だからこそ、君は囮になるんだよ」
「わたしが、囮に……?」
「そう。このままじゃ、信徒の皆は確実に全滅するだろう。でも、仇を取るためには彼らの力は絶対必要だ。今ここで、彼らを失うわけにはいかないんだよ。だからこそ、ヒルルクさんが囮になって”敵”を引き付けるんだ」
「それで極北に逃げろ……いえ、誘導するっていうのね。でも、おびき出したからって……勝てる、の?」
「僕たちが勝つ必要なんてないんだよ」
「え……?」
「ほら、極北には僕たちの強い味方がいるじゃないか」
「味方? そんなのいるわけ……」
そう呟きかけて、彼女は気付いた。
「極北の自然……あの生きとし生けるものにとって過酷過ぎる自然が味方だって、あなたは言いたいの……?」
「ご明察。あの大地は授恵者ですら容易に命を落とすくらい過酷な世界だ。一般人が主体の”敵”なんて、数がいたって脅威じゃない」
「確かにそれは……で、でも! 信徒の皆はどうするのよ。このまま放っておくなんてできないわ!」
「そこは安心して。巨人族に匿って貰えるようにお願いしたから」
「え……? な、なんで巨人族が今になって、わたしたちの味方をするのよ。わたしがあれだけ協力を求めても、絶対に首を縦に振らなかったのに!」
「うん、そうだね。でも彼らが少なからず征竜様に恩義があるのは確かだ。だから、ちょっと『お話』をしたんだよ。そうしたら、ね」
「い、いったいどんな話をしたの……?」
「それは企業秘密♪ ただ、戦闘の協力は得られなかった。あくまで信徒を匿うだけだって」
「そう……なんだ」
僕の言葉にホッと胸をなでおろす彼女。
そんな彼女の顔を見て、僕の胸はちくりと痛んだ。
巨人族は確かに征竜へ恩義がある。だけど、その恩義は一族の存亡をかけるほどのものではないんだ。だから、彼らは僕たちに手を貸さず静観を決めている。そんな彼らが、利敵行為を行うはずはないんだよ。
それでも、僕は耳障りの言い言葉を並べた。
彼女を危険から遠ざけるために……彼女を生かす為に――――。
「ああ、征竜さま、あなたの威光がこんな所にまで……」
僕の言葉を信じたのか、あれだけ険しかった彼女の表情が目に見えて緩んでいる。
彼女は今、目に涙をためている。それは哀しみや怒りの涙じゃなくて、嬉し涙だ。
――――まだ、そんな表情ができるんだね。
僕がいくら望んでも無理だったものが、こんなにも簡単に出来てしまう。
そうだ、僕は嫉妬しているんだ。彼女が心から敬愛する”征竜”に――――。
「巨人族が相手じゃ、”敵”も手を出せないと思う。だから、皆の事は彼らに任せて僕たちは先に進もう」
ようやく見つけたかすかな光に、ほんのわずかだけど彼女の顔に生気が蘇る。
これ以上、彼女の心が壊れてしまわない様に、僕は細心の注意を払って言葉をかけた。
「うん、わかった。わたしは極北に行くわ」
返ってきたのは彼女の決意に満ちた言葉。
そして、ほんの少しの笑顔。
僕はそんな彼女の感情に応えるように、笑顔でうなずいた。
「……ヒルルクさん。君は生きなきゃいけない」
「え? ハーヴィ、今何か言った?」
「うん? 何も言ってないけど……もしかして空耳でも聞こえた?」
「空耳……だったのかしら?」
「それとも、耄ろ……ごめん、なんでもないです。そんな事より行こう。勝つために!」
「うんっ!」
少し血色の戻った彼女の手を引き、僕は極寒の地へと続く巨大な扉を潜ったのだった――――。