奇跡の日、来たるべき時間

キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2025年01月02日 15時38分35秒

「今朝は少し暖かいな」
 青々と澄んだ空。
 窓の外の景色に季節を感じながら――カイン・ステラは朝、孤児院での仕事を始めていた。
 時刻は早い。
 けれど溌剌と歩み出し……まずは孤児達の様子を確認。しっかり寝ていると分かると、建物の外をぐるりと回った。
 庭の草花に水も与えていると、スタッフも出てくる。
「おはようございます。水やりならやりますのに」
「ついでだから」
 答えて戻ると、次は事務。
 経営状況の確認や、街に子供達の状態を報告する為の書類にもペンを走らせていく。
「で、次は……」
 子供達の朝食の準備の手伝いだ。
 毎日がこの調子で、忙しい。
 けれど今日も、カインに疲れの色はなかった。
 スタッフの助力もあるし……カイン自身が充実感を持っていたから。
 ――ローレラウラ近郊の小都市。
 アーダベルト商会が執り行う孤児院支援事業の“名誉顧問”――自分がそうだと聞かされた時はどうなるかと思ったが、周囲の助けで何とかやれている。
 一人前だ、とは自分では思わないけれど。
「院長、か」
 その座を継いでから――もう一年になる。
 そして時計を見る。
 今日はその中でも、特別な経験となりそうなイベントが予定された日だった。

 朝食が終わると、子供達がカインへ集まってくる。
「せんせー!」
「ままー!」
「きょう、すごい人たちがくるんでしょー!」
「ママじゃねえって――まあ、すごいのは来るけどな」
 皆の相手をしつつカインは肯定を返す。
 聞いている周りのスタッフ達も、今日はどこかわくわくとしていた。
 普段ならこの後は遊びや勉強といった予定がある。が、今日はそれらもひとまずお休みである。
 全ては例のイベントがあるためだ。
 それが子供達も言う“すごい人たち”の来訪。
 休憩時間後、程なくその時は訪れる。
 カインとスタッフが表に迎えに出ると……遠くから来る馬車が見えた。
 孤児院の前で止まり、そこから降りたのは――
「やあ、久しぶり」
 そう軽く手を挙げるヴィナス(ルース・アーダベルト)。
「元気そうだね」
 と、続いたのはルーンス・ラグネル(ヴィンス・アーダベルト)。
「よく来てくれたな」
 皆さんも、と。
 カインが目を向けたのは、その二人だけではない。
 マントにドレス。花飾りや優美な鞘。
 勇壮でカラフルな衣装に身を包んだ――王国発の劇団員達の姿だった。

 劇団“Salle de Danse(ダンスホール)”。
 王国を拠点に活動し、今国外でも注目を浴び始めている注目株。慰問のために今回、訪れてくれたのだ。
「わあ!」
「かっこいい!」
 二十名を超える劇団員が入ってくると、子供達はすぐに目を輝かせた。
 劇を知っている子供も、初めての子供も――絵画から飛び出したような彼らの出で立ちに興奮を隠せない様子。
 歓迎にと渡した風船に、劇団も優美な身振りで「ありがとう」と礼を述べて交流。
 その後、劇の開幕準備が進められた。
「早速喜んでもらえてるな」
 ありがとな、とカインは隣に目を向ける。
 そこに立つヴィナス達が今回の手配をしてくれたのだ。
「劇が始まれば、きっともっと喜んでもらえるよ」
 そう返すルーンスは自信の声音。
 ルーンスが言うならそうなのだろう、とカインも視線を戻す。
「しかし、よくこの大所帯を招待できたな。一線で活躍してる劇団なんだろ」
「縁もあってね」
 答えたヴィナスは、王国でカイネン男爵を訪れた話をした。
 商人として――何食わぬ顔で“仮面劇団の噂を聞いた”と言って。
「にいさまはそこでエルセントの音楽祭について語って……音楽と演劇の融合の話をして盛り上げたんだよね」
「雑談で軽く触れただけではあるけどね」
 ヴィナスはそう言うが――
 その縁をきっかけに、男爵とエルセントの地の領主が親交を深め……お礼として、男爵が劇団を紹介してくれたのだ。
「領の外交に口出しした訳じゃないから、貴族社会でも問題はないよ」
 劇に音楽はつきもの。
 音楽にも物語があるし? と、言葉を添えるヴィナスはにこやかだ。
「その関係で多少、関われる事にもなってね。今日の演目にはある依頼が絡んでいるよ」
「依頼?」
 目を向けるカインに、「だから」とルーンスは期待を浮かべる。
「今日は観劇で来たんだ。なんたって――にいさまの脚本だからね」
 と、目を向ける先。
 広間に設えられたその舞台で劇が始まった。

 導入は、演奏隊の幻想的なピチカート。
 その音色を背景に、まずはモノローグが語られた。
「それはとある王国での物語――」
 舞台は古より続く山岳王国。
 その各地では昨今、歴史に存在しなかった魔剣が発見されていた。
 美しくも妖しいその剣を作れるのは、闇に潜む錬金術師だけ。
 その嘗ての師から思いを託された勇者達は、魔剣を頼りに錬金術師を探す旅を始めるのだ。
「この剣の輝きが教えてくれる。この闇が彼の者に繋がると」
 勇者の言葉を皮切りに……まずは転がり落ちる岩や深い暗闇、怪しい商人を掻い潜る冒険が繰り広げられる。
 外連味に溢れながら、ありありと情景が描写された活劇。
 だけでなく、経験した人間なら分かる。
 それはあのドワーフ王国に始まる――武器と鍛冶師を巡る出来事をモチーフにした物語だった。

 途中、勇者が子供達に向いた。
「さあ行こう、仲間達よ!」
 共に冒険を歩むのだ、と。
 招いて言った言葉は、劇への参加の呼びかけだ。
 わくわくと見ていた子供達は――わっと歓声をあげて走り込む。そしてわいわいと探検シーンを一緒に演じ始めていた。
 物語性に加え、皆で一緒に楽しめる脚本作り。
 それが巧みに実現されている、と。カインは子供達の笑顔を微笑ましく見ながら実感していた。
「すごいな」
「でしょ? 僕のにいさまは脚本もできる」
 そんなルーンスの誇らしさが、今はカインにも理解できた。
「実際、あの件がうまく劇になってる」
「最初は別の題材でやる予定だったんだけどね」
 ヴィナスの思い出し笑いを、カインは見る。
「別の題材?」
「うん」
 答えてヴィナスが話すのは……エルムポートに始まる、商いを巡る事件の事だ。
 思う所の多かった件だけに、ヴィナスとしてはそれを脚本に昇華したい思いもあった。
「ただ、モデル本人に最後は自分が光った話入れていいかって聞いたら、泣いて拒否されちゃって」
「ああ……」
 あの事件の黒幕“商人”の事だ。
 ヴィナスは伯爵に話を通し、“商人”に面会までして交渉したのだが――
『やめてくれッ』
 と、悲壮な顔をされてしまった。
 結局、ヴィナスはそれであっさり諦めて題材を移し……ダックルやソルスとの交渉に成功したのだ。
「監修もしてもらったんだよね」
「うん」
 ルーンスに頷いて、ヴィナスはその日々を想起する。
 本人達には迷惑が無いように、同時にそこに宿る思いや教訓は残し伝えられるように。
 そして劇として楽しめるように、と。
 子供達の笑顔を見ると、その狙いは成功らしいとヴィナスには実感できた。
(しかし、劇の題材になったって手紙だけは貰ってたが……)
 そんな経緯があったのかと、カインは今更ながら今日までの道のりを知った思いだ。
 こうしてみると全てに、ヴィナスの手が細やかに行き届いていた事が分かるから。
 ――変わらずというか益々というか。
「強かだな」
 カインが笑うと、ルーンスも「でしょう」と相変わらずブレない笑み。
 ヴィナスも変わらず飄々としていて……カインはふっと笑った。
「そう考えるとなるべくしてなったような気がするよ。劇だけじゃなく、色んな事が」
「なるべくして、か」
 ルーンスは言葉を飲み込みながらも、一度目を閉じる。
 そうして二人に視線を戻した。
「でもね、今って……僕にとっては奇跡的な状況だよ?」
 一度道が分かれてたから、と。
 言葉に、ヴィナスも「確かに」と続いた。
「俯瞰で考えると、こうしていられるのは不思議な気分でもあるね」
「今の生き方は、予定してたものなんだろ?」
 カインの疑問に、ヴィナスは頷きながらも――
「そのつもりでも上手くいかない事はあるし。事実回り道もしたからね」
 それでもやってこれたのは、と。
「俺を見失わせないママがいたからだよ」
 そう、カインのおかげ。
 そして紡いだ多くの縁のおかげだと。
 世に生まれては消える縁。
 それは望めば手に入るものではなく、奇跡のような巡り合わせが為せるもの。
 だから掴んだそれを手放さずにいた事が、今に繋がるのだと。
「縁といえば――」
 と、ルーンスは先日の事を話す。
「倭桜(わおう)ノ街へ椿染の視察に行った時なんだけど。臥魅郷(フシミキョウ)の臥之木(ふしのぎ)悟さんが視察に来ててね。ご挨拶したんだけど、随分驚かれたよ」
「それは凄い偶然だね」
「うん」
 当時の話もして感謝してもらっちゃった、とルーンスは言った。
「モクトル商会長といい、静霞さんといい……アーダベルト商会の従業員一同こそ、彼らの縁に凄く感謝しているのにね」
 一番はカインなんだろうけど、と笑えば……ヴィナスも否定はしなかった。
(縁、か)
 それはカインにも大事な言葉。
(押し切られて服作られて、連行されたお茶会で……メルべ伯に遭遇した時はお互い、凄い驚いたな)
 それは奇跡ではあるけれど偶然ではない。
 互いの心があって初めて結びつくものだから。
 その思いに今、カインはまた少し笑った。

 劇は程なくクライマックス。
 冒険の果てに大きな戦いが始まり……錬金術師と対峙するシーンだ。
「剣に込められたもの。それが君自身へと導いたのだ!」
 さあゆこう、と。
 勇者が声を上げれば、子供達も一緒に錬金術師に立ち向かい、大団円に入っていく。
「せんせー!」
「ままー!」
「一緒にいこうよ!」
 そこで子供達がカインを呼び、参加を促した。
 ヴィナスは笑う。
「行ってきなよ」
「折角なら二人も参加しろ。みんなでフィナーレだ」
 カインが言えば、兄弟も見合って頷き歩んでいく。
 紡いだ縁が今を生む。
 これからはどんな縁が未来を作るだろうか。
 三人は思いながら――まずは賑やかに今日という奇跡を楽しむ事にした。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0