トロッコは坑道を駆ける
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2024年12月31日 09時02分20秒
●トロッコは坑道を駆ける
サウゼル大樹海。
季節は冬。各所ではそこそこ寒さが到来しているらしいが、この辺りはそこまで寒くはない様だ。
そんな森の某所。ゴールディ郊外。そこに【ストレガ・L・リベルガストラ】の工房がある。
工房の中では、紋具を動力とした炬燵に入りながらストレガがくつろいでいた。のんびりと本を読みながら、助手の青年【レゼル】がむく蜜柑を食べていた。
「うむ、中々に美味しいのだー。やはり蜜柑と炬燵は最強」
「よく言ってますよね、それ。やっぱりシャルガネ関連なんですか?」
新たな蜜柑をむきながら、レゼルは自分もいくつか小分けにした実を口に放り込みストレガに聞いてみた。
するとストレガは読んでいた本【古代からあげの秘宝・愛蔵版】から目を離し、レゼルの方を見る。
「ふふふ、シャルガネと炬燵……そして蜜柑は切っても切れない話があるのだ。それは――」
レゼルはしまった、と思った。こうなったストレガはしばらくシャルガネ語りが止まらない。しばらく気が済むまで聞くか、別の関心ごとができれば止まるのだが。
彼女があまりにも楽しそうに話すので、レゼルはついつい聞き入ってしまう。それで一日が終わることも稀にあるのだ。
ストレガの語りが興に乗り、ある獣を追ってシャルガネ方面へ向かった話に差し掛かった時、扉をノックする音が聞こえた。
立ち上がろうとしたレゼルを制し、ストレガが先に立つ。扉の方へ向かい、ストレガが扉を開けた。
すると、そこには肩を負傷した男性が立っている。血の気はなく、一刻を争う事態にも見えた。
「少年、彼の手当てを。歩けるのだ?」
「う、問題ない。それよりも、手を借りたい、このままじゃ……む、娘が……っ!」
そこまで言った段階で男性はがくっとその場に膝をついてしまう。よく見れば背中にも大きな刺し傷があり、真新しいもののようだ。傷口からみると、それは魔獣によるものだろう。
レゼルに肩を貸してもらい、居間まで行くと男を横たえ手早くレゼルは応急処置を行っていく。こういう時の為、彼は簡単な治療程度は使えるようになっていた。
止血し応急処置を施して男が少々落ち着くまで待ってから、話を聞いた。
「……俺は旅の傭兵で【ゼクト】っていうんだが、ある村でブラッドマンティスの討伐依頼を受けたんだ。娘の【アイリナ】と一緒にな。あいつは弓を使うんだが、ちょっとしくじってな。奴らの巣に落ちていってしまった。すぐに後を追おうと思ったんだが、隠れていた奴らの一匹に不意打ちを受けてこのざまだ。傭兵が、ざまぁねえよな」
自嘲するように笑うと、ゼクトは立ち上がろうとした。しかし足はふらつき、そのまま再び膝をついてしまう。レアスは彼に駆け寄った。
「放せ、俺は行かないと……!」
「まだ無茶ですよ、応急処置をしたとは言え、傷が完全に治ったわけじゃないんですから……!」
「逸る気持ちはわかるが、ここは私に任せるのだー。それに真面に動けないのでは足手まとい、助けられるものも助けられなくなるのだ。傭兵なら、わかるのだ?」
それだけ言うとストレガは外套をばさっと羽織り、入口へと向かう。レアスは薬湯の準備をしているようだ。
悔しそうにしながらゼクトは頭を下げた。彼の目から涙が流れる。
「すまねぇ、報酬は上乗せで俺からも払わせてもらう。だから頼む、傭兵がこんなこと頼める義理じゃないが……娘を、アイリナを……助けてやってくれ、たった一人の、娘なんだ」
背を向けたまま、ストレガは手だけ振り返す。
「ちょうど、ブラッドマンティスの素材が欲しかったからついでに狩りに行くだけなのだ。気に病むことはない。では、任せたのだ」
「はい、こっちは任せてください。どうか、お気をつけて」
工房を出て、ゼクトから聞いた巣の地点へと向かう。
走りながらストレガは周囲の小型魔獣がおらず、草木も妙に荒れていることに気が付いた。それはブラッドマンティスの巣に近づけば近づく程に顕著になっていく。
「ふむ……普通のブラッドマンティスではないかもしれないのだ。行動パターンが当てはまらない」
ストレガが知っているのは通常種のブラッドマンティスで、それらは巣を中心に行動する。巣からは滅多に出ず、周囲の植物などには興味を示さない。なぜならブラッドマンティスは肉食だからだ。
巣に近い場所でストレガは足を止めた。草むらに転がっている何かを発見したようだ。
しゃがんで草むらからそれを引きずり出す。それはブラッドマンティスの食い散らかされた上半身だった。傷跡は乾いており、直近の物ではない。
「共食いの習性もあるが、食い残すのは理解できないのだ。出産の為のエネルギー確保ならば、しっかりと全て食べるはず……?」
ブラッドマンティスは普通のカマキリと同じように、出産前にオスを食べてしまう性質がある。それは種の保存の為であり、自然界の摂理のようなものだ。
だがこの死体は遊んだように切り刻まれており、かじったのもまるで“一口だけ食べて”飽きたかのようにも見える。ブラッドマンティスは通常、そのようなことはしない。
「……となると、思い当たるのは――特異個体か」
稀に発生する特異個体。それらは通常種を圧倒的に超える能力を持つ。
その過程で行動が変化したり、習性が変わったりすることも少なくはないのだ。
「気を引き締めて向かわねばならないのだ。相手が特異個体だとすれば、だが」
特異個体の能力は様々だが、通常種よりも強力な場合が多い。下手を打てば、彼女でも危うい事態になりかねない。
それ故に、ストレガは急ぎつつも慎重に歩みを進めていく。今回は、仲間が複数いるわけではない。彼女一人なのだ。
その状況下で救出対象は巣の中。場所は不明で、生死も不明。普通に考えれば、特異個体のいる魔獣の巣の中で無事だとは思えない。
「――最悪でも、死体は回収せねば」
娘を目の前で救えなかった父親にしてみれば、死体や痕跡もなしでは納得はできないだろう。現実を受け入れるにも証は必要だ。
生存していると仮定するならば、救出は早急に行うべきだが巣の中に何体いるかもわからない状況では突撃するわけにもいかないだろう。
ストレガはまず、巣を発見すると草むらの中に身を隠し巣の周囲を注意深く観察した。相手の方が多いならば無駄な戦闘は避け、潜入するのが好ましいからだ。
第一に巣の深さも不明な為、最悪の場合は一旦撤退することも彼女は視野に入れていた。これは冒険家業で培った経験則のようなものだ。
巣の周囲を徘徊しているのは通常種のブラッドマンティスが二体。警戒している様子はなく、一定のコースを歩き回って警備しているだけのようだ。
通常種といえども、彼らブラッドマンティスは大柄な男性ほどの身体を誇り、その腕の鎌刃の一撃は鋼鉄すら切り裂くという。返り血のように赤いボディがその名前の由来だ。
注意深く観察したストレガは二体が目を離す一瞬の隙に巣の入口へと近づいた。物陰に身体を滑り込ませる。外のブラッドマンティスに気づかれた様子はない。
そのまま、息を殺して洞窟型になっている巣の坂道を下っていく。道幅は狭く、ここで出くわしたのならば最悪の状況となるだろう。
出合頭にならないよう祈りながら、ストレガは坂をどんどん下へ、下へと下っていく。
三分ほど下った所で少々広くなったエリアが見えてきた。鍾乳石の陰へと身を隠し、先を伺う。隠密系のスキルを所持していない彼女では少しの油断が発見につながってしまう。行動には細心の注意が必要だった。
「……何もいない、のだ?」
ストレガの予想に反し、そのエリアにブラッドマンティスの姿はない……いや、生存している個体がいないとでも言えばいいだろうか。
辺りには通常種のブラッドマンティスが二、三体転がっている。それも矢を数本受けており、頭部も見事に撃ち貫かれていた。
「鎌刃を矢で折り、足を封じて頭部を一撃。慣れているのだ、多数との戦闘に」
生存していないかもしれない、という予想を彼女は改めた。傭兵だけあって、アイリナは十分な生存能力があるようだ。
それから巣を進むのは簡単だった。転がっている死体を追いかけていけばいいのだから。
とはいえ、まったく出くわさないということでもないようで、通路から顔を出したブラッドマンティスに出合い頭の一撃を撃ち込んだ。
がくっと体勢を崩したブラッドマンティスはほぼ本能のままに鎌刃を振り回すがストレガには当たらない。
体の周囲に浮遊させた光弾を雨のように撃ち込み、ストレガはブラッドマンティスは沈黙させる。
「以外にもしぶといのだ。やはり、頭部を狙うべきか……」
そんなことを考えながら歩いていると、少々周囲に転がっている死体の雰囲気が変わってくる。
矢が撃ち込まれた様子が無くなり、刃による斬撃痕が増えているのだ。切断された腕や足も多く転がっていた。
「矢を拾う様子もない。撤退戦をしているのだ」
数を減らしつつ、後退する。それは傭兵の戦術の一つであり、自分側が不利な場合に行う一手だ。アイリナはかなりの数に追われているものと推察された。
それから通路を少し進むと、真新しい血痕が点々と続いている。どうやらアイリナは負傷したらしい。とはいえ、すぐに死ぬような出血量ではない。
だがこんな魔獣の巣で血の匂いをさせるということは……更なる増援を呼ぶことに他ならない。ストレガは足の速度を速めていく。
突き当りを曲がった所で、ブラッドマンティスたちの死体の上に座るようにして壁に背を預けた少女がいた。彼女は殺意のこもった目でストレガを見て、折れた刃を構えている。
ストレガは両手を上に上げると敵対の意思がないことを示した。すると、少女……アイリナもまたふうっと息を吐く。
「敵ではないようね? もう、驚かさないでよ。そんな格好しているから、てっきりブラッドマンティスの親玉かと」
「あれらを操る術があるなら知りたいぐらいなのだ。で、アイリナで相違ないのだ?」
見れば、彼女は右足を負傷していた。鎌刃で裂かれたのだろう、血が流れブーツが赤く染まっている。服の裾を破って止血はしたようだが歩けるような状態ではない。
「なんであたしの名前を知ってるのよ、魔法使いさん?」
「ゼクト……アイリナの父君から依頼を受けたのだ。助けて欲しいと。肩を貸すから歩けるのだ?」
「問題ないわ。あれ、でもなんでお父さんは自分で来てないの? 怒り心頭でぶっこんでくるかと思ったんだけど」
アイリナに肩を貸して立ち上がらせると、ストレガは軽く説明をする。
ゆっくりと歩きながら、アイリナはストレガの話を聞いているようだ。
「あはは、油断して後ろから一撃受けるとか、お父さんもまだまだよねぇ。でも、無事で良かった」
「応急処置はしたし、安静にしてれば問題はないのだ」
肩を貸して歩きながら、アイリナはぽつぽつと話し始める。
それはゼクトとアイリナがなぜこの依頼を受けたかの理由だ。
「実はね、ここは大昔に坑道だったらしいの。それで、金目の物でも巣を片付けるついでにあればなぁって思っちゃってさ」
「なるほど。廃坑道なら何か残ってる可能性はあるのだー。とはいえ、この状況では探すわけにもいかないが」
「そうね、十分な準備をしてからもう一度挑もうと思ってるわ。大体、逃げてる間にここの地形は理解したから。きっと地図だって書けるわよ。ま、今は道具持ってないから無理だけどね」
そんな話をしていると、背後から地響きのような音が聞こえてきた。ストレガは何の音かと振り返ろうとしたが、アイリナはそれを止める。
「やばいのが来たわよ! ここの親玉、ブラッドマンティスの特異個体! でっかいし、とにかくやばいの! 早く逃げなきゃっ!」
「救出するのが依頼で、倒すのはついでなのだ。ならば……おまえのあしはうごかない!」
音を頼りにストレガはブラッドマンティスに先手を打って、足絡之呪を放つ。鎖に繋がる青藍に光る錨がまっすぐに背後の通路先へと伸びた。
すると彼女たちの背後から顔を出した、通常種よりも数倍は大きい巨大なブラッドマンティスへと錨が突き刺さる。その瞬間、魔力の鎖がブラッドマンティスの足に絡みついた。
「凄いじゃないっ! あいつ、動き難そうにしてるわよ! 今のうちに、あの通路の先へ!」
「わかったのだ、あっちに走るのだーっ」
アイリナを抱えて、ストレガは駆けだす。行動阻害の効果はあれど、いずれ特異個体のブラッドマンティスは追いかけてくるだろう。今のうちに何とか距離を稼いでおきたかったのだ。
「あんた、もしかして授恵者なのっ!? 身体能力が違うとは聞いてたけど、魔法使いっぽいのに力あるのね?」
「このぐらい、どうってことないのだ。いいからしっかり掴まっているのだ!」
「わかったわ、デカマンティスに追いつかれないようにね!」
「なんなのだ、その名前は?」
「特異個体のブラッドマンティス、じゃ言い難いでしょ、だからデカマンティス。わかりやすくてよくない?」
「それは確かに」
抱える状態から背負う状態に変えると、ストレガは走りやすくなったのか速度が上がった。後方では岩を崩す音と共に地響きが近づいてきている。
しばらく走ると古びた扉が見えてきた。どうやら朽ちていたらしい木の扉を蹴破ると、ストレガとアイリナはその中へと転がり込んだ。
中は埃だらけだったが、古いレールが遥か先まで伸びている。ここは鉱石を運び出す通路だったようだ。レールの始まりには古いトロッコがある。何とか二人でも乗れそうだった。
「これを使えば外に出られそうなのだ。アイリナ、中へ」
「わかってる! ちょっと使えそうなものを……あ、まだこれなら使えそうね」
埃を被った箱の中を漁ると、かつての護身用だったのだろう、古い矢が少しだけ見つかったようだ。アイリナは背負っていた矢筒にそれをしまうと、ストレガが乗ったトロッコに乗る。
ストレガがアイリナの乗車を確認し、固定用のレバーを離した途端にトロッコはゆっくりと走り出す。それと同時に壁をぶち破ってブラッドマンティス改めデカマンティスが現れた。
デカマンティスはけたたましい咆哮をあげると、イラついたように鎌刃を振り回しながら迫ってくる。
「そこでじっとしているといいのだ!」
再び、ストレガは足絡之呪を放った。錨が突き刺さり、魔力の鎖がデカマンティスの足をからめとった。動きが完全に止まったわけではないが、かなり動きづらそうだ。
走り出すトロッコの中で弓を構えると、アイリナが一射する。まっすぐに飛んだ矢がデカマンティスの首、甲殻の隙間へと突き刺さった。
「ちっ、やっぱり古い矢じゃ傷が浅いわね」
「動きを止めつつ、トロッコを走らせるしかないのだ。まさにタイミング勝負」
そうしているうちにトロッコは速度が乗っていき、かなりのスピードで走り出す。ぎゃぎゃぎゃっとレールを軋ませながらトロッコは走った。
「グルゥウアアアア!」
足を広げ、壁を伝う様にしてデカマンティスは背後から彼女たちを猛追してくる。レールや岩などお構いなしにめちゃくちゃに破壊しながら。
「ひぃいい!? やばいって! もっとスピードでないの、このトロッコ!」
「無理なのだ、後はあいつを遅らせるしか……ないのだ!」
鎌刃を振り回し、猛進してくるデカマンティス目掛け、ストレガは足絡之呪を放った。鎖による移動阻害がかかり、デカマンティスの速度が大幅に減速する。
そのタイミングに合わせ、連続でアイリナが矢を放つ。矢は吸い込まれるようにデカマンティスの足の付け根に刺さった。
「矢が尽きちゃった! あ、ねえ、あれ撃って! 早く!」
アイリナが指を差す所にはひびが入った天井が見える。ストレガは彼女の意を察し、全力のメテオライトを放った。無数の光弾がひびを撃ち貫く。
その瞬間、デカマンティスの頭上の天井が崩れ、岩が降り注いだ。デカマンティスはそのまま藻掻くようにして岩の雪崩に飲み込まれた。
「やった! やったわよ! って、なんで無言なの、さっきから」
「……冷静に聞いて欲しいのだ。レールの先が……ないのだ」
「――え?」
次の瞬間、トロッコごと彼女たちは洞窟の外の空へと放り出されるのだった。
滝壺からばしゃっと這い出すアイリナをストレガが引っ張りあげる。
「流石に、はあはあ、死ぬかと思ったんだけど」
「でも生きているのだ、ならばよしなのだ」
水から上がったアイリナはそうねと笑い、ストレガと共に服を搾って水を切っている。
見ればストレガの身体の紋様が少し消えかかっていた。
「その紋様って消えるの?」
「描いているから消えるのだ」
「へぇ、あのさ、あたしにも教えてくれない? なんか、かっこいいじゃん?」
「構わないのだ。戻ったら教えるのだ」
とんだ大冒険となったが、彼女は新たな絆を得たのだった。
人と人の繋がりは、こうして増えていくのかもしれない。
ストレガは紋様の説明をしながら、アイリナを連れて工房へと戻っていくのだった。
サウゼル大樹海。
季節は冬。各所ではそこそこ寒さが到来しているらしいが、この辺りはそこまで寒くはない様だ。
そんな森の某所。ゴールディ郊外。そこに【ストレガ・L・リベルガストラ】の工房がある。
工房の中では、紋具を動力とした炬燵に入りながらストレガがくつろいでいた。のんびりと本を読みながら、助手の青年【レゼル】がむく蜜柑を食べていた。
「うむ、中々に美味しいのだー。やはり蜜柑と炬燵は最強」
「よく言ってますよね、それ。やっぱりシャルガネ関連なんですか?」
新たな蜜柑をむきながら、レゼルは自分もいくつか小分けにした実を口に放り込みストレガに聞いてみた。
するとストレガは読んでいた本【古代からあげの秘宝・愛蔵版】から目を離し、レゼルの方を見る。
「ふふふ、シャルガネと炬燵……そして蜜柑は切っても切れない話があるのだ。それは――」
レゼルはしまった、と思った。こうなったストレガはしばらくシャルガネ語りが止まらない。しばらく気が済むまで聞くか、別の関心ごとができれば止まるのだが。
彼女があまりにも楽しそうに話すので、レゼルはついつい聞き入ってしまう。それで一日が終わることも稀にあるのだ。
ストレガの語りが興に乗り、ある獣を追ってシャルガネ方面へ向かった話に差し掛かった時、扉をノックする音が聞こえた。
立ち上がろうとしたレゼルを制し、ストレガが先に立つ。扉の方へ向かい、ストレガが扉を開けた。
すると、そこには肩を負傷した男性が立っている。血の気はなく、一刻を争う事態にも見えた。
「少年、彼の手当てを。歩けるのだ?」
「う、問題ない。それよりも、手を借りたい、このままじゃ……む、娘が……っ!」
そこまで言った段階で男性はがくっとその場に膝をついてしまう。よく見れば背中にも大きな刺し傷があり、真新しいもののようだ。傷口からみると、それは魔獣によるものだろう。
レゼルに肩を貸してもらい、居間まで行くと男を横たえ手早くレゼルは応急処置を行っていく。こういう時の為、彼は簡単な治療程度は使えるようになっていた。
止血し応急処置を施して男が少々落ち着くまで待ってから、話を聞いた。
「……俺は旅の傭兵で【ゼクト】っていうんだが、ある村でブラッドマンティスの討伐依頼を受けたんだ。娘の【アイリナ】と一緒にな。あいつは弓を使うんだが、ちょっとしくじってな。奴らの巣に落ちていってしまった。すぐに後を追おうと思ったんだが、隠れていた奴らの一匹に不意打ちを受けてこのざまだ。傭兵が、ざまぁねえよな」
自嘲するように笑うと、ゼクトは立ち上がろうとした。しかし足はふらつき、そのまま再び膝をついてしまう。レアスは彼に駆け寄った。
「放せ、俺は行かないと……!」
「まだ無茶ですよ、応急処置をしたとは言え、傷が完全に治ったわけじゃないんですから……!」
「逸る気持ちはわかるが、ここは私に任せるのだー。それに真面に動けないのでは足手まとい、助けられるものも助けられなくなるのだ。傭兵なら、わかるのだ?」
それだけ言うとストレガは外套をばさっと羽織り、入口へと向かう。レアスは薬湯の準備をしているようだ。
悔しそうにしながらゼクトは頭を下げた。彼の目から涙が流れる。
「すまねぇ、報酬は上乗せで俺からも払わせてもらう。だから頼む、傭兵がこんなこと頼める義理じゃないが……娘を、アイリナを……助けてやってくれ、たった一人の、娘なんだ」
背を向けたまま、ストレガは手だけ振り返す。
「ちょうど、ブラッドマンティスの素材が欲しかったからついでに狩りに行くだけなのだ。気に病むことはない。では、任せたのだ」
「はい、こっちは任せてください。どうか、お気をつけて」
工房を出て、ゼクトから聞いた巣の地点へと向かう。
走りながらストレガは周囲の小型魔獣がおらず、草木も妙に荒れていることに気が付いた。それはブラッドマンティスの巣に近づけば近づく程に顕著になっていく。
「ふむ……普通のブラッドマンティスではないかもしれないのだ。行動パターンが当てはまらない」
ストレガが知っているのは通常種のブラッドマンティスで、それらは巣を中心に行動する。巣からは滅多に出ず、周囲の植物などには興味を示さない。なぜならブラッドマンティスは肉食だからだ。
巣に近い場所でストレガは足を止めた。草むらに転がっている何かを発見したようだ。
しゃがんで草むらからそれを引きずり出す。それはブラッドマンティスの食い散らかされた上半身だった。傷跡は乾いており、直近の物ではない。
「共食いの習性もあるが、食い残すのは理解できないのだ。出産の為のエネルギー確保ならば、しっかりと全て食べるはず……?」
ブラッドマンティスは普通のカマキリと同じように、出産前にオスを食べてしまう性質がある。それは種の保存の為であり、自然界の摂理のようなものだ。
だがこの死体は遊んだように切り刻まれており、かじったのもまるで“一口だけ食べて”飽きたかのようにも見える。ブラッドマンティスは通常、そのようなことはしない。
「……となると、思い当たるのは――特異個体か」
稀に発生する特異個体。それらは通常種を圧倒的に超える能力を持つ。
その過程で行動が変化したり、習性が変わったりすることも少なくはないのだ。
「気を引き締めて向かわねばならないのだ。相手が特異個体だとすれば、だが」
特異個体の能力は様々だが、通常種よりも強力な場合が多い。下手を打てば、彼女でも危うい事態になりかねない。
それ故に、ストレガは急ぎつつも慎重に歩みを進めていく。今回は、仲間が複数いるわけではない。彼女一人なのだ。
その状況下で救出対象は巣の中。場所は不明で、生死も不明。普通に考えれば、特異個体のいる魔獣の巣の中で無事だとは思えない。
「――最悪でも、死体は回収せねば」
娘を目の前で救えなかった父親にしてみれば、死体や痕跡もなしでは納得はできないだろう。現実を受け入れるにも証は必要だ。
生存していると仮定するならば、救出は早急に行うべきだが巣の中に何体いるかもわからない状況では突撃するわけにもいかないだろう。
ストレガはまず、巣を発見すると草むらの中に身を隠し巣の周囲を注意深く観察した。相手の方が多いならば無駄な戦闘は避け、潜入するのが好ましいからだ。
第一に巣の深さも不明な為、最悪の場合は一旦撤退することも彼女は視野に入れていた。これは冒険家業で培った経験則のようなものだ。
巣の周囲を徘徊しているのは通常種のブラッドマンティスが二体。警戒している様子はなく、一定のコースを歩き回って警備しているだけのようだ。
通常種といえども、彼らブラッドマンティスは大柄な男性ほどの身体を誇り、その腕の鎌刃の一撃は鋼鉄すら切り裂くという。返り血のように赤いボディがその名前の由来だ。
注意深く観察したストレガは二体が目を離す一瞬の隙に巣の入口へと近づいた。物陰に身体を滑り込ませる。外のブラッドマンティスに気づかれた様子はない。
そのまま、息を殺して洞窟型になっている巣の坂道を下っていく。道幅は狭く、ここで出くわしたのならば最悪の状況となるだろう。
出合頭にならないよう祈りながら、ストレガは坂をどんどん下へ、下へと下っていく。
三分ほど下った所で少々広くなったエリアが見えてきた。鍾乳石の陰へと身を隠し、先を伺う。隠密系のスキルを所持していない彼女では少しの油断が発見につながってしまう。行動には細心の注意が必要だった。
「……何もいない、のだ?」
ストレガの予想に反し、そのエリアにブラッドマンティスの姿はない……いや、生存している個体がいないとでも言えばいいだろうか。
辺りには通常種のブラッドマンティスが二、三体転がっている。それも矢を数本受けており、頭部も見事に撃ち貫かれていた。
「鎌刃を矢で折り、足を封じて頭部を一撃。慣れているのだ、多数との戦闘に」
生存していないかもしれない、という予想を彼女は改めた。傭兵だけあって、アイリナは十分な生存能力があるようだ。
それから巣を進むのは簡単だった。転がっている死体を追いかけていけばいいのだから。
とはいえ、まったく出くわさないということでもないようで、通路から顔を出したブラッドマンティスに出合い頭の一撃を撃ち込んだ。
がくっと体勢を崩したブラッドマンティスはほぼ本能のままに鎌刃を振り回すがストレガには当たらない。
体の周囲に浮遊させた光弾を雨のように撃ち込み、ストレガはブラッドマンティスは沈黙させる。
「以外にもしぶといのだ。やはり、頭部を狙うべきか……」
そんなことを考えながら歩いていると、少々周囲に転がっている死体の雰囲気が変わってくる。
矢が撃ち込まれた様子が無くなり、刃による斬撃痕が増えているのだ。切断された腕や足も多く転がっていた。
「矢を拾う様子もない。撤退戦をしているのだ」
数を減らしつつ、後退する。それは傭兵の戦術の一つであり、自分側が不利な場合に行う一手だ。アイリナはかなりの数に追われているものと推察された。
それから通路を少し進むと、真新しい血痕が点々と続いている。どうやらアイリナは負傷したらしい。とはいえ、すぐに死ぬような出血量ではない。
だがこんな魔獣の巣で血の匂いをさせるということは……更なる増援を呼ぶことに他ならない。ストレガは足の速度を速めていく。
突き当りを曲がった所で、ブラッドマンティスたちの死体の上に座るようにして壁に背を預けた少女がいた。彼女は殺意のこもった目でストレガを見て、折れた刃を構えている。
ストレガは両手を上に上げると敵対の意思がないことを示した。すると、少女……アイリナもまたふうっと息を吐く。
「敵ではないようね? もう、驚かさないでよ。そんな格好しているから、てっきりブラッドマンティスの親玉かと」
「あれらを操る術があるなら知りたいぐらいなのだ。で、アイリナで相違ないのだ?」
見れば、彼女は右足を負傷していた。鎌刃で裂かれたのだろう、血が流れブーツが赤く染まっている。服の裾を破って止血はしたようだが歩けるような状態ではない。
「なんであたしの名前を知ってるのよ、魔法使いさん?」
「ゼクト……アイリナの父君から依頼を受けたのだ。助けて欲しいと。肩を貸すから歩けるのだ?」
「問題ないわ。あれ、でもなんでお父さんは自分で来てないの? 怒り心頭でぶっこんでくるかと思ったんだけど」
アイリナに肩を貸して立ち上がらせると、ストレガは軽く説明をする。
ゆっくりと歩きながら、アイリナはストレガの話を聞いているようだ。
「あはは、油断して後ろから一撃受けるとか、お父さんもまだまだよねぇ。でも、無事で良かった」
「応急処置はしたし、安静にしてれば問題はないのだ」
肩を貸して歩きながら、アイリナはぽつぽつと話し始める。
それはゼクトとアイリナがなぜこの依頼を受けたかの理由だ。
「実はね、ここは大昔に坑道だったらしいの。それで、金目の物でも巣を片付けるついでにあればなぁって思っちゃってさ」
「なるほど。廃坑道なら何か残ってる可能性はあるのだー。とはいえ、この状況では探すわけにもいかないが」
「そうね、十分な準備をしてからもう一度挑もうと思ってるわ。大体、逃げてる間にここの地形は理解したから。きっと地図だって書けるわよ。ま、今は道具持ってないから無理だけどね」
そんな話をしていると、背後から地響きのような音が聞こえてきた。ストレガは何の音かと振り返ろうとしたが、アイリナはそれを止める。
「やばいのが来たわよ! ここの親玉、ブラッドマンティスの特異個体! でっかいし、とにかくやばいの! 早く逃げなきゃっ!」
「救出するのが依頼で、倒すのはついでなのだ。ならば……おまえのあしはうごかない!」
音を頼りにストレガはブラッドマンティスに先手を打って、足絡之呪を放つ。鎖に繋がる青藍に光る錨がまっすぐに背後の通路先へと伸びた。
すると彼女たちの背後から顔を出した、通常種よりも数倍は大きい巨大なブラッドマンティスへと錨が突き刺さる。その瞬間、魔力の鎖がブラッドマンティスの足に絡みついた。
「凄いじゃないっ! あいつ、動き難そうにしてるわよ! 今のうちに、あの通路の先へ!」
「わかったのだ、あっちに走るのだーっ」
アイリナを抱えて、ストレガは駆けだす。行動阻害の効果はあれど、いずれ特異個体のブラッドマンティスは追いかけてくるだろう。今のうちに何とか距離を稼いでおきたかったのだ。
「あんた、もしかして授恵者なのっ!? 身体能力が違うとは聞いてたけど、魔法使いっぽいのに力あるのね?」
「このぐらい、どうってことないのだ。いいからしっかり掴まっているのだ!」
「わかったわ、デカマンティスに追いつかれないようにね!」
「なんなのだ、その名前は?」
「特異個体のブラッドマンティス、じゃ言い難いでしょ、だからデカマンティス。わかりやすくてよくない?」
「それは確かに」
抱える状態から背負う状態に変えると、ストレガは走りやすくなったのか速度が上がった。後方では岩を崩す音と共に地響きが近づいてきている。
しばらく走ると古びた扉が見えてきた。どうやら朽ちていたらしい木の扉を蹴破ると、ストレガとアイリナはその中へと転がり込んだ。
中は埃だらけだったが、古いレールが遥か先まで伸びている。ここは鉱石を運び出す通路だったようだ。レールの始まりには古いトロッコがある。何とか二人でも乗れそうだった。
「これを使えば外に出られそうなのだ。アイリナ、中へ」
「わかってる! ちょっと使えそうなものを……あ、まだこれなら使えそうね」
埃を被った箱の中を漁ると、かつての護身用だったのだろう、古い矢が少しだけ見つかったようだ。アイリナは背負っていた矢筒にそれをしまうと、ストレガが乗ったトロッコに乗る。
ストレガがアイリナの乗車を確認し、固定用のレバーを離した途端にトロッコはゆっくりと走り出す。それと同時に壁をぶち破ってブラッドマンティス改めデカマンティスが現れた。
デカマンティスはけたたましい咆哮をあげると、イラついたように鎌刃を振り回しながら迫ってくる。
「そこでじっとしているといいのだ!」
再び、ストレガは足絡之呪を放った。錨が突き刺さり、魔力の鎖がデカマンティスの足をからめとった。動きが完全に止まったわけではないが、かなり動きづらそうだ。
走り出すトロッコの中で弓を構えると、アイリナが一射する。まっすぐに飛んだ矢がデカマンティスの首、甲殻の隙間へと突き刺さった。
「ちっ、やっぱり古い矢じゃ傷が浅いわね」
「動きを止めつつ、トロッコを走らせるしかないのだ。まさにタイミング勝負」
そうしているうちにトロッコは速度が乗っていき、かなりのスピードで走り出す。ぎゃぎゃぎゃっとレールを軋ませながらトロッコは走った。
「グルゥウアアアア!」
足を広げ、壁を伝う様にしてデカマンティスは背後から彼女たちを猛追してくる。レールや岩などお構いなしにめちゃくちゃに破壊しながら。
「ひぃいい!? やばいって! もっとスピードでないの、このトロッコ!」
「無理なのだ、後はあいつを遅らせるしか……ないのだ!」
鎌刃を振り回し、猛進してくるデカマンティス目掛け、ストレガは足絡之呪を放った。鎖による移動阻害がかかり、デカマンティスの速度が大幅に減速する。
そのタイミングに合わせ、連続でアイリナが矢を放つ。矢は吸い込まれるようにデカマンティスの足の付け根に刺さった。
「矢が尽きちゃった! あ、ねえ、あれ撃って! 早く!」
アイリナが指を差す所にはひびが入った天井が見える。ストレガは彼女の意を察し、全力のメテオライトを放った。無数の光弾がひびを撃ち貫く。
その瞬間、デカマンティスの頭上の天井が崩れ、岩が降り注いだ。デカマンティスはそのまま藻掻くようにして岩の雪崩に飲み込まれた。
「やった! やったわよ! って、なんで無言なの、さっきから」
「……冷静に聞いて欲しいのだ。レールの先が……ないのだ」
「――え?」
次の瞬間、トロッコごと彼女たちは洞窟の外の空へと放り出されるのだった。
滝壺からばしゃっと這い出すアイリナをストレガが引っ張りあげる。
「流石に、はあはあ、死ぬかと思ったんだけど」
「でも生きているのだ、ならばよしなのだ」
水から上がったアイリナはそうねと笑い、ストレガと共に服を搾って水を切っている。
見ればストレガの身体の紋様が少し消えかかっていた。
「その紋様って消えるの?」
「描いているから消えるのだ」
「へぇ、あのさ、あたしにも教えてくれない? なんか、かっこいいじゃん?」
「構わないのだ。戻ったら教えるのだ」
とんだ大冒険となったが、彼女は新たな絆を得たのだった。
人と人の繋がりは、こうして増えていくのかもしれない。
ストレガは紋様の説明をしながら、アイリナを連れて工房へと戻っていくのだった。