雪よりも白く、温かな
キャラクターノベル(グループ)制作 蔭沢 菫納品 2025年01月09日 08時45分15秒
帝都解放から二年後。ロスガリア大陸北東、辺境都市郡、アキュアリスタ。
乾いた冬の風が吹く遺跡都市。水位が下がった湖を、ボートが行く。所々に見える遺跡は手を伸ばしたら、届きそうな具合。冬期の間のみ見せる、歴史を感じさせる風景は、どこか神秘的であった。
ボートに乗っているのは二人連れで、互いに風景を見て感想を親しげに言い合ったかと思えば、時に黙ったり。雪白の髪を持つエルフに、黒髪のハーフビーストは何度繰り返したともわからぬ呼びかけを繰り返す。
「ネネ」
「はい、アル」
「楽しんでいるか」
その『何度繰り返したかも数えられなくなった問いかけ』に返されたのは、ネネと呼ばれた娘のたおやかな笑みであった。アルフィー・リッパーは、目の前の雪を思わせるエルフに笑み返す。ネーヴェ・グラヌローザとは、付き合い始めたばかりの関係ではない。パンクリアース学園で月日を重ね、告白を受けて。丸三年。緊張はしていないし、大人の男として、すっかり落ち着いて接してられるはずだ――。
ぶるり、とアルフィーは尻尾を震わせる。風が寒いのだ、と思うことにした。
決して、緊張ではない。全て上手くやっていた。小物屋を見たネーヴェは少女のように喜んでいたし、見た劇は文句なしのハッピーエンドだった。昼食に食べたのは魚介の煮込み。カリカリのパンが、濃いスープに絡まって、ネーヴェはその味に目を細めていた。
互いにショールとマフラーを買って交換したし、その暖かさにくるまれながら、ボートで街を巡った。エスコートは完璧だった。
(昔の俺だったら、一緒にいられなくなるのでは、と不安になって迷惑をかけたり、様々なことで緊張して尻尾がピンとしてしまっていたけれども……)
目の前のネーヴェは幻ではなく、デートに退屈している様子もない。
大丈夫だ、とアルフィーは己に言い聞かせた。何も、失敗してはいない。
ボートは街の外部につき、音もなく止まる。水の行き交う街は夕暮れの青に沈んでいき、遠くから見れば柔らかな光がふわりふわりと湖面に浮かぶ。現実のアキュアリスタと湖面のアキュアリスタ。双子のような都市を見て、ネーヴェが目を細めた。
「色々、あったよな」
言葉にすれば陳腐だと、アルフィーは思う。腕を差し出せば、身体を寄せるようにして、ネーヴェも腕を絡めてくる。
「ええ、覚えていますわ。勇敢なアルの姿も。優しい姿も。格好いいところも、可愛いところも……」
「俺も同じだ、ネネ。学院内で、学院外で……」
何故、いつものように言葉が出てこないのだろう。喉に飾ったホワイトトパーズのネックレスの感触が、アルフィーの勇気を誘うように、主張する。そして、胸にしまった『小箱』の感触も。
「ネネ」
「はい、アル」
「何か飲まないか?」
「あら……ホットワインの屋台でも?」
ネーヴェは興味津々という風に、辺りを見回した。幾つもの屋台が、カンテラに照らされて幻想的な雰囲気をまとっている。
「そうじゃなくて……歩いていて、寒かっただろう。足も疲れただろうし。だから、景色の良い、レストランに行こうかと。予約していたからな」
くすり、とネーヴェは笑み、さらにアルフィーに身体を寄せる。
それからふいに腕を放し、くるりと回り、
「それでは、案内して下さいな、アル」
悪戯っぽく手を差しのばすのであった。
アルフィーはネーヴェの手を取り、エスコートをする。彼女が転ばないように、気をつけながら。
『歌う巫女亭』と名付けられたレストランはアキュアリスタの湖畔に建っており、大きなガラス張りの窓が印象的な建物であった。
「まあ……アキュアリスタが星みたい」
ネーヴェは目の前に広がる景色をうっとり見つめ、それから隣の席のアルフィーを見た。付き合って、三年。
――ずっと、あなたの隣を歩くことを許して。
そういったのが、ふとすれば遙か昔に思えるほどの、激動の三年間。
ネーヴェはアルフィーの誠実さを疑っているわけではない。しかし、今もその気持ちに変わりがないか……確認したい、そういう思いもあった。それは心を通わせる相手だからこその、甘えるような儀式。あの日頷いたアルフィーの顔は、今も色あせないけれども、それでも……。
勇気を借りるように、ネーヴェは葡萄酒を飲む。オレンジがかった葡萄酒は甘く、寒さに疲れた身体に、染み入るようであった。
「アル? ねえ、私……」
問いかけは、静寂を促すような、アルフィーの指で止まる。
「ネネと初めて遊んだときのことを思い出してた。あれからいっぱいの思い出をくれてありがとう」
ええ、とネーヴェは頷いた。指輪をさする。ネーヴェの色と、アルフィーの瞳の色が共にある指輪。
「こちらこそ、沢山の宝物をありがとう御座います。どれも大切な思い出ですわ」
「そう、だな……鐘の下でした会話、覚えているか?」
「ええ」
月の綺麗な日だったな、とアルフィーが思い出しながら、呟く。
思い出話に花が咲きかけた中、意を決して、ネーヴェは問うた。
「もうすぐ、卒業ですわね。これまで毎日顔を合わせて来たのが、後少しでなくなってしまうのかと思うと……少し、寂しいですけれど」
そう、二人は学生であった。六年間、パンクリアース学院が日常であった。故に、今までは、一緒に会えた。では、その先は?
ネーヴェは、言外に問いかける。
本当は、少し寂しいなどというものでは、ないのだと。
「なあ、ネネ。二人で、いろんな景色を見たよな。いろんな場所にも行って……」
ネネは指輪をさすりながら、頷く。
「卒業してからも、ネネと一緒に歩きたい。もっといろんな場所を見て、知って、共にすごそう。いっぱい、思い出で埋もれながら、生きよう」
いつの間にか、アルフィーは立ち上がっていた、ネーヴェの側に近寄り、ひざまずく。そして、精一杯の気取りと、心からの誠意を込めて小箱を取り出す。
「だから、その……結婚してくれないか?」
箱が開く。
約束の証である、指輪がそこにあった。
ネーヴェは目を丸くする。それから、意味を遅れて理解して――冬の日の穏やかな陽のように、笑んだ。
「本当に? 私、これからもあなたの隣にいて、いいの?」
「本当だって」
アルフィーの指が、ネーヴェの手に指輪を飾る。キラキラと、指輪が輝く。その光は、窓の向こうに見える街がかすむほどの、清らかな色をしている。
ネーヴェはアルフィーの手を取って立ち上がらせ、そのまま抱きつく。髪の感触が、お洒落のためにつけたであろう香水の清潔な匂いが、全てが愛おしい。
「嬉しい」
囁けば、アルもまた囁き返す。
「俺もだよ、ネネ。何度だっていう。大好きだ」
ええ、ええ、とネーヴェはいう。溢れそうになる涙は温かく、身体の火照る理由が葡萄酒だけではないことを、彼女は知っている。
「ねえアル、ずっと……ずっと、私の側にいて下さいね」
唇をそっと、アルフィーの唇に重ねる。
気を利かしたのか、偶然か。楽団が甘いワルツを奏で始めた。
勿論だ、と言いたげに、アルフィーの唇が僅かに動く。
もはやネーヴェには、言葉など必要なかった。おそらくアルフィーもそうなのだろう。アルフィーから伝わる熱が、喜びとなって、ネーヴェに溢れんばかりの幸福をもたらしていた。
雪よりも白く温かな、純粋な幸福であった。
乾いた冬の風が吹く遺跡都市。水位が下がった湖を、ボートが行く。所々に見える遺跡は手を伸ばしたら、届きそうな具合。冬期の間のみ見せる、歴史を感じさせる風景は、どこか神秘的であった。
ボートに乗っているのは二人連れで、互いに風景を見て感想を親しげに言い合ったかと思えば、時に黙ったり。雪白の髪を持つエルフに、黒髪のハーフビーストは何度繰り返したともわからぬ呼びかけを繰り返す。
「ネネ」
「はい、アル」
「楽しんでいるか」
その『何度繰り返したかも数えられなくなった問いかけ』に返されたのは、ネネと呼ばれた娘のたおやかな笑みであった。アルフィー・リッパーは、目の前の雪を思わせるエルフに笑み返す。ネーヴェ・グラヌローザとは、付き合い始めたばかりの関係ではない。パンクリアース学園で月日を重ね、告白を受けて。丸三年。緊張はしていないし、大人の男として、すっかり落ち着いて接してられるはずだ――。
ぶるり、とアルフィーは尻尾を震わせる。風が寒いのだ、と思うことにした。
決して、緊張ではない。全て上手くやっていた。小物屋を見たネーヴェは少女のように喜んでいたし、見た劇は文句なしのハッピーエンドだった。昼食に食べたのは魚介の煮込み。カリカリのパンが、濃いスープに絡まって、ネーヴェはその味に目を細めていた。
互いにショールとマフラーを買って交換したし、その暖かさにくるまれながら、ボートで街を巡った。エスコートは完璧だった。
(昔の俺だったら、一緒にいられなくなるのでは、と不安になって迷惑をかけたり、様々なことで緊張して尻尾がピンとしてしまっていたけれども……)
目の前のネーヴェは幻ではなく、デートに退屈している様子もない。
大丈夫だ、とアルフィーは己に言い聞かせた。何も、失敗してはいない。
ボートは街の外部につき、音もなく止まる。水の行き交う街は夕暮れの青に沈んでいき、遠くから見れば柔らかな光がふわりふわりと湖面に浮かぶ。現実のアキュアリスタと湖面のアキュアリスタ。双子のような都市を見て、ネーヴェが目を細めた。
「色々、あったよな」
言葉にすれば陳腐だと、アルフィーは思う。腕を差し出せば、身体を寄せるようにして、ネーヴェも腕を絡めてくる。
「ええ、覚えていますわ。勇敢なアルの姿も。優しい姿も。格好いいところも、可愛いところも……」
「俺も同じだ、ネネ。学院内で、学院外で……」
何故、いつものように言葉が出てこないのだろう。喉に飾ったホワイトトパーズのネックレスの感触が、アルフィーの勇気を誘うように、主張する。そして、胸にしまった『小箱』の感触も。
「ネネ」
「はい、アル」
「何か飲まないか?」
「あら……ホットワインの屋台でも?」
ネーヴェは興味津々という風に、辺りを見回した。幾つもの屋台が、カンテラに照らされて幻想的な雰囲気をまとっている。
「そうじゃなくて……歩いていて、寒かっただろう。足も疲れただろうし。だから、景色の良い、レストランに行こうかと。予約していたからな」
くすり、とネーヴェは笑み、さらにアルフィーに身体を寄せる。
それからふいに腕を放し、くるりと回り、
「それでは、案内して下さいな、アル」
悪戯っぽく手を差しのばすのであった。
アルフィーはネーヴェの手を取り、エスコートをする。彼女が転ばないように、気をつけながら。
『歌う巫女亭』と名付けられたレストランはアキュアリスタの湖畔に建っており、大きなガラス張りの窓が印象的な建物であった。
「まあ……アキュアリスタが星みたい」
ネーヴェは目の前に広がる景色をうっとり見つめ、それから隣の席のアルフィーを見た。付き合って、三年。
――ずっと、あなたの隣を歩くことを許して。
そういったのが、ふとすれば遙か昔に思えるほどの、激動の三年間。
ネーヴェはアルフィーの誠実さを疑っているわけではない。しかし、今もその気持ちに変わりがないか……確認したい、そういう思いもあった。それは心を通わせる相手だからこその、甘えるような儀式。あの日頷いたアルフィーの顔は、今も色あせないけれども、それでも……。
勇気を借りるように、ネーヴェは葡萄酒を飲む。オレンジがかった葡萄酒は甘く、寒さに疲れた身体に、染み入るようであった。
「アル? ねえ、私……」
問いかけは、静寂を促すような、アルフィーの指で止まる。
「ネネと初めて遊んだときのことを思い出してた。あれからいっぱいの思い出をくれてありがとう」
ええ、とネーヴェは頷いた。指輪をさする。ネーヴェの色と、アルフィーの瞳の色が共にある指輪。
「こちらこそ、沢山の宝物をありがとう御座います。どれも大切な思い出ですわ」
「そう、だな……鐘の下でした会話、覚えているか?」
「ええ」
月の綺麗な日だったな、とアルフィーが思い出しながら、呟く。
思い出話に花が咲きかけた中、意を決して、ネーヴェは問うた。
「もうすぐ、卒業ですわね。これまで毎日顔を合わせて来たのが、後少しでなくなってしまうのかと思うと……少し、寂しいですけれど」
そう、二人は学生であった。六年間、パンクリアース学院が日常であった。故に、今までは、一緒に会えた。では、その先は?
ネーヴェは、言外に問いかける。
本当は、少し寂しいなどというものでは、ないのだと。
「なあ、ネネ。二人で、いろんな景色を見たよな。いろんな場所にも行って……」
ネネは指輪をさすりながら、頷く。
「卒業してからも、ネネと一緒に歩きたい。もっといろんな場所を見て、知って、共にすごそう。いっぱい、思い出で埋もれながら、生きよう」
いつの間にか、アルフィーは立ち上がっていた、ネーヴェの側に近寄り、ひざまずく。そして、精一杯の気取りと、心からの誠意を込めて小箱を取り出す。
「だから、その……結婚してくれないか?」
箱が開く。
約束の証である、指輪がそこにあった。
ネーヴェは目を丸くする。それから、意味を遅れて理解して――冬の日の穏やかな陽のように、笑んだ。
「本当に? 私、これからもあなたの隣にいて、いいの?」
「本当だって」
アルフィーの指が、ネーヴェの手に指輪を飾る。キラキラと、指輪が輝く。その光は、窓の向こうに見える街がかすむほどの、清らかな色をしている。
ネーヴェはアルフィーの手を取って立ち上がらせ、そのまま抱きつく。髪の感触が、お洒落のためにつけたであろう香水の清潔な匂いが、全てが愛おしい。
「嬉しい」
囁けば、アルもまた囁き返す。
「俺もだよ、ネネ。何度だっていう。大好きだ」
ええ、ええ、とネーヴェはいう。溢れそうになる涙は温かく、身体の火照る理由が葡萄酒だけではないことを、彼女は知っている。
「ねえアル、ずっと……ずっと、私の側にいて下さいね」
唇をそっと、アルフィーの唇に重ねる。
気を利かしたのか、偶然か。楽団が甘いワルツを奏で始めた。
勿論だ、と言いたげに、アルフィーの唇が僅かに動く。
もはやネーヴェには、言葉など必要なかった。おそらくアルフィーもそうなのだろう。アルフィーから伝わる熱が、喜びとなって、ネーヴェに溢れんばかりの幸福をもたらしていた。
雪よりも白く温かな、純粋な幸福であった。